0380.羽根つき対決
シン様が丸めて千切ってくれたお餅を、きな粉、あんこ、大根おろし、黒ごまの担当に別れてまぶしていく。僕はきな粉と黒ごまなので、白い所が見えなくなるように満遍なく付ける。
「納豆もいる?」
「納豆ですか? そっか、お米だから合いますよね」
「うん。少しだけ作ろうか」
シン様が手早く用意してくれる。いつ見ても手際がいいよね。
「卵かけお餅もおいしいですかね?」
「んー、どうだろう? やってみる?」
「はい」
シン様の提案で黄身だけにして、醤油と少量の出汁を入れて混ぜる。まぶしたら、海苔の細切りをパラパラと掛ければ完成だ。
「黄色いお餅になったね」
「はい。なんだかおめでたい感じがします」
「ふふふ、そうだね。お餅は焼いてもおいしいんだよ」
「へぇ、色々な食べ方があるんですね」
「うん。焼いてお醤油を浸けて海苔で巻くとおいしいよ。チーズも合うしね」
いっぱいあるから色々と試してみなければ。だが、今はお腹が空いているので、目の前のお餅をたらふく食べたいと思います。いただきますをして、きな粉から頂く。
「――おぉ~、伸びる~」
噛み切ろうとすると、箸と口の間でお餅が伸びる。柔らかなのに弾力もあって、きな粉が香ばしくておいしい。難点は口周りの毛へ大量に粉が付く事だろうか。今も咀嚼する度に、ポロポロとお皿へ落ちていく。汚してごめんなさいと慌てていると、セイさんが気にするなというように背を撫でてくれる。
「これは、こぼれるものだから気にするな」
「そうそう。はい、緑茶」
「シン様、ありがとうございます」
ごっくりと飲み下して息を一つ吐く。緑茶は心が和む気がするな。お次は卵餅にしてみよう。
「はむっ。――うん、濃厚でおいしいです」
「卵のやつ? 味は薄くない?」
「はい、丁度良いです。海苔がもっと多くてもいいかもしれません」
この辺は好みの問題かな? シン様が一口頂戴と言うので差し出す。
「――これもいいけど、僕は卵かけご飯の方が好きかな」
「僕はどちらも好きですよ」
「ニコは卵なら、なんでも好き」
ヴァンちゃんの言葉に、「あ~、そうかも」と頷く。オムライスにスクランブルエッグ、ゆで卵。頭の中が黄色で埋め尽くされる。
「ニワトリさんが居なくなったら大変ね」
「そうですよ、カハルちゃん。なので、僕はお豆を貢いでいるんです!」
「ぶっ⁉」
戸口の方から盛大に噴く音がする。慌てて振り返ると、ヒョウキ様が立っていた。あれ? 忙しいんじゃなかったの?
「ニコ、言葉の選択が間違ってるから!」
何が駄目だったんだろう? 進呈するが正解かな? まっ、いいか。一人で納得していると、手荒く頭を撫でられる。
「ニコのそういう所は今に始まった事じゃないけどな。シン、言われた通りに餅を貰いに来たぞ」
「ヒョウキ、まずは挨拶でしょう。まったく……」
やれやれとシン様が立ち上がる。シン様が限定的に許可を出したから来られたんだな。
「おっ、悪いな。おめでとさん」
「おめでとうなの。今年もよろしくね」
「カハル! 相変わらず可愛いな~」
抱き締めようとすると、セイさんが腕を払いのける。
「何だよ、いいじゃんか」
「待て。餅を喉に詰まらせるだろう」
そうだよね。カハルちゃんはあんこのお餅を一生懸命に噛んでいる最中だ。あぁ、可愛い……。口元に付いたあんこを拭ってあげよう。フキフキっと。
「カハル、うまいか?」
「うん! ヒョウキも食べる?」
「勿論! カハル、あーん。――ふがほっ⁉」
戻って来たシン様が、剥いたミカンをずぼっと口に突っ込む。
「うちの可愛い娘に、そんな事させる訳がないでしょう。ほら、お餅。さっさと帰る」
ビシッと戸口を指さすシン様を、ヒョウキ様が忙しく咀嚼しながら、恨めし気な目で見る。
「――ごくっ。あのなぁ、シン。新年の始まりぐらい、良い事あったっていいじゃんかよ。俺はこれからまた見たくもない顔のオンパレードなんだぞ」
「そう、頑張って。早く帰らないとミナモが激怒するよ」
その言葉に合わせたように、ヒョウキ様のポケットから光が漏れる。
「うわっ、通信来た! 餅サンキュ。皆、またな。良い年にしようぜ!」
早口で言うと慌てて去って行く。ミナモ様、今年も大変ですね……。
「うだうだ言ったら蹴り飛ばしてでも帰らせて下さいって、ミナモに頼まれていたんだよね。結構すんなり帰って良かったよ」
シン様にお願いしていたのか。ヒョウキ様は完全に行動が読まれているようだ。でも、新年くらいは休んで、羽目を外したいという気持ちは良く分かる。
ヴァンちゃんに視線を移すと、ドタバタの間に全種類を制覇したようだ。
「ヴァンちゃんは、どれが一番好き?」
「俺はゴマが好き。二周目行く」
ヴァンちゃんはゴマとモチモチの組み合わせが好きらしい。桃の国へ行くと必ずゴマ団子買うもんね。
僕も全種類を制覇し、お茶を啜る。とても良き食事でした。
「この後は羽根つきでもする?」
「羽根をつくって、お餅みたいにですか? 何に加工するんでしょう?」
シン様は予想外だったのか、目をパチパチとさせている。あれ? 意味が全然違うのかな?
