0004.癒しの光
「カハル、準備できたぞ」
「私も出来たよ」
その言葉を合図にしたかのように、鏡を包み込んでいた炎がふっつりと消えた。そして、僕達は見た。鏡から突き出た、僕の胴体ほどはありそうな真っ黒で短い毛にびっしり覆われた腕を――。
ひゅっと息を吸い込む音が後ろから聞こえた。僕の背中を冷や汗が伝い落ちる。そんな僅かな間の後、魔物は咆哮した。
「――――――アッ、――――――ッ」
それは声というより衝撃波のようだった。石で出来た天井や壁の装飾がボロボロと剥がれ落ちていく。そして、僕達を守ってくれた土の壁が一瞬にして砂と化す。
声が憎悪や怒り、妬みなどの負の感情で出来た爪となり、神経をガリガリと引搔いていくようだった。発狂しそうな不快感に目を瞑り、歯を喰いしばって耐える。
そんな僕の耳に廃れた古代語が綺麗な歌声に乗って届く。体がふっと軽くなり、清涼な空気を感じる。そろそろと目を開けると、結界内が黄緑色の柔らかな光で満ちていた。
女の子が歌いながら僕に小さく手を振ってくれる。その後、さっきの声で失神してしまった子達を順々に回り、手の平を翳していく。そうすると、黄緑色の光に包まれ数秒後に目を覚ます。
「ダーク様、あの綺麗な黄緑色の光は何ですか?」
「あぁ、あれは癒しの光だ。カハルにしか使えない」
「癒しの光は、怪我とか治せるんですか?」
「そうだ。――あれを見てみろ」
ダーク様が指さす方を見ると、失神した時に石の破片に額をぶつけたらしく、血を流している子がいた。女の子がそっと手を翳すと、みるみるうちに傷が塞がっていく。そして、毛に付いていた血を水で洗い、あっという間に乾かしてしまった。
「今の全て魔法ですか?」
いつの間にか横に来ていたヴァンちゃんが、ダーク様に聞く。
「あぁ。癒しと水と風の魔法の順だな」
「どの程度の怪我まで治せるんですか?」
「死人以外なら、全ての病気や怪我を治せる。後は心を落ち着かせたり、精神的なものにも効く」
「……人間なんですか?」
(な、なんてこと聞くの、ヴァンちゃん!)
「いや? 違うな。だが、お前たちが知っている存在だ」
(あっさり違うって言った……)
「教えて頂けないのですか……残念」
「くくっ。後で教えてやるよ」
「はい。――ニコ、いい加減に口を閉じろ」
ヴァンちゃんに言われて、次々と聞かされる新事実に塞がらなかった口をバクンと閉じる。驚愕しかないです、ハイ。
「グッ、オァーーッ⁉」
呻き声にハッとする。何故か絶対の安心感があって、戦闘中なのに魔物の存在を忘れていた。そして、攻撃されていないのに苦しむ魔物。もしかして、これが癒しの光の力だろうか?
僕につられて魔物を見たダーク様が教えてくれた。
「カハルが歌っているだろう? あれは、ただの歌じゃない。魔物には毒となる癒しの光を込めて、強力な拘束の魔法を編んでいるんだ」
ほぉー。どれだけ高スペック……。見ていると、肩まで出ていた腕がじりじりと鏡の内側に入り始める。
歌が終盤に入ったのか高音で盛り上がっていく。それと同時に女の子の体から、ユラリと黄緑色と赤色の焔が混ざりながら立ち上っていく。歌の終わりと共に手の平に収束された焔は、意思を持った弾丸のように一直線に鏡に突っ込んでいく。
到達した焔により、真っ白な閃光と、ドゴォーーーンと凄まじい音が響く。振動と突風により、また天井や壁から石の破片がパラパラと落ちてきた。
閃光が消えた後には、魔物の腕が無くなっていた。やった! 倒した⁉ と思い、期待を込めて女の子を見やる。
カハルに人外の疑惑浮上です。
こういう時に、サクッと聞くのがヴァンちゃんです。躊躇いがありません。
次話は、お高い闇の国の国宝が登場です。
お読み頂きありがとうございました。