0279.癒しの儀式
小さな水の流れを時々跨いで進んで行くと、自分が思い違いをしている事に気付いた。他の木は小さくて細いような気がしていたが、別の森にあったら十分に巨木だ。その下には姿勢よく狼さんが座り、こちらに頭を下げてくれる。
ぺこぺこと頭を下げ返し、失礼にならないように見つめるのを堪える。本当は近くに行ってまじまじと見たい。だって、毛がふんわりと発光しているのだ。毛並みも凄くいいから撫でたくてしょうがない。内心でジタバタしていると、フォレスト様に笑われてしまった。
「戦いが終わったら触らして貰おうね」
ば、ばれてる……。自分で気付かぬうちに挙動不審になっていたのだろうか?
「ふふふ。ほら、見てごらん。ヴァンちゃんも手をワキワキとさせているでしょう。それに二人共、目がキラキラしているからね」
素直だねぇと感心されてしまった。褒められたんだから気にするのは止めようと思っていると、ユキシロさんが泉の前で止まる。
『泉の中央にある石像に封印されています。破壊しますか?』
「うん、お願いね。ニコちゃんとヴァンちゃんは結界の中に居てね。この小川を境に張ってあるから」
僕達が駆け込んだのを確認して、ユキシロさんが眼前に作り上げた太い氷柱の魔法を放つ。ピシピシと石像が凍り砕け散る。
「グオォォーーー……」
くぐもった声が辺りに響き渡る。土で出来た十メートル程の巨大な人形が泉の水を溢れさせながら、こちらに進んで来る。力は強そうだけど動きは見た目通りに遅いようだ。
ユキシロさんが手を避けながら魔物の体を駆け上がり、左肩の関節部分に噛み付くと、周辺が真っ白な氷に覆われ、腕を上げられないようにしてしまった。右手に捕まる前に身軽く地面に着地すると、その後を引き継ぐようにフォレスト様が手の平を向ける。すると、地面から一斉に蔦が飛び出し手足に絡まっていく。もがく人形が引き千切っても際限なく蔦が伸びて来る。
「カハル、最後はお願いね」
「了解!」
後ろで火の玉を作っていたカハルちゃんが投げると、人形があっという間に火だるまになる。カハルちゃんの小さな手のひらに収まるくらいの大きさだったのに凄い火力だ。周囲に燃え移ってしまわないかと心配になったが、足元の草さえ燃える気配がない。
「結界かな?」
「たぶん。あの綺麗な木が燃えたら大変」
安心して見守っていると、ボロボロと黒く崩れて灰になり消えてしまった。
「あっけなかったね」
「うむ。弱い魔物が残っているのかも」
「もう出て来ていいよ」
カハルちゃんに手招きされて巨木に近付く。間近に来ると本当に大きくて圧倒される。大きい物ってそれだけでパワーがあるよね。見上げていると首が痛い……。
「今から回復させるから、白ちゃん達は森を見て回ってていいよ」
「はーい。ヴァンちゃん、行こう」
「うむ。ナデナデ?」
「レッツ、ナデナデ!」
近くに居る狼さんに走り寄る。はぁ、本当に綺麗な毛並みだな。僕達の白さとはまた違うよね。
「あのー、僕はニコと言います。触らして貰ってもいいですか?」
「俺はヴァンです。触らして下さい」
小首を傾げた後に、お座りの状態から伏せの姿勢になってくれる。
「いいですか?」
「クーン」
おお、お許しが出た。そーっと撫でるとフワフワだ。長い毛は柔らかな光を放ち、聖域に住むのに相応しい外見だ。夜に見たら、もっと綺麗だろうなぁ。
「どうやって光っているんですか?」
ヴァンちゃんに問われるとユキシロさんを見る。ん? もしかして、聞いちゃいけない事だったのかな?
「クーン、クーン」
え? 違う? ユキシロさんが僕達を呼んでいるらしい。
『そろそろ、癒しの儀式が始まるから、そなた達も見るといい』
「そうなんですね。ありがとうございます」
ヴァンちゃんと一緒に倒木に座り、泉の向こう側にいるカハルちゃんを見る。フォレスト様は別の木を見て回っていたらしく、遅れて僕達の所へやって来た。
「間に合ったかな?」
「はい、今からですよ」
フォレスト様が隣に座った所でカハルちゃんが歌い始め、体から緑の柱が立ち昇って行く。それに呼応するように、巨木にジッパーのような線が下から上へと走って行く。一番上まで到達すると、カハルちゃんが両腕を上げ、手を蓮の花のような形にする。歌が盛り上がっていくごとに、緑の柱がグングンと高くなり、とうとう巨木と同じ高さに達する。
その瞬間、木がザワリと身震いして葉が大量に舞い散り、ジッパーが大きく開く。そこから、ずるりと崩れたゼリーのように闇の触手が出て来た。あまりの気持ち悪さに、思わずフォレスト様へ抱き付く。
「あれが、この聖域が引き受けていた瘴気だよ。これほど溜めているとは思わなかったな……」
ユキシロさんが「グルルル……」と唸り、闇を睨む。あれはこの世にあっちゃいけないものだと強く感じる。寒気が止まらなくて腕をさすりながら見守る。
カハルちゃんの前までウネウネと触手が溢れ出て来た。立ち昇った光を両手に凝縮させて作ったボールを持ち、地面をトンと蹴って高く飛び上がると、ダンクシュートの様にジッパーで出来た穴に叩き込む。
「消え去れ!」
力強い声が響き渡った途端、闇が白き正常な光に変わりながら爆散した。結界内に強い風と光が巻き起こり、目を腕で覆う。バタバタと揺れていた服が静かになる頃、小さな手に腕をトントンと叩かれる。
人間からすると、この魔物は非常に強いです。
体は固く、武器ではなかなか傷を付けられません。一撃受けたら即死亡するような攻撃力です。
カハル達にかかれば、あっさりでしたね。
念願のナデナデです。二人共、良かったね。
次話は、ユキシロの変化と、毛並みを堪能です。
お読み頂きありがとうございました。




