0358.目指せ、パクテパ
今日は朝早くに家を出る。ポンポコさんの商隊を護衛して海の国へ向かうのだ。
「ふわぁ、眠い……」
「ヴァンちゃん、しっかり。フワリさんが沢庵入り卵サンドを作ってくれたよ」
「何っ⁉ うまそう。今日はそれを楽しみに頑張る」
「うん、その意気だよ」
闇の国の魔法道で待ち合わせをする。今日も人が多いな。
「――お待たせ、二人共。久し振りだのぉ。今日はどちらが私の馬車に乗るのだい?」
「僕が先で、二日目にヴァンちゃんです」
「そうか。では、ヴァンは前から四番目を頼めるかのぉ」
「了解」
商隊の荷馬車が六台か。ポンポコさんは前から三番目の荷馬車だ。僕達の他にもお抱えの護衛さんが三十人ほど周りを囲んでいる。
「新しい人が居ますね」
「今日がデビューの護衛だ。緊張して顔が強張っているわい」
訓練を受けていた人が初めて外に出るなら、怖いに決まっているよね。ちょっと気を配っておこうかな。
「ポンポコさんは今日も御者台なんですね」
「その方が楽しいからのぉ。外の景色を愛でながら進まないと嫌になってしまうわい」
豪気というか変わっているというか……。普通は箱型の馬車で四方八方を警護の人で固めて動く。体がむき出しなんて、あり得ないのだ。
「ですが、守る側としては大変困ります」
「お前はまたそれか。矢もナイフも弾けるのを下に着ているから大丈夫だわい」
護衛隊長さんが溜息を吐いている。いつもこのやり取りをしているよね。一回も聞き入れて貰えないみたいだけど。
「ニコとヴァンが来てくれると安心感が違う。新人も居るから少し気にしてやってくれるか?」
「はい。僕達はいつものように自分の考えで動いていいんですか?」
「ああ。二人は指示などしなくても最良の選択をしてくれるからな」
おぉ、褒められた。認めて貰えるとは、ありがたい事だ。
一般の魔法道は混んでいるので、少しずつしか進んで行かない。僕達の番になるのは十分後くらいかな。
魔法道は馬車も利用するので、城門の近くの建物に設置されている。国によって売店の位置は違うが、闇の国は魔法道の建物の中にも、一般の人向けに小さい店が置いてある。
「お小遣いをあげるから、お菓子を買って来るといい。儂には飴を頼めるかのぉ。眠気が覚めるように、ミントが使われているものがいいのぉ」
「はい。――うんしょっと。ヴァンちゃーん、お菓子買っていいって。何がいい?」
「イチゴ飴」
「了解」
売店も混んでいるな。足の間をすり抜けて背伸びをすると、商品を眺める。僕は何にしようかな? ドライフルーツにしようかな。一センチ角にカットされたやつだから食べやすいだろう。
「すみません。ミントの飴とイチゴの飴、ドライフルーツの小袋を下さい」
「はーい、四百圓です」
六百圓のお釣りをしっかり握って戻る。おっ、列が結構進んだな。
「ヴァンちゃん、どうぞ」
「ありがとう。ポンポコさん、ありがとうございます」
ポンポコさんが笑顔で手を挙げて応える。僕達が護衛になるといつもお菓子を買ってくれるんだよね。気前が良い人だ。
「戻りました。お釣りと飴です」
「すまんの。ニコは何を買ったんだい?」
「ドライフルーツです。皆で食べましょう」
「おう、いいの。――そろそろ儂らの番かのぉ」
ポンポコさんが営業許可証を受付に渡すと、二十センチ位の黒い魔法具の板に載せる。認証が済むと、すんなりと通して貰える。
一般の魔法道は重さで料金が変わる。よく利用する人はカードを利用する事が多く、一万、五千、三千圓などが受付で買える。
決められたサイズ内の手荷物を持って百キログラムまでだと、一回百圓で利用できる。ただし、お母さんと子供の体重を合わせてとかではなく、一人百圓だ。重さは魔法陣の前にある、赤い枠で囲まれた床に立つと計測される。
一方、商人さんは登録しておくと、後でまとめて店に請求書を貰う事が出来る。白族も利用頻度が高いので、村に請求書が来る。いちいち払うのは大変なので、とても助かる。
「桃の国ですね。いってらっしゃいませ」
一台ずつ馬車が消えて行く。よーし、次は僕達だ。「いってきまーす」と手を振ると、近くに居た人たちが笑顔で手を振ってくれた。
「ポンポコさん、桃の国へも荷物を届けるんですか?」
