0316.戻って来た爆発部長
久し振りに書類配達をする。僕達が居ない間はヤナギちゃんが中心になって配達していたらしい。相変わらず男嫌いなので、ミナモ様には氷のような冷たさだ。
「分かりましたわ、今日は三人で手分けして配るのですね」
冷たい顔と声だったのが、僕達へ振り向いた途端、花が綻ぶような素敵笑顔と楽しさ溢れる声に変わる。
「もうっ、何て可愛いのかしら! 小さい子が小さい子をおんぶするなんて可愛らしすぎますわ! 抱き締めさせて下さいませ!」
「うぐっ……」
凄い温度差だ。カハルちゃんをおんぶしたヴァンちゃんをギューッと抱き締めている。あ、大変だ! また胸で窒息しかかっている。
ヴァンちゃんがペチペチとヤナギちゃんの腕を叩いてギブアップを伝える。
「あ、あら、ごめんなさいね。可愛さに抑えがききませんでしたわ。まぁ、ニコちゃんも可愛い! むぎゅーっ」
ぐふっ……。思ったよりも腕の力が強い。首が絞まります、ギブギブ!
「あら、私としたことがまた……。可愛さは罪なのですわ!」
ヒョウキ様が呆れ顔で見ているし、眉尻を下げているミナモ様が不憫なので、さっさと連れ出そう。
「ヤナギちゃん、そろそろ行きましょう。一緒に配達するの楽しみです」
「まぁ~、何て可愛い事を言うの、このお口は! ええ、急いで参りましょう。早く終わらせて一緒にお茶をしましょうね」
ヒョウキ様に「良くやった!」と良い笑顔でサムズアップされたので、僕も返しておく。よし、頑張るぞーと、ハイヒールで闊歩するヤナギちゃんを追い掛けるのだった。
えーと、お次は魔国の研究部に書類を渡しにいかないとね。廊下を走っていると、ドゴーーーンと懐かしの? 音が響き渡る。こ、これはもしや!
慌てて走る速度を上げて向かうと、研究部から煤で汚れた白衣の人達が咳込みながら出て来る。
「ごほっ、ごほっ、信じ、られない! 復帰そうそうやるか⁉」
「今度こそお取り潰しだーーー!」
「けほっ、こほっ、あ~、どうすんだよ、これ……」
頭を抱える人達を尻目に、高笑いをしながら部長が出て来る。
「はーはっはっはっは! 何て楽しいんだ! 実験最高!」
顔も白衣も煤で黒くなっているが、ひたすら上機嫌だ。この人、戻って来ちゃったのか。
「何の音だ⁉」
ワコウ将軍が走って来た。そして、部長を見付けた途端に真っ青になる。
「も、戻って来てる……。そ、そうだ、休みが終わるって……」
メイド長さんの罰により、自分の家へ戻されていた期間が終わってしまったようだ。短い平和だった……。
「――ひぃっ」
研究者さん達が僕の背後を見て短い悲鳴を上げる。振り返るとそこには――。
「あら、部長、お久し振りです。これはどういう事でしょうか? 材料の申請は受けていませんが」
「ふふん、私に抜かりはない。実験の為の材料は全て自分で用意した! これなら文句はなかろう!」
あるに決まってんだろうが! と全員の目が語っている。
「爆発の起きる実験は結界が必要だと知っている筈です。その素晴らしいおつむは空っぽなのでしょうか?」
ひぎゃーーーっ! という悲鳴を飲み込んだ僕を褒めてやりたい。恐怖のあまりじっとしていられず、ワコウ将軍に抱き付く。すると、同じ思いだったのかひしっと抱き締め返してくれる。くーっ、兄貴!
