0233.珍しいお茶
「モモが手に入れてくれたお茶を飲もうか。ヴァンちゃん、お手伝いしてくれる?」
「了解」
おぼんに載せられたガラスの器をヴァンちゃんが慎重に運ぶ。最初は僕も頼まれていたけど、ひやひやして他の事が手に付かないと皆に言われてしまった。それ以来、ああいう物を運ぶ時はヴァンちゃんが選ばれるようになった。
僕だって出来るのに……と考えかけて、躓いて器を空にバラまいた記憶が蘇る。セイさんが素早く全てをキャッチしてくれたので割らずに済んだ。……大人しく座っていよう。ぐすん……。
「みんな、面白いからポットを見ていてね」
ガラスのポットにお湯を注ぎ、緑の丸い物を入れて蓋をする。僕、ヴァンちゃん、クマちゃん、カハルちゃんは腹這いになって見つめる。
「モキュ⁉ 開いてきたキュ」
蕾のようだった物が上の方から開いていく。ポコポコと泡を出しながら、ゆっくりと大きく広がり始め、中に違う色を見付ける。
「黄色いものが見えますね」
「そうねぇ。にゃにかな?」
そう言っている内にぶわっと広がり、黄色と赤い色が現れる。
「おぉ。……花?」
「ヴァンちゃん、そうキュ、お花っキュよ!」
凄い! ポットの中でお花が咲いた。プカプカと浮いているお花を見ていると、透明だったお湯が茶色に変わってきた。
「まだ、何のお花か分からないキュね」
「そうですね。もうちょっと待ったら、もっと開くかもしれませんよ」
お湯を吸って重くなったのか、ポットの底に沈んでいく。それと同時に赤色がポーンと上に飛び出した。
「おおっ、飛び出た。クマちゃん、これ何の花?」
「これは千日紅でキュね。下の黄色い花はキンセンカでキュかね」
お湯の色がだいぶ茶色くなり、動きが無くなってきた。
「もういいかな。飲んでみよう」
器に注ぐとジャスミンのいい匂いが広がり、他のお花の匂いもふんわりと感じる。
「渋みが無くて飲みやすいな」
「そうだね。モモ、ありがとうね」
「どういたしまして。クマちゃん達が楽しんでくれて私も嬉しいよ」
へんにゃりとした花をカハルちゃんが見ている。お楽しみが終わって寂しいのだろう。「元気になーれ」というようにポットを小さな手で撫でている。
「――おぉ、綺麗」
「おや、本当だ。お水の中だとさっきよりも綺麗に見えるね。カハル、偉いねぇ」
目をポットに戻すとお花が咲き誇っている。ヴァンちゃんとシン様に撫でられているカハルちゃんが、嬉しそうに笑い声をあげる。
「綺麗でキュね。モモしゃん、他にも種類はあるでキュか?」
「うん。そんなに気に入ったなら私がまた買って来てあげるよ」
「やったキュ! お願いしまキュ」
皆でまた腹這いになって眺める。飲んだ後も楽しめるなんて素晴らしい。ぼーっと眺めていると、疲れとお腹がいっぱいになった所為か、眠気がやってくる。うーん、目が開けていられない……。
「…………」
「みんな寝ちゃったね。セイ、タオルケット取って」
「ああ」
ふんわりと体を覆われる感覚がある。意識が半分残っていたが、本格的に寝てしまおう。だが、聞こえて来た話し声に耳が反応する。
「モモ、そろそろ本当の事を言って貰おうか」
「なんの事?」
「とぼけても無駄だよ。いくら増幅させたからと言って、カハルでも追えない微弱な魔力を人間が追える訳がないでしょう」
「……簡単にばれちゃったね。全部が嘘ではなくて、魔力を追う事が出来るのは本当だよ。私の一族が特に優れているのは、人間の感情を感じ取る事だね。あの場には濃い負の感情のエネルギーが残っていた。それを増幅させる事で、私は何が行われたかを映像として見る事が出来る。感情を残した人の視点でね」
それは、かなり辛い能力なのではないだろうか? 強くて嫌な感情に包まれて、凄惨な現場を見る事だってあるかもしれない。僕にはとても耐えられないだろう。
「それで、どういう映像が見えたの?」
「左利きの男だったよ。憎しみや嫉妬なんかの感情を込めて、魔法粉を掛けたバールで棚を滅茶苦茶に叩き壊していたよ。あれは、皆がクマちゃんの為に作ったものなのにね……。そして、フローリストナイフにも風の魔法粉を纏わせて、オーニングテントに風の刃を飛ばしていたね」
「フローリストナイフとは何だ?」
セイさん、ナイス! 僕も何か気になっていたのだ。
「花屋さんで使うナイフだね。茎の切り口が斜めになって、水揚げが良くなるらしいよ。クマちゃんも多分持っているのではないかな。自分の大事な商売道具を犯行に使うなんて、クマちゃんには信じられないだろうね」
暫し沈黙が落ちる。目を瞑っている所為か、三人から立ち昇る怒りをより強く感じる。特にモモ様は冷静な口調とのギャップが凄い。あれは既に殺意と言えるレベルだ。
シンがモモに買って来て貰ったのはお花のお茶でした。
飲むタイミングが丁度良かったですね。悲しい事があったクマちゃんに楽しんで貰う事が出来ました。
事件を早く解決できたのは、モモの能力のお蔭です。黙っておこうと思ったモモですが、シンに隠し事は出来ませんね。
次話は、事件解決の舞台裏です。
お読み頂きありがとうございました。




