0349.頑張ったご褒美
ペルソナさんがカハルちゃんに、ヒョウキ様にはよくよく気を付けるようにと言い聞かせて、シン様に送られて帰る。僕も警戒を強めなければ。
お城に着くとミナモ様の元へ向かう。
「ミナモ様、おはようございます。運動会の映像を持って来ましたよ」
「おはようございます。お二人共、大活躍だったそうですね。見せて貰ってもいいですか?」
「はい。カハルちゃんも一生懸命に応援してくれたんですよ」
「ふふふ、楽しみです。――ああ、やはりメイド長はコントロールがいいですね」
玉入れの映像から見せると興味深げに覗き込んでいる。
「リレーも凄かったんですよ。ごぼう抜きです」
その場面も見せると納得した様子で見ている。
「ミナモ様もお強いって聞きましたよ。このお城は強い人ばかりですね」
「私なんてまだまだですよ。ワコウ将軍には一回も勝てた事がありません」
「――ミナモ様に勝たれてしまったら、俺はクビになっちゃいますよ」
ワコウ将軍が苦笑しながら入って来た。
「クビにはしない。私がしごき直すだけだ」
ロウ将軍が肩をポンと叩いている。こら、ヴァンちゃん、戻って来なさい。
「ニコのケチー」
「書類配達のお時間ですよー」
「ちぇー。じゃんけんぽん」
ヴァンちゃんの勝ちなのでカハルちゃんを渡す。そこにヒョウキ様が歩いて来た。距離を取れー! とヴァンちゃんと一緒に急いでミナモ様の後ろに移動する。
「え、なんだよ? 俺なんもしてないだろ?」
「罪が許されたと思わないで下さい!」
皆の目がヒョウキ様に注がれる。重苦しい空気の中にカハルちゃんの眠そうな声が響く。
「ふわぁ……。皆どうしたの? ヒョウキが悪い事したの?」
「え、いや、その……」
「ヒョウキ様、何をしたんですか? 正直に言って下さい」
「そんな過去の事をほじくり返さなくても……」
「では、ニコちゃん達にお聞きします」
ミナモ様を止めようとしたヒョウキ様は、ロウ将軍に羽交い絞めにされる。
「おい、離せよ!」
「見苦しいですぞ、ヒョウキ様」
「何があったのですか?」
「寝ているカハルちゃんの頬にキスしたんです! 許せません!」
「そう。許可無しは駄目」
ワコウ将軍が嘆かわしいという目で見つめている。
「そ、そんな目で見るな! あのプニプニほっぺの誘惑に勝てなかったんだよ!」
「言い訳は結構です。まず、する事があるのではありませんか?」
「する事? なんだよ?」
本当に分からないの? 残念王様め!
「謝るに決まっているでしょう! 女性の頬に軽々しく何をなさっているのですか!」
「シンだって、しょっちゅうやってるだろうが!」
「あの方はカハルさんの嫌がる事などしません! あなたは許可を取っていないでしょう!」
ミナモ様、頑張れ~と見守っていると、メイド長さんがツカツカとヒョウキ様の元に歩いて行く。
「いくつか確認させて頂きたいのですが、よろしいですか?」
「お、おう。なんだよ?」
あまりの迫力に後ろへ下がっている。僕も思わず唾をゴクッと飲み込む。
「カハルちゃんは、その時に子供の姿でしたか?」
「ああ」
「頬だけにされたのですか?」
「ああ、そうだけど」
「そうですか……」
確認が終わると、ニコリと微笑んで手を振り上げた。
バチーーーンと凄まじく良い音がした。ロウ将軍が羽交い絞めにしていなければ吹き飛んだに違いない。
ミナモ様は眼前の光景に「え?」と小さく声を上げ、目を見開いている。僕とカハルちゃんはお口あんぐりだ。
「この嘘つき。不潔。女の敵。さっさと謝りなさい」
嘘つき? ああ、そっか。悪い事をしたのに誤魔化そうとしたもんね。でも、皆の目がさっきより怖いのは気のせいだろうか?