「そうではなくてのぉ、目的地までは海の国の魔法道からでも似たような距離だから、夕ご飯を食べるなら桃の国が良いと思ってのぉ」
「ああ、成程。桃の国はご飯がおいしいですもんね」
「ニコは話を分かってくれて嬉しいのぉ。隊長なんて『どちらでも同じでしょう』などど、つまらん事を言うのだから参ってしまうわい」
あー、言いそうだな。今も聞こえないふりをしている。でも、お酒は好きだった筈だ。食への興味が完全に無い訳ではないのだろう。
町の中をポクポクとゆっくり抜けると、山の中の街道を目指して西へと馬を走らせる。今回の旅は片道四百キロ程あり、五日の予定だ。到着したら一日休むので、往復で十一日かかる。桃の国と海の国の境目にある町に行くらしい。
この商隊の荷を引く馬は普通の馬ではない。フルクスと言って、普通の馬の二倍程の大きさがある黒い馬の魔獣である。防御力が高くて普通の刃物では傷付けられず、弱い魔法なら弾ける。そして、風の魔法を敵に対して放つ事も出来る。ただ、非常に貴重なので所有している人は限られる。
人間が耐えられないので休憩を挟むが、フルクスだけなら八時間ぶっ通しで走る事が出来る。二頭で引いているけど、パワーがあるので一頭でも問題無くスピードが出る。
因みに僕達はフルクスのたてがみを編んだ防具を手と足に着けている。更にシン様に貰ったお札でパワーアップしているので、戦闘も前より楽になる事だろう。
警護している人達はフルクスではなく、トナカイに似たコーフルという魔獣に乗っている。トナカイよりも少し体が大きく、角が稲妻のような形で、見た目通りに稲妻を落とす事が出来る。威力はそれほどなく、体が少し痺れるくらいらしい。
コーフルは数も多く値段もお手頃。それに加えて馬よりも走れるので、商隊や遠出の旅などで良く乗られている。時速十五キロメートルで二時間走り続け、三十分休みながら進んで行く事が出来る。
山の中に入って少し経つと前方から嫌な気配を感じる。むぅ、出て来たか。
「隊長さん、前方に敵と思われます」
「了解。全員武器を取れ!」
叫ぶと前方に走って行く。後ろや横に回り込んでいる奴はいないようだし、ヴァンちゃんが居るので安心だ。僕はこのままポンポコさんを守るか。
「新人さん、行くみたいですね」
「そうだのぉ。あんなにへっぴり腰で大丈夫かのぉ? すまんが、付いて行ってくれるか?」
「でも、ポンポコさんの守りが手薄になっちゃいますよ」
「ニコなら後ろに通すようなヘマはしないでのぉ。行ってくれるかい?」
「分かりました。さっさと片付けて来ます」
「頼もしいのぉ。頼んだよ」
新人さんを守るように立ち、眼前の男達を睨みつける。ボサボサの髭を生やし、剣や斧を手にしている。盗賊かな? でも、服が綺麗なんだよね……。
「やっちまえ! 荷物を根こそぎ奪え!」
「おう!」
叫ぶとこちらに向かって来る。人数は八人。棒手裏剣を次々と太腿を目掛けて投げる。
「ぐあぁーっ!」
「いてぇぇぇっ!」
三人仕留め、他の護衛さんへ斧を振りかぶる賊の上腕に、棒手裏剣を投げ付ける。斧を落とした所で、背後から隊長さんが剣の柄で殴り付け気絶させる。
武器をトンファーに変え、更に突っ込んで行く。剣を手に襲い掛かって来たが、そんな大ぶりじゃ攻撃し放題だ。脛にトンファーを素早く叩き込み、倒れて来る前に横へと走る。その勢いのまま、背が無防備な賊に飛び蹴りをして倒し、頭をゴンッと叩いて気絶させる。
おっと、新人さんがピンチだ。茶色で短髪のガタイが良い賊を相手に、プルプル震えながら剣を向けている。賊の手の甲に棒手裏剣を投げると、血が滴って剣が地に落ちる。
「今です!」
新人さんが必死に鞘で顔を殴るが気絶はしなかった。震えているから力が足りなかったんだな。血を口の端から出しながら賊が睨みつけると、「ひっ」と悲鳴を上げて後退る。しょうがない、僕がやるかと思ったら隊長さんが背後から殴り倒す。
「これで終わりだな。怪我は無いか?」
「は、はい。力が足りず申し訳ありません」
「いや、逃げずによく頑張った。それと、片刃だから反対にすれば斬れないぞ」
「え? あ、そうですね。思わず……」
僕なんてブシュブシュ刺してしまっている。嫌われたかな?
