0326.シン様と仲良しさん
ご飯を食べてお風呂にも入り、カハルちゃんと一緒に絵本を読んでいると、縫物をしていたシン様がハッとしたように顔を上げる。
「まずい、人と会う約束があったんだった。いま何時?」
「九時十分位ですかね」
「あー、十分も過ぎちゃった……。ごめんね、ちょっと行って来るね」
シン様は慌てて上着を羽織ると、移動の魔法で行ってしまった。
「シン様もうっかりしちゃう時があるんですね」
「それはあるだろう。買い物に行って塩を忘れたとか、カハルの好きな菓子を見付けて買ったはいいが、メインになる筈の肉を買い忘れたとかしているぞ」
「そうだったんですか? シン様は完璧なイメージがあるので意外です」
「そうでもないぞ。シンは長く生きているから出来る事が多いだけだと俺は思う」
成程、学習の成果なのか。いつか僕のおっちょこちょいも直る時が来るのだろうか?
「カハルちゃん、寝る?」
「うん……」
答えている途中に寝てしまった。ヴァンちゃんがお布団に寝かせてあげて戻って来たので、絵本の続きを一緒に読む。
他にも絵本を三冊読んだところでシン様が帰って来た。
「ただいま。カハルは寝ちゃったんだね」
「シン様が行ってすぐに寝ちゃいました。お約束した方とはお会いできましたか?」
「うん。向こうも遅れて来たから、ちょうどいいタイミングだったよ」
「それは良かったです。僕達ももう寝ますね。おやすみなさい」
「うん、おやすみ。良い夢を見るんだよ」
「ん、チョコレートケーキをワンホール食べる夢にする」
「ふふふ、見られるように僕も祈っておくよ」
ヴァンちゃんは頷くとカハルちゃんの隣に横になって、寝たまま右腕を伸ばして顔を上向け、シン様にビッとサムズアップしてから目を閉じる。
「行って来るぜ! みたいな感じ?」
「そうじゃないか。凄い気合だな」
お二人の会話を聞きながら僕も横になる。僕は何の夢にしようかな? エクレアを十本食べる夢にしよう。待っててね、たっぷりのカスタードクリーム……むにゃむにゃ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今朝はみんなでサンドイッチを作る事になった。茹で卵や蒸した鶏肉など、シン様がほとんど下準備をしてくたので、間に挟んでいくだけだ。
「俺はハムとレタスとトマトにする」
「じゃあ、僕は茹で卵と鶏肉とレタスにする」
ヴァンちゃんは定番の組み合わせだな。僕はお肉をいっぱい入れよう。
パンにマーガリンを端まできっちりと塗り、食材を載せていく。照り焼きソースにしようかな?
「カハルは何にする?」
「えーとね……ツナとキュウリとレタスと人参の細切りにする」
「いいね、見た目が綺麗だよ。多めに作って貰ってもいい? 僕も食べたいな」
「うんっ」
褒められて嬉しそうに笑いながら作っている。その姿を見守りながら、シン様はポテトサラダのサンドイッチを作っていく。僕達とは作業の速度が段違いだ。僕が一つ作っている間に二つ作って切り、お皿に綺麗に並べている。
「セイは甘いの作っているの?」
「ああ。カハルは甘いのが好きだろう」
イチゴジャムとマーガリン、ホイップクリームとミカンの二種類を作っている。あー、どれもおいしそう。
「クマちゃんは何を作ったんですか?」
「クマはでキュね、ロールパンを真ん中で切った所にウインナーとキャベツを挟んだのキュ。茹で卵を挟んだのもあるっキュよ」
これもおいしそうだ。ビャッコちゃんはシンプルにハムとレタス多めで作っている。
「みんな出来たみたいだね。はい、食べるよ」
ミネストローネとヨーグルトも並べられ、それぞれが自分好みのサンドイッチを頬張る。うん、照り焼きソース大正解だ。
「ニコの一つ頂戴」
「じゃあ、交換ね」
人が食べているのっておいしそうに見えるよね。うん、ヴァンちゃんの作ったのもトマトがジューシーでおいしい。
みんな多めに作っていたので、色々な味を楽しむ事が出来た。ヴァンちゃんはセイさんが作ったイチゴジャムのサンドイッチに夢中だった。途中でセイさんが追加を作ってあげた程だ。
「そろそろ行く時間だよ。歯磨きしてね」
シン様に言われて慌てて立つ。まったり紅茶を飲んでいる場合じゃなかった。
「いってらっしゃい」
セイさんと共に向かう。シン様は今日もお家に居るそうだ。僕達の服を縫ったり、保存食作りで忙しいらしい。
「おはようございます」
「おう、おはよう。セイは答えが出たみたいだな」
セイさんはもう一日貰ってじっくり考えていたのだ。セイさんも人間に対して色々と複雑な感情を持っているのだろう。
