0362.野望達成
「ニワトリさ~ん」
僕の呼び掛けで一斉に振り返る。ブンブンと手を振ると、飛ぼうとでもするかのように羽根を動かして応えてくれる。
「コケーーー!」
羽根が舞う中、一羽のニワトリさんが走り寄り、ヴァンちゃんに抱き付く。
「オーラム・ガッスさん、久し振り。元気?」
「コケ、コケッ」
やり取りをしている間に、僕とヴァンちゃんはニワトリさんに完全に包囲されていた。
「コケッコ、コケーコッコッコ(良かったね、また来られて)」
その言葉を聞いた他のニワトリさんも、次々に「良かったね」と言ってくれる。
「カハルちゃんが会いに来てくれたんですよ。夜まで一緒に居られるので、遊びませんか?」
「コケー。コココ、コケッコ(勿論だよ。森の皆も誘わないとね)」
「はい。あ、そうだ。卵を下さい」
次々と差し出されて焦る。誰から貰ったらいいの⁉ グイグイ寄って来るので後退するが、後ろにも居るので逃げられない。
そこに頼もしい助けがやって来る。
「――ガーウ」
空中にひょいっと持ち上げられ、フワフワで逞しい腕の中に収まる。
「ガウ、ガウウ、ガウー(シン様に聞いたんです。お帰りなさい)」
「ただいまです、アケビちゃん。誰の卵を貰えばいいんでしょうか?」
「ガーウー……。ガウ、ガウ、ガウ」
悩んだ後に適当に指さすと、ニワトリさんも異論は無いらしく、ヴァンちゃんに渡している。
「ありがとう。これで卵かけご飯を食べられる」
ヴァンちゃんが深々と頭を下げるのに合わせて、僕も腕の中で頭を下げる。
「コケッ」
見事に揃った鳴き声でお返事してくれた。皆さん、チームワークが良いですね~。
「ガウ、ガウウー? (何をして遊ぶのですか?)」
「遊具で遊びたいです。回転木馬に皆で乗りませんか?」
頷いてくれたので家に戻ると、既に森の皆が勢揃いしていた。
「ただいま」
ヴァンちゃんが端から頭を撫でていく。僕も触れ合いに行ってこよう。
「アケビちゃん、降ろして貰ってもいいですか?」
「ガウ」
狐さんとウサギさんにガバッと抱き付く。あ~、このフワフワで温かな手触り……。帰って来た事を実感するなぁ。
ヴァンちゃんが僕の頭に鳥さんを乗せ、アケビちゃんが僕の背中に何かをくっつける。
「ん? 誰だろう……。この大きさという事は……リスさん!」
よじ登って来ると、正解という感じで僕の顔を覗き込んでくれる。やった、当たったよ。
「ニコ、俺は卵を置いて来る」
「うん。カハルちゃんが起きていたら連れて来てね」
「うむ」
アケビちゃんが僕をシーソーに乗せてくれる。片側は誰が乗るのかな?
「――よいしょ」
シン様が乗ったよ。予想外の事に目をパチパチさせていると、ヴァンちゃんがやって来る。
「おー、ニコに加勢せねば。カハルちゃんも乗る」
「うん。うんしょー」
「うおりゃー」
あれ? シン様が下がったままだ。壊れたのかな?
「皆、軽減のお札を持っているでしょう。……いや、全員足しても僕より軽いか。アケビちゃん、よろしく」
「ガウ」
手でグーンと押してくれる。おー、楽しい~。シン様は足が長いので、持ち上がっても地面に届いている。もう嫉妬するのも馬鹿らしい程のおみ足でございます。……本当は羨ましいと思っていますけどね!
