0293.嵌った
噴水広場を抜け、住宅街へと向かう大きな道を進む。そして、あまり歩くことなく、『レネット』というお店に辿り着く。
ダーク様が丸いドアノッカーを鳴らすと、若い男の人が出て来た。
「――いらっしゃいませ。あれ、ダーク様? え、子供?」
「邪魔するぞ」
カハルちゃんを抱っこしたダーク様にびっくりしつつも、扉を大きく開いてくれる。その足元をトコトコ歩いていると前から声を掛けられる。
「いらっしゃいウチャ」
ウ、ウサギさんが喋ったー! しかも、色が凄い。ショッキングピンクだ。完全に見付けられる気満々だ。生物としてこれはいいのか⁉
「ニコ、落ち着く。口からみんな出てる」
「にゃ⁉ にゃんですとーーー!」
全員、苦しそうに笑っているけど、ウサギさんは怒っていないのだろうか?
「ウチャチャチャ! 正直者ウチャ。気に入ったウチャ。座るウチャ」
三十センチくらいのウサギさんが、爆笑した後にマシンガントークで椅子を勧めてくれたので、大人しく座る。
「君、凄いね。ヴィーが誰かを気に入るなんて滅多に無いんだよ」
「そうなんですか? あの、怒っていないんですか?」
「ウチャは正直者が好きウチャ。買いに来てくれたウチャ? それともオーダーメイドにするウチャか?」
「え、えっと……」
「俺の宝飾品を直して欲しい」
な~に~⁉ という感じで険しい顔のヴィーちゃんが振り向く。
「すぐに見せるウチャ! まったく、けしからんウチャ!」
「悪かった。報酬に色を付けるから許せ」
「お金はありがたく頂くウチャ。でも、大事に扱わない人には鉄拳ウチャ」
「待って、ウサギさん。魔物に攻撃されて壊れちゃったの。許してあげて?」
「そうなのウチャ? ダーク様、そういう事は早く言うウチャ。理由があるなら怒らないウチャ」
下ろして貰ったカハルちゃんを見たヴィーちゃんが、手を取ってじっと見ている。
「きっと、あれが似合うウチャ!」
ダーク様そっちのけで、まっしぐらに棚に向かって行く姿に苦笑したお兄さんが、代わりに宝石を丁寧に受け取っている。
ヴィーちゃんは、ふっくらめのウサギさんなので、あちこちにつかえている。生物としてという言葉が出掛かるのをゴクッと飲み込む。肉食獣に狙われる生活じゃないからいいんだ! 僕は可愛いと思うので問題なし!
「これ嵌めてみてウチャ。お嬢ちゃんには、この赤い石の指輪がとっても似合う筈ウチャ」
どうしよう? と見上げられたダーク様が膝を付いて指輪を受け取る。
「金と赤で可愛いのではないか? ヴィー、これはどの指だ?」
「中指がピッタリだと思うウチャ」
「俺が嵌めてやろう」
ダーク様がそっと右手の中指に嵌めてあげている。ちょっと力を入れたらポッキリいきそうな細い指なので、物凄く慎重だ。
「――よし。うん、ピッタリだな」
「そうウチャ。ウチャの目は確かウチャ」
しばらく、じーっと見惚れていたカハルちゃんが見せに来てくれた。
「見て見て、綺麗な宝石だよ。私、初めて指輪したよ」
「え、初めてなんですか?」
「うん。お店に行ったことが数える程しかないし、剣を握る時に当たるでしょ。だから、買った事がないんだよ」
カハルちゃんにとって当たり前の事実に胸が痛む。ずっと戦いに身を置いていて休息もほとんど無かったのだろう。
「剣ウチャ? じゃあ、鎖もあげるウチャ。そしたら邪魔にならないと思うウチャよ」
「え? 指輪をくれるの?」
「お安いやつだから気にしないウチャ。君達にもあげるウチャ。どうしても気になるなら、ダーク様にお金を請求するウチャ」
またもや、つかえながらゴソゴソと探している。お尻がプリティー。
「いいのかな、ダーク?」
「貰っておけ。よく似合っているぞ。それに、宝飾品なら俺がいくらでも買ってやる」
はにかみながらカハルちゃんが頷いている。本当はとても気に入ったのだろう。
「あったウチャ! ――ふぬぬぬっ、抜けないウチャ! ヘルプ!」
とうとう棚と重たそうな工具箱の間に嵌ってしまったようだ。ヴァンちゃんと一緒に手を引っ張る。やはり、原因はあのプリティーなお尻か!
「あ~あ~、そんな狭い所に入るから。二人共、ちょっといいかな? コツがあってね」
場所を譲ると、代わりにお兄さんが手を引っ張りながら声を掛ける。
「はいっ! お腹を凹ませてお尻に力を入れる!」
「フンッ!」
力を入れた途端、スポーンと抜けたので、「おぉー」とパチパチ拍手する。
「ありがとウチャ。お騒がせしたウチャ。あーっ! 嵌ったのに気を取られて置いてきちゃったウチャ! ぐぬぬ、もう一回ウチャ~」
「また嵌るよ。僕が取るから、どれか教えて」
取って貰ったヴィーちゃんが、銀色の物を手に走ってくる。
「こっちが、えーと、名前聞いていなかったウチャ」
「遅くなってすみません。僕はニコです」
「俺はヴァンです」
「じゃあ、僕も自己紹介ね。僕はここの店主をしているギンです。よろしくね」
手を差し出してくれたので握手すると感激された。
「わぁ、フワフワだね~。君は何ていう種族なの?」
「白族です」
「うーん……。ヴィー、知ってる?」
「当たり前ウチャ。有名なエリート集団ウチャよ。獣族で白族を知らない人なんて居ないウチャ」
「そんなに有名なの? ごめんね、僕は世間の事に疎くて」
「本当ウチャ。ダーク様ぐらい、強かに生きて欲しいウチャ」
何だかヴィーちゃんの方がお兄さんみたいだ。悪い奴が来たら、後ろ足キックで追い出していそうだな。
新たなモフモフは、生物として大丈夫なのか⁉ とニコちゃんに心配されるウサギさんでした。
丸々としてますが、ショッキングピンクなので食欲を誘いません(笑)。
ウチャならいける! と思っていますが、いけません(笑)。しょっちゅう狭い所に入って嵌っています。
次話は、意外とよく見ているヒョウキです。
お読み頂きありがとうございました。




