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NICO & VAN ~最愛の主様を得たモフモフのほのぼの日常譚~  作者: 美音 コトハ
第四章 ペルソナ
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0312.シンの居ない世界

このお話は、ニコちゃん→セイの視点に変わります。

 今日もフォレスト様のお家にある入口から精霊の森に向かう。


「あら、昨日の子じゃない。フォレスト様は一緒じゃないの?」

「はい。今日はお忙しいそうです」

「じゃあ、私が連れて行ってあげる」


 そう言うと、昨日会った水の精霊さんが僕とヴァンちゃんの手をガシッと掴み、力強いドルフィンキックで泳ぎ始める。後ろを振り返ると、ダーク様がカハルちゃんを抱っこし直し、やれやれという感じで地面を蹴って付いて来る。足を動かしていないので、風の魔法でも使っているのかもしれない。


 セイさんは普通にバタ足だ。やはり筋肉が素晴らしい人は使うチャンスを逃さないのだ。


「ここがいま一番瘴気の濃い森よ」


 五分もせず到着した。この通路は本当に便利だよね。


 昨日までのボロボロの森とは違い、木の幹や葉はしっかりとしている。水がちょっと黒いくらいかな。


「カハル、起きろ。着いたぞ」


 ダーク様が声を掛けるが目覚める様子が無い。


「ここなら水を浄化すればいいだけだから俺がやろう」


 セイさんが川に右手の平を向けると、川から黒い靄のようなものが噴き出し、セイさんの手の平に集まって来る。暫くそうしていると靄が出なくなり、直径三十センチ程の黒い球体が出来上がった。


「――ん、うーん……。あ、セイ、ごめんね。それは私が消すよ」


 良いタイミングでカハルちゃんが目を覚ましてくれた。癒しの光で包まれた瘴気のボールが跡形もなく消える。それが終わると、カハルちゃんが森の様子を確認してホッとしたように息を吐く。


「ここは被害が少ないね。今の処置だけで大丈夫そう」


「ああ。現時点ではここが一番瘴気の濃い森だったらしい。これなら遺跡から魔力を流せば隅々まで浄化されるだろう」


「そうだね、ダーク。海の遺跡に行こうか」



 念の為にいくつか森を確認しながら、フォレスト様のお家まで戻って来ると、ホノオ様が居た。


「あれ、ホノオだ。具合が悪いの?」


「あ、カハル。いや、俺じゃない。親父の食が細いから相談に来たんだ。でも、居ないから帰ろうかと思ってさ」


「じゃあ、うちに来なよ。お父さんの料理なら食べられるかも。ちょっと待ってね、聞いてみる。――あ、お父さん、カエンの食欲が無いんだって。夕飯に招待してもいい?」


「うん、いいよ。好きな食べ物は何?」


 カハルちゃんがホノオ様に通信の鏡を手渡している。――ほぉ、カエン様はフルーツがお好きなんですね。シン様はデザートを作るのかな?


「悪い。何時ぐらいに行けばいい?」

「うーん、十九時くらいに来てくれるかな」

「分かった、恩に着る。また後で」


 帰る背中を見送りながら少し胸が痛む。ホノオ様はカエン様の病状を詳しく知らないんだよね……。ポロッと余計な事を言わないように注意しなきゃ。





「主様、いらっしゃいませ! まだ、他の者は動けていなくて……」


「大丈夫だよ、徐々にでいいからね。その分、シズクがサポートしてくれるんでしょう?」


「はい、勿論です! 魔力を全土に流されるのですか?」


「えーとね、精霊の森を巡る道にだけ流したいんだ。確かそう出来るようにシステムが作ってあったよね」


「はい。すぐに準備して参ります」


 待っている間に周りを見渡す。遺跡の中はだいぶ埃っぽさも消え、室内の明るさも増している。力の温存をする必要が無くなって、普通に生活出来るようになったシズクさんが、せっせとお掃除したに違いない。


「――主様、準備出来ました!」


 画面を見ながらボタンなどを押していたシズクさんと、一緒になって覗き込んでいたヴァンちゃんがビシッと敬礼する。あんなに綺麗に揃うという事は相性がいいのかもしれない。


