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0385.見せるのがお約束

「モモ、仕事が大丈夫なら泊まっていく?」

「え、いいの? 初めて言って貰えた……」


 モモ様が嬉しさに浸っている。それを了承とみなしたのか、シン様はさっさと話題を変える。


「明日の朝食はニコちゃんにお手伝いを頼もうかな」


 シン様がモモ様をチラッと見たので、ピーンと来る。あっ、ホットケーキを作るチャンスですね!


「任せて下さい! 張り切って作りますよ!」

「ふふっ。ニコちゃん気合たっぷりなの。期待しちゃおうっと」

「はい。カハルちゃんに喜んで貰えるように、力いっぱい作りますね」

「ニコ、俺のもよろしくお願いします」

「えー、一緒にやろうよ」

「俺はまったりするので忙しい」

「そう、まったり……って忙しくないじゃん! お手伝いを希望します!」

「ん~、じゃあ、カハルちゃんとまったり過ごすから忙しい」


 どこまでも断る気か。ぐぬぬ、と見ていると、シン様が僕を抱き上げて耳に囁いて来る。


「ヴァンちゃんは気を遣っているんだよ。ニコちゃん一人で作った方が、渡せなくて申し訳ないと思った気持ちが綺麗に晴れるでしょう」


 ヴァンちゃんって深く考える事が出来るんだよね。どうすれば僕に一番良いか理解している。心の中で「ありがとう」と言ってから、シン様の首に抱き付く。


「いいもんね~。シン様を独り占めしちゃうんだから」


 ヴァンちゃんはニヤリと笑うと、カハルちゃんを抱き締める。


「いいもんね~。カハルちゃんを独り占めしちゃうんだから」


 僕の口調そのままに返された。凄い違和感にセイさんが豆を掴み損ねている。


「あー……ヴァン。悪いんだが、いつもの口調で頼めるか?」

「了解。セイさん、豆落とす」


 苦笑してセイさんが頷く。外見はそれほど変わらないのに、喋り方に合う合わないがあるものなんだな。僕がやったらクールに見えるかな? んんっ、んっ、声を低めにしてっと。


「ヴァン、俺に栗きんとん取って」


 皆が残念そうな目で僕を見ている。そこまで駄目ですか? と見回すと、次々と視線を逸らされる。……はい、そうですよね。自分でやって気付きました。頑張って背伸びしているようにしか聞こえませんよね……。


「あー……、その、頑張ったな」


 セイさん! それでもフォローしようとしてくれる優しさが心に沁みます! 「じゃあ、ご褒美下さい」と口をぱかっと開けてみせると、フッと笑って「好きなだけ食べろ」と栗きんとんをスプーンで掬って入れてくれた。栗も甘いが、笑顔を浮かべたお兄様も弟妹にはとことん甘い。



 翌朝、早起きして準備に取り掛かる。ダーク様がモモ様を誘い、ラジオ体操とランニングに行ってくれたので、帰って来た時に驚かせる事が出来そうだ。


「果物はイチゴとオレンジとキウイがあるからね」

「はーい」


 泡だて器でシャカシャカとホイップクリームを作りながら答える。お鍋には生クリームにチョコレートを溶かしてソースを作ってある。モモ様の為に作っているけど、僕も食べられるので、豪華さに頬が緩んで仕方ない。


「変わるよ。ホットケーキを焼いてね」

「ありがとうございます」


 シン様が丸型を五枚ほど焼いた所で交替してくれる。ホイップクリームを作るのって大変だよね。シャバシャバの液体をもったりとさせるだけで腕がパンパンである。


 とろーっと生地を熊さんの型に流して焼いていく。焦がさないように注意深く見守り、二枚焼いたうちの良い方をモモ様用、いまいちな方を僕の分にする。


「綺麗に焼けたね。そろそろ帰って来るかな?」


 シン様と一緒に外を確認すると、スキップしているヴァンちゃんを先頭に、皆が帰って来るのが見える。ご機嫌だな、ヴァンちゃん。競争して楽しんだのかもしれない。


「ただいま。良い匂いがするね」


 モモ様が甘い匂いに気付いて、ホットケーキの方に視線を向けようとするので、思わず飛び跳ねながら手をブンブンと振る。あ~、目隠ししたいのに届かない~。


「どうしたの? そんなに慌てて」

「ダーク様、目隠しをお願いします!」

「任せろ」


 僕の意図に気付いたダーク様が、闇で目隠しを作ってくれる。アイマスクみたいに目を覆っているので、安心して席まで案内出来る。不思議そうにしながらも、大人しく僕の手を握ってくれるモモ様に感謝しつつ、座布団へ導く。


