0354.平和記念式典
「シン様、セイ様、そろそろ下へお願い致します。カハルちゃん達は私と一緒に居ましょうね」
今日は正式にお二人が紹介されるもんね。僕達は会場の端っこで大人しくしているのだ。
「メイド長、よろしくね。みんな少しだけ待っていてね」
「はーい」
「リリーちゃんと待ってるの」
「良い子だね。セイ、行こうか」
「ああ」
シン様とセイさんはお客様が次々と通る階段から下りて行く。僕達は城の内部に戻って静かな階段を下りて行く。
「特等席へご案内しますね」
「えへへ、楽しみです」
一階に着くと階段脇に向かう。壁しかないけど、どうしたんだろう?
「今からここに入りますよ。ここの事は秘密にしておいて下さいね」
壁に入るの? よく分からないが頷く。秘密はちゃんと守ります。
メイド長さんが壁の中央辺りに手を当てると、魔法陣が黒くパッと浮かんだ後に壁が消える。あ~、びっくりした。声を上げないように注意しといて良かった。
「では行きましょうか」
周りに誰も居ないかキョロキョロと見て階段を下りる。後ろを振り返ると壁が元通りになっていた。おぉー、テンション上がる~。いざ、冒険だ!
壁の中だから暗くてジメジメしているのかと思ったら、ワインレッドの絨毯が敷かれ、等間隔にある燭台には火ではなく魔法の光が灯っている。
白い壁と天井が続く道幅は、大人二人が並ぶにはちょっと狭いくらいだろうか。僕とヴァンちゃんなら余裕で並べる。
隠し通路がばれるといけないので、黙って後を付いて行く。ずっと真っ直ぐだな。
「あそこにある階段を上りますよ。転ばないように気を付けて下さいね」
通路はまだ続いているが、目的地に着いたようだ。上りきった所で、またメイド長さんが扉に手の平を当てると壁が消える。着いたそこは、壇上のカーテンに隠れた壁の前だった。
こそっと顔を出すと、シン様とセイさんが向かい側のカーテンの所に居るのが見える。お二人が気配を感じたのか、正確に僕達の方へ視線を向けて来る。あ~あ~、もうばれちゃった。
『皆で見に来てくれたの?』
頭の中にシン様の声がしてびっくりする。声を上げそうになるが、ヴァンちゃんの手がボフッと僕の口を覆う。
『ニコ、しーっ』
『ご、ごめんね。気を付けるね』
『ふふふ、念話にまだ慣れていないみたいだね。そんな所に居るから僕達もびっくりしたよ』
『全然そうは見えませんでしたよ。僕もポーカーフェイスが出来るようになりたいです』
『えー、そんなのニコちゃんじゃないよ』
『そう。偽物』
『ヴァンちゃんまで。分かりましたよ、ダダ漏れで生きていきますよ~』
『その方が俺も好きだ。――そろそろ始まるようだぞ』
セイさんの横をヒョウキ様が歩いて来る。僕達に気付いて微かに口端を上げ、中央に立った時には王様の顔になっていた。普段の軽い調子なんて微塵もなく、目だけで人を跪かせる事が出来そうな気がする。
ミナモ様がマイクを持って前に立つ。
「それでは平和記念式典を始めます。ヒョウキ様、ご挨拶をお願い致します」
ヒョウキ様はマイクの前に進むと全員をじっくりと見る。気まずげに目を逸らしたり、じっと見返したりと反応は誰も似たような感じだ。
「ここに居る皆は、太古の歴史の話を読んだ事があるものがほとんどだろう。だが現実はあの本の結末とは違うものだ。追い返しても終わりは来ない。仲間や家を失い、全てを懸けて戦い続きて来た。それも漸く終わりを迎え、もう怯える事も築き上げて来た物を失う事もない。これを成し遂げられたのは、勇気ある全国民が戦ってくれたからだ。まずは皆に礼を言わせてくれ。ありがとう」
ヒョウキ様が頭を下げると、会場が大きくざわつく。一番偉い人が頭を下げた事に動揺が隠せないようだ。だが、ミナモ様は静観している。お二人で事前に決めていたのかもしれない。
ざわめきが少し小さくなると、再びヒョウキ様が口を開く。
「驚かせて済まない。最大限の感謝を皆に示したかった。では、続きを話そうか。村が燃えたりなど大変な目に遭った家族が沢山居た事だろう。力が足りずに本当に申し訳なかった。その中に俺の知り合いで、引き裂かれ、酷く傷付いた家族がいる。彼らはそれでも何一つ諦めずに、最後まで家族を信じ続けた。そんな家族が再び一つになれた事は大変喜ばしく、祝福と感謝を贈りたいと思う」
ヒョウキ様が正面の階段を見ている。そこにはペルソナさんが立っていた。皆の視線が向かう前に人の中へ紛れてしまう。ヒョウキ様が呼んだのかな?
