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0384.くひーーーっ!

「――ニコちゃん、ご飯でキュよ~」

「早く起きないと、ニコの好物食べちゃう」


 聞き捨てならない言葉が聞こえて飛び起きる。


「渡すものかーっ!」

「おぉ、起きた。今度からこの手でいく」

「ヴァンちゃん、酷いよぉ。心臓に悪いんだからね!」

「なかなか起きないからしょうがない。俺も心を鬼にして――」

「や~め~て~」


 慌てて揺さ振ると、ピタッと口を閉じる。諦めてくれたかな?


「――ふむ。では改めて。起きないと、また一品、また一品と無くなっていく。最後に残るは――」


「残るは?」

「お箸だけ」

「さっきより酷い⁉ うわ~ん、ヴァンちゃんの意地悪~」

「俺の心は大魔王~♪」


 やりきった感を出しながら、小さく口ずさんで自分の席に向かって行く。また弄ばれた。ガックリ……。


「お前達は本当に仲が良いな」


「セイさん⁉ 今の会話でどうしてそうなるんですか⁉ ご飯を食べられちゃうんですよ? 一大事じゃないですか!」


 足に抱き付くと、困ったように眉を下げて頭を撫でてくれる。


「そうか、ニコにとっては一大事か。俺にとっては楽しい一幕だな」


「わ~ん、ダーク様も酷い~。モフモフの味方のモモ様、言い返して下さい! 僕だと口では勝てないんです!」


「くくっ、正しい判断だな。で、味方のモモ様の反論は?」

「シンがご飯冷めるよって言う前に、止めた方が良いと思うよ」


 恐る恐る振り返ると、満面の笑みなのに怒っているのが、ありありと分かる。こ、怖過ぎる……。はい、食べます! 大人しく席に着いて食べます! どうかお許しを!


「――うん、良い子だね。温かい物は温かい内に食べないとね。カハル、待たせてごめんね」


「大丈夫なの。いただきまーす」


 唱和して箸を手に取る。シン様の怒りが、すぐに消えて良かった……。モモ様に感謝の視線を送ると、口元に弧が描かれる。きちんと伝わったようなので、料理に意識を移す。


 漆塗りの器に焦げ目の付いた四角いお餅が置かれ、大根、ニンジン、三つ葉、鶏肉がその上を飾る。薄く色付いた出汁の良い香りと、柚子の皮の匂いをすっと嗅いでから、シン様に質問する。


「これはスープでしょうか? それとも主食?」


「それはお雑煮と言って主食かな。お正月の定番だね。白ちゃん達が好きなお豆もあるから、沢山食べてね」


 黒豆は表面に皺ひとつなくツヤツヤと輝き、僕の顔を映せそうな程だ。小皿に取って箸で摘む。――んー、やっぱり豆は難しいな。だが、日々上達している箸捌きを見せる時!


「――とうっ! はむっ。――うん! 甘くておいしいです」


「ふふっ。気に入ったなら良かった。ひたし豆もあるからね。これは出汁と醤油だから、しょっぱいよ」


 黄緑色のお豆は程良いしょっぱさで、次々と手が伸びてしまう。あ~、止まらないよ~。


「豆だけじゃなくて他のも食べろ。ほら」


 セイさんが見かねて里芋の煮物を取ってくれる。味がよく染みているのか、里芋は茶色く色付いている。お箸とお豆のお皿で両手が塞がっているので、ぱかっと口を開けると、苦笑しながら食べさせてくれる。


