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ヘンゼルとグレーテル

前回の投稿をお読みくださった方々、ありがとうございます! うれしいです。 童話の世界に転生してゴリラとともに無双する話、第2話はヘンゼルとグレーテルでございます。

 目が覚めるとまた森にいた。これから赤ずきんの家で宴会だというのに、俺は眠ってしまったのだろうか。日は落ちてすっかり暗くなっている。

 頬をかすめる空気は凛と張り詰めて冷ややかだ。見渡すと、周囲の様子も先程までと違っていた。森の中であることは変わらないが、針葉樹の割合が多く、地面からはゴツゴツとした岩肌が見え隠れしている。遠くから潺々と水の流れる音が聞こえる。

単純に眠ってしまったというわけではないだろう。4人で歩いていたのだから、俺が突然気を失えば誰かが気づくはずだ。置いていかれるほど嫌われていたという雰囲気でもなかった。どうしてこんなことになってしまったのか。

これだけ周囲の様子が違うのだから、別の場所に移動してしまったと考えるべきだろう。現状では、圧倒的に情報が不足している。またさっきと同じように歩いてみるか。

30分ほど歩いたところで、小屋を見つけた。ちなみに、庭に胡桃の木はなく、丸太を縦に切って作られた簡素なテーブルのようなものがある。おばあちゃんの家ではないようだが、人が住んでいるかもしれない。情報を得るチャンスだ。

 でも、どうアプローチしたらいいものだろうか。こんな夜中にいきなりノックするのは不躾だ。しかし、このまま逡巡していても事態は進展しない。

 俺が二の足を踏んでいると、小屋の中から声が聞こえてきた。

「だから、明日あの子たちを森の奥深くへ連れていって、そのまま置いて帰ってしまうのさ。そうするより他に仕方がないよ」

「しかしおまえ、それはあんまりにも子どもたちが可哀想じゃないか」

 何やら男女でもめているようだ。男のほうは乗り気でないようだが、女がまくし立てるように説得している。

「だったらどうするんだい。私達4人で飢え死にしてもいいって言うのかい。」

「しかしそう言ったって、子どもたちはきっと森のけだものにズタズタにされて食われてしまうよ。おれにはとてもそんな恐ろしいことはできない」

 まただ。俺はこの状況を知っているような気がする。この2人は夫婦で、生活に困窮している。ついに明日のパンもないほど追い詰められ、子どもたちを森へ捨ててくる相談をしている。夫はいまのところ躊躇っているが、煮え切らないまま結局この計画を容認するはずだ。そしてなんと、子どもたちは夫婦の計画を起きて聞いてしまっているのである。

 さて、どうしたものだろう。状況はかなり深刻だ。計画を阻止してもお金や食料がなければ、この家族は共倒れだ。何かいい案がないかと考えていると、後ろからポンッと肩を叩かれた。

「お困りのようですね」

 ギャァアアアアアア!!!!!!!!!!!!

 まさしく心臓が飛び出るかと思った。驚きのあまり、叫びが声にならなかったことは幸いだった。

 俺の背後にいたのはスーツに身を包み、黒縁の眼鏡をかけたゴリラだった。その顔に、はち切れんばかりのスマイルを湛えている。

 あのときのゴリラだろうか。俺のことを探しに来てくれたのか? 驚かすなよ。よかった。めちゃくちゃホッとした。ていうかお前なんで喋ってるんだ? ああもうなんかわからんが泣けてきた。

「お、おま、おま、驚かすなよ。あ、ありがとうな。探しに来てくれたのか。はぐれちゃったみたいでさ。赤ずきんの家はどっちなんだ?」

「はぐれる? 赤ずきん? 何のことです?」

ゴリラはポリポリと頭を掻きながら、デ○ノートの○神月のようなことを言う。人違い、いや、ゴリラ違いだったのだろうか。

「お前は、さっきおばあちゃんの家で助けてくれたゴリラじゃないのか? 狼をパンチでぶっ飛ばしてくれたよな」

 すると、ゴリラは両の掌を上に向け、おどけたようなポーズで言った。

「まさか。私は野蛮なことは好みません。あなたとは初対面ですよ」

 俺はがっくりと肩を落とす。そうなのか。確かにこのゴリラは喋ってるしな。みんなと合流できると思ったのだが……。

 項垂れる俺を見て、ゴリラは励ますように語りかけてくる。

「まあそう落ち込まないでください。お困りなんでしょう。あなたは、この家族を助けようと考えているのでは?」

 そうだった。ゴリラのインパクトが強烈過ぎてすっかり忘れていた。

「そうなんだけどさ、でもこれは難しいよ。子どもを捨てることを思いとどまらせても、結局この家族は飢えに苦しんでしまう」

 俺がやきもきしていると、ゴリラは任せてくれと言わんばかりに自らの胸をドンッと叩いた。スーツ越しにもはっきりわかる分厚い胸板である。ゴリラはレンズの奥に輝くつぶらな瞳を俺に向け、鷹揚に言い放った。

「大丈夫です。こういったケースは得意なんですよ。あ、申し遅れました。私はゴリラ。弁護士をしています」

 ぇぇえぇええええええええええええ!!!!!!?

