0353.ドレスアップ
「ニコちゃん達はここに居てね。僕も家に戻って着替えてくるから」
「はーい」
問題無く動けるのを確認すると、椅子に座って待つ。カハルちゃんとセイさんはまだかな? そう思っていると、ちょうどのタイミングで声を掛けられる。
「カハルはまだか?」
現れたセイさんは、土の国の制服を着ていた。
うわぁ、恰好良いな~。凄く似合っている。僕が女の子なら、目をハートにしたまま失神するかも。
各国の制服は、将軍が白で兵士さんは黒を着ている。デザインは統一されていて、帽子、腕章、肩に金の飾りが付いた黒のマント、服の端に金の縁取りがされ、大きな金のボタンが二列並んだロングコート、ベスト、白のシャツ、アスコットタイ、ベルト、ズボン、黒の膝近くまであるブーツだ。
各国の見分け方は、左腕の腕章とシャツの襟に走る線の色を見れば分かる。セイさんは土の国なので茶色だ。普段は黒色の動きやすいものが用意されていて、コートと同じデザインの短いジャケットや迷彩服を着たりしているらしい。ロングコートも二カ所に切れ込みがあるけど、やっぱり動きにくいよね。
「セイさん、ずるい。格好良すぎる。俺達が霞みまくり」
「そうですよ。男っぷりが上がり過ぎです。何でそんなに制服が似合うんですか」
「いや、そんな事を言われても……。こういう服なのだから仕方ないだろう?」
困ったようにコートをつまんでいる。こんなに恰好良いいから、僕達が守ってあげないと女性が集まって来てしまうだろう。セイさんはパーソナルスペースが広いから、早めに阻止するのだ。
「――おや、うちの子達は素敵だね。全員で記念撮影しないと」
シン様は全身白で登場だ。何あの神々しさ……って神様だから当然か。まるで光り輝いているように見える不思議。取り敢えず近くに行こう。――あ~、残念。僕も近付いたら光ればいいのに……。
ズボンはシンプルだけど、膝くらいまである長めのジャケットは、上着の縁や手首の部分に、金糸で植物の茎と葉のような刺繍がされている。ボタンを留めていないので、中のベストも同じようなデザインという事が分かる。
胸と袖の所には、ひだひだのレースの飾りが付いていて、よりゴージャスな感じだ。後で聞いた所によると、胸のひだひだはジャボというそうな。手には白手袋を嵌めて完璧な出で立ちである。
その腕に抱っこされているカハルちゃんのドレスは、ノースリーブで後ろに大きなリボンが結ばれていて可愛い。色は桜の花びらのようなピンクで、ふんわりと広がるスカートには、レースにお花の形の刺繍が施され、小さな宝石も縫い付けられている。
頭に付けたティアラは、シルバーと真珠とダイヤだろうか? 小花を散りばめた様なデザインで、首にはセットで作られたネックレスをしている。どちらもダーク様からの贈り物だ。指にはヴィーちゃんから貰った指輪を着けて、まるでお姫様のようだ。
「可愛いですよ、カハルちゃん!」
「凄い。カハル姫だ」
「えへへ、照れるよ~」
モジモジしていて可愛さが増す。どうしよう、お外は危険がいっぱいだ。ヒョウキ様には絶対に近付けちゃいけない。
「他の人に見せるの危険」
「そうだね、ヴァンちゃん。僕達全員で守るよ」
そういうシン様も格好良すぎるので危険な気が……。あ、違うか。相手が危険なんだ。容赦無い毒舌と凍りそうな視線が、もれなくプレゼントされる事だろう。
近くに居たメイドさんに水晶で撮影を頼んだら、ぽーっとして動きを止めてしまった。あー、早くも犠牲者が。誰か他に来ないかな?
扉からひょこっと顔を出すとメイド長さんが向かって来る。美形耐性がありそうだから頼んでみよう。
「メイド長さ~ん」
「はい、どうされました?」
「あの、撮影して頂けませんか?」
「ええ、お任せ下さい。――まぁ、皆様素敵です。会場中の視線を集めてしまいますね」
セイさんとシン様が苦笑している。更にモモ様やダーク様達も来るんだから、物凄い事になりそうだ。
シン様とセイさんは立ち、カハルちゃんはシン様に抱っこされている。僕達はその前の椅子に座る。
「カハルちゃん、目線をこちらにお願いしますね」
カハルちゃんは眠そうにボーッと壁を見つめている。意識がちゃんとこちらに来ていないのかな?
