表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面の下に住まう悪魔は這いずりながら静かに笑う  作者: 相馬惣一郎
第一章 それぞれの思惑
7/22

06

(ひょっとして告白かしら……)

 ただならぬ二人の空気を目ざとく察知した相沢絢香は即座に、これはおもしろいことになるかも、と思った。

 ざっと周囲を見回してみる。

 どうも彼らに関心をもったのは自分だけのようだ。

 二人が移動し始めたので絢香は手早く靴を履き替え、そっとあとをつける。

 それにしても直人くん、あんな子がタイプだったなんて、ちょっと意外。大人びたお姉さんタイプが好みだと思ってたんだけどなあ。ホント意外だわ。やっぱり男って、ああいう守ってあげたいって思わせる子のほうがいいのかなあ。わっかんないなあ、ただイラつくだけだと思うんだけどなあ。

 でも……。

 絢香の顔に笑みがこぼれる。

 これって香織のやつ、ピンチってことよね? ホントおもしろくなってきたわ。直人くんの気ィ引こうとしていろいろやったあげくがこれって、マジうける。だいたいお高くとまりすぎだっつぅーの。何様のつもりなのかしら。元カレがヤバい奴だかなんだか知らないけど、あの調子にのった態度がウザいのよね。ああー、クラス変わってよかったー。また同じクラスだったらって思うとぞっとするわ。

 まあ、いいことがなかったわけじゃないのよね。あいつが直人くんと知り合いだったおかげで隆史と付き合うことができたわけだし、まあ、それはよかったんだけど、直人くんと同じクラスのせいで、なんかあるたびに情報送んなきゃいけないのが面倒なのよね。ホント、あたしはお前の奴隷かよって、まあ、送るけどね。送らなきゃ、それはそれで面倒だし。


 絢香は去年の一年を過ごした懐かしい廊下を感慨深い気持ちで進んでいく。前の二人は階段のほうへ進み、絢香の視界から消えてしまった。

(おっと、そこが告白の現場かい?)

 絢香は少し足を速める。

 でも、直人くんも意外と大胆よね。朝っぱらから告白っていうのもそうだけど、非常口からいったん外に出てっていうんじゃなくて、あの階段でねえ。確かに人通りは少ないけどゼロってわけじゃないのよね……ひょっとして、告白じゃないのかしら。まさか! あの女、直人くんの弱みを握ってて脅迫しようとしてるんじゃ、それだったら彼の緊迫した顔も、朝っぱらから二人で会おうとするのも、うなずけるわ。きっとなんらかの交渉がおこなわれるのよ。

 これは一大事だわ。あたしがすべてを聞いて、逆にあの女に正義の鉄槌をくらわしてやらなくちゃ。

 絢香はさらに、足に力をくわえた。聞き逃してはいけない、と手にも力がこもる。なるべく足音をたてないようにして、なんとか廊下の端にたどり着く。

 男の声が聞こえる。普段の明るいトーンとは違って、やや抑え気味ではあるが、確かに直人くんの声だ。

「――ただ、これだけは覚えておいてほしい。ボクはキミの味方だ。たとえ、どんなことがあろうとも。ボクはキミの友人でありたいと――」

 話を聞いているうちに絢香の興奮は静まっていった。音声を録音しようとしていた手もとまってしまった。

(告白……なのかしら?)

 脅迫でなかったことにひとまずほっとしたものの、その内容に絢香は困惑せざるを得なかった。

 ようは、お友だちからはじめましょう、ってことよね? でも、それにしては言葉が仰々しいっていうか、重いっていうか、告白っていうより、むしろこれから飛び降り自殺しますって子を説得しようとしてる、っていったほうがしっくりくるっていうか、なんかこう、変なのよねえ。

(うーん……)

 絢香がうなっている間に階段を駆け上がっていく音がした。

 まあ、でも、あの口ぶりからすると、あの女のことが好きなのは確実ね。好きだって言いかけて、まだ早いと思ってやめたみたいだし。まあ、ただ意気地がなかっただけなのかもしんないけど。

