0355.カハルちゃんとダンス
「俺、匂いで追ってあげる」
「よーし、皆でヴァンちゃんに続けー」
シン様の号令に合わせて壇上を下りる。僕もクンクンしちゃうぞ~。
「――クンクン。こっち」
ダンスが始まっているので、壁際を移動だ。クンクン……。匂いが強くなってきたぞ。それにしても香水の匂いがいっぱい混じり合っているな。匂いに酔ってしまいそうだ。
「――居た。帰っちゃう」
大きな階段に足を掛けようとしている。もう帰っちゃうなんて勿体無い。僕は人々の足元をすり抜け、ペルソナさんの足にしがみ付く。
「捕まえた~」
「ん? 君は……ニコかな?」
「そうでーす。もう帰っちゃうんですか?」
「いや――」
「ペルソナ、逃がさないよ」
シン様が声を掛け、セイさんがガッシリと肩を掴む。
「いや、違うんだ。私も居たいんだが、女性達が包囲しようとしてくるんだ」
あ~、ペルソナさんも美形だもんね。『けっ、世の中は顔だぜ』と言ってもいいだろうか。
「僕の関係者だと分かれば近寄って来ないよ。さっき威嚇しておいたからね」
「お前はまた悪役を引き受ける。一人で全部抱え込もうとするな」
「さぁ、なんの事かな? それよりもご飯を食べるよ。ニコちゃんのお腹がキューキュー言っているからね」
ば、ばれていた……。喧騒で聞こえていないと思っていたのに。撫でて宥めておこう。よしよし。
「ふわぁ……。ん? んん? ペルソナ⁉」
「ああ、そうだよ。今日のカハルはお姫様のようだな」
「えへへ、ありがとう。ペルソナもシルバーの燕尾服がカッコイイの」
「ありがとう。急にヒョウキから贈られて驚いたんだ」
「へぇ、あいつもたまには良い事するんだね」
女性達が遠巻きに付いて来る。声を掛けるのは恐ろしいらしい。
「ニコ、見る! お肉の塊」
「ふぅおー! ローストビーフ!」
駆け寄るとメイドさんが、さっと来てくれる。
「私が代わりにお取りしますね。どちらになさいますか?」
「えーと、えーと、ローストビーフとシーザーサラダとサーモンのマリネを下さい」
お料理の名前が書いてあって良かった。綺麗に盛り付けされたお皿を渡されて嬉しくなる。あ~、どれもおいしそう。サーモンの色って綺麗だよね。オレンジとピンクを合わせたようで……。唾をごっくんと飲む。皆がお料理を取って貰うまで我慢だ!
「ニコ、お肉四枚」
「うわぁ、ヴァンちゃん、そんな事していいの⁉」
「うむ。何枚でもいいって言われた」
ローストビーフを四枚も貰うなんて勇気あるなぁ。僕は一枚でもドキドキです。料理人さんがそのたびに切ったり調理してくれるものって、ちょっと勇気が要るのだ。小心者過ぎ?