「ああ。将軍の話を受ける」
「おぉ、助かるぜ! ミナモ、受けてくれるってよ」
書類を運んで来たミナモ様が破顔する。
「ありがとうございます。では、引継ぎの日程を決めましょうか。今日はお時間ありますか?」
「ああ、大丈夫だ」
僕とヴァンちゃんは準備しながら話を聞く。カハルちゃんはセイさんが決めた事なら応援するという姿勢なので、黙ってセイさんの顔を見ている。
「ミナモ様、行って来ます」
「ヴァンちゃん、お願いしますね」
僕も行こうとするとミナモ様に呼ばれる。
「すみません、少しだけお待ち下さい。セイさんが次期将軍になったので、書類を王に届けて頂きたいのです」
「はい、了解です」
カハルちゃんをおんぶして待っていると、セイさんが頭を撫でてあげている。
「離れる時間が増えるが大丈夫か?」
「寂しくなったら、こっそり覗きに行くから大丈夫。セイの働きぶりをチェックしちゃうよ」
「それは大変だ。恥ずかしくないように行動しないとな」
「頑張り過ぎちゃ駄目だよ。定時になったら『じゃ』って言って一目散に帰って来てね」
「ははは、そうしよう。カハルが迎えに来てくれてもいいぞ」
「うん。皆で迎えに行ってあげる」
お互い寂しい気持ちを抑えているのだろう。でも、帰る場所はいつもあのお家で、家族は繋がっているから大丈夫。これだけ大事に想い合っているのだ。きっと遠くに居ても想いは届く筈。
「そうだ! こんな時こそ念話ですよ!」
「ああ、その手があったな。だが、そんな遠くに居る相手にした事が無いな。大抵は通信の鏡を使ってしまうからな」
「そ、そうでした。じゃあ、休み時間にお話しちゃえばいいですよ」
「そうだな」
セイさんに頭を撫でて貰っていると、ミナモ様が書類を持って来てくれる。
「こちらをお願いしますね。いってらっしゃい」
「行って参ります!」
ビシッと敬礼して魔法道に向かう。今度からは土の国へ行く楽しみが増えるな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「シン様、それどうするんですか?」
「引越しする人が居るからあげるんだよ」
グラスやお皿やフォーク、常備薬などが細々と置いてあって箱に詰めている。引越し祝いをあげるんだな。
「シン様の友達?」
「友達……うーん、腐れ縁な感じ?」
シン様はこういう時に素直じゃないよね。きっと物凄く親しい友達に決まっている。そうじゃなきゃ、こんな一生懸命に用意しないもんね。
「ヴァンちゃん、この器にお味噌を入れて来てくれる?」
「了解」
「ニコちゃんはクマちゃんの花畑からリンゴを貰って来てね」
「はーい」
用意が整うと忙しそうに出掛けて行った。引越しのお手伝いもしてあげるのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「シン様、そんなにお肉を買うんですか?」
「うん。引越しした人が居るって言ったでしょう。その人のお家は町からちょっと遠いから、食材を持って行ってあげるんだよ」
これはよっぽど仲良しさんだな。男性かな? 女性かな? どんな人か非常に気になる。
「その人は何が好き?」
「特に好き嫌いを言わないんだよね。でも、この前あげたサンドイッチは凄く喜んで食べていたよ」
「パン好き? だったらコロッケパン作る」
「いいね、そうしよう」
そこへゴンさんがお肉やウインナー、ハムを持って来てくれる。
「はいよ、シンさん、お待たせ」
「ありがとう。コロッケパンを作りたいから、ちょっと預かっていてくれる?」
「いいぜ。揚げたてコロッケを用意しとくわ」
「お願いね。ニコちゃん達、パンを買いに行こうね」
パン屋さんでもフランスパンや食パンを買い込んでいる。僕達もちゃっかりチーズパンを買って貰った。
「はいよ、お待たせ。コロッケパン、一丁上りだぜ」
「ありがとう。はい、お金」
「毎度。持てるかい?」
「うん、大丈夫」
僕達も手分けして持つ。シン様はまだ色々と買う物があるようだもんね。
「クマちゃん、花束用意出来ている?」
「モキュ。青い薔薇の花束、一丁上りだぜーでキュ」
ゴンさんの真似をしているようだ。強く見えるように腰に手を当ててふんぞり返っているけど、ワイルドさが足りない。もうっ、可愛いんだから~。
「ふふふ、ありがとう。これ代金ね」
「毎度でキュ。またのお越しをお待ちしてまキュ」
「ふふふ、じゃあね」
