0370.僕の両親
村に帰ると皆が宴を開いてくれた。芋フライと大学芋の大皿が目の前にデーンと置かれる。
「芋好きなニコの為に、これでもかと用意したからね。好きなだけお食べ」
「わぁ、ありがとうございます! んふふ、おいしそう」
思わず手を伸ばしそうになるが、乾杯をしていなかった。もうちょっとの我慢だ。待っていてね、お芋さん。
「では、二人の門出を祝って乾杯!」
「かんぱーい!」
村長の挨拶と共に、隣の人達とグラスを掲げあう。僕はブドウジュースをグビグビと流し込み、ぷはぁ~と息を吐いてグラスをトンと机に置く。毛が紫に染まっている気がするが、まぁ、いいか。
「良い飲みっぷりだねぇ。はい、どんどん飲みな」
おばちゃん達が飲み物を注いだり、料理を取り分けてくれる。一方のヴァンちゃんは、先程から小さい子達に囲まれて困り果てている。
「行っちゃヤダ~」
「主様も村で一緒に暮らせばいいじゃん!」
「うわ~ん、行かないで~」
泣いている子の頭を撫でているが、泣き声が更に増していく。ヴァンちゃん、小さい子達に慕われているもんね。
皆、ニコお兄ちゃんも旅立つんですよと言ってもいいだろうか? 誰も来てくれなくて寂しいと凹んでいたら、じっさまがが芋フライを食べさせてくれた。しょっぱいのは涙ではなくお塩です……。
「ずっと会えなくなる訳じゃないって言っても聞かなくてね。『絶対に引き止めるんだ!』なんて気合が入っていたからねぇ。――そろそろ止めた方がいいみたいだね」
ヴァンちゃんの体に皆が抱き付き、更に周りを子供たちが囲んでいる。流石のヴァンちゃんでも音を上げそうな事態だ。周りのおばちゃん達が小さい子を抱き上げて、ヴァンちゃんを解放している。
「済まないねぇ。宴を楽しんでおくれ」
「ありがとう。皆、これでサヨナラじゃない。ちょくちょく来る」
「本当⁉ 絶対だからね。約束破ったら、クッキー百箱だよ!」
「うむ、約束。俺の主様も一緒に来れば問題なし」
カハルちゃんなら喜んで来てくれそうだ。なんせ、モフモフパラダイスですからね!
「おう、ニコ、飲んでるか?」
「うっ⁉ ゴウダさん、物凄くお酒臭いですよ! どれだけ飲んでいるんですか⁉」
「んー、昼間からチビチビ飲んでたな。めでてぇ時は飲まねぇとな。ひっく……」
こりゃ駄目だ。もうそろそろ限界だろうから家に連れて行こう。いや、集会所でいいか。家に一人で置いておくのは心配だ。
今日は村中の人が広場に集まっている。フワリさんはお料理の指揮を取って集会所に居るらしい。まだまだ出て来るみたいだけど、食べきれるかな?
トウマは残念ながら仕事で居ないので、先に挨拶をしておいた。「捨てられないように一生懸命仕えろよ」と言った後に「困ったら頼れよ」と、いつものツンデレで返してくれた。恥ずかしさで不機嫌そうな顔になっているトウマを、ヴァンちゃんと共にワシャワシャと撫でてニンマリと笑うと、「早く行っちまえ!」と捨て台詞を残して走り去って行った。
可愛いという言葉を呑み込んだ僕達を褒め称えたいと思います。思い出したついでに、心の中で可愛いぞ~と言っておく。あー、すっきりした。
「ニコ、楽しそうだね。何か良い事があったのかい?」
「トウマを思い出していたんですよ。マツさんはお酒を飲んでいないんですか?」
「明日の見送りで起きられないと嫌だからね」
マツさんが大いびきをかいて寝ているゴウダさんをチラリと見る。ヴァンちゃんが鼻の上に葉っぱを載せると静かになった。え、魔法⁉
「おぉ、ハッカの葉っぱ凄い。お鼻がスースーしたのかも」
ヴァンちゃんも驚いているようだ。悪戯なのか単なる好奇心だったのかは分からないが、良い効果があったようだ。静かになったゴウダさんを背負うと、集会所へと歩いて行く。
「ヴァンは優しいのぉ。二人共、良い子過ぎるから、儂はちと心配している事がある」
「心配ですか? ちゃんと主様を支えられるように頑張りますよ」