「カハル、起きて。メイド長の方を見ようね」
「ん~、ふわぁ……。スー、スー」
セイさんが寝てしまったカハルちゃんの頬を人差し指でつつく。
「起きないとくすぐるぞ」
その言葉に反応したかのようにカハルちゃんが起きる。
「リリーちゃんが居る……。撮影?」
「そうだよ、カハル。あっちを見ようね」
カハルちゃんが皆を見回して、「カッコイイね~」と言いながらヘニャンと笑うので、僕達も思わず笑顔だ。
「はーい、撮りますよ。一、二の三」
全員が心から笑っている一枚が撮れた。お留守番しているクマちゃん達とも後で撮らさせて貰おう。
「ありがとう。もうあちらの城に移動してもいいのかな?」
シン様が水晶を受け取りながら聞くと、メイド長さんが頷く。
「はい。ただ、馬車が沢山来ていますから、移動の魔法で行かれた方がよろしいかと思います。あちらには今から連絡を入れますので、ワコウ将軍の元へ飛んで下さい。ヒョウキ様のお部屋にご案内させて頂きます」
「了解」
椅子を戻したりしている間に連絡が終わったようだ。
「お待たせ致しました。いってらっしゃいませ」
「うん、ありがとう。はい、くっついてね」
僕はセイさんにしようっと。ズボンをクシャクシャにしないように気を付けねば。
「――到着だよ」
「皆さん、お待ちしていましたよ。こちらへどうぞ」
ワコウ将軍が両開きの扉を開けてくれる。中には誰も居ないようだ。
「時間になったら呼びに来るので、寛いでいて下さい」
「うん、ありがとう」
僕達は窓際に駆けて行って下を見る。
「馬車見えないね」
「うむ。木しか見えない」
諦めてソファーの側に戻る。今頃は馬車が連なって順番待ちをしているのかな?
入口からちょっと入ると、ソファーと小さめな机があり、シン様達はそこに座ってのんびりとお話している。僕とヴァンちゃんはお部屋の中を探検する事にした。
壁は白で統一され、床一面に絨毯が敷かれている。白に近いベージュで、青やピンクや黄色に緑などを使い、お花や葉が散りばめられている可愛らしい絨毯だ。
サイドテーブルが幾つもあり、上にはランプが置かれている。横に進むと大きいテーブルが二つ置かれ、その上にはシャンデリアが下がっている。
「ヴァンちゃん、こっちにもソファーセットあったよ」
「おぉ、凄い。この大きいテーブル、お皿置いてある。ご飯食べる?」
「でも、立食だって聞いたよ。ヒョウキ様はここで食べるのかな?」
「そうかも。果物も置いてある」
机を背にして奥に進んで行くと、また机がある。何人座る気なのかな? 本棚やチェストを眺めていると、先に進んでいたヴァンちゃんが戻って来る。
「ニコ、お風呂あった」
「見たい、見たい」
右の扉に入って行くと洗面台があり、もう一つ扉を開けるとお風呂があった。白い石で壁も浴槽も作られている。
「大人が五人くらい入れそうだね」
「うむ。ここに居る皆で入れそう。お次はベッドを探せー」
「おー!」
本棚がある所に戻り、両開きの大きな扉を開ける。
「あった! 大きいね~。大人三人くらい余裕だね」
「うむ。飛び跳ねたい」
「ねぇ。でも、綺麗に整えてあるから、許可を貰ってからじゃないと出来ないよね」
「残念」
二人で「ちぇー」と言いながら戻る。
「あ、戻って来た。楽しい物は見付かったかな?」
「大きなベッドを見付けたんですけど、許可無しでは飛び跳ねられないので、楽しみはお預けなんです」
「そっか。じゃあ、セイに高い高いして貰うといいよ」
手を差し出してくれたので、「どうぞ、どうぞ」とヴァンちゃんと譲り合う。
「では、じゃんけんしろ。勝った方からやってやる」
「はーい。じゃんけん、ぽん」
「――パーで俺の勝ち」
「ヴァンからだな」
セイさんの高い高いは、頭の上どころではない。天井近くまで投げられ、ふんわりとキャッチされる。聞いた所によると、風の魔法で衝撃を和らげているそうな。今もヴァンちゃんが楽しそうに「ムササビ!」と言いながら手足を広げて落下してくる。
「――っと。もう一回いくぞ」
「おー」
この部屋は天井が高いから、いつもより長く飛んでおります。
「ムササ~ビ~♪」
本日二回目のムササビでご機嫌な様子だ。お礼を言うと足取り軽くシン様の隣に向かう。
「ニコ、いくぞ」
「はーい、お願いします」
