0352.最後の書類配達
やって来たパーティー当日。まだ午前中なのに、城の中も外も騒がしい。門から外を見ると、料理長さんが馬車に居る。そうか、沢山お客様が来るから、ヒョウキ様のお城の人達も手伝いに行くんだ。
僕はいつも通りに配達をするので魔法道へ向かう。今日でこのお仕事も最後だ。皆の顔を目に焼き付けてこなければ。
カハルちゃんは一緒ではなく、遺跡に魔力を充填しに行っている。帰って来たらおめかしで時間が取られるので、「ぶーっ」と頬を膨らませていた。勿論、僕とヴァンちゃんも「ぶーっ!」である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ダイアナさん、書類です」
「はーい、ありがとう」
サインして貰ったのを受け取り、頭を下げる。
「今日で僕が書類配達するのは最後です。お世話になりました」
「えっ、どういう事なの⁉」
他の席の人もガタガタと立ち上がって集まって来る。
「何があったの? 誰かに文句を言われたとか?」
「いじめられたの?」
皆の想像がどんどん悪いものになっていく。確かに個性的な人ばかりで大変な部分もあったけど、意地悪してくるのなんて勘違いなお貴族様だけだった。
「違いますよ。皆さんにはとても良くして頂きました。今日で雇用期間が終わるので、僕は村に帰るんです」
「えぇっ! そんな~、もっと居なよ~。ニコちゃんが来なくなったら仕事する気が起きないよ」
「そうだよ。雇い主さんに俺達もお願いしてあげるよ」
「ちょっと、皆、勝手な事を言わないの。ニコちゃんにはニコちゃんの事情があるのよ。今までありがとう。時々でいいから顔を見せに来て頂戴。いつでも歓迎するから」
「ダイアナさん、ありがとうございます。皆さんも今までありがとうございました」
そんなに寂しがってもらえるとは思わなかった。皆の顔を一人ずつゆっくりと見てから深々と頭を下げる。
「お体に気を付けてお仕事を頑張って下さい。本当にありがとうございました」
女性の中には泣いている人も居る。ありがたいな……。ここには僕を好きになって認めてくれた人がこんなに居る。誇らしい気持ちでその場を後にする事が出来た。
「――おーい、ニコ」
魔法道の近くでツナギを来た土の国の王様が待っていた。ミナモ様から聞いて知っていたんだろうな。片手を上げて「よっ」と挨拶してくれるので、僕も手を振って駆け寄る。
「こんにちは。今日のパーティーはいらっしゃるんですか?」
「ああ。だが、お前と話せないかもしれないから、ここで渡しておく。餞別だ。お前の好きなエクレア」
「わぁ、ありがとうございます! えへへ、嬉しい~」
「喜んで貰えて良かったよ。ヴァンと一緒に食べてくれ」
「はい。こんな素敵な物をありがとうございます。今までお世話になりました」
黙ってワシャワシャと頭を撫でてくれる。このちょっと強めの撫で方が好きだった。一位は勿論カハルちゃんに決まっている。あの手からは幸せの粉が撒かれているのかと思うほどだ。
「これで俺も雇えるチャンスが到来か?」
「そうですね。でも、必要なさそうですよ。ここは優秀な人材だらけですから」
「ははは、そうだな。だが、マスコットが居てもいいだろう」
「猫さんがいっぱい居るじゃないですか」
「人間は猫語が分からないからな。うちの国は獣族のマスコットが居たら、世界征服できる程の力を発揮できると思うぞ」
後半はまずい内容なので、こしょこしょと耳打ちされる。確かに土の国の動物好きは常軌を逸している気がする。
「止めて下さいよ。そんな片棒は担ぎませんよ。クマちゃんだけで大変な事になっているじゃないですか」
「ははは、違いない。……元気でな」
「はい。またご縁があったらお願いします」
「任せておけ。お前達なら、いつでも歓迎する」
最後だけ凛々しい王様の顔だった。しっかりと目に焼き付けた僕は、今日最後の配達場所に向かう。
「こんにちは。書類をお届けに参りました」
「――はーい、どうぞ」
中に入るとヴァンちゃんが居た。
「あれ、ヴァンちゃんが居る」
「うむ。やっぱりニコも最後はここにした。俺の予想当たり」
「ふふふ。嬉しいな、最後に私を選んでくれて。さぁ、こちらへどうぞ」
モモ様が抱き合げてソファーに座らせてくれると、お茶を淹れてくれる。
「どうぞ。お菓子は好きなものをつまんでね」
「はい。モモ様、僕達が書類配達に来るのは今日で最後です。今までありがとうございました」
ヴァンちゃんと一緒に下りて頭を下げる。
「お疲れ様でした。うちの王様も挨拶したがっていたんだけど、ちょっと忙しくてね。パーティー会場で近付いて来ても悲鳴を上げないであげてね」
「えへへ、了解です。ダッシュで逃げます」
モモ様がおどけた感じで言うので、僕も同じように返す。
「ふふふ。きっとムキになって追い掛けて行くよ。それはそれで面白いかもしれないね」
皆で声を合わせて笑う。お茶を一口飲んでモモ様を見ると、真面目な顔で僕達を見ていた。
「――私はね、君達が本当に好きだよ。だから、バイバイはしない。私がいくらでも足を運ぶよ。どうか、私から離れて行かないで。……光を知ってしまったら闇には戻れない」
この人の中には深い闇があると思う。能力や生きてきた環境の中で、人間の汚さや醜さをこの人は嫌という程に知っている筈だ。それでもなお信じたいと願っている。僕はそんな人の手を離そうとは思わない。
モモ様は痛みに耐えるようにして息を吸うと話を再開する。
「君達の素直さは私を変えてくれたと思う。依存したい訳ではないのだよ? 私はもっと自分の変化を見てみたい。友とも家族とも違う、大事な君達の力を借りながらね。迷惑なら今そう言って欲しい。……私は怖くて君達の返答を待てそうにないから……」
目を閉じると、祈るように指を組んで額に当てている。もう答えなんて出ている。ヴァンちゃんと頷き合ってニヤリとする。
モモ様の座っているソファーに上ると、左右に立って僕達の頬をモモ様の頬にくっつける。
「僕達を甘く見て貰っちゃー困ります。僕達はしつこいんですよ。モモ様が逃げたくなっても逃がしてあげませんよ」
「そう。俺達と知り合ったのが運の尽き。どこまでも付き合って貰う」
モモ様、そんなに目を開いたら落ちちゃいますよ。美形はどんな顔しても大抵美形ってどういう事?
