0190.フレンチトースト
目が覚めてモゾモゾしていると、体をポンポンと優しく一定間隔で叩かれて瞼が落ちていく。むにゃむにゃ……。
「おやすみ、ニコちゃん」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ニコ、朝ご飯」
「フレンチトーストでキュよ。たっぷりの木苺ジャム付きでキュよ」
一気に覚醒する。今、聞き捨てならない言葉が!
「――フレンチトースト!」
「……第一声がそれなのか」
セイさんの呆れた様な声が聞こえる。
「だって、フレンチトーストですよ⁉ セイさんも好きですよね? そうですよね?」
「いや、俺はそこまででも……」
「えーーーッ⁉」
「ふふっ。ニコちゃん、顔を洗っておいで」
そうだ、驚いている場合じゃない。早く食べられるように準備しないと。だが、気合が入り過ぎたのか布団に足を引っかけて転ぶ。
「ふぎゃっ」
「落ち着け。ご飯は逃げないから」
セイさんが何から何まで世話を焼いてくれた。まるで、お母さんのようだ。
「……ニコ、俺は男だからな」
ギョッとする。口に出ていたのだろうか? 教えて、ヴァンちゃ~ん!
「声は出ていないけど、口が『お母さん』って動いていた」
ガーーーン……。でも、声が出ていないという事は進化だ。良しとしよう。
「……ポジティブだな。それがニコの良さか」
「ん。立ち直りが早いのは大事」
急いで席に着きフォークとナイフを握る。お待ちどうさまです。僕のフレンチトースト!
「はい、どうぞ」
「ふひょー! バニラアイスが付いている! いただきまーす」
切り分けたフレンチトーストに、木苺ジャムとアイスをたっぷり載せる。熱でアイスが少し溶けた。よーし、今だ!
「はむっ。――んーっ、おーいーしーい!」
温かいのと冷たいのが同時に口の中にあるだなんて! 最初にこの組み合わせを考えた人は天才だと思う。木苺ジャムは砂糖控えめで甘酸っぱくて味を引き締めてくれる。フランスパン一本くらい食べられてしまいそうだ。
「お替りあるよ、ヴァンちゃん」
ヴァンちゃんが早速お皿を差し出す。えっ、もう食べたの⁉
「何個にする?」
口一杯に頬張って答えられないヴァンちゃんがピースしている。
「二個ね。――はい、どうぞ」
「――ごっくし。ありがとうございます」
「お休みだから、ゆっくり食べても大丈夫だよ」
頭を撫でられたヴァンちゃんがニンマリとしながら、今度はゆっくり口に運んでいる。仕事柄、急いで食べなくてはいけない事が多かったから、つい口に詰め込んでしまう。僕も今日はゆっくり食べよう。
クマちゃんはセイさんが小さく切ってくれたのをニコニコしながら食べている。木苺ジャムが気に入ったのか、途中からジャムだけ食べている。
「このジャム、とってもおいしいキュ。どこで買ったでキュか?」
「これ? フォレストに貰ったんだよ。品種改良したのを森で育てているんだって」
そう言えば鏡の魔物と戦って入院した時に食べさせて貰ったな。精霊さんがジャムにしてくれたのだろう。
「シン様、今日は何する?」
「まず、モモを迎えに行くよ。遊具を作って貰うからね。その間に僕とヴァンちゃん達は畑で収穫作業ね。夕方にはダークが来るよ」
おぉ、盛り沢山だ。どんな遊具が出来るのかな? 楽しみだな~。
桃の国の薬草園で待ち合わせる。人が滅多に来ないので、モモ様の魔性の微笑みの被害が無いというのが選択理由らしい。
「モモ、こっちだよ」
「お待たせ。みんな今日も可愛いね。抱っこさせて?」
クマちゃんを抱っこして嬉しそうに微笑んでいるのを、ヴァンちゃんが訝し気に見上げている。モモ様がどうかしたのだろうか? 視線に気付いたモモ様も不思議そうな顔をする。
「ヴァンちゃん、どうしたの?」
「んー……。何を怒ってる?」
「……おかしいな。私は感情を抑えるのが得意だと思っていたのだけれど……」
独り言のようにモモ様が呟く。
「この子はとても優しくて繊細で敏感だからね。それに頭が凄く良い。そんなヴァンちゃんだから見抜けるのだと思うよ」
「……シンは気付いた?」
「まあね。でも、それだけ上手く隠せているから、普通は気付けないレベルだよ。僕達は例外だと思っておけばいいんじゃない?」
複雑そうな顔をしているモモ様に、ヴァンちゃんがポツリと言う。
「……迷惑、だった?」
「それは違うよ。何と言えばいいかな……。心を推し量られるなんて酷く不愉快になる筈なのに、君達だと嬉しさを感じている自分がいる。こんな事は初めてだから戸惑ってしまってね。だから、ヴァンちゃんが自分を責める必要なんてないよ」
じーっとモモ様の目を見つめていたヴァンちゃんが小さく頷く。僕は近付いて、少し不安そうにしているヴァンちゃんの手を握る。大丈夫、嫌われていないよ。
モモ様は優し気な顔をしているけど、非常にプライドが高そうだ。自分の心の内を語るだなんて本来は絶対にしないだろう。だけど、僕達には真摯に対応するという言葉をきちんと守ってくれていると僕は感じる。
「じゃあ、握手しましょう。――はい、仲良し~」
目線を合わせる為にしゃがみ込んでいたモモ様の手を強引に掴み、ヴァンちゃんと握手させる。お互いに目を見開いて握手した手を見つめている。固まっちゃったかな? 「はい、ブンブンして下さーい」と握手している部分を持って上下に動かす。
「ふふっ。ニコちゃんには敵わないね、ヴァンちゃん」
「ん。ニコは凄い」
二人共、顔が明るくなった。うん、良かった、良かった。
「この子達を心配させたモモは家でしっかり働いてね」
「勿論。それで、どの国にお家があるの?」
「着いてから教えるよ。そのままヴァンちゃんの手をしっかり握っていてね。はい、ヴァンちゃん、手を貸して」
ぎゅーっと握ったヴァンちゃんに満足そうな笑みを向けてから、シン様が移動の魔法を発動した。
贅沢なフレンチトーストですね。少し食べたいなと思っても、パンを付ける液が余るので多めに焼いていたんですが、最近はコンビニとかでもフレンチトーストが売っていて、いつでも食べられてありがたいですね。ん? もっと前からあったのかな?
ヴァンちゃんは少しの変化でも気付いてしまいますが、意識してやっている訳ではなく、自然と目に入ったり感じ取っています。そういう気質なんですね。繊細な子です。
次話は、モモの予想です。
お読み頂きありがとうございました。




