0363.シチュー隊長
支店で馬車を受け取り、海の国の魔法道へと向かって行く。赤土の大地が徐々に減り、緑が増えて街道の両側を埋めていく。
「昨日は楽しかったかのぉ?」
「はい。皆と遊んだりご飯を食べて、お休みを満喫しました」
「それは良かったのぉ。ご飯は誰が作るのだい?」
「シン様ですよ。何を食べてもおいしいんです」
「ほぉ。料理なんてしそうに見えないから、意外な気がするのぉ。奥さんは居ないのかい?」
「はい。子供が居ればいいそうです」
「ほっほっほ、良きお父さんだ。……――」
呟きをしっかり拾ってしまった。「その優しさを周囲にもくれんかのぉ」ですか。ポンポコさんはまだ親しくないから、シン様が余所余所しいのかもしれない。その時、感覚に引っ掛かるものが――。
「「敵だ!」」
ヴァンちゃんと僕が同時に叫ぶと、即座に周りの人達が剣を抜く。戦闘態勢が整った頃に、深くなり始めていた森から、わらわらと盗賊たちが現れる。今度は本物の盗賊らしく、迫力が違う。睨みつけてくる目に殺気がこもり、こちらを威嚇する強い気を感じる。
だが、睨み合いなどしてやらないのだ。さっさと攻撃するに限る。パチンコを取り出すと、森の皆に貰ったドングリをセットし、次々と盗賊の額に放つ。
「うっ!」
「ぐあっ!」
どうだ、痛いだろう! 帽子を被った大きなドングリを受けるがいい! ヴァンちゃんも左側に居る奴等に打ち込んで、次々と相手の隙を作る。そこに隊長さんが突っ込んで行き、護衛さん達は馬車から離れ過ぎない様にしながら剣を振るう。
「おぉーーーっ!」
おっと、髭もじゃが雄叫びを上げながら迫って来た。体が他の奴らより大きく、重そうな斧を片手で軽々と扱っている。ポンポコさんには御者台の真ん中に移動して貰い、背に守るように台の右端に立つと、柄が付いた分銅付きの長い鎖を、盗賊の首目掛けて鞭のように振るう。
「甘いっ!」
弾かれてしまったが、お前の方が甘い。分銅は体温に反応する魔法具なので、後ろから自動で盗賊を追う。手首をくいっと曲げて角度を調整し、首に巻き付ける。
「うぐっ⁉」
後は柄に付いている宝石を触れば、鎖を走る雷が相手を襲う。気絶するようにたっぷりと流してから、体をグルグル巻きにする。
護衛さん達の活躍によって大分減った盗賊に動揺が走る。どうやら、僕が倒したのがボスだったらしい。チャンスとばかりに、棒手裏剣を次々と放つ。油断しているので太腿に全部命中した。
呻く盗賊が次々と倒されていくので、僕がこれ以上の攻撃をする必要はないだろう。ボスに近付き、念の為にもう一度雷を流してから、鎖を解いて縄で縛る。体が大きいから縛るのが大変だ。身長は二メートルくらいあり、体重も百キロを軽く超えているだろう。軽減の札がなかったら、引っくり返せなかった所だ。
「終わったかのぉ?」
「はい、全員倒しました。人数が三十人程いるので、モリデイの町の兵士に引き取りに来て貰います。一人連絡に送りましたが、先に進みますか? それともここに居ますか?」
「そうだのぉ……。二人残して先に進むとしよう」
「分かりました。お前とお前は残ってくれ。他の者達は間隔を広げて守れ」
隊長さんがテキパキと指示を出して出発の準備を整える。徐々に加速する馬車に揺られて森の中を進んで行った。
その後は争いも無く静かに進み、深くなっていく一方の森の中で野宿する。この辺りは入ってはいけない森が始まる場所なので、町が無いのだ。
パチパチと勢い良く燃える焚火を見つめる。空はすっかり暗くなり、星が数え切れない程に瞬いている。温度は下がって来たが、毛布があれば凌げる寒さだ。
夕食が当番さんによって運ばれて来る。今日のメニューは、大鍋にたっぷり作られたシチューだ。順番に並んで、深めのカップにたっぷりと入れて貰う。じゃがいも、人参、鶏肉、コーンがたっぷりで、ミルクの甘い匂いがする。
「ん~、濃厚でおいしいですね」
「そうだのぉ。冬はシチューがよりおいしく感じるのぉ」
ロールパンをシチューに浸して食べる。おぉ、染み込んでる~。
「本当にうまそうに食べるな。同じ物か?」
「あーっ! 隊長さん、僕のシチューを食べないで下さいよ!」
「――同じ味だな」
悪びれもせずにニヤリと笑う。おにょれ、シチュー泥棒め~。
「鶏肉を要求します!」
「人参ならやる」
「お・に・くー」
「や・ら・ん」
酷いお方だ。今度からシチュー隊長と呼んでやる!
