0325.ハヤテと守護龍デュエル
配達から帰って来ると、パーティに着る服の仮縫いが僕のだけ出来たらしく、試着する事になった。
「後ろの肩の部分を直した方がいいですよね」
「ええ。ニコちゃん、じっとしていてね」
メイド長さんが腕に付けた針山からピンを抜く。ひぃー、それを着たまま刺すんですか⁉ 思わずプルプルしていると、メイド長さんが困ったように眉を下げる。
「絶対に刺しませんから大丈夫ですよ。悪い所を補正する為にご協力頂けませんか?」
「僕もなんとかしたいのですが、体が勝手に動いてしまいまして……」
それを見ていたカハルちゃんとヴァンちゃんが僕の所に近付いて来る。
「ニコ、しりとりする。たぬき」
急だな。あ、僕の緊張をほぐす為か。お次は僕でカハルちゃんの順らしい。
「き、きつね」
「猫」
「鯉」
「椅子」
「杉」
初めてすぐに頭がしりとりに夢中になったので、ピンが先程よりも気にならない。メイド長さんがほっとしたようにズボンから直していく。
上も直すのでダンマリだ。でも、もう怖くないから大丈夫。
「はい、終了です。ご協力ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます」
歩こうとするとカハルちゃんが慌てて手を振る。えへへ、見ちゃいましたよ。癒しの光で包んでくれていたんですね。
「とりゃーっ!」
カハルちゃんに抱き付いて頬擦りをする。もう、なんて良い子なんですか!
「うりゃ」
僕が離れると、今度はヴァンちゃんが頬擦りしている。二人で笑いながらひっつく姿に癒される。二人が仮縫いの時は僕が緊張をほぐしてあげよう。
そこではたと気付く。魔国の城内を思い浮かべても、そこまで広い場所が無かった気がする。僕がまだ行っていない場所があったっけ?
「ヒョウキ様、パーティーするって仰っていましたけど、このお城にそんな広い場所ってありましたか?」
「うんにゃ、無いぞ。こういう時はな、弟の城の大広間を貸して貰うんだよ」
「弟⁉ ヒョウキ様、ご兄弟が居たんですか⁉」
「あれ、言ってなかったけ? 弟が二人居るぞ。一人は二十三歳の放蕩な弟で現在の居場所は知らない。それで、もう一人は二十歳ですぐそこの城に居るんだよ。――そういやお前達ってフォレストの森くらいしか、この辺りは行ってなかったな。ミナモ~、終わったらちょっと来てくれるか?」
ヒョウキ様がサラッと凄い事を言っている。王子様が一人行方不明ですか……。探さないのかな?
執務室の外で官吏の人とお話していたミナモ様が戻って来る。
「どうされましたか?」
「ちょっと表まで行って来てもいいか? ニコ達に弟の城を見せてやりたいんだ」
「構いませんよ。書類も官吏が届けに行っているので機会がありませんでしたね。本当にすぐ近くなのですよ」
ミナモ様がカハルちゃんを見てくれているそうなので、サッと行って帰って来よう。
門を出ると、茶色の土がむき出しの小さなドーナツ型の広場になっている。露天商の人が少し居るだけで寂れた感じだ。魔国って本当に人が少ないよね。
「あれは馬小屋ですか?」
広場の中心に真新しい感じの木で出来た小屋がある。あれがこの中では一番目立っている物だ。
「あれは馬じゃなくてドラゴンが居るんだよ。俺の弟の守護龍で、名前はデュエルだ」