「ここに座って下さい」


 モモ様が正座し終わると、カウントダウンする。


「三、二、一.オープン!」


 タイミングよく外された目隠し。眩しそうに目を細めたモモ様が、目の前のホットケーキに気付く。


「わぁ、可愛いね。熊さんの形かな? フルーツもおいしそう」


 ホイップとチョコは自由に掛けて貰おうと思ったので、熊さんの周りを、一口大に切ったフルーツでぐるりと囲うように盛り付けた。赤とオレンジと黄緑の組み合わせは華やかさがあるよね。


「ニコちゃんはどれをお手伝いしたの? フルーツかな?」


「いいえ、僕が全部作ったんです。この前、お菓子を渡せなくてすみませんでした。モモ様の為に作ったので、召し上がって下さい」


「私の為に一人で? ……ありがとう。本当にありがとう」


 胸に優しく抱き込まれて、作って良かったなぁと満足感に浸る。腕の中でクルンと向きを変えると、ヴァンちゃんがほふく前進をしているのが視界に飛び込む。向かう先は――、僕のホットケーキ⁉


「あっ、待って!」

「うんせ」


 静止の声はスルーされ、掛け声付きで僕のホットケーキを少しだけフォークで捲る。


「真っ黒」

「あーーーっ! ヴァンちゃん、それは見せないお約束でしょう!」

「ちっちっち。見せるのがお約束」


 指ではなく、フォークをフリフリさせて得意気に言う。うぅ、ヴァンちゃんの意地悪……。気まずい思いでモモ様を見上げると、それはそれは優しい目で僕を見ている。


「綺麗に焼けた方を私にくれたの? 頑張って焼いてくれたんだね。嬉しい……。良かったら、私のと半分交換しない? そちらも私を思って焼いてくれたのでしょう。きちんと味わいたいな」


「黒焦げをですか? 真っ黒な思いなんてあげられませんよ。あれは僕が全部お腹に収めるんです。ニコの思いはニコの中へです」


「私は欲張りだから、私への思いは全部受け取りたいな。頂戴、ニコちゃん」


 にっこりと微笑まれた。笑顔のごり押しとは、こういう事を言うのではないだろうか? 諦める気は無いのか、どんどん綺麗な顔が近付いて来る。


「駄目かな? ねぇ、ニコちゃん?」


 息が掛かりそうな至近距離で囁かれる。ひーん、何で黒焦げが食べたいの⁉ 誰も救いの手を差し伸べてくないので、やけになって返す。


「分かりました! 一口だけで手を打ちます!」

「だーめ。半分こね」


 くーっ(涙)。僕はここに居る人達に勝つ事は出来ないのか! ええい、そこまで言うなら、苦さを味わえばいいんだ!


「分かりましたよ。モモ様の願いなら叶えますよーだ」


「ふふっ、拗ねないで。ニコちゃんと半分こなんて、もっと嬉しくなっちゃうよ」


 ん? ただ半分こしたかっただけ? そうだよね、誰も好んで焦げた物を食べないもんね。


「それならそうと最初から言って下さいよ。今度はおいしく半分こが出来る物を作りますからね!」


「……また作ってくれるの?」

「はい。モモ様がまた食べたいなって思える物を作りますからね」

「シン、この子を養子に――」

「却下。馬鹿な事を言っていると没収するよ」

「酷い。これは誰にも手を出させないよ」


 軽く睨んでいるだけだが、本気さが伝わって来る。手を出したら痛い目に遭いそうだ。そこまでして守りたい程に、ホットケーキが好きだったのか。今度はイチゴジャムたっぷりにしてあげようかな? そう思っていると、ダーク様が呆れたという顔をする。