その後もコロッケパンが冷めないうちに、スパイスや乾麺やチーズなどを買い込む。全員で荷物を大量に抱えて帰ると、あげる物と自分の家用に素早く分けて出掛けて行く。
調理しないと食べられない物ばかりだったので、きっとシン様みたいにお料理が上手な人なのかもしれない。益々興味が湧いてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シン様はその後も仲良しさんに時々おかずを分けに行ったりしている。シン様にも気を許せる相手が居て良かったと思っていたら、ダーク様が「彼女か?」と揶揄っている。
「そんな訳ないでしょう。歩いて行ける距離に店が無いんだよ。野菜と卵ならいつでも手に入るけどね」
「野菜作りが盛んな国というと土か緑の国か」
「土の国だよ。とにかく彼女とかじゃないから変な事を言うのは止めてくれる? カハルに誤解されちゃうでしょ」
「分かったから怒るな。俺も本気でそう思っている訳じゃない。馬車の定期便も通っていない場所なのか?」
「それがね、何かしら用事が入って週一のそれに乗れないんだってさ。困っている人が居ると放っておけないお人好しなんだよ」
そりゃあ、シン様が世話を焼く訳だ。この前もお肉をいっぱい持って行っていた。
「そう言うお前も十分お人好しだと思うがな」
「そんな訳ないでしょう。ほら、忙しいんだから用事が終わったら帰って」
「カハル、聞いたか? 俺が将軍と外交官になった祝いの品を持って来てやったというのに、この言い草だぞ」
「ふふふ、仲良しだね。お父さん、ワイン好きでしょ? 良かったね」
「ワインは好きだけど、ダークはもう飽きちゃったよ。バイバイ」
「酷い男だな。カハル、慰めてくれ」
よしよしと手の甲を軽く叩いてあげている。僕もペチペチしてこようと思ったら、ヴァンちゃんの方が早かった。
「おー、よしよし、ワインに負けちゃったダーク様」
「何だと、ヴァン? 訂正しろ」
「ん? 飽きられちゃったダーク様?」
「ふふふ。ヴァンちゃん、もっと言ってやって」
ヴァンちゃんが味方になってくれたので、シン様が非常に嬉しそうだ。
「ヴァンもついにシンに毒されたか。ニコ、お前もか?」
「ふにゅ? シン様は照れているだけですよ。ダーク様もあんまり揶揄っちゃ駄目です。ワインの瓶で頭を叩かれちゃいますよ」
「成程。シンはすぐ手が出ると言いたいんだな?」
「ち、違いますよ。ん? あれ? そうなのかな?」
ヒョウキ様をいつもボコボコにしているもんね……。いや、でも他の人には手を出していない。でも、きつい口調の時はあるか……。うーん、優しい筈なんだけどな。
「くくくっ、シン、気を付けろよ。ニコの印象が悲しい事になっているぞ」
「はぁ……。それもこれもヒョウキの所為だよね。今度、この世の終わりを見せてあげないと」
何故⁉ より暴力的な思考におなりになった! ダーク様、何とかして下さい~と縋り付く。
「ほどほどにしろよ。それじゃあな」
「ちょっと待った。カハルを置いて行って貰おうか」
「ちっ、ばれたか。カハル、またな」
どさくさに紛れて連れて行こうとするとは……。今後はもっと目を光らせておこう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「皆、これを見てキュ」
クマちゃんが何かのチラシを床に置く。大きなサツマイモが真ん中から割られて湯気が出ている絵が描かれている。
「焼き芋大会?」
「そうなのキュ、ヴァンちゃん。土の国の広場でやる恒例行事らしいのキュ。皆で一緒に行かないでキュか? クマもお店が終わったら合流するのキュ」
「へぇ、いいんじゃない? 行ってみようよ」
シン様が乗り気だ。僕を見てくるので大きく頷く。
「勿論、行きますとも! 僕の大好きなサツマイモを逃すなんて有り得ません!」
カハルちゃんも「さんせーい」と手を上げてくれたので、皆で行く事が決定した。
チラシを見ると国外の人も良いらしく、色々なお芋の食べ比べが出来るらしい。しかも、どれだけ食べても入場料の三百圓だけ払えばいいとは、なんて太っ腹!
これを楽しみに働こう。あぁ、二日後が待ち遠しい……。
ニコちゃんは結局エクレアの夢は見ずに熟睡でした。朝に「僕のエクレア……」と落ち込みながら顔を洗いに行く姿に、みんなが「?」です。ヴァンちゃんはしっかりワンホール食べましたよ!
サンドイッチは具材が自由で楽しいですね。千切りキャベツもあったんですが、シンのお家ではレタスが大人気でした。
次話からは暫くペルソナ視点となります。
お読み頂きありがとうございました。