「違うのじゃ。周りに頼ってもいいのだよ。全て心の中にしまって溜めるのはよしなさい。押し込めた感情はいつか爆発するものじゃ。そうなる前に少しずつでいいから、自分の本当の感情を認めて許し、発散しなさい。そして、遠慮せずに主様には思っている事を伝えてもいいのだよ。後は誰が相手だろうと、理不尽な扱いにはきちんと抗議しなさい。いいね?」
心のこもった言葉に深く頷く。僕とヴァンちゃんのおじいちゃんみたいな存在のマツさんは、いつも大事なことを教えてくれる。言葉が何の抵抗も無く心に入って来るのは、僕がこの人を大好きで尊敬しているからだろう。沢山の経験をしてきた、長老マツさんの教えは僕の指針だ。
「ニコ、唐揚げいっぱい貰った」
戻って来たヴァンちゃんは大皿を机に置き、早速頬張っている。僕もありがたく頂こうっと。
「マツさんも食べますか?」
「いや、儂はもう満腹に近いから止めておこう。二人の為の料理だから、好きなだけお食べ」
マツさんは僕達の様子をニコニコと眺めたり、近くに居る人達と談笑している。僕とヴァンちゃんの所にも、じっさまや先生たちが順番に話に来てくれて、楽しいひと時を過ごす事が出来た。勿論、お料理もしっかり頂いた。最後に食べた豚汁も最高だったな。フワリさんはずっと忙しそうだったから、帰ってからゆっくりお話しよう。
お開きになってからも広場で村の様子を眺めていると、子供たちが次々と集まって来る。
「ねぇねぇ、無期限て事は、いつクビになるか分からないって事?」
「違う。主様か俺達が亡くなるまで」
「お給料は?」
貰えないって言うと騒ぎになりそうだ。どうしたものか? すると、こちらに向かって来ていたミルンさんが代わりに答えてくれる。
「――ちゃんと村に振り込まれますよ。コックとして勤める子と似た様なものです。三ヶ月とか一年ごとに契約を更新するでしょう」
「ああ! それが一生続く感じなんですね」
「はい、そうです。ニコとヴァンが担当していてくれた仕事を、今度はあなた達が担当する事になります。しっかり勉強して頑張って下さいね」
「はい! 二人よりも稼いでみせます!」
小さい子達が任せとけ! と胸を叩いている。これなら、ポンポコさんも寂しくならずに済みそうかな?
訓練をする気になったらしく、子供たちが駆けて行く。途端に静けさが広がり、ミルンさんが苦笑する。さっきまでとの落差があり過ぎですよね。
「今日までお疲れ様でした。二人には無理ばかりさせてしまって申し訳ありません」
「無理なんてしていませんよ。僕達に合った仕事をいつも回して下さってありがとうございます。良い主様ばかりに出会えて、とても楽しかったです」
「ニコの言う通り。あるがままの俺を受け入れてくれる人達ばかりで有り難かった。苦手な物が多い俺を支えてくれてありがとう」
ミルンさんは本当に凄い人だ。いつも僕達以上に僕達を分かってくれた。戸惑っていれば相談にのってくれるし、悪い事はきちんと叱ってくれた。そして、いつだって味方でいてくれた。その事で僕達がどれだけ安心感を貰っていたか……。ありがたくて自然と頭が下がる。
「どういたしまして。充実した仕事のお手伝いが出来たのなら何よりです。――そうだ、二人には伝えておくことがあります。カハルさんは毎月お給料を支払ってくれます。直接渡すのではなく、村への寄付と合わせて納めてくれるので、それぞれの口座へ入れておきますね」
「あれ? 専属は貰えないんじゃなかったですか?」
確かこの前の話し合いの時に、そう言っていた気がする。
「いえ、本当はどちらでもいいのですよ。人身売買のようで嫌だという主様も居ますからね。双方が納得すれば本人に直接渡すも良し、村に渡すでも良し。生活費は全て持ち、お小遣いを渡すという形でも問題ありません。ここからは村を挟まず、主様と専属になった者同士の話合いとなります。でも、誤解しないで下さいね。私はいつでもお二人の力になりますよ」
ヴァンちゃんと僕の頭を撫でてくれるミルンさんに抱き付く。あー、このモニュモニュした触り心地最高。これからは頻繁に触れないから、今の内に堪能しておこう。ギューッ!