その間にニワトリさん達は、回転木馬の床に全員が飛び乗っている。
「それは魔石を触らないと動かないよ。ほら、ジャンプ」
シン様の声に従い、次々と中央の柱にある魔石を目掛け、ニワトリさんが床を強く蹴る。
「コケッ(乗せてっ)」
「コゲー! (重いー!)」
ジャンプは上手くいかなかったので、背中に一人乗せて踏ん張っている。よし、後ちょっとだ。頑張れ~。
翼で撫でると見事に床が回り始め、下のニワトリさんは力尽きて潰れる。
「ゴゲー」
凄い鳴き声だけど大丈夫だろうか? 近付いて見守っていると、ヨレヨレと立ち上がる。そして、上下する木馬の真似なのか、羽根と足をゆっくり上下させながら床に運ばれて行く。
「楽しそうだね。モモが見たら喜びそう」
「そうですね。呼んで来ましょうか?」
「うーん……撮影を始めると面倒だから却下」
面倒って言われていますよ、モモ様。でも、今日は家族水入らずで過ごせばいいか。
「ウサギさんも乗りたいの? うんしょ」
カハルちゃんが持つと巨大に見えるウサギさんは、足が地面に付かないように自分で持ち上げている。
「よいしょ、よいしょ」
右に行き、左に行きと、フラフラして危なっかしいので、シン様が更に持ち上げる。
「はい、どうぞ」
木馬に跨ったウサギさんは、木の棒へ器用にしがみついている。どちらかというと、カハルちゃんの方が危険だ。
「ふわぁ……ふにゅ……」
「おっと、まずい。寝ちゃったよ」
シン様が慌てて登って抱き上げている。ニワトリさんがシン様の動きに合わせて、波が引くように動く姿が面白い。
「ニコちゃん達は乗らないの? 遊んで来なよ」
「では遠慮なく」
ヴァンちゃんと共に跨る。――うん、何度乗っても楽しい。こんな凄い物が家にあるなんて、贅沢だよね。
しっかりと満喫してから降りると、シン様が手招いて来る。
「おいで、おやつにしよう」
シン様は、ニワトリさんと森の皆にリンゴを配っている。僕も思わず口を開けると、笑いながら欠片を入れてくれる。あー、幸せだー。
家に入ると、囲炉裏の周りに真っ赤なイチゴが入った器が並んでいる。
「おぉー、イチゴー」
イチゴ大好きなヴァンちゃんは靴を脱ぐ事すらもどかしいのか、ブーツの紐を緩めると、四つん這いでブンブンと足を振っている。
「ヴァンちゃん、お行儀が悪いですよ」
「ニコ母さん、イチゴ、イチゴ!」
「ふふふ、ニコ母さん、ビシッと注意してあげてくれるかな」
「はーい。悪い子にはイチゴをあげませんからね」
「おぉ、悲しい……。すぐに揃えるから、ご勘弁を~」
きっちり揃えたので、「よろしい」と頷いてあげる。
「やった。俺のイチゴ~」
ヴァンちゃんも結構食いしん坊だよね。なのに、何故太らないのか。お腹の中にもう一人、小さなヴァンちゃんでも居るのだろうか?
「練乳いる?」
「このままでいい。食べていい?」
「どうぞ。クマちゃんが作ったイチゴは甘いよ」
期待たっぷりという顔をしながらフォークで刺し、ポコッと丸ごと口に入れている。
「ふぅお~、あまあまジューシー」
お気に召したようで、目を閉じて味わっている。僕も頂こうっと。――ん~、匂いも素晴らしい。飲み込むのが勿体無い程のおいしさなので、ゆっくりと噛んでいく。
「帰りに持たせてあげるよ。後はミカンと干し柿もあげる」
「ありがとうございます。馬車で食べますね」
「うん。あの商隊はどこまで行くの?」
「海の国の魔法道から闇の国へ戻ります」
「そうなんだ。あの位置だと、あと五日は掛かるね」
「はい。今度は森が続くと言っていましたよ」
ヴァンちゃんがもう半分も食べてしまった。手が止まらない姿を見て、カハルちゃんが自分のイチゴを分けてあげている。
「おぉ、カハルちゃん、優しさの塊。俺に出来る事があったら何でも言って欲しい」
