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0367.今、めでたいって言った?

 ヴァンちゃんの熱が下がると、僕達はまた日常に戻って行く。


 仕事はきちんとするけど、気持ちが満たされない。前は楽しいと感じていたことが、今は色の無い景色を眺めているように、目の前を通り過ぎて行く。


 家で僕達はなるべく自然に振舞おうとするが、言葉数や笑顔が徐々に減り始めていた。気分を引き上げようと無理に元気を出す事にも疲れを覚え、水を貰えなくて萎れてしまった植物みたいになっている。


 カハルちゃんだけに仕えたい。あの家族と共にありたい。徐々に僕の思考はそれに支配され始めていた。でも、特定の誰かに仕えるのは白族の掟に反すると冷静な僕が反論する。


 時々、仕えている人とカハルちゃん達を比べていて愕然とする日がある。こんな事は白族としてあるまじき考えだ。必死に自分を叱りつけ考えを正そうとするが、それを嘲笑うように僕の本当の気持ちは溢れ出て来る。自分という生き物はコントロール出来ないのかと、恐怖と憤りを覚える。でも、自分からはどうやっても逃げられない。


 押し込めても、蓋をしても、見ないようにしても日々想いは募る。そして、僕の心は少しずつ決意を固めていく。だが、自分のやろうとしている事が怖くて仕方なく、布団の中で丸まって泣く日も多い。


 ヴァンちゃんも同じなのか、部屋を出て顔を見合わせると、同時に溜息を吐いてしまう。夜に二人でぼーっと空を眺めながら、ポツポツと思い出を語る。それだけが今は唯一の癒しだ。同時に胸も痛んで仕方ないけれど……。



 夜もあまり眠れず食事の量も段々と減り、ミルンさんに「長期休暇をとりませんか?」と言われた日。


 居間でお茶を飲みながら太古の話を読む。いつもならワクワクしながら読んでいたのに、今は記憶を刺激して辛い。数行読んだだけで本を閉じ、思わず溜息を吐くと、村長が気遣わしげな視線を僕に向けているのが分かる。情けなさと申し訳ないという気持ちが膨れ上がり、顔を上げられない。


「ニコは最近、溜息が多いのう。良かったら、儂に話してみないかね?」

「村長……。僕は……実は……やっぱり言えません」


 怖くて俯き、膝の上でギュッと握った拳を見つめる。自分の正直な気持ちを話してしまったら、ここでの優しい関係は全て崩れてしまう気がする。


「何故だい? 儂では話しにくいのなら他の者を呼ぼう」


「違うんです。村長だけではなく誰にも……。だって、僕……白族失格なんです」


「ニコが失格なんて有り得んのう。儂から見たら立派な白族だ。ニコの努力を儂はちゃんと知っているよ」


 村長が僕の横に移動して来て頭を撫でてくれる。優しさと気遣いがこもった手に泣きそうになる。最近、ずっと心が重かった。誰かに洗いざらい喋ってしまいたかった。でも、そうしたら僕は村を追い出されてしまうかもしれない。


「では、儂が当ててみようか。ニコの心には誰ぞが住んでいるのではないかな?」


 ハッとして顔を上げた僕に村長が目を細めて笑う。


「当たりのようじゃ。ニコの秘密は必ず守ると誓おう。さぁ、話してくれるね?」


 既に何もかもお見通しなのかもしれない。僕は一度深呼吸して覚悟を決めると、ゆっくりと喋り始める。


「実は……カハルちゃん以外の人に仕えるのが辛いんです……。仕事をしていても身が入らないというか、いつも頭の片隅でカハルちゃんの事を考えてしまって……。特定の誰かに仕えたいというのは、白族として失格だって分かってはいるんです。でも、もう心に嘘は付けなくて……」


 涙がボロボロと頬を伝っていく。心が辛い、苦しいと叫んでいる。何をしていてもカハルちゃんの顔が浮かんでくる。今は泣いていないかなとか、眠る時に寂しそうにしていないかなとか、気になって仕方がない。