「ニコ、苦しいです。ヴァン、お腹をつつかないで下さい」
渋々と離れると苦笑される。そうだ、ヴァンちゃんに聞いておかなきゃ。
「ヴァンちゃん、ちょっとこっち来て。ミルンさん、まだ居て下さいね」
手招き、寄って来てくれたヴァンちゃんに耳打ちする。
「今まで通り、九割は村でいいかな? それとも八割にする?」
「八割にする。カハルちゃん達とお出掛けする機会は多そう」
「よし、決定! ミルンさん、ちょっといいですか?」
不思議そうな顔で待っていてくれたミルンさんに先程の話を伝える。
「それはいけません。あなた達のお金なのですから、きちんと受け取って下さい」
「えーと、正直あのお家で暮らしていると、お金をほとんど使わないんです。一生使わないでいるよりも、村で有効に使って貰った方が嬉しいです。駄目ですか?」
僕達が村の皆に出来る事なんて大してない。それに、僕達が抜ける事で出来る穴を埋めるのも大変な作業だろう。せめて、返せるものがあるのなら、きちんと返していきたい。
「……はぁ……また余計な事を考えていますね? 気を遣うなと言っても無駄なのは知っていますが……。分かりました、預かっておきます。どうしてもお金が足りない時には使わせて貰いますね。二人も使う時は遠慮せずに言ってきて下さい」
何とか了承して貰えた。ヴァンちゃんとハイタッチして喜びを分かち合う。イエーイ。
「ミルンさん、もう一つお願いがある。俺達もちょくちょく来るけど、村長夫妻の事をよろしくお願いします」
今はまだ元気だけど、村長は少し足が悪い。重たい物などで苦労する時があるかもしれない。
「はい、任せて下さい。トウマや若い子達が中心になって、交替で訪ねると言っていましたよ」
トウマ達……なんて良い奴なんだ。今度会ったら照れて逃げようが、いっぱい褒めよう。
「あの、すみません。これは秘密だと言われていたのをうっかり忘れていました」
物凄く良い笑顔で謝っているので確信犯ですね。ミルンさんも人が悪いですね~。
「じゃあ、村長たちから聞いたという事にしますね。ヴァンちゃん、良かったね」
「うむ。トウマ最高。お礼にトウマが大好きなカハルちゃんを連れて来る」
「いいね~。他の子達にはお菓子を持って来よう」
「――ニコちゃん、ヴァンちゃん。片付けが終わったから一緒に帰りましょう」
フワリさんが村長と一緒に歩いて来る。ミルンさんに挨拶すると、フワリさん達を真ん中にして、久し振りに手を繋いで帰る。小さい頃に繋いでいた時は、大きな手だなと思っていたけど、いつの間にか同じ大きさになっている。僕達も成長したんだなぁ。
「フワリさん、唐揚げ最高だった」
「ふふふ、良かったわ。ヴァンちゃんは唐揚げ大好きだものね」
離れるとなると、何気ない会話さえ大事に思える。些細だと思っていた事だって、本当は二度と来ない貴重な場面だ。人は直面して初めて、その貴重さに気付き実感するのかもしれない。
「これから荷物を纏めるのだろう? 何か手伝おうか?」
「いえ、鞄一つで済むので大丈夫ですよ。あ、でも、全部持って行った方がいいですか? 野生のデラボニアから生まれる可能性もありますよね」
「いや、置いていって構わないよ。あの部屋は二人のものだ。いつでも帰っておいで」
「……ありがとうございます」
それ以上は言葉にならなかった。僕達と最後まで家族で居る事を選んでくれた……。ありがたさと嬉しさで胸がいっぱいになって、繋ぐ手に力を込める。ちゃんと伝わったのか、村長も握る手に力を込めてくれた。
村長がいつも側で支え導いてくれたから、僕はここで居場所を見付けられた。憧れはあっても勇気が無くて、一度もお父さんと呼んだ事は無いけれど、あなたはいつもお父さんで居てくれた。そして、フワリお母さん。あなたの優しさはいつも僕を救ってくれました。シン様の子供になる事を許してくれてありがとう。身勝手でごめんなさい……。どうか、優しい夫妻に沢山の幸福が降り注ぎますように……。
強く願いを込めて目を閉じる。暗闇にそっと溶けた願いは、叶うよというように、村長夫妻とシン様一家、そして僕とヴァンちゃんが幸せそうに笑う夢を見せてくれた。
ニコ&ヴァンちゃんが抜けると、一番忙しくなるのはトウマですが、ちゃんと村長夫妻の事まで気にしてくれています。なんて良い奴……。ニコちゃん達は頭が上がらなくなりそうですね。
お読み頂きありがとうございました。