カハルちゃんのお皿を見ると、五センチ位に作られている小さなケーキが所狭しと置かれている。
「カハルちゃん、そんなに食べられますか?」
「ううん、皆で食べるの。王様の席に行くんだって」
何ですと⁉ 僕はご遠慮したい。味が分からなくなってしまう。
「僕達が挨拶回りしている間、ダークに預かって貰うんだよ」
「あ、ダーク様ですか。じゃあ行きます」
「ふふふ、緊張しちゃうよね。ダークの居る所は知っている人ばかりが集まっているから大丈夫だよ。反対側には行かないようにね」
「はーい。ひっついて待っています」
「うん、良い子だね。ダーク、よろしく」
「ああ。足に掴まれ」
いつの間に後ろに。カハルちゃんをペルソナさんが抱っこし、僕達はお皿片手に足に抱き付く。片方の腕だけで掴まるなんて不安だ。
「そんなに強く抱き付かなくても落としたりしない。安心しろ」
頭を撫でられて和んでいる間に、移動の魔法で王様たちの席に居た。
「ニコちゃん、ヴァンちゃん」
おっと、この声はモモ様! 手を振り返して周りを見ると、ホノオ様、土の国の王様や各国の宰相様など、知り合いに囲まれていた。
「おめかししてるじゃねぇか」
土の国の王様にワシャワシャと頭を撫でられる。
「えへへ、シン様とメイドさんが作ってくれたんです」
「そうか、良かったじゃねぇか。おっ、嬢ちゃんも可愛いな。えーと、あなたは?」
ペルソナさんが返答に詰まる。家族だけど説明が難しいもんね。代わりにダーク様が口を開く。
「シンの古くからの知り合いで、ペルソナと言う。ヒョウキが招待した奴だから、心配しなくていい」
「へぇ、そうなのかい。俺は土の国の王でコービアって言うんだ。よろしくな」
「よろしくお願いします」
口調に戸惑っているようだ。教えてあげなければ。
「おじちゃんは堅苦しいのが嫌いなんです」
「おじちゃん?」
「おう。俺がそう呼んでくれって頼んだんだよ。ペルソナさんも好きに呼んでくれよ。ここは結界張って合って声も漏れないし、今は姿も隠されているからよ」
へぇ、そうなっているんだ。必要な時だけ見えるようにするのかな。ずっと王様モードだと疲れ切っちゃうもんね。
床に下ろして貰ったカハルちゃんが、モモ様の所に行く。
「モモさん、ケーキ一緒に食べよ。ペルソナも早く、早く」
モモ様は話には聞いていたのか、ペルソナさんへ普通に接してくれている。そんなお二人に、カハルちゃんがミニシュークリームを差し出す。
「はい、あげる~。お口開けて」
モモ様は感激した様に口に入れて貰っている。あ~、幸せそうに笑ってるな。見えなくて良かったよね。失神者が続出だ。でも、他の国の王様と宰相様がびっくりした顔をしている。モモ様って普段はこんな顔しないのかな?
「ペルソナ、シュークリームは嫌い? 別のにする?」
「いや、嫌いではないよ。ただ、男にあまりこういう事はしない方がいいのではないか?」
おっと、やきもちですか~? 皆でニヤニヤしながら見守る。お父さんは心配性ですね~。
「何で? あ、女の子にも平等にって事? リリーちゃん、あーん」
「ふふふ、ありがとうございます。ですが、今は仕事中ですから」
「そっか、ごめんね」
「いえいえ。また今度お願いしますね」
「うん!」
全然伝わっていない。カハルちゃんは恋愛関係に鈍いから、直球で言わないと気付かないと思う。
メイド長さんが椅子をくれたので、ありがたく座らせて貰う。さーて、おいしいご飯を食べながら観察だ。
「カハル、そういう事ではなくてな……」
「ペルソナさんは、悪い男が居るから気を付けなさいって言いたいのではないかな?」
モモ様が助け船を出す。
「そっかー。でも、ここに居る皆は良い人だから大丈夫だよ。モモさんは家に来た事あるよ」
「そうなのか? どういったご関係でしょうか?」
「シン達が桃の国に遊びに来ていた時に声を掛けたのがきっかけですよ」
ペルソナさんが俯きながら、「ナンパか⁉」と呟いている。あー、ダーク様達が一生懸命に笑いを堪えているよ~。
「……そうですか。それで家まで招待されたと」
「ええ。落ち込んた時には抱き締めてくれたり、頬にキスをしてくれたんですよ」