扉を開けて中に入ると二つに区切られていて、手前は何も居ない。奥を覗くと白いドラゴンさんが藁の上に丸まってこちらを見ている。
「デュエル、久し振り。一緒に居るのは白族のニコとヴァンだ。いま俺の城で働いてくれているから、よろしくな」
『よろしく、白族の子達。私はいつもここに居るから遊びに来てくれ』
おぉー、念話だ。小さい姿だから幼いかと思ったら、声は青年という感じだ。
「よろしくお願いします。デュエルさんは風竜なんですか?」
『ああ、そうだ。私の主様にはもう会ったのか?』
「いえ、まだです。これからお城を見に行く所なんですよ」
『そうか。会ったらもう少し顔を見せろと怒っておいてくれ』
来てくれないのか。離れていても良いという事は、もう力が馴染んでいるんだな。ドラちゃんなんて毎日クマちゃんにべったりだ。でも、あれは単にクマちゃんが好きなだけだと思う。
「あー、悪いな。あいつも今は忙しくてさ。俺から伝えておくわ」
『主様は真面目すぎるので息抜きが必要ですから。ヒョウキ様からご伝言頂ければ、必ず会いに来てくれるでしょう』
「息抜きは何をするんですか?」
ヴァンちゃんが動く度にキラキラと光って見える鱗を見ながら質問する。
『大空を飛ぶ。これに限るな。スカッとした気分になること間違いなしだ』
何とも羨ましい息抜きだ。今度ドラちゃんに頼んでみようかな。
「じゃあ、行くか。デュエル、またな」
手を振ってお別れすると、フォレスト様の森とは反対方向に歩いて行く。
魔国の城は森の中に建っているので、大きな木で遠くまで見通せない。それに、いつも寄り道しないで門に向かうので、周りに何があるかは全然知らない。面白い物があるといいな。
こちら側は道幅が広いので馬車がすれ違えそうだ。それに結構大きな石造りの建物が幾つもある。扉と屋根は黒で、壁は白や赤っぽい石、黒い石などがバランスよく積まれて、なかなかお洒落な外観である。ん? お酒の匂いがする。
「ヒョウキ様、この辺りにお酒の匂いが充満していますよ」
「ああ。その左側の建物でウィスキーを作ってるんだよ。魔国ってウィスキーで有名なんだぜ」
へぇ、そうなんだ。失礼な話だが、あまりにも人が少ないし寂れた感じなので、有名な物があるとは思わなかった。
「意外だっただろ。魔国って寂れた感じだもんな。でもな、魔国が管理している土地があちこちにあって、そっちには兵士とかいっぱい居るんだぜ」
「魔物と戦っていたんですか?」
「そうそう。魔国の兵士がいつも最前線に立っていたからな。後は聖地とか遺跡、大森林、万年雪の山とかも管理しないといけないだろ」
ここに居ないだけで凄い人数があちこちに散らばっているのか。国の中じゃ魔国が一番小さいけど、大きな国と同じ位の人が居るのかもしれない。
「戦いが終わりましたけど、その人達はどうなるんですか?」
「開拓や復興しなきゃいけない場所がいっぱいあるんだよ。後は犯罪組織をぶっ潰したり、やる事が盛り沢山だから、あいつらはそっちに回って貰おうと思っている」
「強い人がいっぱい居たなら、セイさんに頼まなくても将軍になれるような人が居たんじゃないですか?」
「それも考えたんだけどさ、ずっと最前線でお互い命を預け合って戦って、強い信頼関係が出来ているだろう? そこに自分たちよりも弱い奴が急に来て指揮官交替ですって言っても、『はぁっ⁉』って思うだろ。表面上は命令を聞いていても不満はどんどん溜まっていくじゃん。そういうのって大事な場面で表面化するもんだろ」