「はーい、ありがとう」


 壁に嵌め込まれた縦六十センチはある楕円型の緑の宝石に、魔力を注ぐ作業を続けながらカハルちゃんが答える。


 少し暗めの緑色だった宝石が、ペリドットのような明るい黄緑色に変わっていく。


「シズク、充填完了だよー」

「はい、では参ります。三、二、一、放出!」


 操作卓のガラスの蓋を開けて、赤くて丸いボタンをボチッと押す。


 今回は地図ではなく、画面が二十センチ位の四角で区切られ、いくつもの森の映像が並んでいる。力が到達した森からは次々と湯気のように黒い靄が空中へ広がり霧散していく。すると、浄化が終わった森の画面に『済』という文字が次々と浮かび上がる。


 全てに『済』が出ると、画面から『瘴気の浄化完了』と幼い男の子の声がする。……どっかで聞いたような? そうだ! 鏡の魔物の時に画面へ出て来た男の子の声だ。


「作業は全て完了致しました。お疲れ様です」


 その声を最後に画面が黒一色に変わった。


「シズク、サポートありがとう。これで精霊達も元気になるよ」

「はい! 後は闇の国に居る魔物を倒せば終了でしょうか?」

「うん、あと少しだね。終わったら遺跡に魔力を充填しないとね」


 悲願達成まであと少しという割には表情が硬い気がする。まだまだ気を抜いちゃいけないという事か。



 お家へ帰るのかと思ったら、ダーク様が寄り道を提案してくる。


「綺麗な泉で休憩していかないか?」

「泉ですか? ここから近いんですか?」

「隣の睡蓮の国にあるんだ。なぁ、セイ?」


 同意を求められたセイさんがギョッとしたようにダーク様の腕を掴む。


「お、おい! まさか……」


「そのまさかだ。セイお兄様の情けない話を聞かせてやらないとな。それと俺の苦労話を、な」


「お前、悪趣味だぞ。迷惑を掛けたのは悪いと思っているが……」


 何だか凄く行きたくなさそうだ。ここは助け舟を出してあげよう。


「あの、それほど疲れていないので休憩しなくても大丈夫ですよ」

「ダーク様、いじめちゃ駄目」


 セイさんがしゃがんで僕らを撫でてくれる。うんうん、表情にあまり出ていなくても分かります。感激しているんですよね。


「ダーク、無理強いは駄目だよ。セイだって辛かったんだから」


「お前達はセイを甘やかし過ぎじゃないか? それを言うなら俺だって十分に可哀想だろうが。ストッパーその二のセイが居ないから一人で対応していたんだぞ。あの、問題児たちを、一人で! だぞ」


「あー、分かった。分かったから、そんなに強調して言うな。お前には苦労を掛けた。行けばいいんだろ」


「よし。じゃあ行くぞ」


 今のやり取りですっきりしたのか、ダーク様が笑顔を浮かべてカハルちゃんを抱っこし先に消える。一方のセイさんは片手で顔を覆って項垂れている。


「はぁ……。へたれで悪いんだが、俺を嫌わずに居てくれると嬉しい」


「ふにゅ? 誰だって隠したい事とか逃げたい事とかありますよ。でも、今ちゃんと立って歩いているからいいんです」


「そう。全部成長の糧。完璧な人なんて居ない」

「そうか……。では洗いざらい喋ってすっきりするか」


 やっと表情を緩めたセイさんに連れられて泉へ向かう。


「――ここが俺自身を封印していた泉だ」


 そこは周りの景色を透かし見る事が出来ない程、木々と霧に囲まれていた。円形にポッカリと開いた土地には、シロツメクサの白く小さな花が沢山咲いている。射し込む光が弱い所為か、どこか寂し気な印象を持つ場所だ。


 その中心に位置するように、セイさんが横たわるのにちょうどいい大きさの楕円形で深い泉がある。不思議なことに青く見える水で、深い場所は濃紺に見える。


「自分を封印ってどういう事?」


 一緒に覗き込んでいたヴァンちゃんがセイさんの顔を見上げる。


「俺達がずっと戦ってきた事は知っているだろう?」

「はい。千年以上だって聞いています」

「ああ。俺は正直なところ心底疲れていた。心が壊れそうな程に――」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 また生まれてしまったか……。もうそろそろ解放されたいと望むのは間違っているのだろうか?


