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0375.ノンティビ

 「はい?」と振り向くと、白黒のチェックのシャツ、ジーンズ、黒のブーツ姿の猫さんが居る。


「先程は即興の演技に合わせて頂いて、ありがとうございましたニャ。とても助かりましたニャ」


「俺は思った通りに動いただけ。演技出来ない」


「そうなのですニャ? とても自然でしたニャ。武器の扱いに長けておられるのは分かっていましたが、負けるとは思いませんでしたニャ」


「ノーブさんも強い」

「えっ⁉ ノーブさんなの⁉」


 随分と大人しい雰囲気になっていたから分からなかった。それに「ニャ」って語尾に付いている。先程は聞けなかった「ニャ」にカハルちゃんが興奮して、シン様に急いで教えてあげている。


「お父さん、『ニャ』って言っているよ! 可愛いね~」

「そうだね。猫族はこうでないと」


 カハルちゃんって、モフモフが関わると感情豊かになる気がする。一つぐらい、心の底から自分を出せる存在があるって良い事だよね。


「ニャって言ってるキュ。舞台では使わないのキュ?」

「はい。舞台では『ニャ』は封印ですニャ。格好良く決めたいですニャ」


 確かに『ニャ』が付くと、可愛く感じるもんね。素のノーブさんに町中で会っても気付けなさそうだ。


「ヴァンちゃんはいつ演技を依頼されたの?」

「休憩でトイレに行った帰り」


 僕が席でジュースを飲んでいた時か。ヴァンちゃんにお願いするなんて、見る目がありますな。武器の扱いも得意って気付いているし。


「白族の方なら安心して頼めると団長に提案したのですニャ。そうしたら、お二人に頼もうと全員の意見が一致したのですニャ」


 僕が舞台に上がったのも、そういう経緯があったのか。白族ってそんなに有名なのかな?


「白ちゃん、有名なのキュ。クマも鼻高々なのキュ」

「クマちゃんだって、お花屋さんで有名じゃないですか」

「もしかして、土の国の『クマの花屋』ですニャ?」

「そうキュ。知っているのキュ?」

「はいニャ。最近、水の国でも良く聞きますニャ」


 クマちゃんがビクッとして、「これ以上は無理なのキュ……」と呟いている。今ですらお客さんの数が凄いし、求人しても良い人が見付からないらしい。


「――ノーブ、ここに居たのか。昼だぞ」

「はいニャ、団長」

「おや、皆様方。ショーはお楽しみ頂けましたか?」

「ああ。また見たいと思う程にな」


「それは嬉しいお言葉です、ダーク様。お二人共、ご協力頂きありがとうございました」


 僕達も礼を返す。貴重な体験をさせて貰えた。


「皆様は、お昼はどうされるのですか?」

「適当に探そうと思っているんだが、良い店を知っているか?」


「そうですね……。でしたら、『ノンティビ』は如何でしょうか? 美味しいと人気ですよ。ただ、入れるかが微妙ですね」


「シン、取り敢えず行ってみるか?」

「そうだね。駄目なら違う店に行けばいいよ」

「場所を教えてくれるか?」

「でしたら、あちらの船着き場から――」


 教えて貰ったお店に行くには船で行くと速いらしい。水の国はそこら中に川が有り、船で移動するのが一般的らしい。



 会場を出て正面にある道を真っ直ぐ進むと、橋のすぐ横にある船着き場から船に乗る。ルルリ川を北へ進み、橋の下を一つ潜る。


「おぉ、橋の裏が見える」


 ヴァンちゃんが仰け反って見ているので、引っ繰り返りそうだ。セイさんがすかさず背に手を当てて支えている。


「思っていたよりツルツルなのキュ」


 石造りの橋の裏は綺麗に塗り固められて、綺麗なアーチを描いている。船頭さんの頭が当たりそうで冷や冷やするが、慣れているのか頭を下げる動作すらしない。シン様が立ったら確実にゴツッとぶつけそうだ。


 周りの建物は水の中に土台が有り、その上に建っている。家々に船を泊める場所があり、ここで足となるのは船なのだと実感する。


 川幅は狭く、少し大きな船が二艘並べば埋まってしまう。その為、細身の船が多く、乗れる人数もさして多くない。代わりとでも言うように、沢山の船が行き来しているので、人気の店や観光地の近くなどは中々進んでいかないらしい。