「……はい。すみませんでした!」
九十度腰を曲げて謝っている。それを確認すると今度はメイド長さんが頭を下げる。
「無礼を働き申し訳ありません。私はクビですか? それとも処刑でしょうか?」
真っ直ぐにヒョウキ様を見つめている。ワコウ将軍が「強い……」と呟いている。同感です。
「ちょ、待った、待った。俺を諫めてくれる貴重な人材を手放すかよ。働いてくれる気があるなら残ってくれよ」
「よろしいのですか? 今後も必要であれば何度でも殴るような女ですよ」
「俺がそれでいいって言ってるから、いいんだよ。ありがとな」
「ふふふ、変わった王様ですね。パーティーの衣装が出来ました。試着をお願い出来ますか?」
「了解。――ん? どうした、カハル?」
カハルちゃんが僕とヴァンちゃんの手を引っ張って、ヒョウキ様の所に行く。
「白ちゃんとヒョウキは握手して。仲直りなの」
「カハルは怒ってないのかよ?」
「ふにゅ? ダークが言ってたよ。私のほっぺが大福みたいでおいしそうなのがいけないって。ヒョウキもお腹が空いていたんでしょう? リリーちゃん達、怒ってくれてありがとうね。でも、大丈夫だよ。ヒョウキは齧ってないよ。ほら、ほっぺちゃんとあるもん。痛くないよ」
沈黙が落ちる。この子鈍い、大丈夫? と全員が心配そうな目で見ている。
「あー……えっと、ごめんな。本当にごめんな!」
純粋さが一番心に刺さったようだ。信じ切った眼差しにタジタジとして膝を付くと、両手を顔の前で合わせて謝っている。
「もういいよ。はい、仲直り~」
十分に反省したようなので手を握る。今度やったら全身に噛み付いてやる!
カハルちゃんはその間に、メイド長さんの手形が綺麗に付いた頬を撫でて治してあげている。そんな優しくていいんですか? ニコは心配ですよ。
あれ? ヴァンちゃんは小さな牙を剥き出して威嚇しながら、握手せずにペチペチと手を叩き付けている。ご不満なのかな?
「くくく、ヒョウキ、男前な顔だな。ばっちり撮っておいてやったぞ」
ダーク様が居る。なんだろう、もう居るのが当たり前のような気がしてきた。
「何してんだよ。消せよ」
「お前の弱みは大事に使わないとな。手札はいくらあってもいい」
恐ろしいお方だと思っていると、ヴァンちゃんに肩をつつかれる。
「あれ、嘘」
「え、そうなの⁉」
「ん。腕組んで見てただけ」
「何だよ~、マジで焦ったわ~」
「こら、ヴァン、駄目だろう。鏡の魔物の所為で壊れた城の修理費をぶんどってやろうと思ったのに」
やっぱり恐ろしいお方じゃないか。ダーク様にはお金も魔力も吸い尽くされてしまいそうだ。でも、僕はどっちも当て嵌まらないから大丈夫か。ホッとするがちょっと悲しい。もっと貯金を頑張ろう。
「カハルを借りてもいいか? うちの国だけまだ魔法道の設定を戻していないんだ」
「ああ、悪い。そういう約束だったな。カハル頼むな」
「うん。ヴァンちゃん、後で合流するね」
「了解。ミナモ様、行って来ます」
「はい、お願いしますね」
僕も行かなきゃ。ダーク様に抱っこされたカハルちゃんに見送られて出発した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「カハルちゃん、午後は僕と一緒ですよー」
「うん。行こう!」
「おうっ!」
火の国へ配達に行くと宰相様に捕まった。
「ちょっとだけお時間を下さい。すぐに済みますから」
「はい、分かりました」
カエン様のお部屋に連れて行かれる。カハルちゃんと顔を見合わせて部屋に入ると、一メートル近い茶色の熊のぬいぐるみさんが椅子に座って待っていた。そのお腹には横長の白い封筒が置かれている。
「よく来てくれたね。これらは運動会の準備を頑張ってくれたニコちゃん達へのご褒美だよ」
カエン様が白い箱を手に部屋へ入って来た。とてもワクワクとした顔をしている。
「ご褒美ですか? でも報酬はきちんと頂きましたよ」
「これは私と宰相の気持ちだよ。受け取って貰えるかな?」
渡された箱を開けると、クルミとチョコの美味しそうなカップケーキが六つ入っている。はぁ、いい匂い~。
「ありがとうございます。ヴァンちゃんとカハルちゃんと一緒に食べます」
「そうしておくれ。でも、それだけではなくてね。その熊さんと封筒もそうなのだよ」