 ……おかしいな。いつもなら笑顔のシンが俺の顔を覗き込んで迎えてくれる筈なんだが……。仲間の気配を探ってみるが、俺以外には誰も生まれていないようだ。それに、俺も何故か赤子ではなく、前回亡くなった時の姿だった。


 青年のままだなんて、まるでシンのようだ。どうやら今回はイレギュラーだらけのようだな。


 いつもなら、シンが俺を育ててくれる。シンはリセットがあっても眠るだけなので姿が変わらないからだ。


 俺が生まれ落ちた場所は深い森の中で青い泉があった。生まれたばかりだというのに体は重く、心も疲れ切っていた。シロツメクサで覆われている地面に腰を下ろして深く息を吐く。すると、フラッシュバックのようにカハルが亡くなる場面が次から次へと頭に浮かぶ。まるで千年分全てを見せつけるかのように――。


「……止めろ、止めてくれ……これ以上見たくない……頼む、止めてくれ!」


 頭を抱えて懇願すると、ようやく記憶の噴出が止まる。額の冷や汗を拭い、仰向けに寝転がると腕で目を覆う。


 カハルはいつも苦しまずに亡くなっている。ペルソナはいつも一瞬で命を奪うからだ。でも、生気が抜けてカクリと崩れ落ちるカハルは何度見ても気が狂いそうになる。俺の大事な、かけがえのない妹だ。


 泣くまいと目を閉じていたら、いつの間にか夜になっていた。どうやら眠ってしまっていたようだ。


 月明かりが差し込む森を当てもなく歩く。後ろに魔物の気配があったが、俺に気付くと急いで走り去って行く。どうやら、この森には弱い魔物しか居ないようだ。


 逃げてくれるなら命を奪わずに済む。出来る事なら俺は魔物の命も奪いたくない。ほとんどの魔物はただ静かに生きたいと願っているだけなのだから。


 ここは人里からも大分離れているのか、魔物と動物の気配しかしない。一通り見て回り、霧も深くなってきたので泉に戻る。静かで安全な場所だから、当分はここで過ごそう。



 俺が生まれたのだから、近いうちにシンも眠りから覚めるだろうと思っていたが、一向に気配を感じない。一体どうなっているんだ? 何か大事なことを忘れている気がする……。


 一日考えても何が引っ掛かっているのか思い出せず、真っ赤に染まった紅葉のような色の夕焼けを眺めていると、また一気に記憶が頭の中で暴れ始める。


 そうだ、こんな色の空だった。空の青さを喰らい尽くしていく赤と、オレンジと黒が混ざり合ったような雲。前回のペルソナとの戦いの記憶――。


◆ ◆ ◆ ◆


 シンの行方が戦いの途中で分からなくなった。どこを探っても気配が無い。もしかしてと思うが、神が死ぬのかは息子の俺にも分からない。


 一緒に戦っていた人間達の間には、裏切り、逃亡、死亡と様々な憶測が飛び交う。だが、付き合いが深い者達は否定も肯定もしなかった。シンがそんな事をする筈がないという気持ちがあっても、否定するだけの材料が無いのだ。


 疑心暗鬼になっている者達に、シンはカハルや仲間を見捨てる男ではないと俺が言っても、「信じられるか、証拠を見せろ!」で終わってしまう。


 真っ先に激しく抗議すると思ったカハルは沈黙を保ち、庇う事もしなかった。その為、俺がいくら違うと言っても、シンは裏切り者と見なされてしまった。人間にとっては、創造主の言葉と俺の言葉では重さが違うらしい。


 あまりにも無関心なカハルに真意を問う。


「カハル、なぜ何も言わないんだ? なぜ抗議しない?」

「? 何に?」

「……カハル?」


 まるで、シンが初めから存在しないかのような態度に酷い違和感を覚える。シンが居なくなってしまった事で心が壊れかけているのか? だが、何かがおかしいと感じる。何だ? 何が引っ掛かっているんだ?


