0329.ペルソナ3
今話はペルソナ視点です。
「ペルソナ様、彼らを止めなくて良かったのですか?」
「止めたさ。だが聞く耳を持たない。私の望みは魔物だけの世界らしい。それに表向きだけでしか従っていなかった者が加勢した。後、私が出来る事は彼らを手に掛ける事だけだ」
虚しい。私がしてきた事は間違いだったのだろうか? だが、それに答えてくれる者はもういない。私を慕ってくれる魔物達はいるが、心の渇きは癒されない。本当に欲しい存在は二度と手に入らない。
カハルは人間を選んだ。襲われる人間を見捨てておけなかったのだろう。だが、優しいあの子の事だから、魔物を手に掛けた後、一人で膝を抱えて泣いているのだろう。
度々、魔物と戦うカハルの様子が報告されてくる。人間の為に戦っているのに罵倒され忌避されているらしい。今すぐ行って抱き締めてやりたいが、今の私には叶えられない願いだ。最後に会った時の笑顔を思い出して心を慰める。近い内にカハル達は私の元に辿り着くだろう。その時、私は――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カハル達は傷付きながら、一人また一人と幹部達を撃破していく。そして、私にとって最も恐れ、最も望んでいた瞬間がやって来る。
「ペルソナ……」
カハルの呼び掛けに首を振る。その姿を一目見られただけで十分だ。残った魔物達を押し留め、私自身が向かう。最後にあの子達に触れるのは私でなければならない。
覚悟を決めて悲壮な顔で突っ込んで来たカハルの剣をかわしていく。随分と腕を上げたな。あんなに小さな子だったのに立派になった。だが、私の命を奪うにはまだ足りない。カハルの魔法を打ち消し、剣を跳ね上げ、ボロボロになったカハルに一瞬で近付くと魂を体から切り離す。目を瞠るカハルをようやく抱き締め告げる。
「おやすみ、私のいとし子。愛しているよ……」
カクリとくずおれたカハルが光の粒子になり輪廻の輪に戻って行く。シンを眠らせ、仲間達も次々と苦しまないように輪廻の輪に戻していく。
来世でも同じ未来が待っている事を私は知っている。だが、一目だけでもあの子達に会いたい。揺れる想いと虚しさを抱きながら私もリセットに呑み込まれ、暫しの眠りに就いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――カハルが生まれたか。目が覚めて喜びと同時に酷く憂鬱になる。あの子は……あの子達は、私の手によって亡くなった事を覚えているのだろうか? 恨まれていても……それでも私は会いたい。
眠っていた魔物達が次々と目を覚まし、人間も次々と生まれていく。今生こそは共に手を取り合って生きて行けるのではと考えたが、そんな淡い期待はすぐに捨てる事となった。人間は生まれ直しても変わらず、前と同じ歴史が紡がれていく。
やるせなさを噛み締めながら日々を淡々と過ごす。この後の結末もきっと変わらぬものとなるのだろう。
大人しいウサギ型の魔物に頼んで、定期的にカハル達の近況を教えて貰う。健やかに大きくなっているようだ。シンは、この魔物に気付いているようだが放置してくれている。聡い男だから私の気持ちなどお見通しなのだろう。
ある日の事。教えに来てくれた魔物の手首に手紙が結ばれていた。恐る恐る目を通すと――。
『この阿呆、元気にしているか? カハル達に手を掛けるなんて愚の骨頂だ。俺達は全ての記憶を持ち越しているぞ。カハルにビンタされるといい』
――これで終わりか? 引っくり返しても他には何も書かれていない。
「これ以外に何か貰わなかったか?」
フルフルと首を横に振るので、礼を言って下がらせる。ふつふつと笑いが込み上げて来る。
「――くくっ、はははっ。シンらしい……。何だ、この手紙は。くくくっ」
暫く笑いが止まらない。ひとしきり笑った後に、誰にも触られないように異空間を作り中に入れる。そっと閉じて空中を撫でると、瞳から涙が一筋こぼれる。笑い過ぎたのだと自分に言い聞かせ、そっと指先で拭った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ペルソナ様、人間の軍勢が攻めて参りました。私が出てもよろしいですか?」
