0078.高速ハイハイ
朝、目覚めて隣を見ると、カハルちゃんが居ない。シン様が抱っこしているのかな? うんしょと起き上がって居間に向かう。そこで僕は目を疑った。これは夢だろうか?
昨日よりもだいぶ大きくなったカハルちゃんが高速でハイハイしている。速っ! 何であんなに速いの⁉ って驚いている場合じゃない。土間に落ちたら大変だ。
「カハルちゃん、待って下さい。危ないですよー」
僕が走って追い掛けると、遊んでくれると思ったのか、嬉しそうに笑って更に速度が増した。
「わぁっ、速い速い! 待ってぇ、カハルちゃ~ん」
「ふわぁぁ……。ニコ、何を騒いでいるんだ?」
「ヴァンちゃん、いい所に! カハルちゃんを捕まえて」
「うん? うわっ、速っ!」
カハルちゃんが笑顔でヴァンちゃんに迫って行く。ヴァンちゃん、頭突きされちゃうんじゃ⁉ その時、長い足が僕を追い越していった。
「――よっと。カハル、捕まえたよ~」
「うー、うーっ」
シン様に捕まえられて、カハルちゃんがジタバタしている。
「おはよう、二人共。顔を洗っておいで。ご飯にしよう」
「「はい」」
顔を洗って戻ると、カハルちゃんはシン様に大人しく抱っこされていた。さっきのハイハイで疲れてしまったのだろう。
「それじゃあ、食べようか。いただきます」
「「いただきます」」
ヴァンちゃんがキョロキョロしている。どうしたのだろう?
「沢庵ない……」
「今日は浅漬けというお漬物だよ。これも美味しいから食べてごらん」
ヴァンちゃんは頷き、人参をぱくりと口に入れる。
「うまい!」
「そう、良かった。沢庵も美味しいけど他にもたくさんお漬物の種類はあるから、一通り食べて貰おうかな。沢庵より好きな物が見付かるかもしれないよ?」
「あれよりも⁉」
ヴァンちゃんは漬物にはまったようだ。黙々と人参、キュウリ、大根と全種類を制覇している。ポリポリポリ……。ポリポリポリ……。その音に反応してカハルちゃんがキョロキョロしている。シン様が噴き出すのを必死に堪えているけど、時間の問題だろう。とうとうカハルちゃんが音の発生源がヴァンちゃんである事に気付き、ハッとした表情をしてシン様の手をペチペチと叩く。
「あぶっ、あー」
「ぶはっ、ははははっ」
残念、耐えきれなかった。僕もキュウリを食べよう。ポリポリポリ……。
「――これ、おいしいね! ヴァンちゃん」
「うむ。塩だけじゃない味がする」
「――あー、笑った……。それはね出汁が入っているんだよ」
「だし?」
「うん。昨日の肉じゃがとか、このお味噌汁とか、そこの出汁巻き卵にも使っているよ」
「この黄色のですか?」
「そうそう。食べてごらん」
柔らかな卵を口に運ぶと、濃い卵の味と共に、ジュワッとおいしい味が広がる。こんな食感の卵は初めてだ。
「だしは何でもおいしくしちゃうんですね」
「うん。茶碗蒸しもお薦めだよ」
「茶碗を蒸す?」
「ヴァンちゃん、茶碗の中に卵と出汁を合わせたものを入れて蒸す料理だよ。明日、作ってあげるよ」
「ん。楽しみ」
「うん、任せておいて。カハルの好物なんだよ」
それは是非とも食べてみたい。シン様のお家に住み込みで来たのは大正解だった。
カハルのハイハイ恐るべし。
ヴァンちゃんが漬物好きになりました。歯応えの良い物が好きな子です。
次話は、ヒョウキが失意のどん底です。
お読み頂きありがとうございました。




