0381.父親と戦う為に必須なもの
「――ヴァンは休憩中か。ニコが行くか?」
「はい!」
セイさんが譲ってくれたので、コートへ走って行く。
「お願いします!」
「ガウ!」
アケビちゃんは器用に何でもこなすよね。二足で「おっとっと」という感じで後退る姿は人間のようだ。それに、きちんと手加減してくれているらしく、剛腕から打ち出される球は優しい。
「アケビちゃん、もっと強くても大丈夫ですよ」
「ガウ? ガウ、ガウウ――ガウッ! (そうですか? では、強めに――あっ!)」
思わず力が入ったようで、羽根がブシュッと地面に突き刺さる。
「「…………」」
二人で地面を食い入るように見つめてしまう。……前言撤回しよう。
「え、えっと、優しくでお願いします」
「ガウ……。(はい……)」
そして、優しくラリーし続ける事、三十回。僕が勝利する事が出来た。何か物足りない気もするが、安全第一。うーん、墨で何を描こうかな? そうだ、あれにしよう。
「――でーきた」
「ガウ? ガウー、ガウウー。(ん? あー、茸ですね)」
「はい。アケビちゃんが好きな茸にしてみました」
気に入ったのか、ヴァンちゃんに見せに行っている。まだ顔が白いままなのは、セイさんとヴァンちゃんとシン様か。
「セイ、僕とやる?」
「そうだな。久し振りにやるか」
何と親子対決が見られるらしい。ワクワクと見守っていると、カハルちゃんが隣に座る。
「ニコちゃん、多分見えないよ」
意味深な言葉に首を傾げている間に、それは始まった。シン様とセイさんが瞬間移動のような速さでコート内を縦横無尽に移動し、音が微かに『カッ』、『コッ』と聞こえる。だが、羽根が見えない。……あれ? おかしいな。ここでしている音だよね? そして、セイさん側のネット近くに小さな穴が開き、音が止まった。
「また俺の負けか。なかなか勝てないな」
「ふふふ。まだまだ超えさせないよ。僕はお父さんだからね」
いつの間にかシン様が勝っていたようだ。世界最強のお父さんを超えるだなんて、一体いつになる事やらだ。だが、ここで疑問が生まれる。創造主様と神様はどちらが上なのだろう?
「カハルちゃんはシン様より強いんですか?」
「うーんとね、全部が上じゃないけど、総合的には私の方が上かな」
「カハル、気を遣わなくてもいいんだよ。戦闘力はカハルが圧倒的に上だよ。ただ、僕は神としての能力があるからね。後は年の功かな」
ふーむ……。シン様はセイさんを生み出す為に力が半減しているんだよね。中々勝てなかったペルソナさんと同等の力を持っていたのだから、恐ろしく強かったのだろう。それを失くしても構わない程に、何も無い世界というのは苦痛な場所という事か。僕が考えるよりもずっと、無は心を蝕むものらしい。
そんな世界を変えてくれたセイさんとカハルちゃんは、シン様に大きな光をもたらした事だろう。そして、憂えていたペルソナさんにも。もし、神様二柱がカハルちゃんのような能力を持っていたら、世界は大きく違い、今は無かっただろう。だから、辛い思いをしたシン様達には申し訳ないと思うけど、現在への時の連なりを僕は感謝している。
「――抜けない」
僕達が話している間、コートの穴に指を入れていたヴァンちゃんがポツリと呟く。何が抜けないのかな?
「ああ、ごめんね。めり込んじゃったかな?」
シン様が近付くと穴が塞がっていき、羽根が押し出されるようにして現れる。羽根部分すら見えないなんて、どれだけ深く埋まっていたんだか……。しかも、そんな力で打ち合っていたんだよね? 羽子板は無事なのだろうか?
