0029.軽減の札
僕をニコニコしながら見ていたカハルちゃんがスプーンを手にする。すると、ダーク様がすぐに取り上げてしまった。
「ええっ⁉」と驚く僕達に構わず、奪ったスプーンにシチューを掬い、息を吹きかけて冷ますと、カハルちゃんの口に運ぶ。カハルちゃんが「はむっ」と食べた所でダーク様が説明してくれる。
「さっきカハルは意識が長く保てないと話しただろう? こんな熱い物を食べている途中で気を失ったら大火傷だ。それに、喉に詰まらせる可能性も高い。だから、この様に付きっ切りで食べさせる必要がある。意地悪をした訳じゃないぞ」
成程と頷いて、皆が安堵して食事を再開するのを見ながら考える。何でも出来る凄い子なんだと思っていたけど、それらは沢山の犠牲と引き換えにやっと手に入れてきた物なのかもしれない。
僕の手が止まっている事に気付いたヴァンちゃんが首を傾げている。おっと、心配させちゃったかな。何か話題、話題……。あっ、そうだ!
「ヴァンちゃん、魔物に吹き飛ばされた時、どうやって助かったの?」
「あぁ、カハルちゃんが移動の魔法で来て受け止めてくれた。その後、一緒に魔物の残党を倒しながらニコ達の方に行こうとしていたら崩落が起きてな。その時も結界で助けて貰った」
「そうだったんだ……。あの時は、生きた心地がしなかったよ。ヴァンちゃんが無事で本当に良かった。――カハルちゃん、ヴァンちゃんを助けて下さって、本当にありがとうございます」
僕が頭を下げると、ヴァンちゃんも合わせて頭を下げる。カハルちゃんが慌てて声を掛けてくれる。
「二人共、頭を上げて。感謝をするのは私の方だよ。鏡の魔物が復活しないように儀式をしてくれてありがとう。それと、危険な事に巻き込んじゃってごめんね」
僕達が口を開こうとした所をダーク様が遮る。
「感謝と謝罪合戦になるからそこまで。食事が終わったら交替で鏡を見張ってくれ。こっち側に座っている者から先に休憩に入れ。俺は暫く指揮をしなきゃならないから抜けるぞ。全員いいな? フェイ、すまんがカハルを預かってくれ」
僕達が頷くとダーク様は早々に席を立ち、また眠ってしまったカハルちゃんをフェイさんに渡すと、指示を仰ぎに来た人と共に足早に去って行った。残された僕達は暫く食事に専念した後、ダーク様の指示に従う。
休憩組は一斉にフェイさんとカハルちゃんの元に向かう。僕も急がなきゃ。
「あの、お話させて頂いてもいいですか?」
「はい、構いませんよ。ですが、休憩時間が限られているようですから、私に乗りながらお話するというのはどうでしょう?」
「えっ⁉ は、はいっ、お願いします!」
上ずった声で返事をする仲間の後ろで僕もワクワクと順番を待つ。僕は一回乗せて貰っているから一番最後かなと考えていると、フェイさんと目が合う。
「すみませんが主様を少し預かって貰えますか?」
僕は頷くと、カハルちゃんをおんぶする為に背中を向ける。腕が首に回されても重くならない。訝しく思ってフェイさんに声を掛ける。
「もう支えなくても大丈夫ですよ」
「既に手は放していますよ」
「重くないですよ?」
「あぁ、軽減の札を持っているからですよ」
「えっ⁉ それって物凄く高価な札じゃ……」
仲間の一人が驚いて声を上げるが僕はピンと来ず、カハルちゃんにしっかりと手を回すとフェイさんに向き直る。
温もりがなければ居ないと錯覚しそうな程に軽い。僕もお札が欲しいなぁ。幾らするんだろう? 僕でも買えるかな? さっき驚いていた子に聞いてみよう。
「お札って幾らするの?」
「俺が聞いたのは使用回数の制限があって一千万だった」
「一千万⁉ もうちょっと頑張ったらお家が建つよ……」
「何でそんなに高いんだ?」
ヴァンちゃんがモップで床掃除をしながら不思議そうに聞く。
「失われた魔法なんだってさ。現存しているのは大昔に作られたのが奇跡的に発見された物だから高価らしいよ」
「へぇ、カハルちゃんなら作れそうだな」
「はい、主様は自身で作成された札をお持ちです」
ヴァンちゃんが呟いた言葉にフェイさんが答える。
えっ、作れるの? 僕達が戸惑って顔を見合わせている中、ヴァンちゃんだけはウンウンと頷きながら、掃除を終らせて離れて行く。流石だ……。
「どうもすみません」
「いえいえ、こちらこそ」
「いえ、私が……」
と、止め時が難しいですね。ニコちゃんとカハルの組み合わせだとエンドレスです。
便利なお札ですが、庶民には手が届きません。しかも、回数制限……。
次話はファンタジーらしく、ドラゴンがデーンと出て来ます。
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