0091.守られた約束
朝になり目覚めると、真ん中で寝ていたカハルちゃんがいない。視線を少し下にずらすと――居た。一人で座れるようになり、体もまた大きくなっている。本当に不思議な体だなぁ。僕は布団に横になったままで、何をしているのかなと見ていると、布団の上からヴァンちゃんのお腹を撫で始めた。
「……ん……うん? カハルちゃん?」
ヴァンちゃんが起き上がり、カハルちゃんの前に座る。
「おー、カハルちゃん、また大きくなった。一人で座れて偉い。よしよし」
頭を撫でられたカハルちゃんが嬉しそうに笑う。
「ヴァーちゃ」
「おっ、喋った! 凄い、カハルちゃん」
「ヴァンちゃ、あんがと。だい、しゅっきー」
「ん、俺の名前? 何のありがとうだ? まぁ、いいか……。俺も、カハルちゃん大好き」
ヴァンちゃんが不思議そうにしながらも、嬉しそうにカハルちゃんを抱き締めて頬擦りする。きゃっきゃっと笑うカハルちゃんも頬擦りし返す。
でも、僕には分かった。ペルソナを倒しに行く前にした約束。
戦いから帰って来たら、カハルちゃん自身がヴァンちゃんに『ありがとう』と『大好き』を伝える事。
喋れるようになって真っ先に約束を果たしてくれた。僕はそっと布団に深く潜り込むと、嗚咽が漏れないように手で口を塞ぎながら、ボロボロと泣く。やっと今、深く実感した。
あぁ、やっと、カハルちゃんが僕の元へ帰って来てくれた……。
シン様が僕の顔を見て、何かを言い掛けて口を噤む。泣いたのがばれてしまったようだ。曖昧に笑って通り過ぎようとする僕を、シン様が後ろから抱き締める。
「よく頑張ったね。カハルを望んでくれて、ありがとう……」
思わず涙が出そうになるのを深呼吸して落ち着かせる。
「……シン様、そんな事を言われたら涙腺が決壊しちゃいますよ」
くすりと笑ったシン様が、僕の頭を撫でてから離れて行く。ヴァンちゃん達にばれる前に顔を洗ってこよう。
カハルちゃんがニコニコ顔で僕とヴァンちゃんの間に座る。嬉しそうに交互に僕達の顔を見て、ニパッと笑い掛けてくれる。
「カハル、ご機嫌だねぇ」
「うん。ヴァーちゃとニコちゃ、うれしっ」
「ふふっ、良かったねー。カハルも一緒にご飯を食べようね」
「うんっ」
可愛い……可愛すぎる! ギュッとしたい。でも、ご飯だから我慢我慢。後で思いっきり撫でよう。
「ヴァンちゃん、カハルにリンゴの擂りおろしを食べさせてあげてくれる?」
「了解です。カハルちゃん、あーんする」
カハルちゃんが小さなお口を開けると、ヴァンちゃんがスプーンに載せたリンゴをそっと入れる。
「カハルちゃん、もぐもぐする」
「――おいちっ」
「はい、もう一口」
嬉しそうに頬張るカハルちゃんに癒される。僕も食べさせてあげたい。そうだ、お昼はどうするのだろう?
「シン様、カハルちゃんのお昼はどうしましょう?」
「お昼はバナナを潰して食べさせてあげてくれるかな」
「はいっ、僕やります!」
勢いよく手を挙げて宣言すると、シン様とヴァンちゃんが一緒に笑い始める。カハルちゃんは不思議そうに見ていたけれど、次第に笑顔に変わっていく。
「たぁのし?」
「うむ、楽しい。カハルちゃんが大きくなって良かった」
「えへへ、もっと、おおきする」
「うむ。頑張って元の大きさに戻る。その為にも、いっぱい食べる。はい、あーん」
カハルちゃんは順調に器の中身を食べきった。食べ物でもエネルギーが補給出来るようになったから、成長速度が更に早くなるかもしれない。
リュックにカハルちゃんのお昼用のバナナを入れる。これだけは忘れないように、ずっと頭の中でバナナバナナバナナと連呼していたのだ。
「ニコ、ハンカチも持つ」
「はーい、ニコちゃん、上着も持ってね」
他が全て抜け落ちているとは……。ペコペコと頭を下げながら必要な物を受け取る。皆様、お世話になります。
「じゃあ、行くよ。二人共、くっついてね」
「しゅっぱーちゅ!」
カハルちゃんの掛け声と共に移動の魔法が発動した。
「おはよう」
「「おはようございます」」
「皆さん、おはようございます」
「おはまございまちゅ」
「おはようございます。喋れるようになったのですね」
カハルちゃんのたどたどしい挨拶に、ミナモ様が相好を崩す。その様子に微笑んでいたシン様が眉をピクッと動かし、カハルちゃんをミナモ様に預ける。あれ、どうしたんだろう?