カハルちゃんはぬいぐるみさんに触りたいのか、じっと見つめている。行きましょうと手を引くと、スキップしそうな足取りで近付いて行く。
「――うわぁ、モフモフだ~。ツヤツヤ毛並みで柔らかいよ」
手を嬉しそうに握って撫でている。僕達よりも大きな熊さんだから埋もれる事が出来そうだ。
「カハルちゃん、気に入ったかい?」
「うん、可愛いの。でも、こんなに凄いの貰っていいの?」
「勿論だよ。カハルちゃん達には沢山お世話になったからね。ニコちゃん、封筒も開けてごらん」
「はい」
開けると火の国の売店で使える三千円分の券が入っていた。
「それで好きなお菓子を買うといいよ。火の国の売店は大きいし品揃えも良い。有名店の物もいくつか置いてあるからね」
感激し過ぎて口をパクパクさせていると、宰相様とカエン様が笑い出す。
「こんなに喜んで貰えるなんて贈りがいがありますね」
「本当だね。ダークに何が好きか聞いた甲斐があったというものだ」
ダーク様も一枚噛んでいるのか。道理で僕達の好きな物ばかりだと思った。ぬいぐるみはカハルちゃんに。チョコのカップケーキはヴァンちゃんに。そして、お菓子の券は僕に。個人だけでなく皆でも楽しめる素敵な贈り物だ。
「ありがとう。どうしよう~、ニコちゃん」
「えへへ、僕もどうしよう~です」
手の中の物を見る度に嬉しさが沸き上がる。頑張って良かった……。
「――サプライズは成功したか?」
またもや出た、ダーク様。一枚噛んでいるなら気になって当然か。
「大成功だよ。ダークのお蔭だ」
「そうか。カエン達の役に立てたようで良かった。それはカハル達では持てないだろう。俺が魔国まで連れて行ってやる」
ありがたい申し出に頷く。その前にきちんとお礼を言わないと。カハルちゃんも僕の横に並ぶと、二人で深々と頭を下げる。
「「ありがとうございました」」
「ははは、どういたしまして」
「お二人の笑顔が見られて私も大満足です」
これを見せたらヴァンちゃんも大喜びで、カエン様達にお礼を言いに行くだろう。その時は僕も一緒に来たいな。きっとジャンプして抱き付くに違いない。
ダーク様がカルちゃんを抱っこして、大きな熊さんを片手で抱える。
「ニコ、足にくっつけ」
「はーい。本当にありがとうございました」
にこやかに手を振ってくれるお二人に見送られて部屋を後にした。
「――うわっ、熊⁉ って何だよ、ダークかよ」
「カエンと宰相からニコ達へのご褒美だ」
「そっか。良かったな、いいもの貰えて」
「はい。配達の続きに行って来ます。ダーク様、ありがとうございます」
「ああ、気を付けてな」
「はーい」
良い気分で順調に配達をこなして魔国に帰ると、ヴァンちゃんが熊さんに埋もれるようにして座って待っていた。
「ニコ、お帰り。熊さん、最高」
「だよね~。カップケーキとお菓子券もあるよ」
「うむ。さっきお礼を言いに行った」
「もう行っちゃったのか~。ヴァンちゃん、ジャンピング抱き付きした?」
「あたりきよ。勢いが良すぎて宰相様が『ゴフッ』ってなってた」
ヒョウキ様が噴き出し、ミナモ様は必死に笑いを堪えている。大事なことを確認せねば。
「生きてる?」
「うむ。ピンピンしてる。カエン様には、スローモーションで抱き付いたから大丈夫」
想像したのか苦しそうに笑うお二人。想像じゃなく生で見たかったなぁ。悔しい限りである。
「みんな帰るよ。おや、大きな熊さんだね」
「シン様、これ貰った」
「貰った? 誰に?」
「カエン様と火の国の宰相様。運動会の準備を頑張ったご褒美だって言っていた。ちゃんと俺達お礼言ってある」
「そっか、良かったねー。僕も後でうちの子達に良い物をありがとうって言っておくよ。熊さん、どこに置こうか?」
話す姿を眺めながらクマちゃんの反応を考える。「浮気っキュよ!」だろうか?
ニコちゃんとカハルだけは気付いていませんが、ヒョウキは完全に黒です。大それた事はしていませんよ(笑)。嫌われたくないと強く思っていますから、カハルに対しては消極的な感じです。詳細に関しては、楽しくご想像して頂ければと思います。
次話は、クマちゃんの反応です。ニコちゃんの予想通りかな?
お読み頂きありがとうございました。