「あの、助けてくれてありがとう」
「え? あ、お気になさらず。この人達、縛っちゃいましょうね」
嫌われてはいないみたいだ。足をポンポンと叩いて労う。新人さんはようやく笑うと、隊長さんに向き直る。
「隊長、この人達は町に連れて行くのですよね?」
「ああ、そうだ。余計な荷物が増えたな」
眠り薬を全員に嗅がせ、縄で巻いて荷物の少ない荷台に乗せる。よし、終了だ。ん? 髯が顔から浮いている。つまんで引っ張ってみると、ペリペリと剥がれていく。
「あ、付け髭だ」
「うん? こいつらもか?」
隊長さんと一緒にベリベリと剥ぐ。あ、この人は本物だ。ごめんね、強く引っ張ってしまった。
「まだ若いな。こいつら十代じゃないか?」
ポケットをゴソゴソ探る。お財布しかないな。こっちの人は……。
「手帳発見!」
「どれどれ。……予定にパーティとか書いてあるな。貴族の坊っちゃんかもな」
貴族ってお金持ちじゃないのかな? でも、それなら弱い事にも納得だ。新人さんの相手だけは少し強かったから、リーダーなのかもしれない。
それ以上の事は分からなかったので、ポンポコさんの所に戻る。
「さすが、ニコは頼りになるのぉ。助けてくれてありがとう」
「はい。でも、普通の賊とは違うみたいです」
「そうか……。まぁ、調べは兵士に任せよう。出発するかのぉ」
その後は何事もなく進み、今日泊まる予定だった『パクテパ』という町に無事に到着する。盆地で三千人くらいが住んでいて、オパールが採れる事で有名らしい。
緑は少なく赤茶色の土地が広がり、家は同色の石が積まれて作られている。
「ほぼ予定通りの時間かの。さて、余計な荷物を兵士に渡そうか」
町の入口に居た兵士さんに事情を話して渡す。
「あ、馬鹿息子」
「馬鹿息子ですか?」
「そう、茶髪でガタイが良いのが子爵の馬鹿息子で残りは子分達。この町じゃ有名だよ。しょっちゅう威張り散らして、気に入らないと店先の物を蹴ったりしてさ」
「子爵は注意しないのかね?」
「王都に居る事が多くて放っているんですよ。戻って来た時に言っても、頷くだけで何もしてくれないんですよ」
ふーむ……。モモ様に連絡してみようかな。馬鹿息子たちを記録用水晶で撮影しておく。
「やれやれという感じですのぉ。儂等はこれで失礼してもよろしいでしょうか?」
「はい。ご協力感謝致します」
会釈をして馬車を進める。今日の宿は町の中心にあるらしい。
白い塀で囲まれ、建物が大きな中庭をぐるりと囲っている。馬車は建物の裏手に停め、護衛の人が交替で見張る。僕とヴァンちゃんは、ポンポコさんと一緒の部屋に泊まって警護するのが、いつもの流れだ。
「お腹が空いたのぉ。食堂に行こうか」
「はい。ヴァンちゃん、行こう」
手を繋いで一階に下りる。餃子にしようかな? 春巻きもいいな。
ヴァンちゃんと一緒にメニューを覗き込み、チャーハンと餃子にした。お芋大好きな僕が、お米を食べたいと思うようになるとはね。
ウーロン茶を飲みながら待っていると、お料理が運ばれて来た。ん? この匂いは……。
「麻婆豆腐のお客様はどなたですか?」
「儂じゃ。おー、赤くて辛そうだのぉ」
僕とヴァンちゃんは椅子の上で思わず後退る。ひぃっ、恐怖の激辛だ!