「それと同時に、彼らの力に殆どなれなかった自分を恥ずかしく思っている。この家族はほんの一例に過ぎず、皆にも思うように手を差し伸べてやれなかった。だから、俺はここに誓う。この世界をより良いものにしていくと。町や村の復興、開拓、商業の発展など課題は山積みだ。だが、同時にそれだけ伸びしろがあるという事だ。俺が尽力するのは当然だが、皆にも頼みたい事がある」
皆が顔を見合う。とんでもない事を言われると思っているのかな。ペルソナさん、どこかな? 今、どんな思いで聞いているのだろう?
「今までの事を通して人の思いの力を俺は学んだ。思いは全てを覆し、奇跡さえ引き寄せられる。そして、人は思いを言葉に変換させ、相手に届ける事が出来る。人は相手の心の中など見えず、あくまでも推測しか出来ないと俺は思う。察してくれ、分かって欲しいでは駄目だ。大事なことはきちんと伝え合って欲しい。人はいつ輪廻の輪に戻るかなど分からない。酷い言葉が最後の言葉になる事だってある。平和になった今だからこそ、人というものをよく知って欲しい。この世界に生きる全ての者達は言葉で心を交わし、お互いに心の中へ光を灯し合ってくれ。頼めるだろうか?」
魔物との話し合いを拒んだ人間達に向けての言葉とも取れる。ヒョウキ様が言うように、こう思っているかな? と思って聞いてみると、違う事も多い。なので、推測でしかないという言葉に僕も賛成だ。
カハルちゃんがペルソナさんとの戦いに向かった時のように、別れは急に訪れる。悔いのない一言をいつも心掛けていないと、感情のままに言葉を吐いてしまう。謝りたくても謝れない状況が、いつだって身近に存在しているのだ。でも、僕は未熟だから、頭からポンと抜けちゃったりするけど。とほほ……。
皆の戸惑うような反応を受けてヒョウキ様が頷く。
「すぐには出来ない事も多いな。人は交互に足を出し、一歩ずつしか進めない。成長もそれと同じだ。だから、明日は今の自分より少し成長できていればいい。誰かと比べる事はない。ひたすら自分自身と比べてくれ。それを続けていけば、全ての者が幸せな未来へと向かっていける事だろう」
今度はしっかりと頷く人が多い。まずは幸せへの道の前に立たないとね。間違った方へ、ズンズン気付かずに進むなんて悲しいもんね。
「それと、これも忘れないで欲しい。魔物は確かに敵だった。だが、彼等も俺達と同じように仲間を持ち、思考して命を持っていた。沢山の犠牲の上に今がある。俺の言葉に不満がある者も居るだろうな」
その言葉に目を伏せる人達が居る。家族や友人を傷付けられたのかもしれない。ヒョウキ様が会場中を見渡してから話しを再開する。
「では、考えてみてくれ。魔物からしたら俺達が悪者だ。俺達は魔物というだけで、子供だろうが無抵抗だろうが命を奪った。大量虐殺と言っても過言ではないな。確かに俺達も被害を受けた。だが、それ以上の事もしている。一つの種族を完全にこの世界から消し去ってしまったんだ。最初の争いの理由を知っているか? 人間が『気持ち悪い』と無抵抗で敵意も無い魔物を攻撃したんだ。ただ自分たちと外見が違うというだけでな」
皆が愕然とした顔で壇上のヒョウキ様を見つめる。きっと都合の良い歴史しか、教わってこなかったのだろう。
「もう一つ教えようか。人間は話し合おうと言った魔物を背から斬り捨てた。それでも魔物は諦めずに話し合おうと言ってくれた。だが、その者さえ人間は殺したんだ。ここから魔物は完全に人間を見限った。分かるか? 被害者のつもりでいるだろうが、加害者でもあるんだ。直接手を下していなかろうが関係無い。魔物が居なくなればいいと祈ったろう? 自分を家族を仲間を酷い目に遭わせた魔物へ復讐してやりたい、根絶やしにしてやりたいと思ったろう?」
