0090.箸の特訓
シン様の家では、箸という木で出来た二本の棒を使って食事をする。でも、僕達は上手く使えないので、フォークとスプーンだ。だが、郷に入っては郷に従え。絶対に使えるようになってみせる。休日を使って特訓だ。
魔物退治に出掛けたシン様が練習用に色々と置いていってくれた。まず、箸の持ち方の紙を熟読する。僕達の指が四本なのに合わせて絵まで描かれていて、非常に分かり易い。
えーと、ペンを持つように親指と人差し指と中指で上の箸を持つ。まずは上の箸だけで上げ下げの練習。いちに、いちにっと。順調順調と思った矢先にヴァンちゃんと二人で箸を落とした。がっくり……。気を取り直して再度挑戦だ。いちに、いちに。
「出来た、かも?」
「そうかも。次に進んじゃう?」
ヴァンちゃんと頷き合って、次のステップへ。
――なになに、次は下の箸の練習かぁ。親指の付け根の所で挟んで、薬指の爪の辺りに当てる。ふんふん、こうかな? 絵と見比べながら同じ形にしていき、お互いに見比べる。
「ニコ、出来てる」
「ヴァンちゃんも良いと思うよ」
よし、次は上下合わせて箸を持つ。下の箸の形を保ったまま、上の箸を差し込む。――おぉ、出来た。これが正しい形ですね!
「出来たよ、ヴァンちゃん!」
興奮しながら伝えた僕の横で、カランカランという音が響く。
「あっ……」
ヴァンちゃんが小さく声を上げ停止した。
「ご、ごめんね、ヴァンちゃん。僕が声を掛けたから……」
「……いや、ニコの所為じゃない。もう一度やる」
何とか持つのに成功したヴァンちゃんと次のステップを覗き込む。
「えーと、下を動かさずに、上の箸を中指と人差し指で挟むようにして動かすだって」
僕が読み上げると、ヴァンちゃんが気合を入れて動かそうとする。
「……うまく動かせない」
「持ち方は合っているよね?」
「うむ。上を動かそうとすると下の箸が指から離れる。それに、上も挟むのが難しい」
どれどれ、僕も挑戦してみよう。挟むようにして持ち上げるっと。
「ニコ、人差し指だけ持ち上がってる……」
「何故⁉ あっ!」
カラーンと箸が落ちる。うぅ、また一からだなんて悲しすぎる。その後も何度も挑戦するが上手くいかない。どこかを動かすと、どこかが離れてしまったり、持ち方が変わっていたりする。ふぬぅ、負けるものか!
もう一度、紙をよく見る。上の箸は親指も重要らしく、支点の様にすると。ほうほう。ヴァンちゃんにも教えてあげよう。
特訓の末に何とか形になる。
「出来た……」
ヴァンちゃんが、しみじみと呟いている。うんうん、良かったよぉ。でも、僕は既に気付いている。ここがまだスタート地点だという事に。先は長い……。
「えーと、次のステップは実際に使ってみるだね。まずは、マシュマロを掴んで食べるだって」
「食べていいのか?」
「うん。おやつの時間になっている筈だからって」
「完全に読まれているな」
「そうだね……」
シン様には僕達が何にどれくらい掛かるか、お見通しらしい。
「じゃあ、早速。いただきます」
ヴァンちゃんがあっさりと掴み、マシュマロを口に入れる。
「うまい」
僕も食べようっと。あーん、ぱくっ、――にはならなかった。力が弱過ぎたのか、口に入る前にお皿に落下した。口を開けたまま固まった僕の肩をヴァンちゃんが叩く。
「――ドンマイ」
うぅ、恥ずかしい……。ええぃ、無様な姿のまま終わるものか! とうっ、――ぱくっ。やったぁ、成功した! よぉし、次だ次っ。
「次は、『冷蔵庫にオレンジジュースが入っているから飲んでね』って書いてある」
僕達は顔を見合わせ、冷蔵庫に向かう。開けると蓋にメモが貼られた器があった。『これを箸で食べてね』と書かれている。ジュースと器を運び、蓋を開けると、ひと口大に切られたリンゴが入っていた。
「うまそう。いい匂い……」
ヴァンちゃんと一緒にリンゴの香りを吸い込む。はぁ、甘酸っぱくていい匂い。
匂いを堪能し、箸で掴む。……滑る。よし、もう一度。――また、掴めない。目の前にリンゴがあるのに食べられないなんて酷すぎる。うぅうぅと唸りながらヴァンちゃんと挑む。あっ、ようやく一切れ取れた!