「んー、おいふぃ」

「次は自分で食べるんだぞ」

「はーい」


 良い子の返事をしたが、口を開ければしょうがないと食べさせてくれるのは分かっている。そんな僕の内心を読んだのか、ダーク様が「悪い子だ」と額を軽く叩いて来る。


「いいじゃないですか。甘えたい年頃なんですよ」


 小声で返すと、「何歳だ」と突っ込まれる。


「十七になりました! でも、白族は長生きなので、まだまだ子供ですよーだ」

「そう、十七になったの。確か白族は人間の倍は生きるのだったかな?」

「そうです。モモ様、詳しいですね」

「ふふふ。大好きな子の事はよく知っておかないとね」


 モモ様は本を読むのが好きだし、知識欲が旺盛なのだろうと納得していると、ダーク様が僕の頭に手を置く。


「大好きだと言われた割には反応が薄いな」


「ふにゅ? だって、モモ様はここに居る皆の事が大好きですから。カハルちゃんの事は特に好きですよね」


「えっ⁉」


 モモ様が心底びっくりしたような顔をする。他の人も頷いているから、僕の認識は間違っていない筈だ。


「……何で……あれ?」


「あれ? って……。あんなに分かり易いのに、ばれていないと思っていたの?」


 シン様が呆れながら指摘すると、モモ様の顔がほのかに赤くなる。


「そんな訳! いや、そのね? あっ、嫌いじゃないからね。本当だよ」


 カハルちゃんが「じゃあ、嫌い?」と首を傾げたので、慌てて否定している。こんなに余裕の無いモモ様は珍しいな。幼馴染のコウ様もあまり目にした事が無さそうだ。


「私も好きなのー」

「本当に⁉ 私をその目に映してくれるの?」


「んん? いつも見てるの。無視したことは無い筈……。あ! 会話の途中で寝ちゃうから? ごめんね、モモさん……」


「えーと、そういう意味では無くてね? 男とし――」


「諦めろ、モモ。カハルに意識して貰うには気の遠くなるような年月が必要なんだ。千年以上は覚悟しろ」


 ダーク様がモモ様の肩に手を置いて遮る。実体験している人の言葉の重さに、モモ様が「長すぎる……」と項垂れる。


「私は記憶を持ち越さないのに……。今後の人生で出会う確率は限りなく低い……」


 冷静に考え始めたモモ様を次々とダメージが襲い、顔が強張っていく。そして、何か思い付いたのかシン様に視線を向ける。


「ねぇ、私の記憶も持ち越す事が出来ないかな?」


「うん? それは『世界』次第じゃない? 必要ないって却下される確率が高いと思うけどね」


「やはり……」


 モモ様は予想通りの返答だったのか、カハルちゃんの手をそっと握り、切ない顔で見つめる。魔物との戦いも終わったし、モモ様は今世で初めて仲良くなった人だ。それに、モモ様は今までの人生で苦しんで来ているみたいだから、持ち越すのが良いとは言い切れない。忘却は時として心を救ってくれるのだから。


「――今生で振り向いて貰うしかないという事だね。頑張らないと」

「ん? 何か言った?」

「独り言だから気にしないで。シン、この歯応えの良い半円をもう少し頂戴」

「それは蒲鉾って言うんだよ。魚のすり身が主な原料だね」

「へぇ、そうなの。わさび醤油と良く合うね」

「そうでしょう」


 モモ様は俯いて髪の毛で顔が隠れていたので、独り言は僕にしか聞こえていなかったようだ。本気のモモ様は手強そうだな。鈍いカハルちゃんでも顔を赤く染める事があるかも? だが、眼前の光景に素っ頓狂な声が飛び出してしまう。