「数は?」
「四千程です」
「――私が出よう」
「この位の数でしたら……」
「すまない、お前の能力を過小評価している訳ではない。この戦いの先はまた『リセット』だ。せめて、双方があまり苦しまずに済むようにしたいだけだ。無駄な足掻きか?」
自嘲気味に笑うと幹部が目を伏せる。嫌な気分にさせたと謝ろうとした所で、強い目が私を見据える。
「ペルソナ様には全てを滅ぼせるほどのお力がございます。何故そうされません? 差支えなければ理由をお教え下さい」
そう言われて、はたと気付く。『世界』よりも私の力の方が強い。やろうと思えば本当に全てを滅せられる。では、何故? 少し考えただけで答えは出た。あの子達が居ない世界など、カハルが作った愛すべき世界を壊すなど私には出来ないのだ。
「もしも、『世界』と人間を滅ぼしたとしようか。寿命を迎えた魔物達は二度と生まれない。私一人が残ったらどうなると思う? 狂気にまみれて死ぬ事も出来ずに永劫の苦しみを味わい続ける。お前はこれが幸福だと思うか?」
「も、申し訳ありません。そこまで考えが及ばず……」
「いや、改めて考える機会を貰えて感謝している。そして、人間だけの世界というのも有り得ないな。何故なら私がこの世界の頂点だからだ。私を滅ぼすものが現れない限り、この戦いは続く。人間は異質な物を根絶やしにしなければ気が済まないようだからな。――自分で終止符を打とうと試みた事もあるが、叶わなかった」
幹部がぎょっとして私を見つめる。幾度も試みたが傷一つ付けられなかったのだ。
「私達ではペルソナ様のお心をお救い出来ないのですね……」
悲し気に項垂れる幹部の肩を叩き、インフェテラに近い広大な荒野の上空へと移動の魔法で飛ぶ。
まだ行軍途中のようだな。馬に乗る者もいるが、ほとんどは徒歩で長い列を作りながら、疲れた様子で進んで行く。こんな所まで来なければいいものを……。
感傷的になる己を叱咤して、眼下に見える小さな人間達の魂を一気に体から切り離すと、大量の魂が輪廻の輪に飛んでいく。残った体が光の粒になり、魂を追って飛んで行くのを見送ってから自分の部屋へと戻る。
――神は神でも、私はまるで死神だ。心の中で呟いた言葉は大きく胸を抉った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後も繰り返される長く悲しい戦い。だが、人間はそれでも変わらなかった。魔物はずっと敵のまま――。
魔物へ掛けた守りは、私が死んだら外せるという条件で掛けた。もう私自身にも外す事は出来ない。勿論、『世界』は私よりも力が弱いから解く事は出来ない。
ずっと寄り添って来てくれた彼らを裏切り、カハルの剣に身を委ねる事であの子の心を壊せば、それも終わるだろうか?
だが、もう一度カハル達と暮らしたいという未練が私を引き止める。あの幸せで懐かしい日々が私の中から消える事は無い。
その思考を苦笑して振り払う。私が戦を長引かせている一番の原因だな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今生はシンの姿が無かった。酷く落胆したが、もしやという期待も生まれる。神も消滅する事が出来るのではないかと。だが、結末は変わらなかった。
崩れ落ちたカハルの口が声無く「ペルソナ……」と紡ぐ。優しく頬を撫でると、ふわりと微笑んでから瞼が落ちた。
もうどれだけの年月が過ぎただろう? 数える事も無くなってしまった。
ただ愛すべき命を守りたかった。だが、実際はどうだ? 最愛の子に何度手をかけただろう。何度この気持ちを味わえばいい? 徐々に冷たくなるカハルを何度掻き抱けばいい? 心をねじ切られる様な痛みが走る。あとどれくらい私は正気でいられるのだろうか? 空を仰ぐと涙が一筋、頬を流れ落ちていく。