あー、モモ様も面白がっているな。ペルソナさんって揶揄われやすい人なのかも。『どういう事だよ⁉』とモモ様に詰めよろうとしたホノオ様を、ダーク様が羽交い締めにし、土の国の王様が口を塞ぐ。良い連携ですね。
「そんな事まで⁉ カハル、男に軽々しくそんな事をしてはいけない。シンは何をしていたんだ! ……まさか……婿候補か⁉」
どんどん思考が転がっていくなぁ。はむっ。……ああ、サーモンがお口でとろける~。
「お婿さんじゃないよ。あの時はね、ものすごーく落ち込んでいたんだよ。だからね、私頑張ったの。普段は家族以外になんて恥ずかしくて出来ないよ」
「そうなのか。はぁ、良かった……」
ホノオ様も同じ台詞を言って、椅子にへたり込む。いやぁ、面白かった。ちょうど食べ終わったし、カハルちゃんとダンスしてこよう。
「カハルちゃん、ダンスしに行きましょう」
「うん」
「俺も行こう」
ダーク様は予想の範囲内だったが、ほぼ全員付いて来るとは思わなかった。
「カハルちゃん、モテモテ」
「ねぇ。ペルソナさんが警戒を強めちゃったよ」
まぁ、面白いからいいか。僕達は普通に近寄らせて貰えるもんね。ダーク様が全員を一気に運んでくれるので移動も楽々だ。
王様たちの席の下に壇があり、今はその前に居る。入口は遠く正面にあり、そこまではダンスをする人で溢れている。今は全員が同じ振付で踊っていて壮観だ。
右にはお料理がずらーっと並び、その上には楽団の人達のバルコニーがある。行くなら左側かな。王族の人達が居るバルコニーの下は、あまり人が居ないもんね。
王様と宰相様がぞろぞろと歩いているので非常に目立つ。踊りながら視線をこちらに向けるので、あちこちで足を踏んづけてしまったりしている。ヒールで踏まれるなんて痛そう……。
すみませんね、と心の中で言いながら目的地に到着だ。
「そろそろ曲が終わるから待つといい」
「はーい。ダーク様はどなたと踊るんですか?」
「俺は自国のメイド長とだな。王が集まって踊るのはパーティーの中程だから、まだ先だ」
へぇ、そんな面白そうな事があるんだ。桃の国の王様、大丈夫かな? 見掛けないけど、どこかで猛特訓しているのだろうか?
「モモ様、王様はどちらに?」
「部屋で休んでいるよ。猛特訓していたから筋肉痛で大変らしいよ」
そんなに痛くて、ちゃんと踊れるのかな? せっかく女官長さんに良い所を見せるチャンスなのに。
あ、一曲終わった。女性の皆さん、パートナーを置いて来ちゃ駄目ですよ~。ひぃっ、囲まれた!
「私と踊って下さい!」
「私が先に――」
「ちょっと通してくれるかな? ごめんね」
シン様、来たー! 最強の守り神が登場だ。シン様はセイさんを守るように背中に手を当て、軽く押してあげながら歩いて来る。
「待たせてごめんね。これから踊るのかな?」
「うむ。カハルちゃん、まずは俺と踊る」
「うん」
「皆さん、すみません。うちの子達が踊るので、離れて頂いてもよろしいですか?」
女性達がギョッとした顔をする。「子持ち⁉」、「嘘でしょう⁉」とざわめきが広がる。それを笑顔で黙らせると「いいよ」と声を掛けてくれる。まだ近い気がするけど仕方ないか。
「カハルちゃんは、一で右足を後ろ、二で左足を左斜め後ろ、三で右足を左足の横に揃える」
「ええと、右足を後ろ」
「俺は左足を前。次は、カハルちゃんが左足を左斜め後ろ。俺は右足を右斜め前」
カハルちゃんの足が、ポテ――、ポテ――と危なっかしく後ろに下がって行く。あ~、転ばないか心配だよ~。
「出来たら足を揃える」
「出来た~」
「うむ、バッチリ。もう一度やる。一で右足を後ろ」
「後ろ。もう片方もうしっ⁉」
カハルちゃんが、ガクンと体勢を崩して後ろに仰け反る。
「うぉっと。セーフ」
「ヴァンちゃん、ありがとう。足が思うように動かないなぁ。はぁ……」
自分自身の足の力だけだと思うように動けないんだな。もどかしいのか大きく息を吐いている。
「大丈夫、俺が支える。今度はカハルちゃんが左足から前に進む」
「うん。左、みーぎー、揃える?」
「そうそう。カハルちゃん覚えるの早い。今度はまた足を下げてく」
「分かったよ。ズン、チャッ、チャー」