「モモ様⁉ わさび載せ過ぎですよ!」

「これくらい平気だよ。鼻にツーンときて面白いよね」


「面白い⁉ くひーってなるじゃないですか! 痛いですよ! 止めましょうよ~」


「ふふふ。面白い表現だね。いただきます」

「あーーーっ!」


 止める間もなく、蒲鉾とその半分を占拠したわさびが口の中に消える。あ、あ、何て恐ろしい事を……。


「――うん、おいしい。あぁ、『くひーっ』って言わないといけないのかな?」


 にっこり笑われて、思わず距離を取ってしまった。――でも、待てよ。今日のわさびはいつもと違うのかもしれない。トテトテと戻ると、箸でちょいっと掬って口に入れる。


「あ」


 シン様が目を瞠って立ち上がろうとしている。も、もしかして……。


「――⁉ くひーーーっ! やっぱり辛いじゃないですか! 鼻が! 鼻がーーーっ」


 ツーンときて涙が浮かぶ。鼻の中は手を当てる事も出来ないので、じっと耐えるしかない。


「うぅっ……。モモ様、どうかしてます……」


 苦笑するシン様に抱き締められながら、モモ様をじとっと見る。ヴァンちゃんとクマちゃんも頷くと、モモ様が胸を抑える。


「ニコちゃんにそんな目で見られる日が来るなんて……。心にダメージが……」


 辛い物を止めようかな? と寂し気に呟いていると、セイさんが栗きんとんをそっと差し出し、肩を叩く。


「俺も正直、あの量はないと思う。だが、好き好きだからな。止めろとは言わない」


「そう。見慣れれば普通になる」

「ヴァンちゃん……。じゃあ、もっと頻繁にご飯を食べに来るね」


「モモ、どうしてそこに辿り着くの? 城で好きなだけ辛い物をてんこ盛りで食べればいいじゃない」


「シン、そんなつれない事を言わないで。この子達とご飯を食べるのは至福の時間なんだから。……こんな風に安心しきって食べられるご飯はいいね」


 軽口を返そうとしたシン様が顔を顰める。毒の危険に常に晒されている食事は、お腹が膨れるだけで心は荒んでいくだろう。モモ様が食べ歩きを好むのは、こういう背景もあるからなんだろうな。


「暗い話でごめんね。毒の耐性があるから、ほとんど効かないのだけれど、口にしたい物ではないからね」


「当然でしょう。……はぁ、断りにくくなっちゃったじゃない」

「ふふっ。シンは優しいよね」

「モモに言われると気持ち悪いよ」

「え、酷いな。心からの言葉だったのに」


 暗い雰囲気は消え、ポンポンと軽口が飛び交う。出会った時は凄く警戒していたのに、今じゃすっかり仲良しだ。モモ様が歩み寄ろうと努力した成果が出たのだろう。


 一生懸命に顎を動かしてお餅を食べていたカハルちゃんが、ごっくんとようやく飲み込み、モモ様に声を掛ける。詰まらせずに食べ終えた事に安堵し、肩の力が抜ける。喉に詰まらせやすい物は常に見守らねば。


「私が守りの魔法をかけてあるから平気だよ。フォレストも知らないような強い毒だと、流石に厳しいかもしれないけど――」


「え?」


 声を上げたモモ様も僕達も理解が追い付かず、カハルちゃんをただ見つめてしまう。


「私が大人の姿でモモさんを抱き締めた時があったでしょう。その時にかけたの。あの時から、モモさんは私の守るべき人なんだよ。……嫌だった?」


 モモ様が瞬きもせずにカハルちゃんを瞳に写し続けているので、不安になってしまったようだ。「勝手だったかな? うー、どうしよう……」とシン様の顔を見上げている。


「大感激しているだけだから、放っておいて大丈夫だよ。もう一口食べられるかな?」


「うん。お餅おいしいね」

「そうだね。家族みんなで協力して作ったお餅だから格別だね」


 シン様の言う事なら間違いないだろうと、カハルちゃんは笑顔で食事を再開する。あぁ、またハラハラする。頑張って噛むんだよ~。


「――どこまで私を虜にするのかな? 彼女は」


 ん? 独り言かな? モモ様は眩しそうにカハルちゃんを見ている。ダーク様も聞こえたようだが、チラッとモモ様の横顔を見ただけで何も言わない。ここに居る全員がカハルちゃんに魅せられ、心を止められないのは分かりきっているからだろう。その事にカハルちゃんだけが気付かず、分け隔てなく接し、時々爆弾を落とす。その度に心を揺さ振られ、側に居たいと強く願ってしまう。


 僕の主様愛も日々増していくばかりで天井知らずだ。この調子なら、ダーク様達のように千年経っても思いは消えないだろう。これほど専属に相応しい主様は居ないと胸を張って言える。


ヴァンちゃんはニコちゃんの反応が楽しくて仕方がないんでしょうね。心を許している証拠だと分かっているから、ニコちゃんも受け入れてしまうのでしょうね。歳を取っても、二人はずっとこんな感じかも?

モモを見ていると、わさびが違うと思っちゃうんでしょうね。ニコちゃん、「くひーっ!」と撃沈です(笑)。


お読み頂きありがとうございました。

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