「じゃあねぇ、私が訪ねて行った時は、また遊んで欲しいな」
「お安い御用。他には?」
「まだいいの? ……うーん、貯金しておこうかな」
「貯金?」
「そう。して欲しい事があったら使うね」
「うむ。お任せ」
晩御飯の時間になると、続々と帰って来る。
「あーっ! 白ちゃん達でキュ!」
「クマちゃん、ただいまです」
「ただいま」
「お帰りキュ。いつまで居られるのキュ?」
「ご飯を食べたら帰ります」
「――そんなに早く帰ってしまうのか? 俺は今やっと会えた所なのに」
セイさんが僕達を纏めて抱き上げてくれる。そうそう、この腕の筋肉ですよ。頼もしいお兄様は今日もカッコイイな。
「もっと居るキュ~。クマもやっと会えたのキュ」
「ほら、困らせないの。また僕が何度だって連れて来てあげるから」
「キュー……。分かったのキュ。クマも果物を持って、白族の村に押し掛けちゃうのキュ」
「是非来て下さい。さっきもイチゴを食べさせて貰ったんです。とっても甘くておいしかったですよ」
「そうでキュ。ビャッコちゃんもよくつまんで食べているのキュ」
見られてた! という感じで、気まずそうに目を逸らしている。ビャッコちゃんもそういう事をするんだなと意外に感じる。真面目さはほんの一面に過ぎないという事か。僕ももっと色々な姿を見てみたいな。
囲炉裏の周りを囲み、食べたくてしょうがなかった卵かけご飯を頬張る。
「卵おいし~」
「沢庵最高」
「沢庵を村で食べていないの?」
「食べているけど、あんまり合わない」
「そっか。じゃあ、多めにお米を分けてあげるよ」
ありがたいなと思いながら頷く。口の中にパンパンに詰め込んでいて喋れないのだ。ゆっくり噛んで、焼き鮭に箸を伸ばす。ほんのり塩味の欠片を口に放り込み、またご飯をパクリ。シンプルだけど、最高の贅沢に感じる。
ほうれん草のおひたしもお味噌汁も僕の口に良く合う。塩加減がちょうど良いんだよね。あ、そうだ!
「シン様、お出汁も欲しいです。僕達の村にはコンソメしかないので、洋風な感じになってしまうんです」
「あー、そうだよね。鰹節と昆布と煮干しでいいかな。後は何か足りないものはある?」
「いま思い付くのはそれだけです」
「そう。遠慮せずにどんどん言ってね。僕もしょっちゅう会いに行く口実になるしね」
シン様も遠慮していたんだな。村に前の依頼主がしょっちゅう来るなんて、今まで無かったから、村の皆がどうしたのかと思うよね。僕達のお父さんですなんて言えないし……。
「ニコちゃん達はいつ村に居るのキュ?」
「当分は居ない事が多いと思います。明日から五日くらいは、海の国で護衛仕事ですよ」
「そうなのキュか。突然行っても会えないキュね。詳しい予定が分かったら教えてキュ」
「はい。クマちゃんのお店はどうですか?」
「相変わらず、邪な人がよく吹き飛んでいるキュ。お触り禁止って言っているのに聞かないのキュ」
その気持ちは分かる。僕達を触ろうとする人が、しょっちゅう居るのだ。だが、そのお蔭で気配を感じ取る感覚がより鋭くなった。
海苔で一口残ったご飯を巻いて食べたらフィニッシュだ。シン様のご飯は満足度が違う。食べ終えた後も幸せな気分が湧き出て来るのだ。
「デザートはフルーツたっぷりのヨーグルトだよ。ゆっくりお食べ」
ミカン、リンゴ、イチゴがゴロゴロと入っている。ひと口食べれば甘い匂いと果汁、ヨーグルトの酸味が口に広がる。ゆっくりと言われたけど、夢中で食べていたら、ペロッと平らげてしまった。
「はい、お茶。そろそろ帰る時間だね」
思わずうつむいた僕達に、カハルちゃんやクマちゃんが抱き付いて来る。
「また来てね。絶対、ぜーったいだよ」
「そうキュよ。来ないと攫いに行くでキュよ」
