0269.聞きたくて、聞きたくない
「――創造主様、質問をさせて頂いてもよろしいですか? 完治は難しいというのは分かりました。それを抱えたままで、カエン様の……カエン様の寿命を延ばす事は出来ないのでしょうか?」
「……それぞれの人に定められた寿命があり、逆らう事は出来ない。例えば大怪我で死にそうな人が居たとする。その人がまだ生きる運命にあれば、私が何としてでも助ける。でも、そこで命の旅が終わる人なら、辛くても手は出さない。ううん、出せないの。輪廻の輪に戻る事を魂が本当に望んでいたら、私には抗う事が出来ない……」
ギリッと歯を喰いしばって耐えている姿に息を呑む。どれだけ悔しい思いを今までしてきたのかが、ありありと分かってしまった。本当は助けたいのだ。助けたくてしょうがないのだ。でも、許されない事も知っている。
宰相様も胸の中に様々な想いを抱いているのか、手を強く握り合わせている。そして、暫く無言で耐えていた後、何かに気付いたようにこちらを見る。
「もしや……カエン様の魂は、すぐにでも輪廻の輪に戻る事を望んでいるという事ですか⁉」
「……そうだよ。早くあちらに戻りたいと心と魂が叫んでいる。何故なら、彼は疲れ切っているし、とても満足している。そんな相手に出来る事は少ないの。でも、私の勝手な願いを受け入れてくれたから、寿命までは生きようとしてくれると思う。彼が生を望んでくれるなら、私が必ずそこまで繋いでみせる」
強い瞳に射抜かれた宰相様が、何とか唾を飲み込む。怒りに近い程の激しい感情に僕の肌もザワザワしている。
「――分かりました、私が王をお支えします。……後、どのくらい……いえ、何でもありません」
本当は聞きたくて堪らないけれど、恐れの方が大きいのだろう。
「……じゃあ、帰ろうか。ニコちゃんはお仕事の途中だもんね」
「は、はい。失礼致します」
トコトコと歩き出したカハルちゃんと僕の前に、後ろを歩いていた宰相様が回り込んで来た。「おっと」と歩みを止めると、宰相様が片膝を付いてしゃがむ。
「やはり、お聞かせ下さい。王は……カエン様は、後どれだけ生きられるのですか? 五年、いや、十年は生きられるのでしょうか?」
長く生きて欲しいという願いが込められた問いに、カハルちゃんが辛そうに目を閉じ、そっと開く。なんだか泣いてしまいそうに見えて、手をギュッと握る。そんな僕に大丈夫というように笑おうとして失敗すると、諦めたように俯いて「ありがとう」と小さく呟く。
黙して、じっと絨毯を見つめていたカハルちゃんが覚悟を決めたのか、僕の手をギュッと一回強く握ってから、溜息に言葉を隠すようにして宙へ放つ。
「……半年だよ」
「えっ⁉ 聞き間違いですよね? それとも見誤られているのではないですか?」
カハルちゃんの肩を揺さ振ろうとして、その小ささにびっくりして手を引っ込める。
「す、すみません。……本当に、本当に半年なのですか? 王が生きる事を望んでも?」
「はい。望まなかったら、いつ命の終わりが来ても、おかしくない状態でした」
「なっ⁉」
あまりの事に言葉を失い、絨毯に蹲ってしまった。その体をカハルちゃんがそっと抱き締める。癒しの光に包まれた宰相様の頬を涙が伝っていく。
「こんなにも早く……別れが、来るだなんて……思っていなかった。あの人は、私の憧れであり……誇りであり、父のような人だ。私は、私はどうしたら……」
悲痛な声に何も返す事が出来ない。後悔無く人を送り出す方法なんて僕には思い付かない。出来るのは大事に想い、それを日々、伝える事。
「私がお支えしますという言葉は嘘だったの? 昔も今もこれからも、あなたは王と共に進み、道を開くのでしょう? 違う? 王の一番側に居るのはあなたでしょう」
「私が道を開く……側に……」
その言葉で瞳に僅かだが光が灯る。
「そう。そして、何よりも民の為に。彼の望みはあなたが一番良く分かっているでしょう? 叶えてあげて。あれほど深く民を愛している人は、今までの歴史でもなかなか居ないよ」
最後だけちょっと、おどけたように言うカハルちゃん。それに宰相様が涙を拭いながらクスッと笑う。
「……それは訂正して頂かないといけませんね。カエン様が歴史上、一番に決まっています」
「ふふふ。ほら、そんな凄い人に仕えているのに蹲っていちゃ駄目でしょ。バリバリ仕事しないと。あとは、ホノオを飴と鞭でお願いします」
「あんな若造、鞭だけで十分でしょう。本当に甘々なのですよ。怒りが湧いてきます」
ホノオ様を若造呼ばわりだ。この人の中で王はカエン様、ただ一人だ。ホノオ様、この人を味方に出来るのかな?
「えー、あれでも一生懸命頑張る所もあるんだよ。それに、飴がないと効率が物凄い勢いで下がっていくよ。やる気を戻すのに毎回苦労していたんだから。私以外の人が」
「ぶふっ、ははは、流石に付き合いが長いですね。よくお分かりで。全く面倒臭い若造です」
そう言いつつも、今の所は投げだすつもりはないらしい。多分、カエン様の望みがそこにあるからだろう。
「お引き止めして申し訳ありませんでした。ニコちゃんも、すみません」
「いえいえ。僕なんてただ突っ立っていただけですから。宰相様に笑顔が戻れば、全部まるっと大丈夫です!」
「ははは、全部まるっとですか。では、私も今日分の仕事を全部まるっと片付けるとしましょう。魔法道まで一緒に行きましょうか」
カハルちゃんと「いえいえ、お気になさらず」とお断りしても聞いて貰えず、抱っこされて連れて行かれてしまった。少し誰かの温もりが欲しかったのかなと後で思った。
失意の宰相さんです。ですが、彼にしか出来ない事があるというカハルの励ましに奮起します。
ホノオは全然認められていませんね。未だに宰相さんが王と呼ぶのはカエンただ一人です。
次話は、ヴァンちゃんがチーズに夢中です。
お読み頂きありがとうございました。




