0371.専属契約
翌日は仕事で居なかった人達に挨拶をし、ミルンさんの部屋でカハルちゃんを待つ。
「こんにちはー」
「いらっしゃったようですね。表へ行きましょう」
表へ出るとカハルちゃんが走り寄って来たので、ヴァンちゃんと一緒に抱き締める。ん~、今日も可愛い!
「ふふふ、仲良しだね。ミルンも一緒に行くんだよね? 契約以外に用事がないなら、帰りも僕が送ってあげるよ」
「はい、お願いします。ニコ達、皆が来てくれましたよ」
村の人達が見送りに集まってくれたので、向き合って深々と頭を下げる。
「今までありがとうございました。主様に一生懸命仕えます」
口々に皆が頑張っておいでと声を掛けてくれる。
「みんな集まってくれてありがとう。でも、時々帰って来る。さよならって言われると帰りづらい。またねって言って欲しい」
小さい子達が慌てて自分の口を両手で押さえる。ヴァンちゃんの読み通り、さよならと言うつもりだったんだな。
「ヴァンちゃん、またね~」
「また遊んでね!」
何度も心の中で言っているけど、ニコお兄ちゃんも旅立つんですよ? 小さい子が誰も僕を見てくれないなんて悲し過ぎる。じっさま、優しい目で肩を叩いて下さってありがとうございます。ささくれた心が癒されます……。
その中で一人だけ近くに来てくれた。おぉー、感動だ!
「ニコちゃん、いい? 食べ過ぎちゃ駄目だよ。またダイエットする事になるからね」
「…………はい」
純粋に心配してくれているのは分かるが、優しさというナイフで心を一突きにされた気分だ。ぐふっ、最後に大ダメージが精神を襲うとは……。
「ニ、ニコちゃん、大丈夫だよ。森の皆と毎日遊べばいいよ」
「そうですよね⁉ くーっ、カハルちゃん!」
癒しの力を使わずに僕の傷を治してくれるなんて、カハルちゃん最高! グリグリと頬擦りしていると、シン様に肩を叩かれる。
「そろそろ行かないと時間に遅れちゃうよ」
「あ、すみません」
シン様がミルンさんと僕達の荷物を運んでくれるので、僕達はカハルちゃんと移動だな。
最後に村長夫妻が来て、「体には気を付けるように」と頭を撫でてくれた。そんな二人にシン様が深々と頭を下げる。
「大事な息子さんをお預かりします。必ず幸せにします」
シンプルな言葉だけど、シン様の強い決意がこもっている。神様が最敬礼するなんて思っていなかったのか、村長夫妻は混乱しているようだ。更に追い打ちを掛けるようにカハルちゃんが頭を下げる。
「最後の時まで私で良かったって言って貰えるように頑張るよ。こんなにも素敵なニコちゃんとヴァンちゃんを育ててくれて、ありがとう」
「も、勿体無いお言葉です。どうかお二人共、頭を上げて下され」
ヴァンちゃんが僕にこっそりと囁く。
「俺達、お嫁に行く?」
「ぶっ⁉」
思わず噴いてしまった。確かにシン様達の言葉はそういう風にもとれる。他の人にも聞こえていたのか、真剣な雰囲気が一気に崩れた。村長が笑いながらヴァンちゃんに話し掛ける。
「ヴァン達は男の子なのだから、お嫁さんではなくお婿さんではないかな?」
「おお、カハルちゃん、大事にする」
「ヴァンちゃん、独り占めは駄目だよ! 僕だって大事にするもん!」
「いえ、そういう問題ではなく……。シン様、何とかして下さい」
ミルンさんは早々に諦めたのか、シン様に丸投げした。
「ふふふ、賑やかだねぇ。ほら、白ちゃん達、ヒョウキが首を長くして待っているから行くよ」
おっと、そうだ。遅れたら契約させて貰えなくなってしまうかもしれない。
手を振ってくれる皆の顔を目に焼き付けて、魔国の城へと向かった。
「ミルンに聞いた通りに契約内容は書いてあるからな。確認して、お互いにサインしてくれ」
人払いされた会議室で、ヒョウキ様が手渡してくれた紙を確認する。これが危ないインクか。普通の黒いインクにしか見えないな。問題無いので、サインしてカハルちゃんと交換する。