「カーハールー! 何、今の挨拶。超可愛いんですけど!」
デレデレの顔で走り寄って来るヒョウキ様の顔面をシン様が鷲掴む。
「僕の可愛い娘に近寄らないでくれるかな」
「はなふぇー、鬼ー」
あぁ、余計な一言を……。ミナモ様が「見てはいけません」とカハルちゃんを深く抱き、僕達の向きを変える。背後でメシッという音がした。
「ふがっががぁーーーー!」
「変態と呼ばれたいのかな? それとも犯罪者だと指さされたいのかな? ねぇ、ヒョウキ」
「いっふぇー、はなふぇー!」
ミシミシミシ。お、恐ろしい音がした……。背後では一体何が起きているのだろうか?
「ニコちゃん達、お耳も塞ぎましょうか。はーい、塞いで下さい」
僕達はその言葉に従い、バッと耳を塞ぐ。
「んぎゃあぁぁーーーー!」
塞いでいても聞こえてしまった……。悲しき断末魔の叫びが。
ミナモ様がシン様にカハルちゃんを渡す。どうやら終わったらしい。
「おはよう。……なぁ、ヒョウキの顔に指の形が付いているんだが」
「ダーク様、おはようございます。気になさらないで下さい。自業自得ですから」
「ダーク、おはよう。もう行く?」
「あ、ああ。そうだな」
ダーク様が説明を求めて、こちらをチラッと見る。僕達は咄嗟にシン様を見てしまい、急いで視線を逸らす。その行動で全てを察したのか溜息を吐く。
「ダーク、おはにょー」
カハルちゃんがシン様の腕の中から手を振る。
「おはよう。喋れるようになったのか……可愛いな」
シン様からカハルちゃんを受け取り、ダーク様が顔を覗き込む。
「いっちゃうのぉ?」
「ああ。俺もカハルと居たいんだが、今日も魔物の封印が幾つか解けてしまいそうなんだ」
「ざんにぇん……」
「俺も非常に残念だ。なるべく早く終わらせて帰って来るからな」
「うんっ。まってりゅねぇ」
名残惜しそうにカハルちゃんを撫でてから、ダーク様達は出掛けて行った。
沈黙が落ちる。ヴァンちゃんがカハルちゃんをヒョウキ様に渡すか葛藤している。カハルちゃんは寝てしまったので確認も出来ない。
「魔力供給するから渡せ」
珍しく真面目な顔で言う。よっぽど堪えたらしい。だが、指型が付いたままなので締まらない。ヴァンちゃんは、じーっと確認するように見つめた後にカハルちゃんを渡す。
カハルちゃんを抱っこした直後から、指型が薄くなっていく。目には見えないけど、癒しの力が常に発動しているというのは本当なんだなぁ。
「お二人共、今日も書類配達をお願いしますね」
「「はい」」
お昼には遅れずに帰って来なきゃ。カハルちゃん、お昼は僕にお任せあれ!
カハルが約束を守れましたね。ニコちゃん、思わず号泣です。
ヒョウキも王様らしくしてれば、変態さん扱いされないと思うんですけどね~。
カハルが相手だと不器用です。
結局おんぶするんだから、チャンスを待てばいいのにと、ミナモは内心で思っています。
次話は、魔物退治(シン視点)です。
お読み頂きありがとうございました。