「ニコ、羽根つきは新年にやる遊びだ。羽子板という物を使って、羽根の付いた球を打つんだ」
「あぁ! そうなんですか。やる時期が決まっている遊びだなんて面白いですね」
「女の子の厄払いや無病息災を願う遊びらしいよ。羽根を落とすと顔に墨を塗るんだけど、それも魔除けなんだって」
おぅ、墨ですか……。ヴァンちゃんが僕の顔を見てワクワクしている。何を描こうかなと考えているんだな。でも、負けないからね!
「クマも参加できまキュか?」
「大丈夫だと思うよ。でも、クマちゃん用の羽子板が無いから、セイに作って貰おうか」
「任せろ。すぐ作る」
セイさんに頼めば、あっという間に出来てしまうだろう。形は縦に長い台形の板に、持ち手が付いたシンプルな物だ。つく羽根は黒い種子が球になっており、緑の羽根が刺さっている。森の鳥さんから貰った羽根なのだろう。
「出来たぞ。調整が必要なら言ってくれ」
宣言通りにすぐ戻って来た。クマちゃんは問題ないらしくブンブンと振っている。
「ばっちりなのキュ! クマの相手は誰でキュか⁉」
「勿論、私なの!」
カハルちゃんがお相手するようだ。途中で寝てしまわないかハラハラする。
「魔法は無しなのキュよ」
「うん。頑張るの」
余計に心配が増す。でも、あれも駄目、これも駄目じゃ楽しくないよね。ここは大人しく見守ろう。
「いくっキュよ~」
「おー」
「そーれでキュー」
カコーンと良い音をさせてクマちゃんが打ち出す。あの黒い球は硬いようだ。
「えいっ」
掛け声は勇ましかったが、スカッと見事に空振りし、頭に硬い球が当たる。
「ふぎゃっ」
頭を抑えてしゃがむカハルちゃんに全員が駆け寄る。
「カハル、大丈夫?」
「にゃんちん、ごめんキュ~」
シン様が大きな手で、よしよしと撫でてあげている。やっぱり魔法で身体強化しないと厳しいようだ。
「うぅ、当たらなかったよぉ……。くまちん、墨で描くの」
「にゃんちん、ラリーが続いてからでいいのキュ」
「本当? 頑張るの!」
だが、その後もひたすら空振りが続く。五回目で完全にしゅんとしてしまった。
「うぅ、私のポンコツ……」
「そ、そんな事ないですよ。きっと練習が必要なんですよ。ね?」
「そう。きっと打てるようになる」
「カハル、羽根つきは一人でつく『つき羽根』っていうやり方があるから、それに挑戦してみようよ」
シン様の提案に、カハルちゃんが顔を上げる。
「それなら私にも出来るかな?」
「うん。無理ならお父さんが補助してあげる」
「うん! その前に墨なの。くまちん、どうぞ」
「いいのキュ? じゃあ、描いちゃうのキュ」
筆を持つと、右頬に丸を描いていく。あれ? 一つじゃないぞ。
「出来たキュ。可愛く仕上げてみたのキュ」
「え、どんなの? お父さん、鏡ある?」
「うん。どうぞ」
僕の予想通り、カハルちゃんは見た途端に破顔する。
「わぁ、肉球だ。くまちん、流石なの」
「そうでキュ~。左頬にも描かれないように練習するのキュよ」
「うん! お父さん、あっちでやろう」
僕達に当てない為なのか、少し離れた場所へ移動していく。
「さぁ、次は誰がクマに挑むでキュか⁉」
「では俺が胸を借ります」
「ヴァンちゃん、ドンと来いなのキュ!」
クマちゃんは体格差で参加出来ない事が多いので、今日は張り切っているようだ。動き回らずに打てるよう、軌道には注意しなければ。
「そーれでキュ」
今度はカコーン、カコーンと良い音が続き、思わずというように振り向くカハルちゃん。本当は、こんな音を響かせたかったんですよね? つき羽根もほとんど当たらなくて、八の字眉毛で練習している。
「羨ましそうにしているな」
「そうですね。カハルちゃんって、結構負けず嫌いですよね」
「そうだな。そういうニコも負けず嫌いだろう?」
「えへへ、ばれましたか。セイさん、よろしくお願いします。負けませんよ~」