 町並みは海の国と似ていて、壁は白で屋根は茶色だ。木造の家は無く、全てが石造りだ。こういう環境だと、木はすぐ駄目になってしまうのだろう。


「あそこの大きな宿屋を曲がったらすぐですぜ」


 三階建ての建物を右に曲がり、フーリ川に入る。建物を一つ過ぎたら、お目当ての『ノンティビ』だ。


「はい、着きましたぜ。お客さん達、ついてますね。いつもは表の椅子に沢山人が座っているんですぜ」


「そうなの。じゃあ、入れる可能性が高いね。皆、おいで」


 お礼を言って急いで店に向かう。席があるといいな。


 二階建ての建物で奥へと長い。店先には濃い緑の葉を持つ木の鉢植えが幾つも置かれ、真っ白な壁に映えている。それらを背にして女性が三人座り、お話しながら順番待ちをしているようだ。


「お父さん、良い匂いがするね」

「そうだね。お腹がキュルキュル鳴きそうだよ」


 僕とクマちゃんのお腹は既に鳴いて輪唱のようになっている。お互いに撫でて宥めつつ、お店の中を覗く。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」


 腰に黒いエプロンをしたウェイターさんが、「九人でーす」と言う僕達を見て破顔する。


「お子様が多いですね。よろしければ、二階の個室へご案内致しましょうか? 今ならすぐにご用意出来ます」


「それで頼めるかな」


 シン様の答えに頷くと案内してくれる。キッチンが見えるお店なので、ジューッという音や、トントンと野菜などを刻む音がする。下で食べるのも楽しそうだな。


 白で統一されたお部屋で、大きなテーブル以外にも大きなソファーセットがあり、寛げるようになっている。結構広いから、パーティなどに使われるお部屋なのかもしれない。


「先にお飲み物をお持ち致しますね。こちら、メニューになります」


 皆で覗き込むとお酒の種類が豊富だ。夜になったらもっと混むのだろう。ダーク様も気になるのか、ワインのページをシン様に見せている。


「ワインでも頼むか?」

「そうだねぇ……。一瓶を三人で飲む?」

「そうだな。それぐらいなら酔う心配もないだろう」


 大人な三人はワインを頼むようだ。僕達は全員、白ブドウのジュースに決定した。


「すぐにお持ち致しますね」


 その間に食べる物を決めねば。海の国だけあって、魚介類を使ったメニューが豊富だ。


「クマちゃんはどれがいいですか?」

「カニのパスタが気になるのキュ」

「俺も気になってた。クマちゃん、一緒に食べる」

「モキュ。ニコちゃんはどれにするのキュ?」


 ヴァンちゃん達はカニか。僕は海老にしようかな。う~ん、やっぱりトマトとアサリのパスタにしようっと。


 その他にシン様がトマトとチーズのサラダや生ハム、お肉の煮込みなどを注文してくれた。


 次々と運ばれてくる料理を分けて食べる。カニのパスタは甲羅がドーンと上に載っていて驚いた。ヴァンちゃんとクマちゃんは人目が無いので、手が汚れるのも構わず身をほじって食べている。


 僕もアサリの出汁をたっぷり吸い込んだパスタを頬張る。あー、おいしさを全て吸い込んでいますよ~。すっきり鋭い感じの鰹節の出汁とはまた違い、濃い旨味で舌を喜ばせてくれる。パスタを咀嚼すると、僕も人目が無いのを良い事に、貝を手で持って身を頬張る。う~ん、プリプリしていて美味しいなぁ。


 ドラちゃんはガーリックトーストが気に入ったのか、カリカリカリ……とひたすら齧っている。食感が気に入ったのかな?


