0088.グラタン
午後は順調に配達が進んでいった。手に入れた限定ラムネとお菓子を手に城へと戻る。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい」
「ニコ、お帰り」
「ヴァンちゃん、待った?」
「いや、今さっき戻って来たところ」
「そう、良かった。見て見て、限定ラムネのマスカット味! それと、ヴァンちゃんのリクエストのラスクでしょ。これは僕用のジャムクッキー。あとはねぇ、はい、イチゴ飴。ヒョウキ様にあげたのが最後の一個だったでしょう?」
「ニコ、知ってたのか……。ありがとう、大事に食べる」
「うん、早速食べよう。ハッ⁉ ラムネを開ける道具が無い!」
「売店のお姉さんに借りて来るか?」
「それしかないよね。僕、行って来るね」
「ニコ、待てい。俺が開けてやる。ほれ、貸してみろ」
「ヒョウキ様、道具をお持ちなのですか?」
「うんにゃ。魔法で開ける」
魔法を使うだなんて、瓶が割れちゃわないのかなと不安に思いながら渡す。だが、予想に反してヒョウキ様が手を翳すと、あっさりとビー玉が下に落ち、口を塞いでいないのに泡が吹き零れる事も無い。
「ほれ、ニコ、ヴァン。飲め」
「「ありがとうございます」」
初めてヒョウキ様の事を尊敬した。隣ではヴァンちゃんがヒョウキ様に質問している。
「どうやって開けたのですか?」
「うん? 風の魔法を高速で打ち込んで、口も風で塞いだだけだぞ」
「俺も出来るようになりますか?」
「うーん、どうかな? これだけ小さな対象物だから、魔法を完全にコントロール出来ないと難しいと思うぞ」
「ヒョウキ様、今の様な事は出来る方が珍しいのですよ。ヴァンちゃん、あのような使い方は本来なら危険なのです。ですから、真似してはいけません。大怪我をしてしまいますよ」
ミナモ様に言われて、ヴァンちゃんが真剣な目で頷いている。最近、難しい事を普通にやる人が多くて、僕達は感覚が麻痺してしまいそうだ。
ミナモ様のチョコレートと僕のジャムクッキーを一枚交換する。色々と食べられて嬉しい。ヒョウキ様もヴァンちゃんのラスクと交換している。お菓子を食べて元気になったので、せっせと残りの書類配達だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ミナモ様に配達完了の報告をしていると、シン様とダーク様が帰って来る。そのすぐ後に、ヴァンちゃんも帰って来た。
「お疲れ様。さぁ、カハルを迎えに行こうか」
「「はい」」
ミナモ様達に挨拶し、フォレスト様の所に向かう。
「カハル、迎えに来たよ」
僕達を見て、カハルちゃんが目を輝かす。フォレスト様が絨毯に下ろしてあげると、勢いよくハイハイしてくる。
「はーい、良く出来ました。元気いっぱいだね、カハル。フォレスト、ありがとね」
「どういたしまして。カハル、またおいで」
「うー、あぶ、あう」
元気よく手をブンブン動かしているカハルちゃんを連れて帰途に着く。
「今日は、ヴァンちゃんの好きなグラタンを作ってあげるからね」
「はい。お願いします」
「うーあ、あぶ、あー? あーう、うー、あー」
カハルちゃんがヴァンちゃんに話し掛けている。何て言っているのか分からないのが、これほど悔しいとは!
「多分、ヴァンちゃんもグラタン好きなの? 私も好きみたいな事じゃないかな。どう? カハル」
カハルちゃんが激しく頷いている。お父さん、凄すぎる。
「シン様は、カハルちゃんの言葉が分かるのですか?」
「ううん。なんとなく、そうかなぁって思っただけだよ」
答えを聞いて、ヴァンちゃんが羨ましそうにシン様を見上げている。僕もなんとなくでいいから分からないものだろうか。
お風呂から戻ると、チーズの焼けたいい匂いが部屋中に広がっている。思わず大きく息を吸い込んでいると、シン様に笑われてしまった。
「冷めないうちに食べようね。はい、スプーンとフォークを運んでね」
「はーい」
ヴァンちゃんは嬉しいのか、先程からそわそわとオーブンを見つめている。シン様におんぶされているカハルちゃんの視線も、ずっとオーブンに注がれている。似た者同士だなぁ。
「はーい、お待たせ。焼けたよ。熱いから気を付けるんだよ」
こんがりと焼けたグラタンのお出ましだ。本当にいい匂い。
「では、いただきます」
「「いただきます」」
ヴァンちゃんが早速、グラタンをスプーンで掬う。チーズはとろりと伸び、真っ白なホワイトソースがたっぷりとマカロニに絡んでいる。うわぁ、おいしそう! ヴァンちゃんが口に入れようとして動きを止める。ここで急ぐと大火傷だもんね。
「ふー、ふー、ふーー。――あちっ、ふー、ふー、ふー。はむっ。――うまい!」
「ふふっ、良かった。二人共、火傷しないようにしてね」
僕も頂こう。チーズがのーびーるー。どんどんスプーンを上に持ち上げる。まだ伸びる。よく伸びるチーズだ。おっ、やっと切れた。ふーふーして、ぱくっ。
「ふふぉー、おいひい」
ホワイトソースは牛乳のコクがあって、マカロニはプニプニ。チーズがこんがりと焼けたところも素敵だ。
頬を押さえる僕に視線が突き刺さる。えっ、誰⁉ 視線を上げると、カハルちゃんが僕をじっと見ている。食べたい、食べたい! と目が訴えている。
「あの、シン様、カハルちゃんが食べたいみたいで……」
「カハル、ニコちゃんを凝視しないの。ちょっとだけホワイトソースを舐めさせてあげるから」
カハルちゃんが目をキラキラさせながら、シン様を見つめる。
「はい、カハル、あーん」
「あー」
本当にちょびっとだ。でも、口に入れた途端に物凄く嬉しそうに、へにゃっと笑う。かーわーいーい!
ヴァンちゃんと喜びを分かち合おうと横を見ると、ヴァンちゃんが非常に優しい顔をして、カハルちゃんを見つめている。僕も思わずニコニコしながら視線を戻す。
「これで終わりだよ。大きくなったらお腹いっぱい食べさせてあげるからね」
カハルちゃんがニコニコしながら頷いている。僕達は和やかな雰囲気のまま食べ終えた。
食後のお茶を飲んでいて思い出す。
「シン様、急なんですけど、僕達は明日お休みだそうです」
「そうなの? 僕は明日も魔物退治に行くんだよ。カハルはヒョウキに預かって貰う予定なんだけど、二人は村に帰る?」
「いいえ、僕達はお家の周りを探検しようと思っています」
「箸の練習もしたい」
「そっか。じゃあ、お昼はお弁当を作ってあげるよ。箸の練習も出来るようにしておくね」
「「ありがとうございます」」
幸せそうに眠るカハルちゃんを真ん中に、眠りにつく。明日も楽しくなりそうだ。
初めてヒョウキ様が尊敬して貰えました。普段の残念さが酷過ぎる……。
チーズが伸びると何であんなに嬉しくなるのでしょうね? 不思議で幸せな食べ物です。
そこにホワイトソースとマカロニが加わったら、凝視もしますよね~。
次話は、探検にしゅっぱーつ! です。
お読み頂きありがとうございました。