「ニコは相変わらずの思考だな」

「ん。天然」

「大好きなのはニ――」

「ういーっす! シン、餅の追加くれ!」


 カハルちゃんの言葉は遮られて聞こえなかった。怒りを込めて、「ガウーッ」とヒョウキ様を威嚇する。


「な、何だよ。珍しくニコが怖い顔してるじゃん。腹でも空いているのか?」


 ……この人に怒るだけ無駄か。虚しくなって威嚇を止め、モモ様の膝から下りる。


「――ホットケーキ食べようっと」

「ニコ⁉ 無視しなくたっていいじゃんかよー。仲良くやろうぜ」

「今後一切、関わらないで下さい。あなたとは仲良く出来ません」

「ガーーーン……って、ヴァンが言ったんだろう」

「ばれた。嫌われ者のお嬢様みたいに言ってみた」

「ヴァンってさー、本当面白いよな」

「ほら、これ持って。ヒョウキ、ハウス」


 ケタケタ笑うヒョウキ様の腕に、シン様がお餅とリンゴやミカンが入った袋をドシッと載せる。


「俺は犬じゃねぇよ! でも、これはありがたく頂くけどな。サンキュー」

「どういたしまして。学習能力が犬以下だって言われる前に帰ったら?」


「もう言ってるじゃねぇか! ちっくしょう、帰ればいいんだろ、帰れば。ちょっ、背中を押すな! まだ用があるんだよ! なぁ、カハル。この前のは誤解しないでくれよ。俺は全然興味ないんだからな」


 ふんっと腕を組んでそっぽを向くカハルちゃん。怒りはまだまだ冷めていないらしい。それを見たシン様が更に力を込めて、外へと押し出していく。


「くっそう、また来るからな! ――いただき!」


 余った生地で焼いたミニホットケーキが攫われていった。――ちっ、お腹の中で暴れてしまえ、ホットケーキ!


「ニコが悪い顔している」

「ん? 何の事? そんな顔していないよ~」


 誤魔化して座ると、ヴァンちゃんはやれやれと首を振っている。


「……そういう事にしてあげる。焦げたホットケーキのように真っ黒だなんて言ってない」


「言ってるじゃん!」


 ヒョウキ様の言葉と被っている事に気付いて、余計に腹立たしい。ふんっと鼻息を荒く吐いて、ホットケーキを食べ始める。


「――あっ、そうだ。モモ様、半分どうぞ」

「ふふっ、ありがとう。ニコちゃんも悪い事を考えるのだね」

「そりゃそうですよ。僕は聖人でも出来た人でもありませんからね」

「でも、私から見たら善意の塊だけどね」


 それは言い過ぎではないだろうか? モフモフ好きなモモ様の基準だから、甘くなっているのだろう。


「本当だよ? 悪意の塊のような人に囲まれてきた私が言うのだから」

「モモ」


 窘めるように名前を呼ばれた事で、モモ様が失敗した事に気付く。


「ごめんね。また暗い事を言ってしまって。シン、教えてくれてありがとう」


「モモの居た環境が劣悪なのは良く分かったよ。でも、ここに居る間は誰もモモを脅かさないから。辛い事ばかりに目を向けて、今ある幸せを逃さないようにね」


「肝に銘じるよ」


 そうは言っても、辛い記憶は次々と浮かび上がるだろう。目を逸らそうとすればする程に、それは鮮明になって惑わしてくる。だったら、少しでも楽しい事で埋めてあげよう。辛い記憶の再生スピードに負けないように。


モモがやっとお泊り出来ました。長い道のりだったと感慨に浸っている事でしょう。シンの信頼を勝ち取ったご褒美ですね。しかも、朝食はニコちゃんが作ってくれたホットケーキです。今年の幸せを全部受け取ってしまったような気分のモモでした。


お読み頂きありがとうございました。

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