「チャーハンと餃子になります。チャーハンをご注文のお客様には、スープをサービスしているので、お召し上がり下さい」
「ありがとうございます」
ワカメスープだ。なんか得した気分だな。ヴァンちゃんと半分こして食べる。はぁ、お米おいしい。チャーハンはご飯の粘りが少なくてパラパラしているな。ふんわり卵とチャーシューがゴロゴロ入っていて、食べ応えがある。
ネギ抜きにして貰ったら、代わりにニンジンが入っていた。ニンジンなら、どんと来い! である。
護衛の人達も交替でご飯を食べている。定食をガツガツ食べても足りないのか、追加で肉まんを頬張っている人が多い。
「ポンポコさん、辛くないですか?」
「とても辛いのぉ。だが、この辛さがいいんだわい」
汗を掻きながら、ご飯の上に載せて食べている。よっぽど辛いのか、ご飯を二回お替りしていた。そうしてでも辛い物が食べたいのか。僕には分からなかったけど、辛さは病みつきになるものなのかな?
ご飯の後にお風呂へ入り、ベッドの上で寛ぐ。ポンポコさんは隣の部屋で、通信の鏡を使ってお店の報告を受けている。僕もモモ様に連絡してみようっと。
「モモ様、白族のニコです。出られますか?」
「――ニコちゃん! 嬉しいな、どうしたの?」
声が弾み満面の笑みだ。僕と話すのを楽しみにしていてくれたんだな。
「えへへ、僕も嬉しいです。実は今、お仕事で『パクテパ』という町に居るんですけど、そこの子爵の息子さんと仲間に商隊が襲われたんです。その人は普段も悪さをして町の人を困らせているんですけど、子爵に言っても注意してくれないらしいんです」
「パクテパか……。ヤイ子爵だね」
ヴァンちゃんも覗き込んで話し出す。
「モモ様、こんばんは」
「ヴァンちゃん、こんばんは。今日も可愛いね。オパールで有名な町だけど、宝石は見た?」
「見てない。明日も早いからお店に行けない」
「そうなの。私が案内してあげたかったな」
残念で堪らないという顔で溜息を吐いている。桃の国の良い所を伝えたかったのだろう。そう思ったら、「抱っこして歩きたい……」と呟いている。なんだ、モフモフ不足か。
「モモ様、宿の方に聞いた話なんですけど、最近は街道に賊がよく出るらしいんです」
「教えてくれてありがとう。実はね、ヤイ子爵は近々外そうと思っていたのだよ。悪い話ばかり聞くから、こちらでも調査していたのだけれど……。治安が悪くなっているなら手を打たないとね。うちの一族を使って街道をお掃除するから、明日は出発時間を遅らせて貰えないかな?」
「ポンポコさんに聞いてみます」
「あぁ、マンリョウの仕事だったの。じゃあ、私が直接話すよ」
ポンポコさんがこちらに向かって来るので鏡を手渡す。
「ん? どうした? ――おぉ、モモ様ではないですか」
後はお任せだ。ベッドによじ登って座り、様子を眺める。
「畏まりました。明日の出発は十時と致します。――はい、失礼致します」
鏡を渡されたので覗き込む。何度見ても美人さんだ。
「出発が遅れた分はオパールを見るといいよ。各所には私が連絡をしておくから、任せてね」
「はーい。モモ様、ありがとうございます」
「モモ様、頼れる男」
「ふふふ、嬉しいな。今日はゆっくりお休み。またね」
ヴァンちゃんと共に「また」と言って鼻のドアップで通信を切る。きっと今頃クスクスと笑っている事だろう。
「急にモモ宰相でびっくりしたわい。だが、出発が二時間遅れるだけで安全が手に入るとは、ありがたい事だのぉ」
頷いてモソモソと布団に包まる。もう眠気が限界です……。
「ほっほっほ。よくお眠り。ほら、ヴァンも布団にお入り」
ポンポコさんが僕の隣にヴァンちゃんを寝せる。二人であっという間に眠りの世界に引き込まれる。
夜中にポンポコさんが起き上がる気配がする。ん……トイレか……。扉の外にも護衛さんの気配がちゃんとするな。ふわぁ~、もうひと眠りしよう。夢でカハルちゃんに会えるといいな……。
今回はマンリョウの商隊の護衛です。白ちゃん達は気配に敏感なので、パッと起きます。
マンリョウのお抱えの護衛は優秀なので、大抵朝までぐっすり眠れます。
マンリョウが側に置きたがるので、白ちゃん達は交替免除です。
次話も馬車の旅が続きます。
お読み頂きありがとうございました。
 




