0235.能力の弊害
「モモは……」
シン様が僕達を見て言い淀む。
「命を奪ったか聞きたいのでしょう? お婆様の目の前でやってみせろと言われた事もあったし、誰々を始末しろと命令された事もあったけど、誓って一人も奪っていないよ。私は仮死状態にする薬を作るのと、惑わす魔法が得意でね。お婆様の目も欺いてやったよ」
「でも、それだけでは乗り切れないでしょう?」
「シンの言う通りだね。そういう時は説得かな」
「説得? 言う事を聞くのか? それにモモの祖母にばれるだろう」
セイさんの最もな質問に僕も頷く。
「私は人の感情を読むのに長けているし、相手を調べ上げて何を欲しているかが分かれば、高い確率で落とせるよ。どうしても聞き入れてくれない相手は少し手を加えて、他国の鉱山とかで働いて貰っていたね。それと、お婆様は亡くなったとされる人間の事なんて直ぐに忘れてしまうよ。自分が認めた人間以外には価値なんて無いと思っているからね。念の為に変装と私の魔法で姿形を変えさせていたけど、一度もばれなかったよ」
少し手を加えるってどういう事? いったい何をしたの⁉ 悪い想像に手をバタバタさせていると、ヴァンちゃんに宥められる。
「ニコ、落ち着く。モモ様、手を加えるってどういう事?」
「記憶を消して、君はこういう人だったよって教えてあげるのだよ。よく使う設定は、穏やかで気遣い溢れる人だったよとか、笑顔が素敵な明るい人だったよとかね。彼らは面倒を見てあげている私に、深い信頼を寄せてくれるようになるし、こちらの設定どおりの人物になってくれる事が多いね」
「……人生をやり直している感じ?」
「そう、だね……。やり直しと言えば聞こえはいいけれど、私のやっている事が褒められたものではないのは分かっているよ。昔は何度も記憶を消さずにチャンスをあげていたけれど、なかなか改心出来ない人間も居る。でもね、私は楽に輪廻の輪へ戻してあげたりしない。苦しみ、悲しみ、後悔、怒り、喜び。そういう沢山の感情を最後の一秒まで味わわせてやる。私は彼らが味わう筈だった感情なんて引き受けたくない……」
苦しそうなモモ様にかける言葉が見付からない。……もしかして、感情を読み取る能力の所為で弊害がある? シン様も気になったのか、重い空気を裂き言葉を放つ。
「……モモが手を下してしまった場合は、どうなるの?」
「相手の大きな恐怖、怒り、悲しみなどが満ち、私はその場に縛り付けられてしまうだろうね。そして、相手の記憶と負の感情で満ちた悪夢の中で生き続ける。逃れる術は私自身がこの世から消える事、かな」
横で動いた空気を感じて目を向けると、ハイハイしか出来なかったカハルちゃんが、すくっと立ち上がっている。びっくりしたまま目で追っていると、小さな体が成人した女性に変わっていき、驚くモモ様をぎゅーっと抱き締める。
「大丈夫。私がそんな事態になんて絶対させないから。大丈夫、あなたは一人じゃない。私達が必ず助けるし、側に居るから。あなたを見つけ出すのが遅くなって、ごめんなさい……」
黄緑色の柔らかな光に包まれ、瞬きを忘れたモモ様の頬を涙が一筋落ちていく。そして、縋るようにカハルちゃんを強く抱き締める。
「……今の、言葉で……私は……私は十分に救われました。創造主様……」
モモ様はカハルちゃんの肩口に顔を埋める。きっと今まで誰にも胸の内を話せずにここまで来たのだろう。隠すのが上手で、自分すら欺いていそうなモモ様の苦しみが、初めて正確に分かって貰えた瞬間なのかもしれない。
カハルちゃんが、その髪を撫でポンポンと背中を叩いてあげている。されるがままになっていたモモ様が、急に大きく肩を揺らし、カハルちゃんをガバッと引き剥がす。
「申し訳ありません! 御無礼をお許し下さ……い」
びっくりしているカハルちゃんと目が合って、徐々に目元が赤くなっていく。
「まだ大丈夫じゃないでしょう? 私でよければ話を聞くからね。話しにくいなら、お父さんもセイも居るから。胸の内にいっぱい溜まってしまっているでしょう?」
カハルちゃんが指先をそっと胸に置くと、凝縮されたように緑色に変わった癒しの光が流れ込んで行く。呆然と自分の胸に吸い込まれた光を見たモモ様の顔が更に赤くなる。
「――っ⁉ あ、ありがとうございます。……お願いがあります。もう一度抱きしめても――」
「はい、離れて。カハル、そろそろ魔力が足りなくなるよ」
「お父さん、ごめんね。見過ごせなくて……」
「いいんだよ。そんな優しいカハルが僕は大好きだからね」
シュルシュルとカハルちゃんが縮んでいく。シン様が供給してあげていた魔力を使い切ってしまったようだ。それにしても、モモ様はお礼を言う前に凄く驚いていたけど、何かあったのかな? ……ああ、きっと胸の内に吸い込まれていった光に驚いたんだ。
「モモ、隠しているみたいだけど魔力多いでしょ。カハルの為に差し出してくれるかな」
断る事は許さないと目が言っている。おぅ、その鋭い目が僕に向きませんように……。だー、怖いよぉー(泣)。涙を拭ったモモ様が上気した頬で嬉しそうに答える。
「私の為に力を使ってくれたのだから、幾らでも差し出すよ。抱っこすればいいのかな?」
抱っこがまだ下手らしく、カハルちゃんがモゾモゾと動く。ようやく気に入った場所が見付かったのか目を閉じてしまった。
「シン様、カハルちゃん喋れない?」
「大丈夫だよ、ヴァンちゃん。少し寝かせてあげようね」
「ん。頑張った。偉い偉い」
僕も撫でてあげよう。偉い偉い。クマちゃんも撫でようと足元に来たので抱き上げる。
相手の命を奪えばどうなるか分かっていたモモは、小さい頃から必死に命を奪わない方法を選択して実行して来ました。褒められた方法ではない事もありましたが、自分が生き残る覚悟のもと選びました。
モモは真の理解者に出会えた喜びで冷静さが抜けてます。
次話は、カハルがキレます。
お読み頂きありがとうございました。