「――何て顔をしているんだ。俺が引導を渡してやる。お前もいい加減ゆっくり眠れ、ペルソナ」
心臓を一突きにされ、胸から背へと刃が抜ける。
「かはっ……シン? 何処、から……」
「カハルの中で眠っていた。お前を解放する為にな。感謝しろよ」
「は、ははっ。そうか……その所為で……カハルの魂に、ごほっ……違和感があった……のか」
「気付いていたのか? 本当にカハルに関しては敏感だな……。さぁ、ペルソナ、ゆっくり休め」
「ごほっ、ごほ、はぁ……はぁ。その前に……今動ける魔物は、はぁ……全て道連れに……して行こう。後は……頼む」
「任せておけ。……おやすみ、ペルソナ」
「おやすみ、シン。……カハルに……幸多からん事を……ねが、う……」
力を一気に開放する。白い光は近くの魔物を次々と呑み込みイザルト中を走り抜け、世界の周りの闇をも消し飛ばす。
ギリギリでカハルの魂をシンが繋ぎ止め、『リセット』を免れる。さすが、シンだ。私は笑みを浮かべながら一緒に消えていく魔物達を目の中に収める。二度とこの世界に生まれる事が無くても、お前達の事は私が永遠に忘れない。
「おやすみ、私の愛した者達。共に永遠の眠りに落ちよう」
願わくば、笑顔のカハルをもう一度抱き締めたかった……。
輪廻の輪に辿り着くと、『世界』が待っていた。
「――ペルソナ、チャンスをやろう。お前の願いを叶えたいか?」
「――『世界』か? 何故、私は此処に……」
「お前には十分すぎる程の重荷と苦痛を味わわせる事となってしまった。我の罪滅ぼしを受けぬか?」
目の前で巨大な輪廻の輪がゆっくりと回っていく。黄、オレンジ、黄金など様々な色の揺らぎが混ざり合い溶けていく。魔物達はもう二度と戻る事は叶わない。私だけが許されるのか?
「何のつもりだ? 私だけ? 笑わせるな! あの悲しい存在を生み出したのはお前だろう!」
「……そうだ、我は大きな過ちを犯した。それを許してくれとは言わぬ。だが、お前は神だ。世界の均衡が崩れれば人間も滅びる事になる」
「……っ、知った事か! 彼らは残酷だ。共存せず排除する事しかしない。……正直な所、もう関わりたくない」
「嘘だな、心が揺れている。お前は優しさを捨てられない。創造主にもう一度会いたくはないか?」
心が大きく揺さぶられる。あの子をもう一度、この手に抱き締める事が叶うのか? ――だが、そんな考えをすぐに握り潰す。
「魔物達を苦しめるだけ苦しめて、彼等には何の見返りもない。お前が本当に反省しているというのなら、彼らを別の命として生み出せ」
「それは出来ぬ。彼らの魂は完全に消滅させた。お前の加護が無くなり、ようやく我にも手出しが出来たからな」
「なっ⁉」
あまりの事に言葉を失う。この輪の中にさえ彼らはもう居ないというのか? 慣れ親しんだ者達の顔が次から次へと頭に浮かぶ。ここですら安らぎに包まれる事が無いなどと……。
「お前はどれだけ命を弄べば気が済むんだ? 一片の慈悲も無いのか! 安息の地すら彼らには必要ないと、お前はそう思っているのか!」
「……輪廻の輪に彼等が存在する限り悲しき歴史は続く。別の命として生み出しても人間は彼等を迫害し続けるだろう。魂は魔物なのだから」
そんな悲しい結末へと私は彼らを追い込んだのか? 私は何て罪深い存在なのだろう。結局、誰一人として救えていない。こんな私が神だと? 乾いた笑いが口から零れ落ちて行く。
「は、ははは、はは――。『世界』よ、私も消滅させろ。せめて彼等と共に最後の道行きだ」
「ならぬ。――創造主がもうすぐ死ぬ」
「ははは、ははっ、馬鹿な事を言うな。シンが魂を繋ぎ止めるのを確かにこの目で見た。この期に及んでまだ嘘を吐くのか」
「では、その目で見るがいい」
浮かんだ映像に、ある筈の無い血の気が引いて行く。ぐったりと青い顔をして意識の無いカハルに目が釘付けになる。
「カハル⁉ 何故だ! 何故、魂が離れて……」