ゆっくりながらボックスが出来た。ターンも教えるとあっさり出来ている。でも、通しでやっている途中でガクンと寝てしまった。結構長く起きていられたよね。偉いですよ~。
「寝た。抱っこして回る。クルクル~」
ヴァンちゃんも僕もカハルちゃんと一緒にクルクル出来れば大満足である。
「ニコの番」
「ありがとう。わーい、クルクル~」
「――あれ? ニコちゃんになってる」
「はい、僕の番ですよ。そーれ、クルクル~」
「あはは、すごーい!」
駄目だ、目が回って来たぞ。シン様にタッチだ。
「お願いしまーす」
「うん、任せて」
フロアに出ると、抱っこしたまま優雅に音楽に合わせて踊っている。
「はい、カハル。ここで仰け反る」
「とーりゃー」
カハルちゃんが可愛い声で勇ましい事を言うので、側で踊る人たちが二度見している。
「良く出来ました。――はい、もう一度仰け反る」
「えいやーっ」
仰け反っている時に近くに来た人と目が合って、恥ずかしそうに笑っている。いや~、お姉さん、良いもの見ましたね~。
「――はい、終了」
「お父さん、踊るの上手なの。回るの楽しかったよ」
「ふふふ、良かった。カハルと踊りたい人だらけだから頑張ってね」
「私は踊れないし、身長が足りないよ」
「構わないさ。カハルは抱っこされながら楽しんでいればいい。次は俺の番だぞ」
「うん。ダークとクルクル~」
いつものように黒ずくめのダーク様が踊る。シャツに光沢があるのと、装飾品がいつもより多いくらいしか変化が無い。パーティーは違う色を着るのかと期待していたんだけどな。ホノオ様の赤い上着を着たらどうだろう? ……いや、似合わないか。黒が一番似合うと思ってしまう僕は、既にダーク様に洗脳されている気がする。
戻って来たダーク様に鼻をちょんと人差し指で叩かれる。
「またお前は面白い事を考えていただろう。さぁ、吐け」
「パーティーの時ぐらい違う色をと思ったんですけど、黒のイメージが強過ぎて、どの想像もイマイチなんです」
「そうか。俺は黒い服しか持っていないし、今後も黒でしか作らないぞ」
「えー、モモ様みたいなのを着ましょうよ」
モモ様の服はいつもと同じ形だけど、白の生地に花びらの上の方がピンクに色付いた蓮の花と、大きな丸い緑の葉が腰から足の辺りまで大きく描かれた物を着ている。そして、髪の毛は右側に寄せて縛り、胸の前に垂らしている。
あまりの美人さん具合に思わず見惚れていると、「なぁに?」という感じで微笑んでくれる。ダーク様は顎をつまみながらその姿を見やり、暫し考えている。ダーク様は誰かに見惚れるとかしないのかな? 周りが美形ばかりだから、見慣れてしまったのかもしれない。
「――そうだな。黒なら着てやってもいいぞ」
「えー、お花がいっぱい描かれている物を着ましょうよ。ほら、ピンクとか黄色とか?」
「俺を笑い者にしたいのか? そういう事を言うなら、女性用のドレスをお前に着せてやる」
「わーっ、離して下さい! 僕は男の子ですよ~」
ヴァンちゃんがダーク様のズボンをクイッと引っ張る。ヴァンちゃん、助けに来てくれたの⁉
「どうした?」
「俺がドレス着てあげる。回ると裾がふんわりして楽しそう」
助けなのか微妙だな……。どうやらダンスで広がるスカートを見て、興味を持ってしまったらしい。
「ヴァンちゃん、考え直して! 僕までついでだとか言って着せられちゃうよ!」
「ちっ、ばれていたか」
「舌打ちした! わーん、ダーク様の意地悪~」
「褒め言葉だな。それで、ヴァンはどうするんだ?」
「お願いされたから止める。ニコの嫌がる事はしない」
「しょうがない。ヴァンの優しさに免じて許してやろう」
「やったー! ヴァンちゃん、最高!」
ヴァンちゃんが任せろという感じで胸を拳で叩いている。頼りにしていますよ~。
お待たせしてすみません。やっと投稿出来ました……。
ペルソナもカハルをお嫁に出したくありません。今まで出来なかった分、手元で可愛がりたいと思っています。こういう反応がセイと似ていて親子だなぁと思います。
カハルが自力で踊れた時間が短い……。でも、一生懸命に仰け反ったからいいんです(笑)。
次話は、王様たちのダンスです。
お読み頂きありがとうございました。