メイド長さんは怒り心頭だろうに笑顔が綺麗すぎる。実は仮面を被っているのかと疑う程だ。だって、見てしまったんです。廊下の先に転がっている金属の柄がぐんにゃりと湾曲しているモップを……。
「何だと、失礼な! 私の脳は凡人とは違うのだよ。君のような真面目さが取り柄だけの人間には、私の高尚な考えは理解できまい」
「ええ、そうですね。高尚だとかのたまう爆発魔の考えなど理解出来なくて結構です。結局、なんの反省も出来ていないようですね。ここにヒョウキ様とミナモ様の用意して下さった書類がありますので、かいつまんで読み上げさせて頂きますね。『結界の申請無く、もう一度爆発させた場合は、部長を部長補佐に降格、部長補佐を部長に昇進とする』。以上です」
「なんだと⁉ そんな勝手が許されるものか! その書類を貸せ!」
そこにコツコツと足音が近付いて来て、メイド長さんの隣で止まる。
「――それ以上は見苦しいですよ、ダグさん。それに、復帰前に私はきちんとあなたにお手紙を出しましたよね。今度、爆発を起こしたら部長補佐になって頂きますと。あなたはそれにサインをして私に返信してくださいました。……実の所、解雇すべきか悩みましたが、あなたに素晴らしい才能がある事も知っています。これは最後のチャンスです。どうされますか?」
きっと斜め読みしてサインしたのだろう。ミナモ様の登場により、部長が焦った表情で考えを巡らしている。
「――分かりました。従いましょう」
あれ? 思ったよりも素直だな。自分は凄いんだ、大いなる損失だとか言うと思ったのに。
「そうですか、ご理解頂けたようで何よりです。コバさん、急な昇進で申し訳ありませんが、部長として頑張って下さいね。私も協力は惜しみませんから」
「は、はい。ですが……」
チラッと前部長を見る。確かにやりにくいよね。言うこと聞かさなそうだし。
「ダグさんが横柄な態度を取ったり、訳なく指示に従わない場合は報告して下さい。ダグさんも分かっていますね? ここでのあなたは前宰相のご子息でも貴族でもありません。城に仕えている一人です。ここでは協力出来ない人間は必要ありません」
うわぁ、前宰相のご子息なんだ。そりゃあ、自分でポンと研究材料が用意できる訳だよ。
「分かりました、きちんと指示に従いましょう。部長、よろしくお願いします」
「え、ええ、こちらこそ、よろしくお願いします」
何か企んでいるのではないかと思うほど殊勝な態度になってしまった。研究者さん達も不気味だという目で見ている。
「それでは私は戻ります。メイド長、後の手配はお願いしますね」
「はい、お任せ下さい」
部屋を片付ける為の応援を呼びに行くのか、メイド長さんも足早に去って行く。見えなくなった所でワコウ将軍が恐る恐る質問する。
「ダグさん、やけにあっさり引きましたけど、どうしたんですか?」
「ん? 簡単な事だよ。私は地位よりも研究できない方が辛い。今回の休暇でそれを嫌と言うほど味わったからね。駄々をこねて解雇など冗談じゃない。だから、コバの指示にもきちんと従うと誓おう。だが、より良いものを作る為の話し合いでは、きちんと発言させて貰うがね」
コバさんが胸を撫で下ろしている。メイド長さんの罰も全て無駄ではなかったらしい。
「俺、呼ぶの間違えちゃいそうだよ」
「あ、俺も」
「だったら、名前で呼んでくれればいい。どうだね?」
「ええっ、緊張しちゃいますよ」
「簡単だろう? 私の名前は短い。ダ、グ。ほら、私に続いて。ダ、グ」
「ダグ、さん?」
「そうだ。さて、実験の続きがしたいから申請書を出してくるか。毎日出すなんて面倒臭い事だ」
毎日爆発させるつもりなの? あれ、おかしいな……。ちょっとまともに見えたんだけどな……。
「えっと、コバさん、頑張って下さい。俺、酒に付き合いますから」
「ワコウ君、ありがとう。あの人は自分でやると決めた事は、きちんと貫き通す人だから大丈夫だよ。これからは皆さんにあまり迷惑を掛けないで済みそうだ。はぁー、肩の荷が下りた……」
どんだけ毎日気を張っていたんだか。ハッ、そうだ、書類渡さなきゃ。
「書類をお願いします、部長さん。――部長さーん?」
「――あ、私か。あははは、ごめんね。慣れるまで時間が掛かりそうだな。――はい、サインね。確かに受け取りました」
んふふふ、部長さんの初仕事が僕の届けた書類とは光栄な事だ。
「一件落着した事だし、俺も仕事に戻ろうっと」
ワコウ将軍が足取り軽く戻って行くのを追い掛ける。
「良かったですね。これでメイド長さんも怒らなくなりますよ」
「本当だよ。この城でメイド長に逆らうなんて愚行だよ」
そこまで? 逸話がいくつもあるのだろうか?