「全員書いたな。シン、後は頼むな」
「了解。カハルの魂からやるからね」
黄緑色に淡く輝く、金柑ぐらいの魂の欠片が二つ取り出される。お次にシン様が契約書に手を翳すと、黒い文字がフワリと宙に浮き、糸のように連なると魂に巻き付いて行く。まるで黒い毛糸玉みたいだな。最後に、金色に淡く輝く球体で包まれると、僕達の胸に吸い込まれる。
「大丈夫? 苦しくない?」
「はい、なんともありませんよ」
「俺も平気」
シン様は安心した様に頷き、僕達の胸に手の平を向けて、白く輝く魂を取り出す。
「これが僕の魂ですか。カハルちゃんと色が違いますね」
「その人の持つ魔力の影響が出るからね。カハルは魔力が濃いから少量でも色が付いているけど、一般の人から少し取り出したくらいなら、大体白く輝いていると思うよ」
カハルちゃんの時と同様に文字が巻き付き、カハルちゃんの胸に吸い込まれて行く。この際だ、気になってしょうがなかった事を聞いてみよう。
「あのですね、僕の影響でカハルちゃんがおっちょこちょいになったりしませんか?」
「ぶふっ」
ヒョウキ様が噴き出した。真面目な顔で見ていたのに、いつものヒョウキ様に戻ってしまった。シン様もクスクスと笑いながら答えてくれる。
「性格が変わったりはしないから安心していいよ。次はヴァンちゃんね」
まだ笑っているヒョウキ様の足を両手でペチペチと叩く。
「笑い過ぎですよ~」
「わ、悪い。ニコには重大な問題だよな……ぐふっ」
ふーん、笑っていればいいですよーだ。今や僕はカハルちゃんの魂を預かっているのだ。ヒョウキ様よりも断然、カハルちゃんに近いんだもんね! 僕のドヤ顔に気付いたヒョウキ様が片眉を上げる。
「良からぬ事を考えているな。さぁ、吐け」
「嫌ですよ~。立会人なんだから、ちゃんと見ていて下さい」
僕の態度にミルンさんが焦りの表情を浮かべている。カハルちゃんが説明してくれているから大丈夫かな? この王様は素で付き合った方が喜ぶんだよね。
「シンがやっているんだから、横目でチラッと見るぐらいで十分なんだよ。大人しく捕まれ」
「ヒョウキ、終わったよ」
「ちっ。ニコ、命拾いしたな」
まだ諦めていなさそうなので、シン様の足に掴まる。これで手出しできまい!
「ヒョウキ、これで終わり?」
「そうだぞ、カハル。俺とも交換するか?」
「なんでそうなるのさ。ヒョウキの汚れきった魂をカハルに入れるなんてゾッとするよ」
「うわっ、俺の心が粉々になったぞ。謝れよ~」
シン様の両肩を掴んでガクガク揺さ振っている。そろそろ止めないと雷が落ちると思います。
「はっ」
シン様が物凄く馬鹿にした顔をして鼻で嗤う。あれは雷よりも辛いかも……。予想通り大ダメージを受けたのか、ヒョウキ様が力なくしゃがみ込む。目線が合ったので、よしよしと頭を撫でてあげる。
「ニコ、お前って本当に良い奴だよな。頑張ってシンを改心させてくれ」
「ふにゅ? シン様は十分に素晴らしいですよ。どこを改心させるんですか?」
「……マジで言ってる? ハッ、まさか……洗脳⁉」
シン様の拳骨がヒョウキ様の頭にめり込む。目の前で見ると物凄い迫力だ。ゴキッという音までしっかりキャッチしてしまい、思わず自分の頭をガードする。
「口を慎もうか、ヒョウキ。カハル達、帰ろうね」
「はーい」
良い子のお返事をして付いて行く。僕達は何も見てない、聞いていない……。
「待てよ~、置いて行くなよ~」
寂しがり屋で残念な王様は既に痛みを感じていないのか、元気に追い掛けて来る。この世界で一番打たれ強いのはヒョウキ様に違いない。
執務室に行くとミナモ様が笑顔で迎えてくれた。
「無事に終わったようですね。ヒョウキ様はきちんと立会が出来ていましたか?」
「途中からニコちゃんと戯れていたよ」
シン様があっさりと真実を伝える。これは僕も怒られるパターンだろうか?
