0361.砂像職人
折角、海の国に居るので、海に連れて来て貰った。か、風が強い……。ビュオーッと唸っております。それに、波も少し高いな。
「冬になったから風が少し冷たいね。崖に立っていても寒いし、砂浜で結界を作って中で遊ぼう」
「はい!」
シン様が巨大な結界を作ってくれたので、快適温度で遊び放題だ。
「砂で何か作ろうか」
「クマちゃん作る」
「おぉ、良いね。賛成!」
シン様が砂と海水を混ぜ合わせて水分を適度に抜き、僕達の身長より少し小さい、円柱状の砂の柱を二本作ってくれる。その間に金属のヘラをカハルちゃんが作り出す。どっから金属を出したんですか? この親子はツッコミ所が満載だ。でも、凄く便利。
ヴァンちゃんと共に、クマちゃんを頭の中に浮かべて削っていく。
「――わぁっ、耳が!」
ざっくりと耳を削ってしまった。中の窪みを作りたかったのに……。
「穴が開いちゃったね。でも、また砂で埋めればいいよ」
シン様が手を翳すと穴が塞がれていく。最近はこんな風に魔法を使う人が側に居なかった。やっぱり魔力量が圧倒的に違うのだろう。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
今度は慎重に削り、両耳が完成する。次は丸くて可愛らしいお目目を作らねば。額を削り出し鼻の形も大体作った所で目を掘っていく。あんまり掘ると目が飛び出て怖くなるので要注意だ。
「ん~、なんかバランスが悪いかも。目の位置が違いますよね?」
「そうだね。ちょっと斜めっているかな。まぁ、これはこれで味があっていいんじゃないかな」
シン様がそう言うならいいか。クマちゃんが見たら、「こんなんじゃないキュ! もっとカッコよく、可愛く、スタイリッシュにでキュ!」とか言うかな?
騒ぎながら作っている僕とは違い、ヴァンちゃんは黙々と作業をしている。こういう時は声を掛けちゃいけないのだ。細かい部分は後なのか、全体をざっと削り出している。凄い、ちゃんとクマちゃんだと分かる! あのぽっこりお腹にキュートなお尻。首のリボンまで作ってある。
「ヴァンちゃんて職人が向いていそうだよね」
「そうですね。集中できる作業が好きなんだそうですよ」
カハルちゃんは僕達の会話中にヴァンちゃんの後ろ姿をじーっと見ると、砂に手を翳している。するとモコモコと五センチ位に盛り上がって、写し取ったかのような後ろ姿が出来上がる。
「力作なの。題名『ヴァンちゃんの渋い後ろ姿』」
シン様が口元をムズムズとさせながらしゃがみ、砂のシッポをそっと触る。
「シッポがピンとしているのまでそっくりだよ」
そこまでで耐え切れなくなったのか、膝に顔を埋めて声を殺して笑っている。ヴァンちゃんの邪魔にならないように配慮してくれているんだな。
「……はぁ、笑った。じゃあ僕も何か作ろうかな。ん~……ああ、そうだ。あれにしよう」
シン様も手を翳すと砂が盛り上がっていく。ヴァンちゃんは作業が一段落したのか、その様子を不思議そうに眺めている。
徐々に縦に線が入り、横にも線が入って行く。そこに高低差をつけたら完成らしい。
「完成。題名『セイのお腹』」
「ぶほっ」
珍しくヴァンちゃんが噴き出した。どうやらツボに入ったらしく、後ろを向いて肩を揺らしている。
「ふふふ、やったね。ヴァンちゃんの爆笑を頂いたよ」
「セイが見たら目を吊り上げて怒りそう」
「ムキムキ具合が足りないって? 脇腹にも線を入れなきゃ駄目かな?」
いや、そういう意味じゃないと思う。俺の腹を笑いに使うなって事だよね?
