0045.鏡の魔物との再戦1
月に掛かっていた雲が少しずつ剥がれていき、煌々と月明かりが窓から射し込んで来る。ゆっくりと瞳を開いた、大きなカハルちゃんが剣を構えたのを合図に戦いは始まった。
「――ガァッ――アァ―――!」
魔物が咆哮を上げながら、鏡を覆っていた布と闇の糸を引き千切り飛び出してくる。その背後で役目を終えた鏡が粉々に砕け散った。
「笑止! ダーク、貴様の闇の糸ごときで我を止められると思うてか? おぉ、白き者達も揃っておるなぁ。今から一匹ずつ引き裂いてやろうぞ。そなたの目の前でな、カハル」
「黙れ、負け犬が。攻撃開始!」
ダーク様の声を合図に、ドンと勢いよく飛び出したヴァンちゃんが右側から鉤爪を振るい、カハルちゃんが左側から剣を振り抜く。だが、その攻撃は魔力を纏った両手で受け止められた。
手が元通りになっている⁉ 眼は? 潰れたままだ。再生できるって事?
「第三の目があるから、手の再生を優先したか。チッ、面倒な奴だ」
ダーク様が舌打ちしながら長剣に力を溜めていく。その間に僕達は、次々と手裏剣や魔法粉を魔物に向かって放つ。煩わしそうに振られた腕でほとんどが弾かれるが、幾つかが当たる。
当たった途端、魔物の黒い体に小さな赤い花が咲く。魔法粉の袋には風の魔法粉と小さなフォルタルの欠片が大量に入っている。着弾した途端、風の魔法でフォルタルが体の内部へと高速で打ち込まれる仕組みだ。さすが、最強の金属。魔物の硬い皮膚を突破した。
「ほぉ、我に傷を付けるか。――まずは、貴様から屠ってやろう!」
魔物の一番近くに居た仲間に高速で黒い蔦が巻き付き、ぎしっと身体の軋む音がする。
僕の投げた手裏剣とトウマの放った弾丸が蔦を切り裂く。ごふっと血を吐く仲間をカハルちゃんが空中で抱き留め、癒しの光で即座に治す。その間に、他の皆で集中攻撃を行う。煩わしそうに魔物が一歩一歩と歩みを進め始める。
ダーク様の長剣が振られ、巨大な風の刃が何十も魔物を襲う。だが、周りの闇を一気に集め、刃を包み込んでしまった。ぼこぼこと大きく蠢く闇が静かになる頃、魔物がニヤリと嗤う。
「この程度かぇ? 随分と舐めた真似をしてくれる。我はペルソナ様の側近ぞ。もっと歓待して欲しいものよ。おぉ、そうだ。これで本気が出せるかぇ?」
大量の黒い蔦が白族だけを目指して伸びてくる。切っても切ってもキリがない。既にほとんどの仲間が巻き付かれている。
「――ふざけるなっ!」
カハルちゃんの怒りの籠った声が響き渡った途端、蔦が霧散し怪我が一瞬で治る。
「おぉ、その眼だ。ふはははっ、もっと傷付いた顔を見せよ。ほれ、歯向かってみせよ。我を楽しませろ!」
「悪趣味が。消えろっ」
ダーク様とヴァンちゃんが同時に動いた。ザシュッと鉤爪が魔物の目を狙い、ダーク様が胴体へと斬り込む。魔物の爪が攻撃を受け止めようとしたが斬り飛ばされ、魔物が目を見開きながら後ろに大きく飛ぶ。
「ほぉ、貴様にはこの目の礼もしなければ。どのように嬲って欲しい? その白き毛皮を真っ赤に染め上げるのが望みかぇ? それとも――」
「……気持ち悪い」
ヴァンちゃんがポツリと放った言葉を合図に、攻撃支援の全員が一斉攻撃を仕掛ける。カハルちゃんとダーク様の放つ風魔法で超高速になった魔法粉の弾丸が四方八方から魔物を襲う。
「弱き者達が、我に歯向かうなぁぁっ!」
赤い目を爛々と怒りに輝かせると、闇をマントの様に翻し、次々と弾丸を振り払う。だが、全てを防げず、新たに幾つもの赤い花が咲く。そこに直接攻撃が出来る全員で向かう。だが、魔物の第三の目が開かれた瞬間、戦局は傾いた。
何が起こっているか一瞬分からなかった。足首を掴まれ床に叩き付けられたのだと全身の痛みで理解する。そんな僕の目の前で仲間達が衝撃波で次々と吹き飛ばされていく。
確かに伸ばされた腕は避けたのに何故? 視線を上げていくと魔物は形を変えていた。どろどろとした黒い液体に赤い目が浮かんでいる。魔物は伸ばしていた触手の様な闇を仕舞い込むと元の形に戻っていく。あれに足を掴まれたのだろうか?
「ニコ、下がれ」
ダーク様が僕の前に立ちはだかり、黒い蔦の攻撃を受け止めてくれる。僕の足は完全に折れてしまっていた。他の部分も酷く痛むのを堪え、ズルズルと腕の力だけで這っていく。
ヴァンちゃんとダーク様が協力して攻撃している間に、カハルちゃんが仲間達を救い出していく。最後の一人に手が触れた途端、地面からドンと音を立てて黒い柱が立ち昇り、カハルちゃんを包み込んだ。
「なっ⁉」
「ほっほっほ、愉快、愉快。我の罠に見事に掛かったわ。其方は昔から変わらぬのぉ。他人にばかり気を回して痛い目を見る。暫くそこから見ておるがいい。其方は最後にたっぷり可愛がってやろう。ほんに、楽しみよ」
魔物が上機嫌に言い放ち、その体を液状に変化させると高速で回転しながら鋭い闇の針を無数に放っていく。
ダーク様が分厚い土の壁で阻みながら風の刃を次々と放つ。動きが鈍った魔物にヴァンちゃんが風の盾を翳しながら迫り背中を斬りつける。
「――ぐっ、ほんに癇に障る小童よ! 今、息の根を止めてやるわっ」
そう言い放つとヴァンちゃんに襲い掛かる。それに加えて、僕に向かい黒い蔦を大量に放ってきた。咄嗟に腕で頭を覆う。
ヴァンちゃんの言う通り、ねちねちと気持ち悪い奴です。
今回もちゃんと耳栓してますよ~。
白族は殆どの子が読唇できちゃいます。優秀!
カハルが罠に掛かり、ニコちゃんが満身創痍で大ピンチです。
次話は、更に戦況が悪化します。
お読み頂きありがとうございました。




