0270.チーズせんべい
「なーんかさぁ、カハル、落ち込んでねぇ?」
「そうかな? そんな事ないと思うけど」
「うんにゃ、落ち込んでる。カハルは何でも胸に溜め込むだろ。ほら、さっさと俺に吐いちまえ」
カハルちゃんがチラッと戸口に目をやり、困った顔で口を開く。
「ホノオが帰って来ると困るもん」
「ホノオ様ですか? では、他の方に引き止めておいて貰いましょう。――シン様、今はどちらに?」
ミナモ様が通信の鏡で話し始め、笑顔でこちらを向いてくれる。
「カハルさん、お願いしましたから大丈夫ですよ。ホノオ様には火の国のお城へ直接帰って頂く事になりました。その他の方達はすぐに戻って来ますよ」
「はい、ありがとうございます」
カハルちゃんがホッとした所で、ヴァンちゃんが何かを手に部屋に走り込んでくる。
「ただいま戻りました。――カハルちゃん、お土産」
「えっ、あ、ありがとう。これ、なーに?」
まっしぐらにカハルちゃんへ向かい渡したのは、何だか香ばしい匂いがする茶色っぽい物だった。
「チーズせんべい」
「チーズなの? ヴァンちゃん、どこに行って来たの?」
「緑の国。メイドさんがおやつを分けてくれた。一緒に食べる」
緑の国は酪農が盛んな国だったよね。おやつがチーズとは、あの国らしい。ヴァンちゃんが割って差し出してくれたのを仲良く食べる。
「パリパリしてるね」
「はい。トローンとしてないチーズもおいしいですね」
「美味」
「俺にもくれ」
直径二十センチくらいあるので、まだ大分余っている。チラッとヒョウキ様を見たヴァンちゃんが、ちびっと割って渡している。えっ、それだけ? コインぐらいの大きさしかない。
「ヴァン、もうちょっとくれない?」
「駄目。百一人の熊さんとビャッコちゃんにあげる」
確かにそう考えるとあの量に納得だ。
「そっか、それなら無理だな。これ、ありがたく貰うな」
あっさり引いた。こういう時は駄々を捏ねないのだなと妙な感心をしてしまう。
「ただいま。ん? 皆で何を食べてるの?」
「チーズ」
ヴァンちゃんが見せると、シン様が納得した様に頷く。
「それなら家でも簡単に作れるよ。気に入ったなら作ってあげようか?」
「是非。ヒョウキ様、もっとあげる」
「ん? いいのか? あんがとな」
申し訳なく思っていたヴァンちゃんが、大きな欠片を渡している。
「ミナモ様も食べますか?」
「では、少しだけ。――うん、美味しいですね。懐かしいです」
「懐かしいですか? 何度も食べた事があるんですか?」
「はい。魔国で宰相をする前は、緑の国で宰相をしていましたから」
「えーーーっ⁉ ずっと、このお城じゃないんですか? だって、ヒョウキ様と息がぴったりですよ」
「それは嬉しいような嬉しくないような、複雑な気持ちになりますね」
「そこは、『ミナモ、超嬉しい!』って言わないと駄目だろ。なぁ、ヴァン」
ヴァンちゃんは無心でチーズを齧っていて聞いていない。何かの形を作っているようだ。
「えっ、無視なの? ヴァン、俺の事が嫌いなのか? そうなのか⁉」
肩に手を掛けようとしているのを慌てて止める。
「ヒョウキ様、駄目です。無視じゃありません」
「えっ、無視じゃないの?」
「はい。ヴァンちゃんは集中していると周りの音が耳に入らないんです。今も何かの形を作っているので見守ってあげて下さい」
皆が何かの形? とヴァンちゃんの周りを囲み、「船じゃない?」、「帽子じゃないか?」、などと予想しながら結果を待つ。
「お前達、ヴァンを囲んで何をしているんだ?」
訝し気な声を出すダーク様にミナモ様が振り向く。
「ダーク様、お帰りなさいませ。ヴァンちゃんが作品制作中なのですよ」
「作品? 何かを食べているみたいだが……」
ダーク様も近寄ってしげしげと見ている。
「――出来た。うぉっ、囲まれている」
満足気に顔を上げたヴァンちゃんが驚く様子が面白い。ダーク様が早速確認だ。
「ヴァン、これは何だ?」
「チーズ」
「チーズか。それで、何をしていたんだ?」
「アヒルちゃん作った」
チーズが少なくて穴が開いている部分が、アヒルちゃんの目になっているようだ。カハルちゃんに自慢している姿に皆がほっこりしている。
「ヴァンちゃん、器用だね。そのアヒルちゃんはどうするの?」
「こうする。――もぐもぐもぐ」
「あっ!」
何の躊躇いもなく嘴部分から食べる姿に、カハルちゃんが小さく叫んでいる。
「あっさり食べたな」
「そうですね。潔いです」
やっぱり、息ピッタリだ。ミナモ様のさっきの言葉は照れ隠しだったのかもしれない。
「そうだ、ヴァンに夢中ですっかり忘れてた。カハル、話を聞かせてくれるんだろう?」
「……うん。お父さん、セイは?」
「セイにも聞いて欲しい話なの? クマグマちゃんを迎えに行っているから連れて来るね」
すぐさま移動の魔法で消え、セイさんを連れて帰って来る。
「お待たせ、カハル」
頷いたカハルちゃんを抱っこして、シン様が会議室へ向かう。
ミナモの過去にニコちゃんがびっくりです。「ミナモ、超嬉しい」ではなく、「失敗したかな?」と思ってたり? そうじゃないといいですね~。
凄い集中力で作ったアヒルちゃんですが、あっさり食べます。ヴァンちゃんは嘴からいっていますが、動物型の食べ物はどこから食べるべきか作者はいつも悩みます。ひ○こはおしりから? いやいや、顔が残るじゃんとかいう具合に(笑)。結局、全部食べちゃうので意味ないのでしょうけどね~。ついつい。
次話は、火の国のトップについて相談です。
お読み頂きありがとうございました。