 その後も何度かシンについて話してみたが、誰の事を話しているのだろうという顔で俺を見る。心配になってフォレストに相談してみる。


「カハルがシンを分からないようなんだ」


「分からない? ……もしかすると精神的ショックが酷くて、一時的にシンを忘れてしまっている可能性があるよ」


「治るのか?」


「それは何とも言えないよ。いま言ったことも可能性の一つに過ぎないしね。ごめんね、力になれなくて。僕も注意してカハルを見るようにするからね」


「いや、そういう事もあると分かっただけで良かった。もうすぐペルソナと戦うから、この状態のままの方がいいかもしれない。カハルが大きく動揺すると勝てる可能性が無くなるからな」


 フォレストが抱え込み過ぎないようにと俺の背を撫でてくれる。その優しい手に昔から随分と世話になっている。いつも悲しい気持ちや、やるせなさを軽くしてくれる魔法のような手だ。


「悩み過ぎないようにね。セイの真面目さは良い所だけど、たまにはヒョウキくらい能天気になってもいいんだよ?」


「それは難しいな。俺はカハルに溜息を吐かれたくない」


「ふふふ、セイが能天気になったら、カハルが血相を変えて僕の所に連れて来そうだよね」


「ははは、そうに違いない。正気を疑われるな」


 俺が笑ったことで安心したのか、今日も頑張っておいでと送り出してくれた。



 シンという戦力が居なくなったのが、戦の終局に近かったのがせめてもの救いだ。順調にとは言えないが、何とかペルソナまで辿り着くことが出来た。


「明日が決戦だな。カハル、体は大丈夫か?」

「うん。これで終わりにしたいね……」

「ああ。戦はもううんざりだ」


 わざと眉を寄せて左の口角をぐいっと上げると、クスクスと笑ってくれる。


「ふふふ、凄く嫌そうな顔。セイの綺麗なお顔が台無しだよ」


 そう言って俺の頬を撫でてくれる細い指。こんな手で剣を握って先頭で戦い続けているのか……。


「カハル、もし戦が終わったら何をしたい?」


「んー……。セイと……あれ? 何て言おうとしたんだろう? うーん、思い出せないや。えっと、ごめんね。セイと一緒に太陽の下で草原に寝転がってお昼寝したいな」


「……そうか。俺もやってみたい」


 きっと出て来なかった言葉は『シン』に違いない。ちゃんとカハルの奥底にシンは居るのだろう。



 そして、最終決戦の日。空も戦の炎で燃えているのかと思うほどに赤い夕焼けの中、カハルとペルソナの一騎打ちが始まる。どうか、今度こそカハルが最後まで立っていますように……。


 俺も精一杯の力で幹部と戦い、二人の邪魔をさせないようにする。ちょうど幹部を氷の刃で倒した所で、剣がカランと落ちる音が聞こえた。慌てて振り向くと、予想通りカハルの物だ。


「カハル!」


 移動の魔法で助けに行こうとするが、ペルソナの結界が俺を阻む。どれだけ俺が力の限りの斬撃を浴びせてもびくともしない。そうこうしている内に、ペルソナがカハルの魂を切り離してしまった。くそっ、また俺は何も出来ないのか!


 カハルが崩れ落ちる瞬間、その体と重なるようにシンが見えた気がした。いや、まさかな……。ペルソナがそれを許すとは思えない。


 だが、その思考もすぐに霧散する。俺は生気の失せたカハルの顔を目に焼き付けながら、リセットに呑み込まれた。


◆ ◆ ◆ ◆


 そこまで思い出した所で乾いた笑いを漏らす。どれだけ大事なことを忘れているんだ……。シンは居なくなってしまったじゃないか。俺を迎えてくれる筈が無いのだ。


 途方に暮れて膝に顔を埋めて座り込む。俺は何年生きても幼い子供のようだなと自嘲する。シンが居ない生活なんて今まで一度も無かった。何回生まれようが、最初に俺を笑顔で迎えてくれるのはシンだ。毎回慈しんで育ててくれた。不器用な俺に溢れる程の愛情をくれた。


 ずっとそれが続くと思っていた。……でも、絶対なんて無いのだと突きつけられてしまった。俺は酷い疲労感と喪失感に立ち上がる気力もなく、ただ(うずくま)っていた。


鏡の魔物と戦っていた時に、カハルが「兄のセイは事情があって今は会えないの」と言っている場面がありますが(第一章、25話『ダダ漏れ』)、今話はその事情をセイが語っています。

セイのへたれっぷりが明らかになってしまった……。でも、ニコちゃん達が言っていたように、そのままでいいんです。繊細で家族が大好きなお兄さんでいればいいんです。その部分がなくなったら、セイじゃなくなってしまいますから。欠点ではなく個性なんです。


次話は、セイからダークの視点に変わって事情が語られていきます。


お読み頂きありがとうございました。

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