「はむっ。おいしい~。頑張った分、余計においしく感じるよ……」
ヴァンちゃんも隣でもぐもぐと口を動かしながら深く頷いている。
最後の一切れを食べる頃には、一、二回落とすだけで掴めるようになった。
最終ステップ。お豆を隣のお皿に移す事。
お皿に入っているお豆を箸で掴むと、勢いよくすり抜け床で跳ねる。カツーン、カツーン、カツッ……。
慌てて拾いに行きお皿に戻す。きっと、掴みにくい形だったのだろう。別のお豆に狙いを定め、えいやっと掴む。だが、勢いよく吹っ飛んだ。カツーーーン、カツッカツッカツ……。あんなに遠くまで行ってしまった。再度、拾いに行き、お皿に戻す。
今度こそ! 掴む力が強すぎたのかもしれないと優しく掴んでみると、ぽろっとお皿に落ちる。弱すぎたかな? えいっ! カツッカツッカツーーン……。呆然と見送り、暫し遠い目をする。出来る気がしない……。
チラッと横を見るとヴァンちゃんも遠い目をしていた。途中から拾いに行くのを諦めたのか、お豆が床に幾つも転がっている。僕達は揃って、じっと我が手を見つめる。何が、一体何がいけないのか……。
「ただいま。進み具合はどうかな? あー、うん。何も言わなくても大丈夫」
帰ってきたシン様が僕達の頭を撫でてくれる。一目瞭然ですよね……。
「豆を掴むのって難しいよね。箸を普段使っている人だって、失敗するから大丈夫だよ。ちょっと箸を貸してくれる?」
差し出すと、先端部分に風の魔法で一周ぐるりと線を入れていく。五本引いたら完成のようだ。
「はい、もう一回試してみて。力を入れ過ぎるのも良くないよ」
頷きお豆をひょいっと掴む。
「あれ、掴めた……」
まぐれだろうか? もう一度挑戦。
「掴めた……掴めました!」
「うん。凄いね、ニコちゃん。上手だねぇ」
「やったー! 出来たよ、ヴァンちゃん」
「凄い。一気に上達した」
「ヴァンちゃんも箸を貸してごらん」
僕の箸と同じように線が刻まれる。
「さぁ、やってみよう」
ヴァンちゃんが緊張した面持ちで箸を構える。
「――掴めた」
ヴァンちゃんが掴めた事にびっくりしている。さっきまで全然掴めなかったのだから当然だ。
「線のおかげ?」
「うん、滑り止めになるんだよ。他の課題は達成できたかな?」
「はい、全部出来ました。でも、なかなか上手くいかなくて挫けそうになりました」
「ふふっ。二人共、良く頑張ったね。偉い偉い。カハルも撫でてあげてね」
頷いたカハルちゃんが小さな手で僕達の頭を撫でてくれる。こんなご褒美があるだなんて。頑張って良かった……。
シンは行動を読んでいますね。さすが、お父さんです。
最初は順調でしたが、最後の豆は難関でしたね。転がっては拾い、転がっては拾い。
豆が飛んでく『カツッ』という音を書くのが途中から楽しくなってしまい……。
苦労を掛けて、ごめんよ、二人共。
次話は、カハルに更なる変化が起きます。
お読み頂きありがとうございました。




