0337.運動会へのお誘い
夕ご飯を食べ終わってお茶を飲んでいる時に、カハルちゃんが「言おうかな? でも、止めておこうかな……」という感じで、シン様を見ては視線を外し、また見るのを繰り返している。
「どうしたの、カハル? 何でも言ってごらん。遠慮しないでいいんだよ」
優しく促されてようやく口を開く。そんなに難しい問題が起きたのだろうか?
「……あのね、ペルソナを運動会に呼びたいな。お父さん、ペルソナのお家を知っている?」
「うん、知っているよ。二十五日ならペルソナも休みだった筈だよ」
「本当⁉ ペルソナ、明日お家に居るかな?」
「明日は働いているから夕方にならないと帰って来ないかな。通信の鏡を渡してあるから、今から連絡してごらん」
「う、うん」
緊張した顔で頷いている。嫌われていないと分かった今も、拒絶され続けた事で出来てしまった心の深い傷から、躊躇う気持ちが湧き出してしまうのかもしれない。
ペルソナさんも、あんなに愛している存在を突き放さなければならないなんて、気が狂いそうになった事だろう。でも、これからは少しずつ触れ合って距離を縮め、お互いに傷を癒していく事が出来る。きっと、この家族なら元通りに気兼ねなく過ごせる日は、そう遠くないだろうと僕は思う。
「俺も一緒にやろう」
「うん、セイが一緒なら頑張れる。――ペルソナ、出られますか?」
なかなか返答がない。お風呂にでも入っているのかな?
「……出ないね。やっぱり、嫌われちゃっているのかな?」
「そんな事はないさ。もう少し待ってみよう」
「うん……」
それでも応答が無いのでカハルちゃんが切ろうとした時――。
「やっと出られた! カハル! カハル、頼むっ、切るな!」
「ペルソナ! 良かった……」
「すまない。出方が分からなかったんだ。昔と方法が変わっているとは思わなかった……」
えっ、そうなの? 指でトントン二回叩くんじゃないの?
「ペルソナ、いつの物を今まで使っていたんだ?」
「昔から使っているフォルタルで出来た物だが」
まさかの金属で出来た鏡……。確か歴史の教科書で読んだ気がする。最強の金属だから長持ちしたんだな。
「そ、そうか。随分と年代物だな。昔の物は確か鏡の縁を二回撫でるのだったか?」
「ああ。だが、この鏡はいくら撫でても出られなくて、一回にしてみたり、振ってみたり、息を吹きかけたりと散々やってみたんだが出られなくてな。焦りのあまり鏡面を手の平でバンバン叩いたらようやく出られた。出方すら分からないのだから、こちらから再度連絡のしようもない」
それは焦っただろうな。愛しのカハルちゃんの連絡に心躍らせて出ようとしたら、出られないんだから。またお互いがすれ違う所だったよね。
「……おい、シン、笑い過ぎだ。少しは同情しろ」
「あははは、だって、ペルソナが息を吹き掛けている所とか想像したら、ぶはっ、笑いが止まらなくて、あはははっ」
膝をバシバシ叩いて笑っている。確かにペルソナさんがそんな行動を普段取るとは思えない。よく知っているシン様からしたら、余程あり得ない行動だったのだろう。
「はぁ、あいつは放っておこう。まず、これの使い方を教えて貰ってもいいか?」
「ああ。自分から連絡する際は、指で二回叩いてから呼び掛ける。終わりも自分から切る時には二回叩く。とにかく指で二回軽く叩けばいい」
「二回だな。こんな感じで叩けば、あっ――」
「…………」
切れた……。沈黙が広がる中、シン様がまた爆笑している。
「あははっ、あ、あり得ない! ぶはっ、ははは!」
「思わず叩いてしまったんだな……」
「そうだね……。ちゃんと使えるようになるかな?」
ご兄妹が切ないお顔でポソポソと話している。
「――あ、光った。はーい、カハルです」
「良かった、繋がった……。はぁ、カハル、本当にすまなかった。思わず叩いてしまった」
「大丈夫だよ。これで使い方をマスター出来たね」
「ああ、ありがとう。……シン、笑い過ぎだ」
「あはっ、く、苦しいっ、あははは、お前、面白くなったね、ぶふっ、はははっ」
ペルソナさんは髪をかき上げて、シン様を諦めたように見やってから視線を戻す。
「……カハル、待たせて悪かったな。それで、どうしたんだ?」
「あのね、二十五日に火の国で運動会っていう催し物があるの。ペルソナも来ない? ちゃんと送り迎えもするよ」
「誘ってくれるのか? 嬉しいな……。絶対に行くよ。その日は何を頼まれたとしても断るから安心してくれ」
「いいの? 断っても平気なの?」
「あ、いや……そのだな……」
ペルソナさんが言葉の選択を間違えてしまったようだ。またもや焦りと沈黙が落ちる。
「絶対に行くよで終わりにしとけばいいのにね。全く手が掛かるんだから……。大丈夫だよ、カハル。例え断るとしても関係が悪くなる事はないから。『じゃあ、別の人を探すね』で終わりだよ。それに、これからはカハルやセイを最優先にするんでしょう。ねぇ?」
カハルちゃんがホッとしてセイさんに微笑み掛けている隙に、シン様がギンッと睨んで声を出さずに口を動かす。「分かってんだろうな? 今度こそ間違えるなよ?」ですか……。
えっと、優しく言ったら「戦いは終わったんだ。もう堂々と側に居られるのだから積極的に来い!」という事ですよね?