「……本当にいいの? 後悔しない?」
「違いますよ。後悔しても遅いのはモモ様です。僕達はモモ様の言い分なんて聞いてあげませんからね」
「もう既にがんじがらめだー、わははは」
ヴァンちゃん、今日も良い棒読み具合です。悪者感ゼロですよ。
「……ふふふ、ありがとう……」
目に薄っすらと涙が浮かんでいる。そんなに僕達の返答に怯えていたのかな?
「よしよし、泣くでねぇ」
ヴァンちゃんがハンカチで拭いてあげている。じゃあ僕は頭を撫でちゃおう。
「よしよし、良い子、良い子」
「ふふふ、私の方が年上だよ」
「今はいいんです。さぁ、存分に甘えなさい!」
腰に手を当てて胸を張ってみせると、やんわり抱き締められる。
「もっと強くても大丈夫ですよ。僕はそんな簡単に壊れませんよ」
「ニコちゃん、私は結構力持ちだよ。抱き潰すなんて嫌だよ」
ヴァンちゃんは暇なのか、モモ様のフワフワウェーブの髪を三つ編みにしている。二本作ると自分の耳の下あたりに持って行く。
「どう? 美人?」
モモ様が噴き出しそうになって慌てて口元を手で抑える。良かった、僕が唾塗れになる所だった。
「微妙かな。前髪を作ろうよ」
「おー、楽しそう。お借りします」
モモ様はプルプルしながら頷く。次もお気を付け下さいね~。
長い髪の毛を纏めると先の部分を額に当てる。
「――どう?」
「僕は良いと思うな。可愛いよ。モモ様はどうですか?」
「……い……いいんじゃないかな」
涙目ですよ。でも、ヴァンちゃんの満足気な表情に、それしか言えなかったらしい。
そこにノックが響いて女官長さんが入って来る。今日はどんな衣装を着るのかな? 王様の片思いがどうなるかも見届けなければ。……いや、きっと何も無いんだろうな。全部笑顔でスルーされそう。
「失礼致します。モモ様、そろそろお支度をお願いします」
「うん、分かったよ。ありがとう、女官長」
「いいえ。お二人共、またいつでも遊びに来て下さいね」
「はい、ありがとうございます」
「お世話になりました」
お辞儀し合うと忙しそうに出て行く。僕達も早く帰らなきゃね。
「はぁ、帰したくないけれど暫しのお別れだね。パーティーで会おうね」
「はい。僕達はいつでも会えますから」
「そう。俺達は幸せ探究者。共に最高の人生を送るのだー」
ヴァンちゃんが手を出す。僕もその上に手をのせて、モモ様を笑顔で見る。
「仲間に入りますか?」
「……勿論。これからもよろしくね」
「では、共にいくぞー。おーっ!」
僕とモモ様も「おーっ!」と言って手をグンと押す。離れようとすると、モモ様の手が僕達の手をサンドする。
「ありがとう。またね」
力強く頷いて魔法道へ向かう。大事な人達への挨拶は、残すはあの人達だけだ。明日なんて来なければいいのに……。
執務室に着いて報告を終えると、すぐさまシン様に捕まる。
「はい、おいで。時間が無いよ」
二人まとめて抱えられメイドさん達が待つ部屋に運び込まれる。
「さぁ、脱いで下さい」
そう言いつつ迫って来たメイドさん達に服を剥ぎ取られていく。皆さん、痛くはないけど力強いですね。
「あ~れ~、お嫁にいけない~」
「お助けをー」
僕達の悲鳴に大笑いしながらも手際よく裸にされてしまった。タンクトップとパンツ姿の僕達に、今度は黒い燕尾服が着せられていく。
「はい、シャツに腕を通して下さい」
「次はズボンですよ」
逆らっても何も良い事はないので大人しく従う。サスペンダー付きのズボンを履き、白の蝶ネクタイを着けて貰い、上着を着る。櫛で丁寧に毛を梳かれ、ピカピカの黒い靴を履いたら出来上がりだ。
「ニコちゃん、苦しくない? 大丈夫かな?」
「はい、大丈夫です。似合ってますか?」
「うん、ばっちりだよ。カハルの目も釘付けだよ」
「おー、やった。ニコ、これでちょっと踊る」
「そうだね」
今の内にこれで上手く動けるか確認だ。
ミナモから他国の宰相達には、ニコちゃん達の雇用期間終了の連絡が行っていました。親しい王様や宰相達にお菓子をいっぱい貰った二人です。ニコちゃんのダイエットが遠のきましたね(笑)。
次話は、皆が着飾ります。
お読み頂きありがとうございました。