 村長はそんな僕の手を優しく撫でてくれながら、落ち着くのを待ってくれている。息を吸い、村長の目をひたと見据える。


「……僕は見ないようにしていましたが、心は既に決まってしまっているんです。怖くて堪らないけど……白族を追い出されてもカハルちゃんと共に居たいって」


「……そうか。とうとう、そんな主様に出会えたか! はははっ、めでたい!」


 流れ出ていた涙は止まり、ポカンとしてしまう。……今、めでたいって言った? 村長は嬉しそうに何度も頷く。


「これは宴を開かねば。ニコの好きな芋を沢山用意しよう。もちろん、ドングリもな」


「ちょ、ちょっと待って下さい! 僕は追放じゃないんですか?」


「何故、追放などせねばならん? おぉ、ちょうどヴァンも来たな。めでたい答えは出たかな?」


 ヴァンちゃんと共に居間へ来たフワリさんが満面の笑みで頷くと、村長は呵々大笑した。どうやらヴァンちゃんは、フワリさんに心を打ち明けたようだ。


 僕とヴァンちゃんは、二人が上機嫌な理由が分からず顔を見合わせる。


「あなた、説明してあげて下さいな。私は長老達を連れて来ますから」

「ああ、分かった。ニコとヴァンはソファーに座るといい」


 一体これから何が起きるのだろうか? ヴァンちゃんと手をギュッと握り合い、じっと村長を見つめる。


「二人は『専属』という制度を知っておるかな?」

「初めて聞いた」

「僕もです」

「そうか。『専属』とは死ぬまで一人の主様に仕え続ける白族の誉れじゃ」


 そこまで聞いた所で、長老達とミルンさんが入って来る。


「とうとう出たか⁉」

「やはり、この子達か。やりおるわ、ほっほっほ」

「気が早いですよ。主様の許可を貰っていないではないですか」


 ミルンさんに窘められた長老が膨れる。


「何を言っておるか! 相思相愛に決まっとるわ。なぁっ!」


 背中をバシンと叩かれて噎せる。まだまだ力強いですね、長老……。ゲフン……。


「そんな馬鹿力で叩かないで下さいな。ニコちゃん、大丈夫?」


 フワリさんが背を撫でてくれたので、涙目で頷きながら座り直す。


「それでは話の続きをしようかのう。『専属』は儂と長老達とミルン、そして、お前達が仕えたい主様。この全ての人達の同意が必要となる。誰か一人でも反対したらご破算になるのう」