「――あ、ワコウ将軍」
「――っ⁉」
「ひぃーっ、あ、あわわわ、すみません!」
まずい、思わず悲鳴を上げてしまった。息を呑むだけで済んだワコウ将軍が羨ましい。
「いいのよ、ニコちゃん。お二人共、驚かせてごめんなさいね。ワコウ将軍、また人手をお借りしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ。どれでも好きな奴を持っていって下さい」
「ふふふ、物じゃないのですから。でも、ありがたくお借りしますね」
笑顔で去って行くメイド長さんを見送って体中の力が抜ける。
「タイミングが良すぎじゃないですか?」
「本当だよね。もしかして俺達の会話聞かれてたりして」
思わず二人でキョロキョロと見回す。良かった、誰も居ない。
「研究部の前に来た時なんて気配が無かったですよ」
「そうそう! ロウ将軍くらいだよ、いつでもどこでもメイド長の気配が分かる人なんて。メイド長、暗殺者としてもやっていけそうだよね」
メイド長さんも凄いけど、ロウ将軍はもっと不思議な人だよね。モモ様もあの人は超人だと言っていた。そうだ、モモ様と言えば朱の一族。
「僕、暗殺者ナンバーワンの人知ってますよ」
「え、本当⁉ もしかして狙われているの⁉」
「いえ、違いますよ。クマちゃんのお花屋さんを手伝ってくれたんです」
「暗殺者が花屋の手伝い? 大丈夫なの、それ?」
僕も知った時は凄いびっくりしたけど、味方ならこれほど心強い人はいないと思う。
「はい。笑い上戸な人でしたよ」
「マジか。笑い上戸の暗殺者……想像つかないなぁ。あ、ごめんね。俺、こっちだから。また俺とお話してね」
ここでお別れか。ワコウ将軍は話しやすくて優しいから好きなんだよね。近所にこんなお兄さんが住んでいたら、入り浸っていると思う。
「勿論です。僕ももっとお話したいです」
「おぉ、気が合うねぇ。じゃあ、ヴァンちゃんも連れて来てよ。それと、カハルちゃんともお話ししてみたいんだよね」
「了解です。それじゃあ、また」
手を振り合って別れる。僕はお昼を食べないとね。
午後は僕がカハルちゃんをおんぶする。さぁ、楽しい時間の始まりだ。まずは土の国へ行きますよー。
「あら、この前の子じゃない! こんにちは、カハルちゃん」
「ダイアナちゃん、こんにちは」
お話しやすいように背中から下ろしてあげると、ちょっとモジモジしているだけで、きちんと挨拶出来た。そんなに酷い人見知りではないらしい。
「カハルちゃん、良く出来ました。偉いですよー」
「えへへ、褒められた」
「――っ!」
ダイアナさんの反応が無い。鼻血かなと思ったけど出ていないようだ。とうとう鼻血卒業かな?
