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0373.ナイフ投げのノーブさん

 泊まったダーク様と共に、森の皆と体操をする。清々しい空気をめいいっぱい吸い込み、可愛らしい動きを見守る。ウサギさんが後ろ足で立ち上がり、プルプルしながら腕を動かしている。大きく広げられないので、大きな拍手をしているように見えるな。ダーク様も目が釘付けになっているが、動きは完璧だ。ぼーっとしていても出来ちゃうなんて、しょっちゅう参加していたのだろうか?


 朝ご飯をしっかり食べたら出発だ。シン様の家で食べる卵かけご飯は格別です!



 サーカスの会場前に着くと、バイオリンやラッパ、アコーディオンなどで軽快な音楽が流れ、ピエロの人がボールジャグリングをしながら、黄色の大きな玉に乗って宣伝している。


 建物は倉庫のような見た目で白く塗られ、青い字で大きく『ポルポル一座』と書かれている。入口は黒いカーテンが捲られて人が順々に入っていくが、室内は暗くてよく見えない。うーん、気になる……。


「人が多いからはぐれないようにね。皆で手を繋いでおくんだよ」


 シン様、セイさん、ダーク様に囲まれてはしゃぎながら列に並ぶ。人気があるサーカスなのか、会場に入るだけでも時間が掛かりそうだ。


「あ、風船でキュ~。欲しいキュ」

「クマちゃんが持ったらお空にビューン。危険」

「キュ⁉ ド、ドラちゃんと一緒なら大丈夫キュ?」

「クマちゃんが持たないなら平気。室内なら一人でも……危険?」


 ヴァンちゃんの言うように、室内でも大冒険になりそうな気がする。クマちゃんは自分で持てない事にショックを受けているが、もう一つ方法がある。


「風船を持ったクマちゃんを僕達が抱っこすればいけますよ」

「おーっ! それでキュ! 買って来てもいいでキュか?」

「帰りに買わない? サーカスを見る人達の邪魔になっちゃうよ」

「そうでキュね、シンしゃんの言う通りでキュ。帰りにゲットなのキュ」


 ウキウキとしながら色を選んでいる。赤い風船が似合いそうだよね。


「カハルは何か欲しい物はあるか? 俺が買ってやるぞ」

「私は今の所、欲しい物はないよ。ダーク、ありがとうね」

「ああ。だが、サーカスのグッズには欲しい物があるかもしれないぞ?」

「そうなの? 楽しみにしているね」


 カハルちゃんが好きそうなものがサーカスにあるという事かな? おいしい名物お菓子なら僕も大歓迎だ。


 僕達の順番が巡って来たので、シルクハットに燕尾服を着た、見事なぽっこりお腹のおじさんに、ダーク様がチケットを渡す。ポンポコさんのように食べるのが大好きなのだろう。という事は僕の仲間ですね! 親近感を持ちながら見上げていると、笑顔を返してくれた。


「はい、お預かり致します。えーと、お子さんが……」


 僕達の判断が難しいようで、数えようとした指が空中で止まる。カハルちゃん、僕、ヴァンちゃん、狐姿のビャッコちゃん、クマちゃん、ドラちゃんの計六人である。


「えーと、六人でよろしいですか?」

「いや、狐は大人だ。残りは全員二十歳前だから子供料金でいいのだろう?」

「はい。では半券に記載されているお席に――⁉ あなたはダ、もがっ!」


 ダーク様がさっと口を塞ぐ。正体に気付かれてしまったようだ。光の加減で顔がよく見えていなかったんだろうな。


「大きな声で名前を言うな。いいか、離すぞ?」


 必死に頷くおじさんから、ゆっくりと手の平を離す。


「申し訳ございません。よろしかったら特別席へご案内致します」

「そうだな……。追加料金を払うから、そちらにしてくれるか?」

「いいえ、追加料金はいりません。私からのお詫びの気持ちです」


 ダーク様が断ろうとすると、シン様が後ろを小さく指し示す。まだ並んでいる人が沢山居るのを見て、諦めたように頷く。


「私はご案内をしてくるから、後を頼む」

「はい、団長」


 この人は団長さんだったのか。それなら偉い人の顔を知っていてもおかしくないな。サーカスは貴族とか王族がバックに付いている事が多いって聞くもんね。


「こちらです」


 連れて行って貰った席はステージの真ん前だった。こんな良い席に座っていいのだろうか? ここを予約していた人とか居る筈だよね。


「いいのか? 人気がある席だろう?」


「実はキャンセルが入りまして。お気になさらず、ゆっくりとお楽しみ下さい。お飲み物は如何ですか?」


 飲み物まで用意して貰えるのかと驚く。お高い席はサービスも違うんだな。メニューを見せて貰い、オレンジジュースを頼む。


「予想外に良い席だね」

「そうだな。まぁ、得をしたと思っておこう」


 ここは隣の席と隔離されていて、近くの人と肩が当たる心配が要らないので、のびのびと過ごせそうだ。三段になっているので、一番前はカハルちゃん、クマちゃん、ドラちゃん、ビャッコちゃん。真ん中の段に僕とヴァンちゃん。後ろでは大人組が長い足を組んでいる。試しに僕も組んでみたけど、悲しくなったのですぐ止めた。長さが余っていないと駄目だな。


