0055.知らなかった思い
「ダーク様、ヴァンちゃんが目を覚ましましたよ!」
「そうか、やっとだな。俺も行って来るか」
「あっ、待って下さい。また寝てしまったんです。フォレスト様は疲れだろうって言っていました」
「そうか。――――カハル、もうこれ以上は抑えられない。すまない……。もう少し一緒に居させてやりたかったんだが」
「ううん、私の我が侭を聞いてくれて、ありがとう。ヴァンちゃんも目を覚ました事だし、もう行かないとね」
「どういう……事、ですか?」
「ニコちゃん、ごめんね。鏡の魔物を倒した後から、上位の魔物の動きが活発になっていたの。でも、ヴァンちゃんが目覚めるまでは一緒に居たいって、ダーク達に無理なお願いをしたの」
「もう、一緒に居られないんですか?」
「……うん。私はこれからペルソナを倒すために全身全霊を注ぐ。こんなに魔力が満ちている状態は、この先無いだろうから。ニコちゃん、短い時間だったけど楽しかったよ。ありがとう……。ヴァンちゃんには直接言えそうにないから伝えてくれるかな? 『ヴァンちゃんが怒ってくれた時は本当に嬉しかったよ。一緒に居てくれてありがとう』って。お願い出来るかな?」
僕は泣くまいと唇を噛み締めていて、言葉が出てこない。こんなに急に離れるなんて考えてもみなかった。
「ごめんね……ニコちゃん」
カハルちゃんが僕を抱き上げて額と額をくっつける。カハルちゃんの涙がポツポツと僕に落ちると、涙腺が決壊した。泣きじゃくる僕の背中を優しく撫でてくれながら、カハルちゃんが話し出す。
「二人に会えて本当に良かった。私に幸せをくれてありがとう。二人共、大好きだよ。――また、会おうね」
その言葉に涙でぐしゃぐしゃの顔を上げる。
「ぜ、ぜっ……たいっ、ぐすっ、絶対、です、よ」
「――――うん。絶対」
カハルちゃんの長い沈黙に気付いたけど、僕は絶対にカハルちゃんと再会するのを諦めない。ヴァンちゃんだって、きっとそうに決まっている。僕は涙を拭い、カハルちゃんを見つめる。
「ちゃんと、伝え、ます。ぐすっ、うっ……。でも、帰って、きて、ちゃんと、ひっく……自分、でも、伝えなきゃ、駄目で、す。許し、ません!」
つっかえながらも何とか言えた言葉に、カハルちゃんが目を丸くし苦笑する。
「ニコちゃんには敵わないなぁ……。誤魔化しは無しで正直に言うね。もし、勝てなかったら、転生して絶対にニコちゃんとヴァンちゃんに会いに行くから。私の事を覚えてなくても一から仲良くなって貰う。大好きだよって必ず伝えるから」
「はいっ。待ってます!」
カハルちゃんが僕をそっと床に下ろし、僕の頭を優しく撫で背を向ける。ダーク様は「またな」といつものように軽く言って僕の頭を手荒く撫でると、カハルちゃんと共に部屋を後にした。
僕は布団に潜り込み、ひたすら泣いた。時々、精霊さんが心配そうに様子を見に来てくれる気配を何度か感じたけど、出て行く事が出来なかった。
……知らなかった。カハルちゃんがこんなに大事な存在になっていたなんて。
……知らなかった。僕がこんなに泣く事が出来るなんて。
……知らなかった。こんなに心がバラバラになりそうな思いがあるなんて。
僕は気を失うように眠り、翌朝を迎えた。
突然の別れです。
失うかもしれない状況になって初めて知る事。
大事だよと思っていても、それはほんの一部に過ぎなくて……。
実際には溺れて息も出来ない程、心へ静かに降り注ぎ、深く深く溜まった感情や思い達。
陳腐な言葉かもしれませんが、ニコちゃんとヴァンちゃんにとって、カハルは運命の人です。
次話は、ヴァンちゃんにカハルの言葉を伝えます。
お読み頂きありがとうございました。