「――な、なんとか耐えたわ。よくやったわ、私! あんな可愛い笑顔に耐えた私、グッジョブ!」
小さな声でブツブツ言っているが僕の耳には全部聞こえてしまった。嫌われないように努力しているらしい。
「ダイアナちゃん、あのね、飴あげる。何味が好き? イチゴとオレンジとブドウがあるの」
「私に飴をくれるの? な、なんて良い子なの! えっと、そうね、ブドウにするわ!」
あー、そんなに興奮すると出ちゃいますよ~。頷いたカハルちゃんは包み紙を取ってあげている。優しいなぁ。
「――はい、あーん」
あっ、そんな事したら――。
「ぶふっ」
白いレースのハンカチが真っ赤に染まりました。あ~あ~、やっちゃったと思う僕の隣で、ビクッとカハルちゃんの体が跳ねる。
「ダ、ダイアナちゃん、どうしたの⁉ 大丈夫?」
「だ、だいひょぶよ。しゅぐもどりゅわね」
今日も良いダッシュでトイレに向かっている。僕はカハルちゃんのケアをしてあげなければ。
「ダイアナさんは鼻血が出やすい体質みたいなんです。倒れたりもしないし、いつも元気いっぱいなので大丈夫ですよ」
「そうなんだ。あー、びっくりした……」
そこへ王様がひょっこりとやってくる。
「あれ? ダイアナが居ないな。――おっ、ニコと嬢ちゃん来てたのか。ん? 嬢ちゃんは手に何を持ってんだ?」
「飴なの。おじちゃん食べる?」
「くれんのか? じゃあ、その手に持ってるやつ貰うか。包み紙を剥いだの持ってると手がベタベタしちまうぞ」
「うん、どうぞー」
口の中へポコンと入れてあげようとしていると、叫び声が聞こえる。
「あーーーっ、私の飴! カハルちゃんの『あーん』は私の権利ですよ!」
だが、時すでに遅し。大きな声にびっくりしたカハルちゃんの手から飴が落ち、王様のお口の中へコロンと入ってしまった。
「いーやーっ⁉ 嘘、そんな……」
「悪いな、ダイアナ。嬢ちゃん、これうまいな」
「そうなの。お父さんが買って来てくれたの」
「そうかー。嬢ちゃん、おじちゃんに『お父さん』って言ってくれないか? おじちゃんの夢なんだよ」
傷心のダイアナさんが力なく椅子に座る傍らで、王様はウキウキだ。
「私でいいの? じゃあ、言うね。お父さーん、飴おいしい?」
「ああ、とってもうまいよ。――くーっ、いいねぇ! 夢が叶ったぜ。ありがとな。あ、そうだ、ダイアナ。ここに書いてある資料を集めて欲しいんだわ。おい、聞いてるか? おーい? こりゃ駄目だな……」
机に突っ伏してブツブツ呟いている。完全に一人の世界に入ってしまった。
「ダイアナちゃん、ブドウ味はまだあるよ。――はい、あーん」
「――何ですって⁉ あ、あーん!」
今度は逃すものかと慌てて開けた口に飴が入ると、顔面筋が崩壊した。人ってあんなに幸せな顔になれるんですね~。
「ああ、至福……。ここは幸せの国かしら……」
カハルちゃんが僕の所に笑顔で戻って来る。
「ダイアナちゃん、ブドウの飴が大好きなんだね。あんなに嬉しそうな顔をしているよ。私まで嬉しくなっちゃった」
「そうですね。大好きで堪らないんでしょうね……」
カハルちゃんとカハルちゃんの「あーん」が、という言葉は飲み込んでおく。
王様は話し掛けても無駄だと悟ったのか、近くの席の人に伝言を頼んでいる。ダイアナさんは暫く正気に戻りそうにないので魔法道へ向かおう。
「ここでのお仕事は終了したので、次の所に行きますよ」
「うん。次はどこに行くの?」
「桃の国なのでモモ様に会えますよ。あ、それと、凄く目つきの悪い王様が居るんですけど、悪い人じゃないので大丈夫ですよ」
物凄い悪役顔だから先に教えてあげないと怯えちゃうもんね。少し不安そうなカハルちゃんの背中をポンポンと叩いてあげてから向かう。
戻って来ました、爆発部長。補佐になってしまいましたが、研究施設が整っている魔国にいる方が楽しいので残りました。部長になったコバさんは、研究ばかりしているダグの仕事をほとんど引き受けていたので、なんの支障もありません。
幸せの国から戻ったダイアナさんは、ニコちゃん達が居なくてがっかり、大量の資料の用意で更にがっかりです。
次話は、桃の国の王様がピンチです。
お読み頂きありがとうございました。




