0204.スイカと憎いあんちくしょう
「はい、次は黒蜜を持ってね。透明な『葛きり』っていうのが流れてくるから、よく見ててね」
透明な食べ物? ちゃんと取れるかなとドキドキして待つ。
「いくぞ」
セイさんの声を聞き、水をじっと見つめる。すると透明なヒラヒラが流れてくるのが見える。
「ヴァンちゃん、見えた?」
「うむ。麺みたいなのが来る」
――よし、今だ! 箸の間に確かに掴めている。これを黒蜜に付けてっと。
「はむっ。んっ、ツルツルでモチモチしてる!」
クマちゃんは口いっぱいで喋れないようだ。
「――ごっくし。甘くて、つるっとしてて、おいしいのキュ」
ヴァンちゃんは逃してしまった葛きりをザルから回収して食べている。ヴァンちゃんてモチモチしたものが好きだよね。
「ヴァンちゃん、気に入った?」
シン様に尋ねられて、夢中で噛みながら頷いている。モモ様の好みにも合ったらしく、ゆっくりと味わって食べている。名残惜しそうに最後の葛きりを食べ終えたモモ様が、目を覚まして自分をぽやんと見ているカハルちゃんに気付く。
「ねぇ、シン。カハルちゃんにご飯をあげなくていいの?」
「この後に食べさせるよ。次のお楽しみにいくよ」
まだ楽しみが続くんですか⁉ クマちゃんを抱っこしているヴァンちゃんの手を引っ張て、慌てて追い掛けて行く。
「ちょっと待っててね」
シン様が言い残して移動の魔法で消える。棒に敷物に手ぬぐいが用意されている。訓練でもするのだろうか?
「お待たせ。川に入れておいたから良い感じに冷えているよ」
今年最後の立派なスイカを手に戻って来た。包丁が用意されていないけど忘れちゃったのかな?
「今からスイカ割りをするよ。ニコちゃん、おいで」
スイカを割るの? 拳でだろうか? よく分からないままシン様の前に行く。
「目隠しをしてグルグル回った後に、皆の声を頼りに進んで、棒でスイカを叩いて割ってね」
「ああ、そうやって割るんですね。拳でかと思いました」
「ニコちゃん、ワイルドだね。でも、棒でお願いね」
「はーい」
シン様に手ぬぐいを巻いて貰い、グルグルと回して貰う。おぅ、自分がどっちを向いているかよく分からない。
「ニコちゃん、始めるよ。そのまま真っ直ぐ進んでね」
恐る恐る足を前に進めて行く。目が見えなくなった事で、自分が普段どれだけ目からの情報に頼っているかがよく分かる。
「ニコ、もう少し左側に寄れ」
セイさんの声を頼りに左側に少し寄る。こんな物だろうか?
「ニコちゃん、行き過ぎでキュ」
おっと、戻らねば。そのまま真っ直ぐと言う声に従って、じりじりと進んで行く。スイカはこんなに遠かったっけ? と思う頃に細かい指示が飛んでくる。
「もう一歩前だ」
「次は右に一歩でキュ」
「ニコ、ほんのちょっと左に寄る」
「はい、ニコちゃん、振りかぶって」
「憎いあんちくしょうの顔を思い浮かべろ」
ダーク様のアドバイスに噴き出す。後でダーク様の憎いあんちくしょうは誰なのか聞いてみよう。
「ダーク、変な事を言わないの」
そうやって叱るシン様の声も笑いで震えている。
「力を込めるにはいいだろう?」
「ニコちゃん、棒が左側に行き過ぎだよ」
笑った事で棒の位置がずれてしまったようだ。モモ様、ありがとうございます。
「ニコ、行け!」
ヴァンちゃんの力強い声を受けて振り下ろす。おっ、手応え有りだ! シン様が手ぬぐいを外してくれた。
「当てるなんて凄いよ。よく出来ました」
撫でられつつも不満が残る。
「でも、少し右に寄っちゃいました。悔しいです」
「でも、ちゃんとひび割れているよ。次の夏には真ん中をスパーンと綺麗に割れるよ」
当たり前のように『次の夏』と言ってくれた。その時にも僕達は側に居る事を許されているっていう事ですか? 思わずヴァンちゃんを見ると、戸惑いや嬉しさが混ざった目を向けて来る。気持ちは同じという事らしい。
「どうしたの? そんなに悔しかった? でも、スイカはこれしか無くてね。明日、買って来てあげるよ」
「いえ、そこまでして頂かなくて大丈夫です。次こそは決めてみせます」
「その意気だよ。ニコちゃんならきっと出来るよ」
僕の『次』に、なんの躊躇いも無く答えてくれた。期待してもいいのかもしれない。ヴァンちゃんを見ると小さく頷いてくれる。
お楽しみは続きます。
ニコちゃん、男らしい(笑)。道具がないなら拳! です。
ニコちゃんは見事に命中しましたが、憎いあんちくしょうは思い浮かべなかったのか、力が足りませんでした。
次話は、ヴァンちゃんは達人? です。
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