「あの輪っかは何でキュかね?」

「僕もさっぱり分かりません。クマちゃんもサーカスは初めてですか?」

「そうなのキュ。天井高いのキュ」


 水の国には幾つかサーカスがあるらしいけど、この大きな建物がサーカス専用だとしたら、ここが一番人気かもしれない。王宮の近くだから貴族の人もよく見に来ていそうだ。


 天井は鉄骨が組まれ、高さは二十メートル位だろうか。ステージは丸く、僕達からすると正面が団員さん達の入口で、それ以外を席がぐるっと囲んでいる。席数は二千とチケットに書いてあったが、全部埋まっている。一日二回公演だが、午後も既にチケットは売り切れらしい。と、近くに居る人達が大きな声で話している。情報をありがとうございます。


「ヴァンちゃん、そろそろ始まるかな?」

「多分。正面に気配が集まり出した」


 カハルちゃんはクマちゃんを撫でながら「まだかな?」と話し掛けている。


「カハルちゃん、僕の毛皮も撫で放題ですよ」

「俺もどうぞ」


 二人でビャッコちゃんを見る。


「え、えーと、私も撫で放題です?」


 疑問形だが良しとしよう。席を降りてジリジリと距離を詰めるが、撫でて貰う前に開演を知らせるブザーが鳴り響く。


「あー……」


 落胆の声を上げる僕らをカハルちゃんが急いで撫でてくれる。


「後でいっぱい撫でさせてね」

「はい!」


 やったよ、約束して貰えた。今日は良い日になりそうだ。


「――皆様、長らくお待たせ致しました。夢の世界へ我ら『ポルポル一座』がご案内致します。最後までごゆるりとお楽しみ下さい! さぁ、ショーの始まりだーーー!」


 団長さんがマイクを使って大きな声を上げると、ステージが一気に明るくなり、会場中から歓声が響き渡る。僕も拍手をして場を盛り上げよう。ボフボフボフ~。音が響かない……。


「まずはシガーボックスです。来たれ~」


 呼ばれた団員さんは顔の左半分に白い仮面を付け、黄、青、白の三つの箱を手に現れる。お辞儀すると、箱で箱を挟んで持ち上げる。この人は喋らないキャラなのか、僕達に「どうだ~」という感じで箱を見せてくれる。


 それが終わると、真ん中の白い箱を空中に投げて、左右の箱で受け止める。三回繰り返すと、右端と真ん中を空中で入れ替えていく。一個を浮かせている間に隣を掴んで、左の箱との間に挟んでいるようだ。練習したら僕でも出来るかな?


 だが、次の技は難しそうだ。左の箱と真ん中の箱の間に足を通し、浮いている二個と右の箱を合わせる。バラバラな箱なのに、空中で箱がくっついているかのように見える。真ん中の落下に合わせて、左の箱も下に移動させているのかな? うーん、不思議。


 仮面さんはドヤ顔をして客席を見回すと、四つ手に取る。まだ増えるの⁉ 驚いていると、二つを中に残して挟み込んでいく。ほへぇ~、器用だな~。


 最後に全ての箱を空に投げると、どういう仕掛けなのか消えてしまった。ジャンと大きく音楽が終わり、優雅にお辞儀した仮面さんが、指笛や歓声を受けながら去って行く。初っ端から凄いものを見てしまった。あの箱、お土産で売っていないかな?


「歓声をありがとうございます。続いては一座で一番人気のノーブがお見せするナイフ投げ! 華麗な技にご注目下さい。来たれ~」


 既に風船を沢山付けた的が用意されており、団長さんと入れ違うように猫の獣族が入って来る。身長はミルンさん位の茶色いキジトラで、頭には羽根付きのワインレッドの帽子を被り、服は上下とも青、腰には沢山のナイフが吊下げられている。足には膝くらいまである黒いブーツを履いていて、非常に恰好良い。


 カハルちゃんをチラッと見ると、前のめりになって見ている。ダーク様が言っていたのは、間違いなくこの猫さんに違いない。ノーブさんは僕達を見ると、笑顔を深くしてくれる。あ~、カハルちゃんが手を振っている。浮気だと叫んでもいいだろうか?