 べ、べべべべ、弁護士ぃぃいいいいいい?????

 驚きのあまり、叫びが声にならなかったのは幸いだった。


 翌朝、はたしてこの家族は4人で家を出た。

 すかさず俺とゴリラは声をかける。

「「ちょっと待ってください」」

 すると、すぐに夫のほうから反応があった。

「ヒィッ! な、なんだね君たちは。う、うちには奪うようなものなど何もないぞ!」

 どうやら山賊か何かと勘違いされているようだ。困ってゴリラの方をチラ見すると、ゴリラは余裕の笑みを浮かべている。頼もしさが尋常ではない。ゴリラは流れるような動きで一歩前へ出た。

「これは失礼しました。怪しい者ではありません。私はゴリラ、弁護士をしております」

夫はまだ怯えている。

「べ、べべ、弁護士が何の用だ! うちは弁護士に用なんてない!」

「まあまあ、そう怖がらないでください。きっと皆さんの力になれると思いますよ」

 そう言うとゴリラはゆったりとした動きで歩き出し、庭にある丸太のテーブルにお菓子のようなものを並べ始めた。6人分の謎のお菓子を並べ終えたゴリラは、溌剌とした声で一同に提案する。

「森の木の実で作ったクッキーです。どうです? 食べながら話だけでも聞いてみませんか?」

 5人分の腹の音が森の中に木霊する。断る理由などあるはずもなかった。


「奥さん、旦那さん、落ち着いて聞いてください」

 ゴリラの提案により、司会は俺が担当することになった。絶対にゴリラの司会の方が進行がスムーズだと思うのだが、ゴリラ曰く、「あなたのほうが事情に詳しいようですから」とのことである。確かに、俺は一度死んでからなぜかこれから起こることや、人々の事情がわかることがある。

また、ゴリラは「大丈夫ですよ。いつでも助け舟は出しますから、大船に乗った気持ちでいてください」とも言った。そこまで言われては仕方がなく、渋々司会を引き受けた俺であった。

「まず、今日の計画のことですが、2人のお子さんたちは昨晩起きていて、一部始終を聞いています。そうですね、ヘンゼルさん、グレーテルさん」

「なっ! なんだとっ!!」

「なんですって!!!」

 色めき立つ夫婦をゴリラが手で制する。俺がヘンゼル、グレーテルと呼んだ兄妹は驚きながらも無言で頷いた。2人の名前も的中していた。俺はゴリラとの打合せ通り話を続ける。

「今、この家族を取り巻く状況は非常に厳しいものです。4人が生きていくだけの食料がない。食料を買うためのお金もない。そこで夫婦のお2人は子どもたちを森に置き去りにする計画を立てた。そうですね」

「わ、私は反対だ! 子どもたちをそんな恐ろしい目に合わせるなんて」

真っ先に反論したのは夫のほうだった。続けて妻がヒステリックな叫びを上げる。

「仕方ないでしょう! そうしなければ、一家全員飢え死にするのよ!」

 ここまではゴリラとの打合せで想定済みだ。俺はゴリラの手腕に感心しながら、夫婦を諌める。

「お2人とも、落ち着いてください。旦那さんのお気持ちも、奥さんの苦渋の決断も、よくわかります。旦那さんに伺いますが、奥さんは子どもたちのことを大切に思っていると考えていますか?」

夫は声を震わせながら答えた。

「そう信じています。ですが、最近はもうわからなくなってしまいました」

 俺はちらっとゴリラのほうを見やる。ゴリラは軽く頷いた。今のところ大丈夫だということだろう。俺は次の質問を投げかける。

「そうなのですね。旦那さんに続けて伺います。奥さんは旦那さんのことを大切に思っていると考えていますか?」

 夫は俯きながら、やっとのことで絞り出すように答える。

「はい、そう信じています。しかし、私は妻の考えが恐ろしい」

 これも想定通りだ。そして、司会である俺の次の発言が鍵になるはずである。

「わかりました。それでは、ご夫婦2人ともに伺います。お2人は適正に財産分与と親権の相談をして、離婚をするという考えはありますか?」

 暫しの静寂。そして、

「私はっ……」

夫が口を開こうとした瞬間、妻の声が森の静けさを打ち破った。

「いやよ!」

 今にも泣き出しそうだった夫は、目を丸くして妻を見た。ヘンゼル、グレーテルは呆然として母親を見つめている。木々がざわめく。そして、妻は話し続ける。

「私は夫を愛しています! 離婚なんて絶対にいや!」

 予想外の答えだった。ここから、弁護士であるゴリラを通して協議をした上で親権を夫に移し、4人全員が生きられるように離婚後の財産分与配分を決め、できれば就職の斡旋を行う予定だったのだ。