そう言いつつも、カハルちゃんが棒を拾って脇腹に斜めの線を入れている。真ん中だけリアルで、周りが子供の落書きのようだから、更に変な作品になった。
「……壊そうか」
「うん……」
セイさんの殺気でも感じたのか、一瞬でただの砂浜に戻った。息子のお腹で遊んじゃいけないって事ですね。勿論、僕のお腹は作らせませんよ。
「ニコちゃん、駄目なの?」
「カハルちゃん、そんな可愛く首を傾げても作らせませんよ」
「じゃあ後ろ姿をもう一個作る」
ヴァンちゃんの横に僕の後ろ姿が並び、手を繋いでいる。
「題名は……『仲良しな二人』にしよう」
「カハルちゃんも手を繋ぎましょうよ」
「私はフワフワな手を触りたいな」
喜んで右手を差し出すと、両手で握って左右に振っている。
「えへへ、嬉しいな。やっぱり、ぬいぐるみさんの手じゃ駄目なの」
「巨大熊さんですか?」
「うん。包まれていると確かに嬉しいけど、ニコちゃんとヴァンちゃんに抱き付かれている方が、もっと幸せ」
寂しそうに微笑む姿に胸が締め付けられる。僕だって、いつも隣に寄り添っていたい。ヴァンちゃんもいつの間にか作業を止めて、カハルちゃんをじっと見ている。何故、僕達はこの手を何度も離さなければならないのだろう……。
「……しんみりしちゃったね。私もくまちん作ろうかな」
スコップを手に出すと、半円形の山をペタペタと作っていく。
寂しいと口に出すのは簡単だ。でも、それは双方を苦しめる。一緒に居る間は出来るだけ楽しく過ごそう。
シン様はそんな僕達を見守りながら、新たに何かを作っている。僕も負けないように可愛いクマちゃんを作るのだ。
結果――。歪なクマちゃんが出来上がった。おかしいな、こんな筈ではなかったのに……。腕の長さが違い、修正を繰り返していたら短くなり過ぎた。足は逆に細長くなって、まるで違う生き物のようだ。
「足長クマちゃんになったね」
シン様が水晶で撮影している。大変だ、阻止しなければ!
「見せちゃ駄目ですよ! クマちゃんに絶交されちゃいます!」
「そう? 足が長いって喜ぶと思うよ」
「腕が短すぎるじゃないですか。顔もイマイチですよ」
シン様が全体を眺めて足に手を翳すと、だるま落としのように足が短くなっていく。
「こんな感じかな。でも、体が大きいかな? ……いや、これ以上いじらない方がいいか」
諦めたようだ。さっきよりクマちゃんに近付いた気がするので、いいと思います。
「――出来た」
ヴァンちゃんは息を吐き出すと、ヘラを下ろす。その姿はまるで、全てを出し切った職人のようだ。
「うわぁ、ヴァンちゃん上手だね」
「うん、凄いよ。今にも動き出しそうだね」
親子が絶賛だ。表面はつるっとしているが、クマちゃんをそのまま大きくしたような外見だ。半円形のお耳に、ぽっこりとしたお腹。首のリボンも細かい所までよく作り込まれている。
「ぬいぐるみのフリをしているみたいですね」
「そうだね。日本に居る時のクマちゃんは、ピタッと止まっているのが本当に上手なんだよ」
シン様が太鼓判を押す位だから、未だに誰も気付いていないという事だ。凄いスキルだよね。
「こっちも写して見せてあげよう」
「シン様、僕のは絶対に見せちゃ駄目ですからね」
「一生懸命さが出ていて可愛いよ」
そう言われると反論が出て来ない。一生懸命作ったのは本当の事だ。
「皆で僕が作ったクジラの前に立ってくれる? 記念撮影しよう」
背中から霧のような細かい水が噴き出している。あれなら近寄ってもびしょ濡れにはならないだろう。
「もっとくっついて。はい、ピース」