やっぱり来なければ良かったという考えが頭にちらつき、すぐに打ち消す。別れは寂しいけど、会うのを我慢する方がもっと寂しくて悲しい。
ヴァンちゃんがカハルちゃんの手を握り、頬に持って行く。
「カハルちゃん補給。これで暫く頑張る」
「うん。私も補給するの」
今度はカハルちゃんがヴァンちゃんの手を握って頬に付ける。僕はクマちゃんを補給だ。ぽっこりお腹を撫でていると、何か良い事が起こりそうな気がする。
「ニコちゃんばっかりずるいキュ。クマにもそのお腹を撫でさせるのキュ~」
両手でわしゃわしゃと撫でたり、ポンポンと太鼓のように叩かれる。
「良いお腹なのキュ。叩きがいがあるのキュ」
「それは太ったって事ですか⁉」
「微妙にでキュかね。それとも冬で毛が多くなったんでキュかね?」
毛であって欲しい……。今度、村の子達と真剣に遊ぶか。ハードなので、脂肪ともおさらば出来るだろう。
「僕の所にもおいで。――もうっ、可愛いな。鼻もお目目もシッポも全て可愛い」
おぉ、照れます~。ギュッと抱き締められると、心まで守って貰えている気がする。また抱擁して貰えるのが、いつになるか分からないので、僕も服を握ってより密着する。
「――よし、ニコちゃん終了。次はヴァンちゃん、おいで」
「了解」
ヴァンちゃんは首に腕を回してしがみついている。力が強いのか、シン様は少し苦しそうだが、何も言わずに抱き締めてあげている。僕達の気持ちをこれ程までに分かってくれる事に嬉しさが募る。やっぱり、シン様は最高のお父さんだ。
「――補給終了。シン様、ありがとう」
「どういたしまして。――ほら、カハル、泣かないの」
カハルちゃんはセイさんにしがみ付いて泣いている。僕だって離れたくないけど、今回会った事で気持ちはピッタリ寄り添っているのを確信した。
「また来ます。だから、お顔を見せて下さい。僕の顔を覚えていて下さいね」
「うぅ~、忘れたりしないもん……。そんな可愛くて好みな顔、忘れる筈ないよ」
シン様がハンカチで涙を拭いて頭を撫でる。
「泣き止んで偉いね。笑顔で見送ってあげようね」
「うん。宿まで付いて行っていい?」
「勿論。セイ達も行く?」
「ああ」
外に出ると、ニワトリさんや森の皆が居た。今日は木の実を渡せると、次々に差し出される。えへへ、どんぐりがいっぱいだ。
ニワトリさんは三列に並び、「コケコッコー」と勇ましく鳴くと、ビシッと敬礼してくれた。はわぁ~、僕の野望が達成されたよ~! 歓喜に浸りながら、ビシッと敬礼を返す。今日は何て良い一日なのだろう。
「ふふふ、良かったね。野望達成だね」
「はい! 僕の萎んだ心もこれでパンパンに膨らみました」
シン様の足に掴まって手を振ると、すぐに皆の姿は見えなくなる。途端にプシューと萎み始める心に内心で苦笑する。思っていたよりずっと短いな……。
「別れたって何度でも会えるよ。あそこは二人の家なんだからね」
「はい……」
「ニコちゃん、元気出すキュ。出ないなら、クマがドラちゃんに乗って、すぐに行くでキュよ」
「俺も会いに行く。会いたいのはお前達だけじゃないんだぞ」
「「はい!」」
そうだよね。両方が望んでいる事なら、叶うスピードも速いに違いない。
「またね、白ちゃん。私も頑張るね」
「はい。無理しちゃ駄目ですよ」
「そう。俺達に心配掛けちゃ駄目」
「はーい」
「それじゃあ、またね。誰かにいじめられたら、すぐに言うんだよ。僕がギッタギッタにしてやるからね。さぁ、カハル達、帰るよ」
不穏な発言を残してシン様達が消える。その場に残る温もりが消えても、僕達の足は中々動いてくれなかった。
ついにニコちゃんの野望が達成されました。ですが、お見送りの敬礼なので、ニコちゃん個人には羽根で頭をナデナデのままです。敬礼への道は遠いぞ、ニコちゃん(笑)。
お読み頂きありがとうございました。