中には耳を塞いで聞きたくないと涙を流している人が居る。きっと、いま自分の罪に気付いてしまったんだ……。
「人間はこの事を忘れず、二度と同じ過ちを起こさないようにしなければならない。人間は未熟な生き物だ。現在も獣族を馬鹿にしたり、同じ人間にも関わらず、ちょっとした外見の違いを攻撃したりする者が居るな」
ヒョウキ様が幾人かの貴族に鋭い視線を向ける。うわぁ、誰がやっているか知っているんだ。その中には火の国で僕の事を馬鹿にしたお貴族様も居て、真っ青な顔で慌てて下を向いている。シン様ならきっとこう言うだろう。『小者だな』、と。
「このままでは、この先の結末が容易に想像出来るな。沢山の生物を大量虐殺し、人間も互いに戦って全滅する。だから、まず上に立つ者から認識を改めて欲しい。人間は未熟だが、学習し成長していける生き物だ。どうか、今の話を胸に刻んでこれからを歩んで欲しい。以上で話を終わる。聞いてくれてありがとう」
大きな拍手が響く。どれだけの人が本当に分かってくれたのかな。そして、ペルソナさんにヒョウキ様の心は伝わっただろうか?
今はまだ心に波紋が広がっただけかもしれない。でも、それはじわじわと遠くまで広がって行く筈だ。その時に人間がどう動くかで結末が決まるのだろう。どうか、より良い未来になって欲しい。あまりにも犠牲が大き過ぎた。
カハルちゃん達が心に負った深い傷は、人々の嬉しい、楽しい、幸せという気持ちで癒されていくと思う。そんな思いが溢れる世界になるといいな。
「ありがとうございました。次に人事の発表を行います。お二方、前へお願いします」
ミナモ様に呼ばれてシン様とセイさんが真ん中に立つ。
「では、私の横に立つ方からご紹介します。魔国の外交部部長に就任した、シン殿です。一言お願いします」
「この度、魔国の外交部部長になりました、シンと申します。皆様、お見知りおき下さい」
マイクの前に立ったシン様が、毒をたっぷりと含んだ極上の笑顔を振り撒いてから礼をする。これからこの人と渡り合うのかという感じで、偉い人達の顔が引き攣っている。シン様に勝てる人なんてこの世に居るのだろうか? ……うん、カハルちゃんしか居ないな。
「もうお一方は、土の国の将軍に就任されたセイ殿です」
「土の国の将軍になりました、セイと申します。よろしくお願い致します」
無表情で分かり難いけど、あれは緊張している。短く挨拶をすると礼をして壁の一点を見ている。皆と視線が合わないようにしているんだな。
お二人共が本当に一言という感じで終わるので、皆が「え? それで終わり?」という顔をしている。抱負でも語って欲しいのだろうか? ほとんどの人が真剣に聞く気なんてないだろうに。僕はそんな不毛な事はやらなくて正解だと思う。
「以上で人事の発表は終わりです。これをもって堅苦しいのは終了です。皆様、十分にパーティーを楽しんで行って下さい」
ミナモ様がニコリと笑うと歓声が上がり、笑いが弾ける。皆がホールに散らばり、ワルツが流れ出すと、シン様達がやれやれという様子でこちらに向かって来る。
「お疲れ様です」
「うん、お疲れ。メイド長、カハルをありがとうね」
「はい。休憩されるようでしたら、ヒョウキ様のお部屋をご利用下さい」
「了解。よし、ペルソナを探すよ」
シン様も気付いていたらしい。カハルちゃんは今も寝ていて気付いていないけど、会えたら大喜びだろう。
ヒョウキが真面目に語っております。これを聞かせる為にペルソナを呼びました。ヒョウキなりに責任を感じ、真実を民に知って欲しいと思っていました。
イザルトの式典は結構あっさりです。王様たちの気性でしょうかね?
次話は、ご飯とダンスです。
お読み頂きありがとうございました。