人の心って難しいよね。頭では分かっている事でも心は割り切れない。
うちの村で言うと、ミルンさんを引き抜かれて、どこの奴かもよく分からないのが命令してくるって事だもんね。
ミルンさんは、それぞれの得意な事や苦手な事を良く分かった上で仕事を割り振ってくれるけど、次に来た奴はそんなことはお構いなしだったとする。そうすると、そんな奴を寄越した上の人間にも、今の状況に対してもいつかは不満が爆発する。
「ニコ、城が見えて来た」
ヴァンちゃんが指さす方を見ると、お城のとんがり屋根が木々の間から見える。歩いて十分くらいの距離だったな。
更に進んで行くと全体が見えて来た。外壁は白で統一され、屋根は青、まさにお城と言われてイメージする通りの外観だ。高さは五階建て位かな? 何だかこちらの方が魔国の王様にはふさわしい気がするけど……。
「ヒョウキ様のお城より大きい」
「そうだな。俺はあの大きさで十分だし、魔物を封じ込めていたから居なきゃいけなかったんだよ」
そうでした。あんな魔物はヒョウキ様じゃなきゃ管理できないもんね。
城の横部分の高い壁を仰け反って見ていると首が痛い。塔が大小幾つもあって、とんがり屋根が付いている。ゴテゴテした装飾はしていなくて優美さを感じるお城である。
一階の窓が大分高い位置にあるのは、敵が侵入しにくいようになのだろう。沢山ある窓を順番に見ていると、その一つから兵士さんが慌てたように身を乗り出す。
「ヒョウキ様⁉」
「よう。城をこいつらに見せてやりに来ただけだから気にするな」
「お、お待ち下さい! ハヤテ様をお呼びして参ります!」
止めるのも聞かずに行ってしまった。ヒョウキ様の弟君はハヤテさんというのかな?
「まぁ、いいか。門の前に行くぞ」
横をテクテクと歩き終ると、道が左側に大きくカーブしている。城門に着くと門番さんが慌てて寄って来た。
「ヒョウキ様⁉ どうされたのですか?」
「こいつらのお城見学ツアーだ。ハヤテが来るみたいだから、ここで待たせてくれ」
「は、はい」
僕達をチラチラと戸惑ったように見てくるので、ニコッと笑っておく。大丈夫ですよ、噛みませんよ~。
「――ヒョウキ様! 急にどうされたのですか? 何か問題が……」
走って来た人が僕達を見て喋るのを止める。どうやら何をしに来たのか察したらしい。
敬称付きの名前で呼んでいたけど、王様だともうお兄ちゃんと言って貰えないのだろうか? 二人きりの時も言って貰えないと寂しいよね。
「悪いな。外観を見せたらとっとと帰るつもりだったんだが、兵士に見つかった」
「折角ですから中へどうぞ」
「いや、そろそろ戻らないとカハルが寂しがるからな」
「カハルさんですか? 初めてお聞きするお名前ですが……」
「耳貸せ」
創造主様だと伝えているんだろうな。僕は話している間に門を見ちゃおう。
門は他の外壁と違ってクリーム色をしている。入口には厚い木の門があり、いかつい兵士さんが目を光らせている。しゃがみ込んで中を覗いても向かいにある壁くらしか見えない。きっと中は豪華な内装で、金ぴかの調度品が並んでいるのだろう。
「帰るぞ」
「はーい。ヴァンちゃん、行こう」
「うむ」
ヴァンちゃんはお城でなくずっと門番さんを見ていた。何か面白い物を持っていたのだろうか?
