0311.『世界』はどんな方ですか?
「札をあげるのでもいいんだけど、ニコちゃんて魔法具を手足に付けているでしょ?」
「はい。僕達は軽いので攻撃力が増すように付けています。それと、手足にウェイトも付けているんですよ」
常に両手足に一キロずつ付けている。ヴァンちゃんに至っては更にウェイトを増やしていた。それでも僕達はムキムキにはならない不思議。狼族や虎族のムキムキの手足が羨ましい……。
「その魔法具を改造してあげようか? 魔石を増やすだけならすぐ終わるよ」
「「是非」」
あれ? 声が増えた。いつの間にかキラキラお目目のヴァンちゃんが後ろに居た。いそいそと左腕の魔法具を外してシン様に手渡している。
「どれどれ……。これいいやつだね~、高かったでしょう?」
「ん。せっせと貯金して買った」
僕もお金を溜めて同じものを買った。いやー、目玉が飛び出るほど高かった。総額百万圓である。
いつも武器や防具を特注で作って貰っているお店で買った、素晴らしい一品なのだ。
「手甲と脚絆なんてほんと忍者っぽいね。うわぁ、本当に凄く良いやつだ。これ、フルクスのたてがみを編んだやつだよね?」
「そう。布みたいに柔らかいのに防御力が高い。刃物でも切れないし、弱い魔法なら弾ける」
フルクスとは普通の馬の二倍程の大きさがある黒い馬の魔獣である。そのたてがみは魔法の馴染みが良く、強力な魔法を込める事が出来る。魔法具にするには最適で、防御力がべらぼうに高い事でも有名だ。
僕達は体が小さいからこのお値段で済んだけど、魔法は別の人に込めて貰ったので別途料金が掛かった。貯金通帳の残額を見て泣きそうになったのは、言うまでもない。
「魔石をと思ったけど、これなら札か魔法をかけた方がいいかな。どういう効果が欲しいの? 更に重い一撃になるようにする?」
「俺は相手の重い攻撃を弾きたい。後、速く走りたい」
「ニコちゃんは?」
「僕は投げる力やスピードが欲しいです」
「じゃあ、二人が帰ってくるまでに僕が札を作っといてあげるよ。ヴァンちゃん、外してくれたのにごめんね」
「全然平気。凄く楽しみ」
ギュッと抱き付いて感謝を伝えている間に、クマちゃん達の出発の準備が整ったようだ。
「それじゃあ行ってきまキュ」
「いってらっしゃい」
皆で手を振って見送る。ビャッコちゃんはお花と一緒に荷台に乗り込み、クマちゃんとドラちゃんは仲良く鞍に乗っている。
空中に丸い穴が開くと、フェイさんが体と荷台をふんわりと浮かせて入って行く。荷台まで綺麗に入ると穴が急速に閉じて、いつもの景色が戻って来た。
「今のが異次元なんですか?」
「そうだよ。いつも一瞬で着いちゃうからよく見た事がなかったよね。僕が開けてあげるから、落ちないように気を付けて見るんだよ」
怖いのでシン様の足にしがみ付きながら穴を覗く。赤寄りのピンクで所々に白い筋も見える。空間全体に透明感があり、ピンクの薔薇の花びらの滴がポトリと落ちて出来た様な空間だ。そう、確かこれによく似た宝石があったはず。うーん、何だっけ……あれだ、あれ。
「ロ……ロ……ローダ?」
ヴァンちゃんが不思議そうに僕を見る。誰か『ロ』の続きをプリーズ!