「こんな危険な契約なのに、あなたは何をしているのですか! 私がやると言ったのを、完璧にやるから譲ってくれと言ったのは嘘だったんですか?」
「あ、いや、そのだな? シンなら完璧にやってくれるという深い信頼があって………ごめんなさい!」
ミナモ様の冷たい目に耐えられなくなったのか、両手を顔の前で合わせて謝っている。既に見慣れた光景なので、のんびりと見守る。隣でヴァンちゃんがミルンさんの目をそっと手で覆う姿が切ない。
「はぁ……。ニコちゃん、ご迷惑をお掛けしてすみません」
「あれ? 僕の事は怒らないんですか?」
「ニコちゃんが先に何かをする筈がありません。ヒョウキ様が失礼な事をしたのでしょう?」
「はい、笑われました」
正直に答えると、慌ててヒョウキ様が言い訳をしている。僕の考えに興味を持ったミナモ様が考え始める。
「おっちょこちょいですか……。血の契約でもそのような事は無かったと思いますが……。私も興味があるので調べておきますね」
ミナモ様に記憶違いがあるとは思えないから、きっと大丈夫だったのだろう。
「なぁ、専属になったら何をするんだ?」
「へ? 側にべったりぐらいしか考えていません」
「やりたい事はないのか?」
「うーん、一緒に暮らしたいで頭が支配されていたので、これから考えます」
「そっか。専属おめでと」
ヒョウキ様が手にカヌレを置いてくれる。お祝いの品ですか? ありがたく頂きます。
「私はそろそろ帰りますね。無事の契約おめでとうございます。二人共、体を大事にして、しっかり主様に仕えて下さい。皆様、失礼致します」
ミルンさんは忙しいので、カヌレを貰うとシン様に送られて行く。ヒョウキ様の印象が悪くなっていないといいけど。……いや、無理だな。賢いミルンさんなら残念王様だと気付いてしまっただろう。
カヌレを大事に味わっていると、メイド長さんがやって来た。
「あら、ニコちゃんとヴァンちゃん。お茶を淹れますね」
今日も麗しいですね~。久し振りにメイド長さんに淹れて貰った紅茶は、ちゃんと僕好みの甘さになっていた。ちゃんとお砂糖の分量を覚えていてくれたんだな。胸がジーンとします……。
「カハルはニコ達とやりたい事は決まっているのか?」
「ううん。白ちゃん達の意見を聞いてから決めようと思っていたんだ。ヒョウキは遊ぶのに良い場所知ってる?」
「俺の城で遊べばいいじゃん。そしたら俺も楽しくて一石二鳥だろ」
「仕事をさぼる姿が目に浮かぶので却下です。水の国など如何ですか? お店が多くて楽しめると思いますよ」
ミナモ様の提案を受けて、カハルちゃんが「どう?」と首を傾げるので、う~んと悩む。正直、カハルちゃんと一緒ならどこでもいいんだよね。
「候補の一つにしておけばいいんじゃないかな? 取り敢えず、森の皆もワクワクしながら待っているから帰ろうか」
「「はい!」」
戻って来たシン様から嬉しい事を聞いてしまった。また一緒に朝の体操や鬼ごっこだって出来る。あ~、決意して良かった。
ニコちゃんは小さい子に嫌われている訳ではありません。どちらかというと、遊んでやっているという目線で見られています。……あれ、おかしい。可哀想な気が(笑)。さっぱり絵が浮かびませんが、長い年月の後にお兄ちゃんと思ってくれる筈。だといいな……。
お読み頂きありがとうございました。




