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掌編

最後の晩餐

作者: 土井留ポウ

  破壊された瓦礫の街が再び大戦で破壊され残った瓦礫もほとんど粉となって風に飛んでいったようだ。戦争は生き残った人々を新たな戦争に駆り立てたのだ。大きな土台が破壊された後、そこから分割された土台も破壊され、更に残った滓のような土台も破壊され、破壊された残骸も破壊され、粉となって地上に舞うだけになった。どこもかしこも平らだ。見渡す限りの地平線だ。夕焼けがやけに眩しい。

 夕焼けの彼方に一点の染みが作られている。逆光になって見えにくいが、何かがこちらに向かっているらしかった。私はそれが近付いてくるにようやくそれを認識すると、右手を挙げた。それは移動型店舗だった。傾いた看板が懐かしい記憶を思い出させる。破壊をまぬがれてこの更地の地上を彷徨い続けているようだ。ガタガタと奥の一つのタイヤが取れかかっているようで、まさに足を引き摺るように、こちらに向かってくる。やっと人に出会えたという喜びが、そのコンピューターの職業柄であろうか、滲み出ていた。

 移動型店舗は私の前まで来ると停止しエアーを放出させながら扉を開けた。壊れかけた上部の電照板から「いら・しゃ・ませ」と、ところどころ文字を欠落させながら客を歓迎している。【ルームメイト亭】年若い女性が当時流行した女子会をしている看板でお馴染みのチェーン店だが、今ではその写真は薄汚れ、黄ばみ、強烈な酸性雨でほとんど溶けてしまっていた。ただ、もともとは安い不味い店員も客の態度も悪い場末の飲み屋的な存在であり、方向転換を図ろうと模索している最中だったということが、にわかに私の脳裏に蘇ったのである。私の記憶によれば以前は【酔いどれ共和国】という屋号であったはずだ。

「ルームメイト亭へようこそ」

 店に入ると、カウンターを挟んだ向こうに棒状の板前が私を見る。ロボットである。ネジが外れ一部の基盤が剥き出しになっている。

「女子会のお客様ですね」

「違う。私は一人だ。それに女子ではない」

「左様でございますか。ああ……ごぼ……うぇえええええええ」

 この棒状のロボットはその場で回り始めた。

「酒だ」

 私が言うと、ロボットはその場で回りながら、グラスに酒を注いだ。遠心力でグラスの中はすぐに空になった。

「缶でよこせ」

 私が言うと、ロボットは回りながら、チューハイの缶を投げた。投げたというより胸が開いて飛び出したのだ。

「投げるな」

 私はそれの落ちた背後の壁まで拾いに行き、席に戻ってタブを開け、久々のアルコールにありついた。

「おい。何か肴はあるか」

「かりかりクリスピーならございます」

「じゃあ、それを呉れ」

 かりかりクリスピーは衣もさくさくで中の具は肉厚でジューシーであった。

「おい、チューハイでは駄目だ。もっと強い酒はないのか」

 私がこう言うと、ロボットは回りながらグラスを取り出す。

「待て。缶でよこせ、あるいは紙パックでもいい」

 私がすかさず言うと、ロボットは回りながら、その胸が開いて紙パックが飛び出した。

 私がそれの落ちた背後の壁まで取りに行くと、それは焼酎であった。

「なかなかやるじゃないか」

 私は席に戻り、紙パックの上部をこじ開けてそれを呑むと、酔いが心地よく回るのが嬉しかった。

「もっと肴はないのか」

「ぴちぴちクリスピーがございます」

「じゃあ、それを呉れ」

 ぴちぴちクリスピーは躍り食いで生きていた。箸で一つ一つ摘まんで食べるのであった。その他ぴり辛クリスピー、うまうまクリスピー、天然クリスピーなど、種類が豊富だ。天然と養殖の見分けがつかず、そもそも放し飼いである。生物と言えば私とこの生物しかいないのだった。もはや世界中の何処を探したって見つからないだろう。この店舗の中だけに繁栄を極めている。

「ぴちぴちクリスピーが一番美味いな…」

 私は酔眼朦朧として、そのクリスピーをいとおしく見詰めたのだった。

クリスピーとは、英語でパリパリと小気味良い手応えを感じるさまなどを意味する表現、だそうです。

ここでのクリスピーとは何か、言わずもがな、ですね。

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