「ヴァンちゃん、何を見ていたの?」
「俺と目が合うと目を逸らす。俺が逸らすとあっちが俺を見る。フェイントを仕掛けてみたりして楽しかった」
門番さんと遊んでいたのか。僕もいかつい方の人とやれば良かった。
「――おっと、忘れる所だった。ハヤテ、デュエルが会いに来いだと。もう少し顔を見せろと怒っていたぞ」
「忙しさで先延ばしにしていました……」
「たまには息抜きしろよ。お前も俺の所に来るといい。可愛いのがいっぱい居るぞ」
どうだ! という感じで僕を持ち上げて見せつけるヒョウキ様。びっくりして目を見開くハヤテ様を観察しちゃおう。
この方も大変綺麗なお顔立ちだ。肌は白く滑らかでペタペタ触ってみたい。髪は黒に近い紺色で長さはショート、目はヒョウキ様と同じく赤い。ヒョウキ様はやんちゃな感じがするけど、この方は大人しくて優しそうな印象を受ける。ふんわり笑ったお顔が素敵です。
「ははは、ヒョウキ様は相変わらずですね。確かに非常に可愛らしい子だ。よろしくね?」
僕の手をちょこんと持って握手してくれる。うん、手も優しい。
「ハヤテ、ヴァンともしてやってくれよ」
「――よろしくね。帽子が素敵だね」
「ありがとうございます。シン様がくれた帽子」
今日はてっぺんが平らで、前つばのついたカーキ色のワークキャップをかぶっていて、左横にはヴィーちゃんに貰ったピンバッジがキランと輝いている。
「シン様が? 君達は知り合いなのかな?」
「依頼を受けて住み込みで働いてるんだよ」
「そうでしたか。気を付けて帰ってね」
手を振り返すと笑みを深くして「じゃあね」と口を動かしている。服装がとてもシンプルで、シャツ、ズボン、ベストに革靴、腕時計をしているだけだ。町で見ても一般人にしか見えないだろう。
「大人しそうな方でしたね」
「見た目に騙されちゃ駄目だぞ。あいつはドラゴンに乗って剣や槍を振り回しながら、敵に真っ先に突っ込んで行くタイプだからな」
ギャップが凄いな。冷静に策を練っているようなタイプじゃ無かったのか……。
戻って来るとヒョウキ様のお城が小さく感じる。
「縮んだ?」
「ちょっと、ヴァン、縮んでないから。こっちは元々要塞なんだよ。だから、城で働いてくれている皆が住む所とかは後で作ったんだ。そんな訳で狭いから、戦地から帰って来た奴は、ハヤテの城で休んで貰ってるんだ」
時々見掛けない兵士さんがいっぱい居る時があるから、ぎゅうぎゅう詰めで寝るなんて可哀想だなと思っていたけど、ちゃんと寝る場所があったんだ。
執務室に戻ると、カハルちゃんがミナモ様の膝に座り、一緒に書類を覗き込んでいる。ミナモ様の真似をしているのかな?
「――お帰りなさい。お城はどうでしたか?」
「お城と聞いて想像する通りの姿でしたよ。これぞお城! っていう感じのとんがり屋根でした」
「ふふふ、確かに綺麗なお城ですよね。中は見て来たのですか?」
「うんにゃ。でも、ハヤテには会って来たぞ。あいつ城の中でずーっと仕事ばっかりしているから、デュエルが心配していた」
「真面目な方ですから。ヒョウキ様も見習って下さいね」
「俺だってほとんど缶詰め状態じゃねぇか」
そこへシン様が来てヒョウキ様の頭をポンと軽く叩く。
「真面目さを、だよ」
「俺みたいな方が人生楽しいからいいんだよ。真面目すぎは自分の首を絞めるだろ」
「まぁねぇ。カハルも真面目すぎて頑張り過ぎちゃう所があるから、分からないでもないけど」
カハルちゃんは意識を保てなくなったのか、書類に顎を載せて寝ている。ミナモ様がお困り顔で、顎を支えてそーっと書類を引き抜く姿が面白い。
「ミナモ、ごめんね。カハルを頂戴」
「お願いします。帰られますか?」
「うん。白ちゃん達、帰るよー」
寝る前に、ドラちゃんに僕達を乗せて空を飛んで貰えないか頼んでみたら、快く頷いてくれた。えへへ、僕もスカッと気分爽快が体験出来そうだ。良い気分で眠りに就くことが出来た。
ヒョウキがお兄ちゃんですよ。末っ子が一番しっかりしてますね。
ヒョウキがハヤテの城に来る時は一大事か⁉ と皆がザワザワします。なので、いつもは知らせを入れてから向かっています。あっさり見付かっちゃいましたね。
次話は、みんなでサンドイッチ作りをします。
お読み頂きありがとうございました。




