0003.古代文字
鏡に向かって横は四人ずつ、縦は四列に並ぶ。
まずは平伏して床に額を付け、祈りを捧げる。
「全てに感謝を捧げます」
それが終わると立ち上がり、拳一個分くらいの間を開けて足を広げる。そして、胸の前で合掌をすると、鏡をひたと見据える。
一列目の右端の子が、リーーン、リーン、リリリと魔法具の鈴を徐々に早く鳴らしていき、最後にリーンと大きく一回鳴らすと、鈴を掴んでピタッと音を止める。
それを合図に全員が右足で床をダンッと踏み鳴らし、息をスッと吸い込むと歌い始める。
『私の願いをどうかお聞き入れ下さい
光は彼の者の脈打つ鼓動を刺し貫いて下さい
闇は彼の者の目を塞いで下さい
火は彼の者の邪悪な魂を焼いて下さい
水は彼の者の心を包み込んで下さい
風は彼の者の思考を切り刻んで下さい
土は彼の者の手足を地に繋ぎ止めて下さい
私の願いをどうかお聞き入れ下さい
この地に正常な光が満ちんことを
全ては正しき場所に帰らんことを
全ての魂に安息をお与え下さい
喜びと共に私を腕にお抱き下さい
願いは貴方の息吹と共に地上に広がるでしょう
ここは安息の地
全ては貴方の愛と共に空に還ることでしょう』
僕達の歌声が空間を満たしていくと、それまで浮いていた鏡が徐々に下降し、振動も少しずつ収まってきた。女の子はそれを合図にしたかのように、先程の二倍はあろうかという炎の玉を鏡に叩き付け、こちらに走ってくる。
「ダーク、マント貸して」
「ん? あぁ、そういう事か。――ほら」
「ありがとう」
女の子がマントを抱えて結界に走り込んでくる。
「ちょっと入れてね。さっきは、心配してくれてありがとう」
歌を止める訳にはいかないので僕はコクコク頷く。その間にも女の子はマントを地面に広げていく。不思議そうに見ている僕達に気付くと説明をしてくれる。
「あのね、ダークの持っている布と、このマントで二重に封印するの」
二重? と首を傾げる僕達。
「あの鏡には封じる力がほとんど残ってないの。それに、私に反応して魔物が目覚め始めているから、ダークの封じだけだと抑えきれないの」
どういう事? ダーク様も反応したかって言っていたし。
ハッ、まさか! 『うまそうな食料が来たぜ。ヘッヘッヘッ』って事⁉
た、大変だ(汗)。とりあえず僕の後ろに――って体の大きさがほぼ一緒だった。皆で囲んで隠せばいけそうかな? なんて一人でワタワタしていると、落ち着けとばかりにヴァンちゃんに肩で小突かれた。
そんな落ち着いている場合じゃないんだよ! と勢いよく顔を上げて周りを見ると、皆が生暖かい目で僕を見ていた。
(ニコだもんな)
(うんうん)
(また、盛大に勘違いしているよな)
口に出されなくても分かってしまった……。どうせ勘違い王ですよ。ぐすん(涙)。
そんな間にも女の子は着々とマントに魔法陣を描いていく。文字の様な物が見えたので目を凝らしてみると、それは古代文字だった――。
僕達は、モフモフの白い毛に真っ黒な鼻と瞳を持つ獣族だ。この外見的特徴から白族と呼ばれている。
山奥に住んでいて、木の実や畑で取れたお芋などが主食だ。ちなみに僕はどんぐり餅が好きだ。拾うのも楽しくて美味しいだなんて、どんぐりバンザイ‼ である。
主に王族・貴族・商人の方達からの依頼を受ける事で生計を立てている。その為、幼い頃から武術や礼儀作法などの様々な事を学ぶ。その中には語学の授業もあり、僕はそこで古代文字を知った。
授業では現在も使われているものを習うが、僕は廃れてしまった方に興味があった為、個人的に調べていた。
そして分かった事は、残存する文献が非常に少なく、一部の解読までしか進んでいない事と、深く関わった者は必ず原因不明の怪我を負い、側には真っ黒に焦げた本が落ちているという事だった。
僕はそれを知った時点で調査を止めたが、今回の仕事で、なんとなく推測がついた。
魔物を封じる鏡の縁には、廃れた古代文字がびっしりと刻まれていた。そして、魔族に詳しいという女の子が描く魔法陣。
あの文字は魔物と深い関わりがある。そして怪我と焦げた本は、魔物が出現した為なのではないか?
でも、この推測が正しいとしたら、この女の子は何者なのだろう? 桁外れの魔力と魔族や古代文字への知識、そして鏡の魔物が反応する存在――。
ニコちゃんはよく、『ハッ』とします。
そういう時は、大抵、勘違いを加速させていったり、心が暴走気味です。
白族の仲間達のように、「ニコだもんな……」と生温かい目で見てあげて下さい(笑)。
次話は、カハルだけが使える力についてです。
お読み頂きありがとうございました。