「ピッツァもいかがですか?」


 ビャッコちゃんがチーズとトマトのシンプルなピッツァを差し出してくれる。ありがたく伸びるチーズと戦っていると、先程のウェイターさんが入って来た。


「デザートをお持ち――」


 僕達の荒ぶる食べ方を見てしまったウェイターさんが、唖然としながらも見入っている。そして、感心しているのか呆れているのか、「はぁ~……」と小さく声を漏らす。今更取り繕ってもしょうがないので、チーズとの戦いを終了させよう。


「――コホン。失礼致しました。デザートのティラミスになります」


 数秒で我に返ると、何事も無かったかのように綺麗な笑顔でお皿を置いてくれる。切り替えが早いですね、お兄さん。そこへノックの音が響く。


「失礼します。シェフのマルコです。お料理はいかかですか?」


 茶色の細かくウェーブの付いた髪を後ろで一つに縛り、赤がアクセントになった、白のコック服を着ている。


「とってもおいしいでキュ。カニ、最高キュ」


 僕達が口々に「おいしいでーす」と答えると、目尻にくしゃっと皺を寄せて笑う。幸せで堪らないという姿を見せられて、僕達もニコニコが止まらない。


「シェフ、こちらは私が対応します。お早くお戻り下さい」


 僕達に近付こうとしていたマルコさんが不満そうにする。


「俺だって、この子達が食べる姿を見たいんだよ。フィナンばっかりずるいぞ! 俺が子供好きだって知っているだろ!」


「ずるいも何もありません。これが私の仕事ですから。お客様に恥ずかしい姿を見せないで下さい」


 シン様は特に気にしていないのか、起きたカハルちゃんにティラミスを食べさせてあげている。


「……うー、苦いの」

「コーヒー苦かった? 別のデザートを頼もうか」


 大人な味だったようだ。取り敢えず三皿しか置かれていないので、シン様達が代わりに食べるようだ。


「今すぐ甘くておいしいのを持ってくるからね、お嬢ちゃん達!」


 マルコさんが張り切って出て行こうとすると、フィナンさんが襟首を掴む。


「デザートは私がお持ちします。あなたは自分のやる事をしっかりこなして下さいね」


「いーや、俺が持ってくる! お嬢ちゃんを笑顔にするのは俺だ!」


 言い逃げして階段を勢い良く降りて行く音がする。


「はぁ……。お騒がせ致しました。後でよく叱っておきます……」

「気にしなくていいよ。ああいう感じの人は慣れているから」

「は、はぁ、そうなのですか」


 ヒョウキ様の相手を日々しているから、あれぐらい可愛いものだと思っているのだろう。シン様はそれだけ言うと、カハルちゃんにジュースを飲ませている。起きている時間が短いから、食事時は忙しいのだ。


「――お待たせ! ブルーベリーソースのパンナコッタだよ、お嬢ちゃん!」

「え、えっと、ありがとう、お兄さん」


 戸惑いながらもお礼を言って受け取ると、マルコさんは震えている。どうした、どうしたと、ヴァンちゃん達と共に様子を見守る。


「――フィナン、聞いたか? お兄さん、だと。くーっ、幸せの極み!」


 喜びの震えかと納得していると、目を据わらせたフィナンさんが、マルコさんの後頭部を持っていた金属のおぼんで軽く叩く。それに合わせて、ヴァンちゃんが「ボーンッ!」と声で効果音を付けてあげている。そんな勢いだったら頭蓋骨が大変な事になるんじゃ……。


「痛っ! 何するんだよ!」


「一個しか持って来なかったのですか? あちらのお客様の分はどうしたんです?」


「あっ、悪い! すぐ持って来る――」


 僕達を見て、しまったという顔をしている。カハルちゃんの事で頭がいっぱいだったんだな。その気持ちは良く分かります。


「はい、行きますよ。皆様、失礼致しました」


 怒りのフィナンさんに腕をがっしりと掴まれて連れて行かれる。あのまま厨房に押し込めるつもりだな。


「どこにでも居るんだね。ああいう人間って」


 シン様の感想にセイさんは返す言葉が見付からないのか、「あー……」と言葉を途切れさせている。


「要するにカハルの可愛さは最強という事だな」


 ダーク様の締めに全員が頷くが、パンナコッタを一口食べた所で限界を迎えたカハルちゃんには届いていない。ダーク様の甘い言葉は、ことごとくスルーされる運命にあるようだ。


語尾の『ニャ』は重要ですね。カハルのテンションが一気に上がりました(笑)。

暴走する人がいれば止める人が居る。見ていて切ないニコちゃんなのでした。

お読み頂きありがとうございました。

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