「仲良しですね、隊長」
「昔から護衛によく来ているからな」
「昔って、この子達はまだ若いですよね?」
新人さんが首を傾げる。他の人は少なくとも三回は一緒になっている筈だ。
「白族は働き始める年齢が早いからな。この二人は優秀だったから、他の子達よりも更に早い」
「へぇ~、そうなんですか。偉いね」
照れていると、新人さんが鶏肉を一つカップに入れてくれる。
「食べていいよ。今日も大活躍だったね」
「えへへ、ありがとうございます。シチュー隊長、見習って下さいね」
「誰がシチュー隊長だ! 俺の名前はジーザだ。よく覚えろ、食いしん坊め」
「シチュー隊長でいいじゃないですか。十分に名前として通じますよ」
「生意気を言うと、お替り禁止だ」
「横暴! 人のシチューは食べるわ、鶏肉はくれないわじゃ、改名されて当然ですよ!」
睨み合っていると、ポンポコさんが楽しそうに呼ぶ。
「シチュー隊長で決定だのぉ。儂も気に入ったわい」
「なっ⁉ お前の所為だぞ! 説得しろ」
「嫌ですよーだ」
ヴァンちゃんがそんな僕達を横目に、お替りを貰いに行っている。
「――はい、これで終わりだよ」
「ありがとうございます。俺の分があって良かった」
隊長さんと思わず周りを見渡す。どの器もシチューがなみなみと入っている。僕達が争っている間に皆でお替りしていたなんて!
「お前ら、隊長を少しは敬え! 普通残しておくもんだろうが」
「いや、こういうのは早いもん勝ちですから。隊長が前にそう言ってましたよ」
「あー、俺も聞いた」
「俺も」
隊長さんは自身の発言に首を絞められて黙り込む。だが、お替りがないのは僕も一緒だ。
「喧嘩は駄目という事かのぉ。落ち込まずとも、パンは残っているよ」
慌てて走り、バターの匂いがふわりと漂うロールパンを貰う。パン、ゲットーーーッ!
「俺にも何かくれ。あれだけじゃ足りない」
「もう全部無くなってしまいました」
「何だと⁉ ……はぁ、今度からもう少し作ってくれ」
お腹が空いているのは悲しいので、僕のパンを半分に割る。
「どうぞ」
「ニコ……。お前は本当に良い奴だな。この優しさを俺の部下たちにも身に付けさせたいものだ」
一斉にそっぽを向かれている。隊長の威厳も食べ物の前では薄れてしまうようだ。
「……いいだろう。帰ったら……くくくっ」
ひぃっ、何か企んでいる! でも、悪いお顔の隊長さんは俯いて小声で言ったので、他の人は気付いていない。きっと、泣きたくなるほどの特訓が待っているに違いない。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。
僕とヴァンちゃんはお子ちゃまだから、夜の見張りをせずに寝ろと言われ、大人しく毛布に包まって空を見上げている。フクロウさんの声と焚火の音を聞きながら寝ようと思ったが、目が冴えて眠れない。
「ヴァンちゃん、起きてる?」
「うむ。ニコも寝られない?」
「うん。……カハルちゃんは今頃、夢の世界かな?」
「そうだと思う。俺とニコで潜入する為にも何とか寝る。おやすみ」
「おやすみ」
夢の中で長く会う為に寝ようと思ったら、すんなりと眠気がやってくる。カハルちゃん、待っていてね……。
翌朝、ざわざわとした気配で目覚める。もう起きる時間か……。結局、熟睡して会う事は出来なかった。ヴァンちゃんはどうかな?
「ヴァンちゃん、朝だよ。起きてー」
「んー、あと五分……」
「駄目だよ、踏まれちゃうから起きて」
焚火を料理に使うので邪魔になるし、沢山の人が動き始めたから危険だ。
「ふわぁ~、うーん……」
渋々という感じで立つと、毛布を抱いて森の奥に行こうとする。寝ぼけているのかな?
「ヴァンちゃん、どこへ行くの?」
「……ん? 朝だ」
「うん。準備しようね」
「うむ」
ようやく完全に目覚めたようだ。この様子じゃ、夢なんて見ずに眠っていたのだろう。
マカロニが入った野菜スープを食べたら出発だ。今日順調に進めば、北西に進んでいたルートが南西へと変わっていく筈だ。
馬車に揺られてぼーっとしていると、隊長さんに顔を覗き込まれる。
「寝不足か?」
「そうじゃないです。考え事をしていただけですよ」
「ヴァンもそうだが、お前達いつもの元気が無いんじゃないのか?」
「そうですかね? 普通だと思うんですけど」
「そうか? 話くらい聞いてやるからいつでも来い」
「ありがとうございます」
でも、言う気は無い。白族のルールをベラベラ喋る事になるもんね。
カハルちゃん、シン様……。いつだって優しくて思いやってくれた、あの家の人達の顔が次々と頭に浮かぶ。思い出す度に寂しさが募るが、思い出さない日は無い。常に心も頭もあの人達へと向かい続けてしまう。それを押し留める方法なんてあるのだろうか? 僕の心に目隠しなんて出来よう筈もない。
一緒に過ごした毎日が奇跡のような体験だったと今にして思う。諦める事がどうしても無理なら、何とかしてあの日常に戻る術を見付けたい。
ポンポコさんの隣に居るヴァンちゃんも、今頃同じ事を思っているのかな? 揺れる心を持て余しながら、流れる景色を眺めていた。
隊長大人気ないですね。その所為でシチュー隊長と呼ばれる羽目に(笑)。
食材はもっとありますが、一食の量は決まっているので、残念ながらもらえません。ニコちゃんにパンやおやつを貰い、なんとか凌ぎました。
次話は、海の国の王都に着きます。
お読み頂きありがとうございました。
 