「ロードクロサイトって言いたいのかな? この世界では『薔薇の女王』って呼ばれる事が多いよね」
「そう、それです! 宝石の中に入り込んだら、こうやって見えそうな感じですよね」
「ふふっ、入ってみる?」
「えっ⁉ 落ちたら大変ですよ!」
「普通に移動できるよ。でも、この辺は何もないガラーンとした空間があるだけだけど」
「え、遠慮します……」
ヴァンちゃんと共に、シン様の足へ一体化する勢いで抱き付く。こんな空間に落ちてポツリと残されるなんて考えたくもない。
「そこまで怯えなくても大丈夫だよ。もし、落ちちゃったとしても僕が必ず見つけ出してあげるから。ね?」
宥められつつご飯を食べる事になった。隣で食べているセイさんに質問してみよう。
「いつもあの空間に入って移動しているんですか?」
「ああ。まずは穴を開けてあの空間に入る。次に、ここへ行きたいと願えば空間内を一瞬で移動できる。そして、穴を開けて出る。移動の魔法は異次元へ穴を開ける魔法だと思えばいい。最も重要なのはしっかりとイメージや願いを頭に浮かべることだ。失敗すると全く違う場所に出てしまうからな」
異次元へ穴を開けるには強い魔力が必要なのだろう。僕がどう足掻いても出来るようになるとは思えない。それに一人でなんて怖すぎる。
「誰かとすれ違ったりする?」
「滅多にある事ではないが、異次元に住んでいる者達がいるからな」
質問したヴァンちゃんの頬にくっついたお米粒を取ってあげながら、セイさんが衝撃発言をする。
「住んでるぅ⁉ シン様のお家みたいな感じですか?」
「そうそう。でも、僕の家がある所は許可した人しか入れないから、誰かと遭遇する事は無いよ」
異次元すらシン様の支配下という事か。ん? 待てよ。
「シン様が異次元を作ったんですか?」
「ううん、異次元は『世界』なんだよ。んー、何て言えばいいかな……。カットされた果物を閉じ込めたゼリーみたいな感じかな。果物がイザルトや僕の家で、その周囲に満ちているゼリーが『世界』なんだよ。『世界』はあらゆる空間や時間を内包している。異次元は『世界』の体の一部……ええと、そうだな、体内に居ると思ってくれればいいかな」
「えっ⁉ 僕達はお腹の中にいるんですか⁉」
思わずキョロキョロと周りを見回す。溶けちゃったらどうしよう⁉
「いや、溶けたりはしない。落ち着け」
両手を頬に当てて「嫌だ~」と首を振っていたら、セイさんが頭をポフポフと優しく叩いてくれる。
ヴァンちゃんは慌てる事無く、シン様の言葉をしっかりと消化してから口を開く。
「『世界』って生き物?」
「生き物と言うか、エネルギー……うーん、意識体と思って貰えばいいかな。白ちゃん達はイザルトの外側がどうなっているか考えた事はある?」
「外側ですか? ……外側?」
頭が混乱する。お空とか海の先って事?
「イザルトの他にも世界は沢山あるんだよ。非常に発達した技術を持った世界がすぐ隣にあったり、カハルの本体が住む日本がある世界もある。そして、例えばニコちゃんがイチゴとバナナをどちらか選んでねと言われたとするよね。そして、イチゴを選んだとしよう。でもね、バナナを選んだニコちゃんが居る世界もある。並行世界というやつだね」
余計にチンプンカンプンだ。僕がいっぱい居るの?
「この世界は一つに見えてそうじゃない。数え切れない世界がある中で、最も進化する可能性がある並行世界の一つを残していく。『世界』とはそういう存在。進化をただひたすら求め、課すものと言えばいいかな」
駄目だ、難しすぎて僕の脳は許容量オーバーだ。ヴァンちゃんを見ると沢庵をポリポリ齧りながら、虚空を見つめて考えている。
「……俺が皆に会えない世界もあったっていう事?」
「そうだね。でも、会えた世界が残っている。僕達が出会う事が最も進化する正しい道だったという事だね」
「ん、ならいい。沢山の俺が良い選択した」
「ヴァンちゃん、もしかして理解できたの⁉ 僕は全然分からないよ……」
どうやって説明しようかと考え込んでいたヴァンちゃんが、頭がまとまったのか人差し指をぴっと立てて話し始める。
「まず、その一。イザルトの外にも世界がいくつもある。例えば、カハルちゃんの住む日本。他にもお空を飛べちゃう人間がいる世界とか、虎さんばっかりの世界とかもあるかもしれない。ここまでは分かる?」
「うん、分かるよ。イザルトの周りにも空間があるっていう事だよね。それで、イザルトみたいに大陸があって住んでいるって事でしょう」
「うむ。では、その二。何かを選択するたびに世界も自分も増える。これが分からない?」
「うん。だって僕は一人しか居ないよ。腕を掴んで引っ張っても分裂したりしないよ」
「確かに此処には一人。でも、俺達には見えないどこかに『もしもの国』が出来ると考えるといい。例えば異次元の中とか」
『もしもの国』か。シン様がイチゴだバナナだって言っていたよね。
「記録用水晶の映像をコピーするのと一緒。元になる一枚があって、選択肢が現れるのと同時に世界がその数だけコピーされる。でも、中にいるニコは選択肢によって違いがある。イチゴを手にしたニコ、バナナを手にしたニコ、ブドウを手にしたニコというように。それぞれの世界に居るニコは、さっき言っていたように自分は一人しか居ないと考えている。並行世界があるなんて知らない」
何かちょっとずつ分かって来たかも。ここに居る僕は沢山作られた並行世界のうちの一人って事だよね。言わば、仮のニコなのだ。今も違う行動をしている僕が『もしもの国』に居るという事だ。
「でも、並行世界は存在し続ける訳じゃない。最も進化する可能性があるニコを『世界』が選び、一人のニコしか居ない状態に戻す。それが本物であり元になるニコ。そして、選択肢が出る度に、それが繰り返される」
「――うん、分かったかも。『世界』は全ての可能性を並行世界で試しているって事だよね。より良い進化の為に」
「そう。今の場合だと『分かったニコ』が居る世界と『分からないニコ』の居る世界の二つが出来ている。そして、この後に『世界』がどちらのニコを残すか決める」
ふむふむ、納得だ。でも待てよ、大事なことを確認せねば。
「シン様、僕って毎日何回も死んでいるって事ですか?」
「夢のような物だと思えばいいよ。夢でニコちゃんが大金を手にしようが、亡くなってしまおうが、現実には反映されないのと一緒だよ」
おぅ、悲しい例えだ。夢からお金を持って来られないものか……。って、違う違う、思考が逸れた。
「シン様も並行世界にいっぱい居るんですか? 神様が凄い数になりますよね」
「ううん。僕は常に一人だよ。僕は『世界』の影響を受けないからね」
ん? 何かが頭に閃いて消えた。掴もうと必死になっていると、ヴァンちゃんが代わりに言ってくれた。
「要するにシン様が居れば大正解の世界という事?」
「そうだね。でも、僕が気に入った世界なら、『世界』が消そうとしても阻止すると思うけどね。その世界で僕は好き勝手に生きさせて貰うよ」
おっと、問題発言だ。じゃあ、僕が今いる世界は正解じゃないのだろうか?