「シン様、羽子板を見せて下さい」
「うん? どうぞ」
――無傷だ。抉れていてもおかしくないと思うんだけどなぁ。
「結界で強度を上げたんだよ」
カハルちゃんには僕の疑問などお見通しだ。背中に抱き付いて来たので、おんぶしてあげる。背中がポカポカですよ~。
「親子対決に結界ですか。凄いですね……」
「何が凄いんだ? 父親と戦うには必須だろう。使えない者は結界の札を購入しなければならないから、大変だろうな」
「えっ⁉」
本気でそう思っているのか、驚く僕を不思議そうに見てくる。一方のシン様は、頭痛を堪えるように額を指で押さえている。
「……こうやって、子育ての失敗が時々顔を見せるんだよね……」
落ち込んでいるようだ。足をポシポシと叩いて慰める。
「いいじゃないですか。結界が必須な程に強いお父さん、素敵ですよ」
「ふふっ、ありがとう。でも、取り敢えず誤解を解かないとね……」
シン様が普通は要らないと説明すると、セイさんが目を見開く。
「そんなんじゃ家族は守れないだろう?」
「いや、普通の生活なら十分に守れるよ。うちはちょっと特殊なんだよ」
「だが、ヒョウキも結界を使っていた筈だぞ」
「あの家も特殊だから。一般家庭では要らないよ」
基準になっている家も特殊だらけなんだな。セイさんは誤解している事がいっぱいありそうだ。
「セイ、日本には魔法が無いんだよ。それでも人は暮らしていけるんだから、大丈夫だよ」
「あ、ああ、そうか。俺の認識が間違っているんだな」
カハルちゃんが補足すると、ようやく納得の顔を見せる。人それぞれ育った環境や考え方などで、当たり前は大きく違う。
「体が冷えちゃうから、そろそろ中に入ろうか」
「――一足遅かったか」
声に振り返ると、茶色の紙袋を抱えたダーク様が苦笑しながら立っていた。
「もう終わったの?」
「ああ。焼栗を持って来たから、おやつに食べてくれ」
シン様は大きな紙袋を受け取ると、「ほうじ茶にしようかな」と言いながら、家へと入って行く。僕は背中にカハルちゃんが居て全然寒くないので、もう少し遊んでいたい気分だ。
「ニコ、入る。俺も遊び足りないから、また後で遊ぶ」
「うん、分かったよ」
ヴァンちゃんは何も言わずとも、僕をきちんと分かってくれる。僕もヴァンちゃんに対して、常にそうありたいな。これは毎年思う事だが、納得出来るレベルまでは中々到達しない。
焼栗を手に森へ帰るアケビちゃんに手を振り、ダーク様を見上げる。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「ああ、よろしく。すっかりお前達もシンの家の風習に染まっているな」
「そう。俺達、この家の子だから。ダーク様、あけおめ、ことよろ」
「なんだ、その呪文のような言葉は?」
「略なの。あけましておめでとう。今年もよろしくなの」
「そういう事か。ヴァンは染まり過ぎだろう」
少し手荒く撫でられて抱き上げられ、「初抱っこ」と嬉し気にしている。ヴァンちゃんは覚えが良いから、カハルちゃんから何か教わると、すぐ身に付けてしまう。
「気を付けて教えないと駄目だな。悪い事まで覚えたら大変だ」
「そうですね。でも、ヴァンちゃんは、きちんと判断出来る子なので大丈夫だと思いますよ」
直感が優れているのか、するりと回避していくんだよね。言うとしても、分かった上でふざけて口にする位だ。それよりも、心配性なセイさんが心配だ。僕達の所為で心労になったらどうしよう。
「セイ、眉間に皺が寄ってるよ。はい、伸ばして、伸ばして」
よく気付くシン様が居れば平気か。手の掛かる弟妹ですみません。せめて皺を伸ばそうと、カハルちゃん、ヴァンちゃんと共に人差し指をピーンと伸ばす。
「いや、三本も指は要らない」
「じゃあ、クマが――」
「却下だ」
クマちゃんが不服そうに頬を膨らませ、肉球を見せつける。
「いいのキュか? 肉球アタックを受けるチャンスなのキュよ」
「何でアタックする気満々なんだ。俺の皺はそこまで頑固じゃない」
「くくっ。頑固予定だからやって貰え」
「ダーク、余計な口を出すな」
ダーク様がそれ位でめげる訳がない。素早く眉間へと手を伸ばす。
「こらっ、やめろ!」
右手を振り払ったはいいが、更に伸ばされた逆の手を見て動きが止まる。
「貰ったでキュ~」
クマちゃんの肉球がテシッと眉間に決まる。どうやら移動の魔法で左手に移動させていたようだ。ダーク様って、本当に抜け目ないよね。
「っ! ダーク、ずるいぞ!」
喜ぶクマちゃんに抗議するのは躊躇いがあるようで、ダーク様に食って掛かる。セイさん、僕達に甘過ぎですよ?