「お手柔らかにな」
最初は慣れる為に、ポーンと空に打ち上げて、緩やかなラリーを楽しむ。うん、この音がいいよね。
「そろそろ本気でいくか?」
「はい、お願いします」
セイさんが足で地面にコートの線を描き、真ん中に結界でネットを作る。
「線の外に出たら駄目だからな」
「はい!」
側で打ち合っていたヴァンちゃん達が見学にやって来る。
「楽しそう。後でコート貸して欲しい」
「ああ。俺達の後にやるといい」
じゃんけんをして、勝ったほうが打ち始める。
「ニコ、いくぞ」
サーブは緩やかに打つというルールにしたので、難なく受ける。
「ほりゃ」
後ろの線ギリギリに落ちて行くのを追い掛けて、セイさんが少し強めに打つ。――おぅ、今までのスピードとは段違いだ。気を引き締めねば。
「そいやっ」
ジャンプして打ち返すと、ネットの側に落ちて行く。
「――よっ、と」
セイさんは走り込んで空に打ち上げる。今度は僕が「待て~」と後ろの線の方へ走って行く。打ち返した! と思ったら、ネットに当たって自分のコートに戻って来てしまった。
「あー……」
「俺の勝ちだな。さぁ、頬を差し出せ」
「うわ~ん、負けた~」
少し悪いお顔をしたセイさんの前へ行くと、左頬にバツを描かれる。んん⁉ もしかしてワイルドさが出ているかも⁉ 鏡を貸して貰うと、欠片もワイルドさは無かった。残念……。
「剣豪みたいになっているかと思ったのに~」
「顔つきが可愛いから無理だろう。次は凛々しい眉毛でも描くか?」
「興味はありますけど、負けたくないんですよ~」
「ははっ、そうか。――見ろ。クマが猫のようになっているぞ」
交替してコートを使っていた二人の勝負は、ヴァンちゃんが勝ったようで、クマちゃんは頬に髭を描かれている。
「……にゃーでキュ」
憮然とした顔で鳴いている。分かります、悔しいですよね!
「わぁ、くまちん可愛いの!」
「嬉しくないのキューーーッ」
魂の叫びが出た。だが、カハルちゃんはお構いなしに記録用水晶で撮影している。欲望に忠実だ。
「撮っちゃ駄目でキュ! 消去するのキュ~」
二人で追いかけっこし始めた。だが、片方は魔法を使っていないカハルちゃん。もう片方は小さなクマちゃんなので、移動する範囲が狭く、スピード感が無い。いつでも受け止められるように、皆でさりげなく側に寄る。
「わっ!」
思った通りにカハルちゃんがつんのめると、すかさずシン様が助けに入る。
「よっと。足は痛くない?」
「うん。ありがとう、お父さん」
「どういたしまして。クマちゃんは少し休憩しようね」
ゼハゼハしているクマちゃんは大人しく頷く。代わりというように、アケビちゃんが参加する。託したという感じで握手する熊さん達の姿を、カハルちゃんがしっかりと撮影している。
以前、『クマコレクション』と名付けられた、クマちゃん専用の記録用水晶を、「くまちんには秘密だよ」と見せてくれた事があった。きっと、あの水晶へ大事に保管される事だろう。お宝映像がぎっしり入っていたので、一枚ぐらい阻止しても意味が無い事をクマちゃんは知る由もない。そして、こっそり家族全員が映像提供している事も。
永久保存版らしいので、何千年も受け継がれていきそうだ。いつの間にか歴史に残る事が決定している熊さんは、定位置であるカハルちゃんの頭上へ寝そべって息を整えながら、「消すっキュよ」と念を押している。それに対して「もう手遅れなんです、クマちゃん……」と心の中で呟き、新年を迎えて初となる、可愛い後ろ姿を撮った。
魔法を使わないカハルはポンコツとなっております(笑)。作者も球技はさっぱり当たらないので仲間ですね。でも、なぜか卓球だけは当てる事が出来る不思議。他のも当たってくれまいか(遠い目)……。
お読み頂きありがとうございました。