胸の前で作ったが、両隣のお二人さんは僕の頭の後ろに出している。
「鹿」
「えへへ、鹿~」
じゃあ、僕はダブルピースしておくか。にへっと笑うとシン様がすかさず撮影する。
「戻って来ていいよー」
側に戻ると写真をコピーさせて貰う。うん、僕達の楽しいがきちんと詰まった一枚だ。
「これはどうしようか?」
「崩す。うりゃー」
クマちゃんの足元にスコップをグサッと刺して倒すと、平らにならしていく。ヴァンちゃんて、あっさり……。
シン様がクジラを壊して砂浜をならすと、結界を解く。
「――寒っ」
こんなに風が強かったのか。暖を求めてカハルちゃんにくっつく。
「えへへ。ニコちゃん、あったかい」
「僕もです。あれ? ヴァンちゃん?」
「ここ」
ちゃっかりシン様の上着の中に入って顔だけ出している。
「ふふふ。寒いから家に帰ってご飯にしよう」
一瞬で懐かしの場所に戻って来る。何も変わっていない事にホッとしながら家に入ると、ふわりと漂うイグサの匂い。……ああ、帰って来たんだなと実感する。
「きつねうどんにしようか」
「キツネ⁉」
「ビャッコちゃん……いただきます」
ヴァンちゃんが手を合わせる。そんな、まさか……。
「ふふふ、ニコちゃんは相変わらず良い反応だね。きつねは油揚げの事だよ。ビャッコちゃんじゃないから安心してね」
「はぁ、良かった……」
ヴァンちゃんがニヤリと僕を見る。どうやら知っていてからかっていたらしい。
「もうっ、酷いよ、ヴァンちゃん」
「ふっふっふ。シン様がそんな事する訳ない」
「あ、そうか」
冷静に考えると答えはすぐに出るんだな。ちょっと恥ずかしい……。
眠ってしまったカハルちゃんを抱っこして囲炉裏の前に行く。冬だから木が赤々と燃えている。
「あったかいね~」
「うむ。眠くなりそう」
ぼーっと暖を取っていると、シン様が器を運んで来てくれる。
「はい、お食べ。熱いから気を付けるんだよ」
「はーい」
カハルちゃんがお出汁の匂いに気付いたのか、薄っすらと目を開ける。
「ごーはーんー……」
眠気が勝ったらしく、それだけ言うと目を閉じてしまった。
「カハルは座布団に寝せていいよ。抱っこしたままだと食べられないでしょう」
ずっとこうしていたいけど、火傷させてしまうのは嫌だ。そっと寝せると、ヴァンちゃんが毛布を持って来て掛ける。
「ありがとう。さぁ、食べるよ。いただきます」
ずずっと汁を飲む。――はぁ、おいしい……。久し振りの出汁は体の隅々まで広がるようだ。次はモチモチの麺を一本掴んで端から食べていく。
「シン様、おいしいです。油揚げも汁をたっぷり吸って最高ですよ」
「良かった。夜はお米にしてあげるね。村にも今度届けてあげるよ」
「お願いします。お米が食べたくて仕方なかったんです」
「そうでしょう。二人共、お米を気に入っていたもんね。おかかずは何がいい?」
「沢庵」
シン様は予想通りだったのか、朗らかに笑ってヴァンちゃんを撫でる。
「ニコちゃんは卵かけご飯かな?」
「はい!」
「じゃあ、食べ終わったら二人でニワトリ達に貰いに行って来てね」
ニワトリさん達にまた会えるとは嬉しい。森の皆にも会って来よう。
器を傾けて最後の一滴まで飲み干す。――ぷはぁ、満足。お腹も心もシン様のあったか料理で満たされたので、元気にお外へ行くとしよう。
砂像って凄く細かい所までこだわって作っていますよね。あれはやはり壊すのでしょうか? ヴァンちゃんみたいに、あっさりと? だとしたら一瞬の傑作ですね。作者は壊せそうにありません……。
次話は、皆で遊びます。
お読み頂きありがとうございました。