「では、始めます」


 猫の獣族では珍しく、語尾に「ニャ」が付いていない。カハルちゃんは期待していたのか、「ニャー……」と言って凹んでいる。だが、次々と割られる風船に、すぐに目が釘付けになる。


 全てミスなしで割り、次は風船の付いた的がクルクルと回される。流石にあれは難しいだろうと思ったら、これもミスなく割ってしまった。是非とも村にスカウトしたいと思う腕前だ。


「次はどなたかにお手伝いをお願いしたいのですが……。そちらのフワフワな獣族の方。ステージへお願いできますか?」


「えっ、僕⁉」


 自分を指さすと大きく頷かれてしまった。


「ニコちゃん、凄い! 行っておいでよ」

「カ、カハルちゃん。こんな大勢の前は――」

「はい、行っておいで」


 シン様に強制的に外に出されてしまった。う~、しょうがない。覚悟を決めてやってやる!


 ヴァンちゃんやクマちゃんの「頑張れ」という声援を受けながら、スタッフさんに誘導されて歩いて行く。


「ようこそ、ステージへ。このリンゴを頭の上に載せて頂けますか?」

「は、はい」


 こんな大勢の前に立った事がないので、足が少しプルプルしている。横向きに立っていて、正面を向かなくてもいいのが、せめてもの救いだ。言われた通りに頭に載せたけど、何をするんだろう?


「そのまま絶対に動かないで下さいね。目を閉じても構いません」

「はい」


 何をするかよく分からないが、じっとして目を閉じる。


「では、参ります!」


 ドラムロールが鳴らされ、皆の興奮と僕の緊張が高まっていく。動かない、動かないと胸の中で唱えていたが、気配に目を見開く。


「ひぃえ~~~」


 ナイフが目の前に! だが、信じて動きを止めておく。刺さってもカハルちゃんが居るから平気だよね⁉ 混乱した頭は碌な事を考えない。神様、お守り下さい~!


 トスッと頭上から音がして、リンゴの匂いが濃くなる。どうやら見事命中したようだ。はぁ~、良かった……。安堵すると同時に、緊張で上がりっぱなしだったシッポがへにゃんと下がる。


「勇気あるお客様に盛大な拍手をお願い致します!」


 ノーブさんがリンゴを回収し、僕を手で示す。あ、どうも、どうも。皆さん、ありがとうございます。


「ご協力頂き、ありがとうございました」

「いえ。貴重な体験が出来ました」


 握手して席に戻ると、拍手で迎えて貰えた。


「ニコちゃん、偉い~」


 カハルちゃんにはワシャワシャと撫でられ、ヴァンちゃんは背中をポフポフと叩いてくれる。


「クマもやりたいのキュ~」

「いや、危険だから止めてくれ」


 セイさんが慌てて止めている。クマちゃんが普通サイズのリンゴを持つとなると、頭上に掲げるか、胸の前でやっとこ抱える事になる。考えただけで背筋がゾッとする。


「僕も反対です」

「俺も」

「キュ~、白ちゃん達もなのキュ? 残念だけど諦めるのキュ」


 その間に僕と同じ大きさぐらいある、シッポの無いマグロが宙に吊るされる。サーカスにマグロ? 凄い違和感だ。


「では今から解体していきたいと思います。――はっ!」


 ノーブさんの方に魚の背びれが向く形に吊るされていて、背骨に沿って次々とナイフが投げられていく。全てが頭からシッポの方まで綺麗に刺さると、ゆーっくりと身が剥がれていき、右脇で待ち構えていた男の人にキャッチされる。


「おぉぉっ!」


 大歓声が上がり、男の人達がマグロを掲げる。二枚に下ろされてしまったマグロと、手を振って去って行くノーブさんを見送り、「凄かったですね」とシン様を見上げる。


「普通は五枚に下ろすのに、一気に切り離しちゃったね」

「お魚って三枚じゃないんですか?」


「マグロは大きいからね。風の魔法をナイフに纏わせていたけど、器用に投げていたよね」


 投げる技術が高いから、綺麗に身が切れていたんだな。あのマグロどうするんだろう? 団員さんのお昼かな? そう思っていると、客席の声が耳に飛び込んで来る。


「この後に魚屋が切り身にして、ショーを終えたノーブがそれを売るらしいぜ。毎回大人気ですぐに売り切れるんだと」


「へぇ、凄いな。猫の獣族が勧める魚ってうまそうに感じるもんな」


 ほぉ、商魂たくましいというべきか。毎回ショーでやるなら良い考えだよね。


「シン様、マグロを買えるそうですよ」

「うーん、この後は町をブラブラする予定だから止めておくよ」

「そうでした。悪くならないものが良いですよね」

「うん。サーカスのグッズを見てみようか」

「はい」


 ノーブさんのグッズはカハルちゃんも見たい筈だ。売り場でノーブさんに会えるといいな。


新たなモフモフです。カハルがその度に浮気していますね(笑)。でも、必ず白ちゃん達の元に戻って来るので、どーんと構えています。


お読み頂きありがとうございました。

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