妻は推理小説の最後で自供する犯人のように話し始めた。

「仕方がなかったのよ! 子どもたちを見捨てるしか! 私は、夫と暮らしたかった!!」

 金縛りにあったように固まって動かに夫と子どもたち、そして、俺。その緊張を破ったのは、ゴリラのとてもいい声だった。

「なるほど! 奥さんはとても家族思いですね」

妻は面食らったようだが、ゴリラを睨んで言い返した。

「家族思いだったら! こんな選択はしてないわよ! 私は子どもたちを見殺しにしようとしているのよ!」

 ゴリラは両手を広げ、この場にいる全員に語りかけた。

「はたしてそうでしょうか。皆さん、今日のお弁当は持っていますか?」

何のことだ。なぜゴリラはいきなり今日の昼食のことを気にし始めたのだ。呆気にとられる一同に構わず、ゴリラは話を続ける。

「出してみましょうか。旦那さんは、パンひときれですね。はい、ヘンゼルさん、パンひときれですね。グレーテルさんも、パンひときれです」

 なんだなんだなんなんだ。おいおい、ゴリラよ。まさか腹が減って、この人たちのなけなしのパンを貰おうとでもいうのかよ。そんな俺の心配をよそに、ゴリラは妻のほうに掌を向けた。

「奥さん、どうですか? そうですよね、パン、ないんですよね」

 えっ。

 ここからはゴリラの独擅場だ。

「そう、奥さん、あなたは自分のパンを持っていない。なぜか。それは自分はパンを貰わず、旦那さんと子どもたちに回しているからです。食材の管理をなさっているのは奥さんでしょう?」

 そうなのか!?

 妻は答えない。

「奥さん、あなたは旦那さんを愛している。そして、同じように子どもたちも愛している。しかし、どちらかを生かすためにどちらかを見捨てなければならなかった」

 黙っていた妻は、ここで再び感情を爆発させた。

「そんなこと言ってもどうしようもないでしょう! パンはない! お金もない! 夫もヘンゼルもグレーテルももちろん愛しているわ! でもどうしようもない! あなたがどうにかしてくれるとでも言うの!?」

 そうだよゴリラ。円満な解決策などないから協議をして、離婚、財産分与、親権の相談と可能なら就職の斡旋を行い、なんとか4人が生きられるかもしれない妥協点を探そうという話だったんじゃないのか。そう思ってゴリラに目を向けると、ゴリラはチッチッチッと指を振った。

「奥さん、私はその言葉を待っていました。ヘンゼルさん! 君のポケットに入っている小石を出してごらん」

 そう、ヘンゼルのポケットには小石が入っている。俺はなぜかそのことを知っているし、普通に拾っているところも見た。だが、それが今の状況とどう関係があるというんだ。

 ヘンゼルはポケットから小石を出す。陽の光を反射した小石はキラキラと輝いている。ゴリラは満足そうに頷いた。

「さて、この小石ですが、これ自体は対して価値のないものです。しかし、石の成分を見るに、この辺りには鉱脈がある」

 鉱脈!?

 俺たちが目をパチクリさせていると、ゴリラの手にオーラのようなものが集まっていくではないか。

「だから、こうしてちょっと掘り返してやれば――」

 ゴリラの手に集まるオーラが一層光を増していく。そして、ゴリラはその拳で地面を叩いた。

大地が震え、砂塵が舞う。木々が揺れる。森の動物達のざわめきと雄叫びが聞こえる。

砂煙が晴れ、森が再び静寂を取り戻したそのとき、抉られた岩石の表面から、紫色の宝石が顔を出していた。巨大なアメジストだ。

「こんな風に、宝石が出てきます。これを売れば、しばらくは食べるに困らないでしょう。木こりの仕事を真面目にこなせば、この飢饉が終わるまでなんとか耐えられるはずです」

 信じられなかった。家族全員が幸せに暮らすエンディングを強制的に作り出してしまったのだ。ヘンゼルとグレーテルを疎んでいる意地悪な母親は存在しなかった。

それに、あのパンチ。赤ずきんのおばあちゃんの家で見たものとは比べ物にならない破壊力だった。野蛮なことは好まないんじゃなかったのかよ。

そんな俺の表情を察したのだろうか。ゴリラはニッと笑って言った。

「私は野蛮なことは好みませんよ。”生き物”を殴るなんてとてもできません」

 ゴリラはとても優しいやつだった。


 その後、川で水を汲んできて、みんなで飲みながらパンを食べた。城下町に宝石を売りに行く計画を立てた。これから俺はどうしようか。そんなことを考えていると、急激に眠気が襲ってきた。朦朧とする意識の中、俺は視界の隅にゴリラの姿を捉えていた。

「グッドラック」

 その姿は、俺にそう言っているように見えた。

少しなろうらしくなってきた気がします。

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