ペルソナさんはシン様の視線を静かに受け止め、小さく溜息を吐くと口を開く。
「私が側に居たいんだ。沢山の思い出を一緒に作っていきたい。……望んでもいいだろうか?」
「うんっ。いっぱい望んで。私とセイが叶えるよ。ね?」
カハルちゃんが感激したように瞳を潤ませて大きく頷き、セイさんを見上げる。すると、こちらも嬉しさを隠し切れない様子で、綺麗な白い歯を見せて二人に笑い掛けている。いつもは微笑むぐらいなので、どれだけ心が浮き立っているかが良く分かる。
「ああ。俺達も同じ思いだ」
「そうか、ありがとう。話を中断させてしまったが、『うんどうかい』というのは初めて聞く行事だが何をするんだ? 私も参加した方がいいのか?」
「あのね、スポーツで戦うの。白ちゃんやヒョウキやダーク達が出るんだよ。ペルソナは私やセイ達と一緒に、それを観戦するの」
「彼らも出るのか。白族の子達はそこに居るのか?」
ひょこっと鏡を覗き込むと優しく笑い掛けてくれる。
「何に出るんだ?」
「組体操とパン食い競争です」
「パン食い? 早食いでもするのか?」
「いえ、パンが――」
「はい、この先は会場で実際に見てね」
シン様に抱き上げられる。成程、見てのお楽しみにするんですね! これは何としてでも一位を取らなくては。
「それは絶対に見ないとな。セイたちと一生懸命に応援するからな。カハルもパン食いに出るのか?」
「ううん。危ないから駄目だって言われちゃった。いつ寝ちゃうか分からないから仕方ないの」
僕達がおんぶして走ろうかとも思ったけど、それだとカハルちゃんは足手まといになると気を使ってしまうし、参加したとは思えないだろう。残念ながら観戦のみとなってしまったが、応援を頑張ると言ってくれた。健気だ……。
「そうか……。もう一人の子はどうした?」
「ヴァンちゃん? ……あれ、居ない。お父さん、知っている?」
「ペルソナの特別パスを貰いに行くって、ドラちゃんに乗って行っちゃったよ」
そうだ、応援する人もパスが無いと会場に入れないんだった。玄関を見て待っているとすぐに帰って来た。
「――ただいま。パスをゲット」
「ありがとうね。偉い、偉い。そうだ、ペルソナが話したいんだって」
シン様と一緒にヴァンちゃんを撫でる。よく気が付いて偉いぞ~。
「俺? ――こんばんは」
「こんばんは。私の為にありがとう。君はどの競技に出るんだ?」
「組体操と障害物競争」
「君も組体操に出るのだな」
「そう、白族は全員が組体操に出る。――ん? そうだ、ペルソナさん、持ち物ある。お弁当とコップ」
プログラムの注意書きを指さして代わりに言って貰う。お弁当を忘れちゃうと悲しいもんね。
「あ、お弁当は僕がまとめて作るよ。ペルソナはコップだけ持って来てね」
「ああ、分かった」
「二人は何が食べたい? おにぎりがいい?」
「言うの忘れてた。白族のお昼は火の国で用意してくれる」
「一緒に食べられないの?」
カハルちゃんがシュンとしてしまった。でも、宰相様に頼めば同じ場所で食べられるだろう。
「大丈夫、俺達に混じってお弁当食べる。宰相様に言えば即解決」
喜んだカハルちゃんがセイさんに鏡を渡し、ヴァンちゃんに抱き付く。
「カハル? 何かあったのか?」
ペルソナさんが戸惑っていると、セイさんがラブラブな二人を映す。
「よくある事だ。嬉しい事などがあると、ああやって抱き合って頬擦りしている」
「仲が良いのだな。セイはやらないのか?」
「俺はやらないが、よくくっついてくる」
「相変わらずお前は獣族や動物に好かれているのだな。そう言えば、小さな精霊塗れになっている時もあったな」
「ああ、あったな。フォレストがふざけて幾人かくっつけたら、次から次に来て大変だった」
全種族に好かれているのではないだろうか? 優しさが滲み出ているもんね。
「もっと話していたいが、そろそろ切るか。カハルが眠ってしまったようだ」
本当だ。ヴァンちゃんと一緒にセイさんの膝に乗って鏡を覗き込んでいたが、今はヴァンちゃんの肩にもたれて寝ている。
「そうだな、運動会の日に沢山話そう。シンは言い忘れた事などあるか?」
ご飯の片付けをしていたシン様が手を拭きながらやって来る。
「足りない物はある? 迎えに行く時に持って行ってあげるよ」
「今は大丈夫だ。いつもすまんな」
「どういたしまして。運動会の日は八時三十分ごろに迎えに行くから準備しておいてね」
「分かった。それじゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
セイさんは最後にカハルちゃんの寝顔を鏡に映してあげてから、「おやすみ」と切っている。相手が何を望んでいるか、分かり合っている感じがする。長く離れていても、スッと心を寄り添わせられるとは凄い家族だな……。そういう関係は、ちょっと羨ましい。
「俺とニコも心ぴったんこ」
「……そっか、そうだよね!」
「そう。安心する」
うん、羨ましがらなくてもヴァンちゃんがいつも分かってくれる。僕はとっくに手に入れているじゃんか。
そんな大事なことが頭から抜けちゃうなんて、感謝が足りていないのかもしれない。今後はもっと「ありがとう」を伝えていかなければと、決意を新たに眠りに就くのだった。
ペルソナは外にあまり出ず、伝令役の魔物が居たので、通信の鏡をあまり必要としていませんでした。ペルソナの持っている鏡は年代物で、フォルタルで出来ている非常に珍しい物なので、博物館に飾られるようなレベルです。今はガラスで出来ています。
シンはペルソナの慌てる様子が面白くて仕方がありません。今度、色々と連れ回して驚かしてやろうと思っています。
次話は、魔法道の設定変更をします。
お読み頂きありがとうございました。