「良くやった、クマ。俺達の連携は完璧だ」
「キューッ!」
「…………」
ハイタッチしている二人を見て、抗議する事が馬鹿らしくなったのか、疲れた顔で僕を抱き上げる。今ならもれなくカハルちゃんも付いて来るからですね!
「ダークは昔からああだ。人を揶揄ってばかりで……。カハル、治せないか?」
「無理なの。真面目なダークは凄い違和感だよ」
想像してみよう。うーん……。僕達が訪ねて行ってもプイッとそっぽを向かれそうだ。タイミング良くも現れなくなるだろう。それに笑わなくなりそうだ。
「――つまんないですね」
「そうだろう。俺は今の状態が最高なんだ。真面目過ぎるセイには、俺というスパイスが必需不可欠。なぁ、シン」
「んー、釣り合いは取れているんじゃないかな。でも、程々にね」
ダーク様が引き際を見誤るとは思えない。シン様も分かっているのか、強く注意はしない。
「ほら、こうやって信用度が高いんだ。こんな奴なのに、ずるいと思わないか?」
拗ねてしまったようだ。優秀でスマートになんでもこなせるのは、僕もずるいと思う。でも、セイさんもシン様の信用を勝ち取るのが、いかに大変かは良く分かっている筈だ。
「ほら、拗ねないの。信用度はセイがダントツだからね。安心してカハルを預けられるのはセイしか居ないよ」
「本当か? なら、いい」
ダーク様が言い返すかと思ったけど、口角を少しだけ上げて、優しい眼差しでセイさんのほっとしたような横顔を見ている。……ああ、そうか。ダーク様にとって、セイさんは弟のような存在なんだな。面倒見も良い人だし、そりゃあ、構いたくて仕方ないか。反応も良いもんね。
セイさんはこんな優しい目で見守られているなんて思いもしないんだろうな。ダーク様は隠すのが非常に上手だ。今もセイさんの視線が向けられる前に、さっと表情を消して、いつものニヤニヤ笑いを顔に張り付けている。
「ニヤニヤするな。キリッとしろ」
「しょうがないだろう。ここに来ると楽しくて笑いが止まらない。なぁ、ニコ?」
ダーク様が秘密にしておきたいなら、のっかってあげよう。
「はい、楽しくて幸せいっぱいです。セイさん、また遊んで下さいね」
「ああ。ダークだと胡散臭いが、ニコが言うとこちらまで幸せな気分になれるな」
えへへ。のっかりはしたけど、本心ですからね~。
「胡散臭いとは何だ。想いが溢れ出ていただろう」
「溢れていたのはニヤニヤだ。もっと爽やかに笑えないのか」
「はぁ、分かっていないな。闇の王が爽やかに笑う方が怖いだろう」
セイさんが反論出来ずに固まる。思いもよらない返しだったんだな。代わりにシン様が噴き出している。
「――ぶはっ。あはははっ、確かに怖いね! ダークの爽やか笑顔なんて気持ち悪いよ」
「それは言い過ぎだ。俺の繊細な心にヒビが入ったぞ」
「ないない。僕の言葉なんて押し返せる弾力があるでしょう。ヒビが入ったのはセイの方だよ」
確かに。よしよしとカハルちゃんが両手で頬を撫でてあげてから振り向く。
「ダーク、やってみて」
「いいぞ」
――ぞわっ! 鳥肌が立った……。超絶胡散臭い。爽やか笑顔でこんな反応を引き出せるなんて、恐るべし闇の王!
「「うわぁ……」」
カハルちゃんとヴァンちゃんが小さく声を上げている。二人も、こりゃ駄目だと思ったようだ。
セイが間違って覚えている事が、シンに大ダメージを与えていますね。ペルソナも居たら、大反省会が行われそうです。発覚する度にちょこちょこ修正していますが、まだ色々と隠し持っていそうですね~。
ダークもやろうと思えば爽やかに笑えます。でも、自分で気持ち悪さを感じるので、必要に迫られない限り、やろうとは思っていません。
気付けば百万文字です。ここまで来れたのも読者様が居て下さったからです。本当に感謝でいっぱいです。今後も『NICO&VAN』をよろしくお願いします。お読み頂きありがとうございました。