 絢香の顔がほころぶ。

 どっちにしろ、いい情報がゲットできた。

 直人くんがあの女にふられるのか、それとも付き合うようになるのかはわかんないけど、どうもかなり本気みたいだから、しばらく香織の相手なんかしないはず。必死にアプローチをかける香織の姿は見ものだわ。滑稽というより、あわれかも。かわいそうな香織ちゃん……アハハ、これは教えられないわ。まあ、あいつのことだからすぐに気がつくと思うけど、それまでは存分に笑わせてもォーらおっと、ハハハ。


(……それにしても、ちょっと変ね)

 絢香は階段のほうへ意識を向ける。

 階段を駆け上がる音がしてから何も聞こえてこない。あの女はまだそこにいるのだろうか。それとも気づかないうちに立ち去ってしまったのだろうか。そうだとすると、あの女が忍びの才能に素晴らしくあふれているか、自分がよほど間抜けかのどっちかということになる。

 そっとのぞくと、まだそこにいた。

 踊り場にあがったすぐのところで彼女は立っていた。やや斜めではあるが、こちらからは彼女のうつむいた横顔が見える。その顔はひどく思いつめた様子だった。

 あら、ひょっとして効いちゃってる? 嘘でしょ? あはー、マジかー、あれが効いちゃうのかー、そっかー。あたしだったら笑い飛ばすところなんだけどなあ、けっこうお花畑ちゃんなのかしら……。

 あっ……。

 まさか、ひょっとして二人は知り合い?

 あー、そっかー、そういうことかー、かつて愛し合った二人が旅路の果てで再会って、ハハハ、いいねえ、ロマンチックよ、うふふ。

 彼女の愛を裏切ってしまった直人くんは、彼女と再会してそのことを後悔するのね、だから、信じてくれとか、欺かないと誓うとか言ってたんだわ。それで友だちからでもいいからまた交際しましょうって、ハハッ、直人くん、あんたちょっと見事な優柔不断っぷりだわ。将来、女ったらしになること必死。その卓越したたらしの才能を駆使して次々に女性たちを毒牙にかけていくのね、うはっ、もうお姉さんはニヤニヤが止まりません、アハハ。もお、ちょっと直人くん! それはダメよ。いくらなんでも限度ってものが……お姉さんは許しません、うふっ。

 ああ、でも愛すべきは山口さん、あなたなのよ。彼女はまだ彼のことが好きなのね。けれど彼のことを忘れようとしている。ええ、そうよね、さすがにあんなことをされちゃあ、忘れようともするわね。でも、まだ彼を好きだって気持ちが残っているのよ。うんうん、カワイイ、カワイイ……うふふ。

 そして彼の必死の説得に今また、心が揺れ動いているの。ええ、わかる、わかるわ、あなたの気持ちが、痛いほどよくわかるわ。だから昨日はあんな態度をとってしまったのね。彼を拒絶しようとするあまり、あたしたちまで、彼を取り巻くすべてを拒絶しようとしてしまったのね。ええ、いいのよ、何も言わなくて、すべてわかっているわ、お姉さんはあなたの味方よ、うふふ。

 うーん……でも、なんか前に似たような話を聞いたような気もするのよねえ。

 香織から聞いたんだったかしら? どうだっけ?

 ……まあ、いいわ。

 ドラマなんかじゃよくある話だし、思い出せないってことは、たいして似た話じゃないってことでしょ、きっと。

 絢香がもう一度のぞき込むと、すでに誰もいなくなっていた。

 あら、あたしとしたことが、いけないわ。

 そこでベルが鳴ったので絢香はあわてて教室を目指した。

 教室に入って、さりげなく二人の様子を確認する。顔を合わすこともなく、赤の他人のようだった。授業が終わり、休み時間になっても二人が接点を持つことはなかった。それから次の休み時間も、その次も彼らは他人として振る舞っていた。

 やっぱりみんなの前では秘密なのね。

 香織からのメッセージを受け取ったのは、そんなことを考えていたときだった。内容を確認し、絢香は首をかしげた。

 あいつ、いったいどういうつもりなのかしら……これじゃまるで二人の仲を取り持つようなもんじゃない……あー、ひょっとして寛大さアピールってわけ? はっ、ちょっと、どんだけ自分に自信があんのよ、マジうける、アハハ。ざぁーんねんでした、直人くんの心は山口さんのものなんです。あいつマジ気づいてないじゃん、ハハハ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