「ふふふ、大丈夫だよ。今の所は実行した事が無いから」
僕の様子に気付いたシン様が楽しそうに笑っている。今の発言を聞く限り、神様の力は『世界』と同等かそれ以上という事になるよね。神様の能力を聞いてみたいけど、流石に答えてはくれないだろうなぁ。よし、それなら『世界』の事を聞いちゃえ。
「『世界』はどんな方ですか? 背はシン様みたいに高いですか?」
「『世界』は形が無いんだよ。とても大きい意識体で器に収める事なんて出来ないんだよ」
「ほへ~。そんな方とどうやってお話するんですか?」
「『世界』と繋がれる場所があってね。あいつは大体、そこに行けば会えるよ」
「僕も会ってみたいです!」
「俺も」
「う~ん……。あの場所は普通の子達が行くと危険なんだよね。高濃度の魔力は毒になるし、『世界』の力に触れた影響で魂が抜けかねないし……」
怖っ! え、下手したら目が覚めない状態になっちゃうって事でしょ⁉
「「や、止めます」」
「うん、それがいいよ。あいつに会っても楽しくないしね」
『世界』も突っ込んで聞かない方が良い相手だった……。好奇心は猫を、いやニコを殺すなのだ。
その後は、僕もヴァンちゃんも教えて貰った事を頭の中で整理していたので、黙々とご飯を食べた。
「邪魔するぞ。そろそろ行くか?」
ダーク様がアケビちゃんの腕を抱えて、肉球をブニブニと押しながら入って来る。ダーク様、アケビちゃん好きですね~。
「ああ、そうだな。……ダーク、アケビが困っているから止めてやれ」
「ん? ああ、すまん。すっかり夢中になっていた」
ホッとした様子のアケビちゃんがカハルちゃんの寝顔を見に行っている。アケビちゃんてカハルちゃんが大好きなのに、起きている時はあまり近付かないんだよね。細いから触ったら折れちゃうとでも思っているのかもしれない。
「ガーウー」
可愛いとアケビちゃんが呟いた所で、カハルちゃんの目がパチッと開く。
「ふーにゅー……。んー……。ん? アケビちゃんだ」
眠気を何とか振り切ったカハルちゃんが気付くと、そそくさと離れている。
「アケビちゃん、抱っこしてみない?」
シン様がカハルちゃんを差し出すと、オロオロした後に腕を差し出す。
「ガーウ」
大事そうに胸に抱え込んでいる姿は、とても様になっている。カハルちゃんは非常に居心地が良いのか、胸元のモフモフの毛に埋もれて満面の笑みだ。
「モモにも見習って欲しいよね。凄く抱っこが上手だよ」
「ふふふ、凄い安心感だよ。安定感抜群なの」
モフモフを堪能して元気が出たのか、非常に明るい表情になっている。
「カハルも元気になったようだから行くか」
「うん。アケビちゃん、ありがとう」
名残惜しそうにアケビちゃんがダーク様に渡す。
「確かに預かった。傷一つ付けずに帰す事を誓おう」
「ガウ!」
任せたという感じで頷くと森に戻って行く。きっと、寂しくないようにウサギさんか狐さんを小脇に抱えて過ごすのだろう。
お小遣いの少ない二人ですが、武器や防具にはお金を惜しみません。護衛仕事が多くて命がかかっていますからね。
仮のニコちゃんがどの果物を選んだとしても、「んー! おいしいっ」だと思います。『世界』はどうやって選ぶんでしょうね? この子はどれでもいいっかとか思ってたりして(笑)。全部のニコちゃんが最高の進化を遂げそうです。
次話は、セイの思い出の地へ行きます。
お読み頂きありがとうございました。
 