 ギョッとして長老達を見つめていると、固い声でヴァンちゃんが喋り出す。


「それでも俺はカハルちゃんじゃなきゃ嫌だ。……駄目だったら村を出る」


 ヴァンちゃんも僕と同じ決意をしていたんだ。僕も大きく頷いて意志を示す。


「その心意気や良し! ここに居る誰も反対しようなんざ思っていないさ。そうだろうっ、皆!」


 だが、ミルンさんが難しい顔で口を開く。


「この子達は村の稼ぎ頭です。今、失うのは痛い。もう少し下の子が育つまで時間が欲しいというのが私の本音です。『専属』はお金が入って来ませんからね」


 もっともな意見に項垂れる。だが、諦める気はない。


「僕の全財産を村に寄付します。それでは全然足りないのは分かっています。でも、僕は他の人に仕える事が苦痛です。専属になれなくても僕は村を出ます」


「俺も」


 重苦しい沈黙が落ちる。更に言い募るべきか迷っていると、一人、また一人と笑い始める。


「これは決まりだな!」

「儂は信じておったよ」


 ミルンさんが僕達にニッコリと笑い掛ける。


「お二人共、合格です。おめでとうございます」

「えっ? んん? どういう事ですか?」

「?」


 僕達の様子が可笑しいのか、皆の笑い声が大きくなる。


「ふふっ、すみません。馬鹿にしているのではないのですよ。これは第一関門だったのです。二人の本気を見せて貰う為の、ね」


「そうだったんですか……。はぁ~……」


 体から力が抜けてしまったので、ソファーに身を預ける。


「『専属』を知らないという事を不思議に思いませんでしたか?」


 そう言えば確かに。う~ん、駄目だ、頭が上手く回らない……。


「特定の人に一生仕えたいと思う事は、白族失格であると最初に教え込みます。この時点から既に試験は始まっているのですよ」


「……それを乗り越えてでも、たった一人の主様に仕えたいと願うかということ?」


「ヴァン、その通りです。『専属』とは血の契約を行います。もし、先に主様が亡くなってしまった場合、残された白族は別の方にお仕えすることは終生できません。例え血の契約をした主様と同じ程に切望した相手でもです。それ程に重い契約なのです。ですから、それ相応の覚悟が必要となります。お二人が示して下さったように、培ってきた全てを捨てる程の覚悟が。それは主様の側にも言える事です」


 ミルンさんの厳しさはカハルちゃんにも向かうのか。それを知って少し心が痛む。僕達がカハルちゃんに背負わせようとしているものは酷く重いだろう。だけど、一人で背負わせたりなんかしない。僕達の全てでカハルちゃんを幸せにするのだ。


「相変わらず固いなぁ、おい。こいつらが選んだ主様だぞ。覚悟なんざ、とっくに決めているに違いねぇ。それよりも祝おうぜ。なんせ百年ぶりだぞ、『専属』が出るのは。しかも、一人の主様に白族が二人だなんて前代未聞だ。よーし、今夜は飲み明かそうぜ!」


 居間には僕達とミルンさんがポツンと残される。


「まだ主様の許可を頂いていないのに、困った方達だ……」


 ミルンさんが溜息を吐き、僕達を見る。


「カハルさんにも明日、お伺いしてみましょうね。もしも、お二人が村を出るような事になったら、私が必ず力になります。頼って下さいね」


「何で優しくしてくれる? 俺達は村に打撃を与える」


「ヴァン、それは違います。優秀で何でも出来てしまうからと、私達が二人に頼り過ぎていたのです。そろそろ他の者達が底力を出す時です。これは、そのいい機会となるでしょう」


「ミルンさん、ありがとう」


「どういたしまして、ヴァン。それに、あまり心配はしていないのです。カハルさんなら必ずあなた達を受け止めてくれます。そうでしょう?」


「はい、僕もそう信じます」


 ミルンさんは仕事を片付けてから、また来るとの事なので、玄関まで見送る。


「そうだ、言い忘れていましたが、『専属』の事は村の若い子達には秘密です。カハルさんが受けて下さった場合は、無期限雇用と話を合わせて下さいね」


 ヴァンちゃんと共に頷くと、手を振って戻って行く。どっと疲れを覚えて再度ソファーに座り込む。第一関門という事はまだ続きがあるって事だよね。まぁ、とにかく頑張るしかないか。


「二人共、疲れたでしょう。お風呂に行ってくるといいわ。その間にご馳走を作っておくわね」


 フワリさんは全てが上手くいくと確信しているようだ。カハルちゃんの事をそれほど知らないのに何故だろう?


「なんで、そこまで信じてる?」


「それはね、二人が大好きになった方だからよ。二人があんなに楽しそうに誰かの話をするのは初めてだったもの。それだけで理由なんて十分過ぎるでしょう」


 本当になんでもないことの様にさらりと言う。――そうだ、大好きは最強なのだ。これが、これからの僕等の原動力だ。


ミルンさん、演技が上手です。長老は悪役に向かないので、引き受けました。

落ち込んでいたニコちゃんとヴァンちゃんにようやく光が見え始めました。でも、まだ全てが片付いた訳ではないので、頑張って貰いましょう。


お読み頂きありがとうございました。


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