ブンッと投げられたと同時にノックが響く。
「どうぞ」
入って来たワコウ将軍の目が空中の僕に釘付けだ。
「え、ええーっ⁉」
慌てて走り寄ろうとするが、焦りの所為で転びそうになっている。その間にセイさんが問題無くキャッチしてくれる。
「な、何をなさっているんですか?」
「高い高いだよ。我が家流みたいな感じ?」
シン様の返答に頷き掛けて首を傾げる。普通はびっくりするよね。
「そ、そうなんですか。はぁ、びっくりした……。皆さん、そろそろ始まるので会場へお願いします」
「了解。おいでー」
ヴァンちゃんと手を繋いでシン様の後ろを歩く。セイさんが後ろに居るから迷子の心配はしなくていいかな。
最上階なので階段を下りて二階まで行く。壁や天井にも彫刻がされ、絵が沢山飾られている。人の絵や彫像って、一人で居る時や夜に見たら怖く感じそうだ。僕は肖像画を眺めるよりも、家族の顔がすぐに見られるお家がいいな。
吹き抜けの巨大なホールがあり、僕達は二階の壁に所々設けられているバルコニーのような部分に居る。休憩に使われるようで、椅子や背の高い植物の鉢植えなどが置かれている。
僕達の左横のバルコニーは楽団の人達が座り、向かいには王族、会場の最奥にあるバルコニーは王様達が座り、宰相様と将軍さんが側に立つ事になるらしい。
僕とヴァンちゃんは手すりの棒の間から、シャンデリアや人々の様子を眺める。
幅が四メートルくらいありそうなシャンデリアの上部を蝋燭が覆っている。あれを一本ずつ点けるなんて、気が遠くなっちゃうよね。キラキラとした丸や涙型のガラスを繋ぎ合わせた物がその下を飾っている。あんな重たそうな物が頭上にあると緊張してしまいそうだ。でも、下から見上げたら綺麗だろうな。
「シャンデリア凄いね。蝋燭何本あるんだろうね?」
「うむ。ふーふーするの大変」
「ふふふ、蝋燭を消す道具があるから大丈夫だよ。それにしても凄い人だね」
他の招待客の人達は外階段を通って二階の扉から入り、階段を下りてホールに立つ。男の人は黒いタキシードを着ている人が多く、女性は様々な形や色のドレスを着ている。あのスカートはどうやって膨らませているのかな? 今度メイド長さんに聞いてみよう。
セイさんは既に帰りたそうな雰囲気で壁際に下がって行く。先程から視線がビシバシ飛んできているもんね。女性が集まってこちらをチラチラと見ながら興奮した様子で話している。あんなに大勢で寄って来られたら僕達じゃ守れないよね。
「うちの可愛い子達に不躾な視線を向けないで欲しいな。そうだ、ちょっと威嚇しておこうか」
シン様が獰猛な笑みを浮かべると、ホールの中央に居る女性達のおしゃべりがピタッと止む。青い顔で少しずつ後退ると、くるりと背を向けて小走りで逃げて行く。神様の威嚇は、あんなに離れた所まで有効らしい。
その後も笑みを保ったままぐるりと会場中を見渡す。誰もが何かを感じるのか、シン様に視線を向けて息を呑む。わぁ、喧騒が静まっていくよ~。あの人達はきちんと認識したことだろう。シン様を敵に回してはいけないと。世の中には逆らっちゃいけない、勝てない存在が居るのだ。
畏怖の念に打たれて静まり返った会場から、シン様が興味を失くした様に視線を逸らすと、全員が息をするのを思い出したような顔をする。その気持ちは分かります。皆さ~ん、思う存分吸って下さ~い。
「これでいいかな。それでもしつこく寄ってくるようなら、移動の魔法で飛ばしちゃおう」
そんな命知らずの人が居ない事を祈る。話が途切れた所でカハルちゃんが眠そうに目をこすって下を見る。
「……ん~……。うわぁ、凄い人だね。会場も豪華~。体育館くらいあるかな?」
「たいいくかんって何ですか?」
「運動する為の建物だよ。日本の学校に行くとあるよ」
へぇ。学校には運動専用の建物があるのか。雨の日でも濡れずに運動が出来るなんて素晴らしい。
皆でおめかしです。白ちゃん達は守らなければならない人が多くて大変だと思っていますが、本人たちも注目を浴びている事に気付いていません。全部シン達への視線だと思っています。なので、全員を守る為にシンが悪役を買って出ています。俺は怖いから近寄るんじゃねぇぞ~という感じですね。
次話は、ヒョウキの挨拶です。
お読み頂きありがとうございました。