「シンがお前を倒す為に創造主の中で眠っていた事による弊害だ。現在、創造主の魂はこの世界に三割、それと日本という異世界に七割が存在している。今、お前が見ている創造主の体は、我が与えた仮の体だ。実際の体は日本に存在している。仮の体を動かすにはある程度の魔力が必要だが、シンが抜けた事により体の機能が停止した。もう仮の体は限界を迎えているのだ」
「私の所為で、なのか……。お前がもう一度、仮の体を与えられないのか⁉」
「創造主の魂を支えるだけの肉体など早々に作れる訳がないだろう。だが、一つだけ手がある」
「何だ、教えろ! シン達に何としてでも伝えなければ!」
返答を待つ僅かな時間が苛立たしい。拳を強く握る事で怒鳴りつけたい気持ちを必死で宥める。
「――鍵はお前だ、ペルソナ」
「私、だと? 勿体ぶらずに教えろ!」
「お前を記憶、容姿などをそのままに転生させよう。お前自身の強大な魔力でだ。その魔力の半分を創造主へ渡す事で生き永らえさえる事が出来る。そして、お前自身は人間の体を器として生きて行く事となる。神としての能力はそのままにな」
「私の魔力をカハルに渡すのは構わないが、完全な体には出来ないのか? 私の魔力を転生に使わずに、全てをカハルに捧げてもか?」
「日本に居る創造主が亡くなると、体と魂がこちらの世界に帰って来るのだ。完璧な体を二つ所持する事は出来ない。そして、更に問題がある。お前の強大な全魔力を我では制御出来ない。現世に戻り、お前から創造主に直接渡して貰わなければ、我もイザルトも全てがお前の魔力に呑み込まれるだろう」
私が転生を選ばなければ、カハルは救えないのか……。だが、まだ確認したい事がある。
「封印されている魔物が残っている。私が転生すると加護が戻るのではないか?」
「大丈夫だ。お前の力が半減すれば我が打ち消せる。シン達が全てを倒すだろう。その魔物の魂も我が消滅させる事となるがな」
今なら、こちらに戻って来た魔物の魂を私が守ってやれる。その時は、カハルを見捨てる事になる。どこまでも残酷な選択をさせるのだな……。
「カハル、戻っておいで。やっと悲願が叶ったんだよ。お願いだから行かないで……」
シンの悲しみに満ちた声が聞こえる。それでも私は動けない。
「――うっ……はっ……っ……」
カハルの瞳から段々と光が失われて行く。力が抜けていく手をシンが強く握り必死に呼び掛けている。目を逸らしたいのに、その光景を食い入るように見てしまう。……ああ、そうか。私の心は既に決まっているのだな……。
「ペルソナ、選択の時だ。もう時間が無い」
「――転生させてくれ」
「承知した。創造主へと道を作ろう。魔力を渡した後に人間の器に魂を入れる。だが、神の魂が器に馴染むまで時間が掛かる。山奥にある野生のデラボニアで暫し眠れ。次に起きる時は、完全に魔物が居なくなった時だ――」
カハルの元へと飛ばされながら、『世界』の説明が頭に流れ込んで来る。道の最終地点で、輪廻の輪に行こうとしているカハルの魂を抱き締め、仮の体へと導く。
「ペルソナ⁉ 何故、ここに……魂なのか?」
「シン、すまない、時間が無い。説明は『世界』に聞いてくれ。――カハル、しっかりしろ。今から私の魔力を渡すから体に取り込め」
ぼんやりとしているカハルの焦点が徐々に私に合ってくる。だが、きっと記憶には残らないのだろうな。一気に流して苦しませないように、慎重に優しく渡していく。
「ペ……ル…………ソ……ナ?」
「ああ、私だ。もう少しで終わる。――――完了だ。……元気でな、カハル」
恐れから、「またな」という言葉がどうしても言えず、最後にギュッと抱き締めて体を離すと、急速に魂が引っ張られて行く。
「おい、ペルソナ⁉ どこへ行くんだ!」
焦って手を伸ばしてくるシンに応える暇も無く、意識は温かな光に包まれた。
カハル達を偵察しているウサギ型の魔物とシン達は仲良しです。無理やり手首に手紙を縛り付けた訳じゃありませんよ(笑)。
色々と起こるのでペルソナはゆっくり眠れませんね。シンもペルソナと別れてすぐに目の前へ現れて、びっくりです。カハルの為に頑張れ、お父さん達!
次話は、人間として生きるペルソナです。
お読み頂きありがとうございました。




