0262.ふーふーの達人
「みんな、お帰りキュ。――モキュ? 疲れた顔してるでキュね。何か問題でキュか?」
「あるにはあったが……。まぁ、なるようになるだろう」
「セイしゃんがそう言うなら大丈夫でキュね。シンしゃんは帰って来ないのキュ?」
「そろそろ来るのではないか?」
癒しを求めるセイさんが、クマちゃんの頭を撫でたり肉球を触っている。僕とヴァンちゃんも、そっと自分の手を差し出すと、深い感謝の目を向けられた。好きなだけモフモフするんだよという気持ちを込めて頷いておく。
「――ただいま。あれ、クマちゃんが居る。早く終わったの?」
「違うのキュ。追加のお花を持ちに来たのキュ」
その言葉に応えるように、地下からフェイさんが花を抱えて戻って来る。
「お待たせ致しました。皆様、お帰りなさいませ」
「うん。僕も何か手伝おうか?」
「大丈夫キュ。もうすぐ閉店にするつもりなのキュ」
「そう。じゃあ、おいしいご飯を作って待っているね」
「キュ。にゃんちん達、また後でなのキュ」
ブンブンと手を振り合って別れる。そして、シン様をじっと見る僕達。
「そんな熱烈な視線を受けると照れちゃうな」
「お父さん、誤魔化しちゃ駄目なの。ヒョウキは大丈夫なの?」
「さぁ、どうだろう? 放置して帰って来たからねぇ」
放置……。再びじっと見る僕達。
「冗談だよ。フォレストに見て貰ったけど、一時的な物だから大丈夫だろうって言っていたよ。今の内にいっぱい仕事をして貰ったらっていう提案に、ミナモが喜んでいたよ」
お医者さんがそう言うならいいのかな? 確認しようとセイさんを見上げると肩を竦められた。信じるしかないという事か。
「さてと、ご飯の準備をしないと。皆はお風呂に入っておいで」
ご飯になる頃には、クマちゃん達も戻って来た。今日も顔が疲れ切っているけど、初日よりはマシかな。
「はぁー、お腹空いたのキュ」
「そうですね。私も先程からお腹が鳴ってしょうがありません」
ビャッコちゃんのキュ~キュルルルというお腹の音に、クマグマちゃん達が手を叩いて喜んでいる。中にクマちゃんが居て鳴いている様で面白いらしい。
「今日は天ぷらだよ。大根おろしと天つゆで食べてね」
お皿にこんもりと盛られている天ぷらという食べ物は、少し黄色っぽく見える物に包まれ、食材の色が薄く透けて見えている。
「茸はアケビちゃんがくれた物だよ。後はお野菜と白身のお魚と海老だね」
じゃあ、まずは海老からにしよう。赤いシッポがあるからすぐ分かる。
「いただきまーす。大根おろしを付けて、はむっ。――おお、サクサクだ!」
「サクサクだと⁉ は――」
「ヴァン、ストップ。冷ましてからな」
セイさんがすかさず止めている。流石、頼れる我らが兄貴だ。そろりと口から天ぷらを離して、ヴァンちゃんが天つゆに浸す。
「ヴァンちゃん、大根おろしが冷たいから、載せると早く食べられるよ」
僕のアドバイスに目をキラーンとさせたヴァンちゃんが、天つゆにドサッと入れている。
「あんまり浸すとサクサクじゃなくなっちゃうよ」
揚げたてをセイさんのお皿の上に置いてあげながら、シン様が言葉を掛けると、ヴァンちゃんがギョッとして、大根おろしの山から天ぷらを取り出している。
「――もぐもぐ。……しんなり」
既に遅かった様だ。カハルちゃんが、そっと自分が食べようとしていた天ぷらを差し出す。
「これ丁度良い温度になっているから食べていいよ。お塩だから、しんなりもしていないよ」
「カハルちゃん、良い子。気持ちだけ貰う。俺はふーふーの達人だから大丈夫」
達人? と全員が首を傾げるが、ヴァンちゃんは次の天ぷら選びで忙しくて気付いていない。
「次は椎茸。ふっふっふっ――。きっと食べれる。はむっ。――おおっ、サクサク! 椎茸、ジューシー」
出た! 高速ふーふー。今回は五回じゃないから冷めている気がするけど、やはり効果が薄そうに見える。カハルちゃんは反応に困ってヴァンちゃんを見つめたままだ。
「ん? カハルちゃん、どうした? 熱くて食べられないなら、俺にお任せ」
また、高速ふーふーをするのかと思ったら、普通にふーふーとして自分の口元に近付けて温度を確認し、大根おろしと天つゆで食べさせてあげている。凄い慎重だ。何だ、さっきはたまたま急いでいただけか。
「次は俺が食べる番。トウモロコシにする」
「うん、甘くておいしいよね」
カハルちゃんは先程の慎重さに安心したのか、にこにこと答えている。
「――よいしょっと。ふふふふふふ、いざっ」
「――⁉ 待て! 何だ今のは」
セイさんは驚きで反応が遅れたようだが、きっちり火傷を阻止だ。
「ん? トウモロコシ」
「いや、具材ではなくて冷まし方だ」
「秘儀、超高速ふーふー」
セイさんがパチパチと瞬きをしている。まさか、そんな返しが来るとは思っていなかったのだろう。会話の続きはシン様が引き取るようだ。
「じゃあ、さっきのは『秘儀、高速ふーふー』なの?」
「そう。食べてもいい?」
「どうぞ」
『どうぞ』の後には、自然と冷めただろうしという言葉が続きそうだ。
ヴァンちゃんはサクサクしたものが好きです。
「ふーふー」と冷ましているのではなく、「ふ」と言っているだけのような気が……。早く食べたくて仕方がない食いしん坊なヴァンちゃんです。
セイはヴァンちゃんに翻弄されっぱなしです。兄貴、負けるな~。
次話は、共通点が欲しいニコちゃんです。
お読み頂きありがとうございました。




