0173.攻略するべきは?(モモ視点)
「ごちそうさまでキュ。とーっても美味しかったのキュ」
「それは良かったです。そろそろ秋の果物が出てくるので、また来て下さいね」
期待に顔を輝かせているクマちゃんの頭を撫でながら店員に聞いてみる。
「クマちゃんの口の周りを洗ってあげたいのだけれど、この辺りに井戸とかはあるかな?」
「でしたら、うちでどうぞ。こちらです」
厚意に感謝して店の裏にある井戸を借りる。――うん、真っ白になった。魔法で水分を奪い、毛を整える。
「モモしゃん、ありがとうなのキュ。午後もお願いしまキュ」
「うん。それじゃあ、行こうか」
店の人に礼を言って城の方へ戻って行く。次のお店で全てを回り終えてしまう。なんだか名残惜しくて、歩くスピードが落ちていく。
「モモしゃん、その赤丸以外に行きたい所があるのキュ。いいでキュか?」
「いいよ。先に行く?」
「後でいいのキュ。最後のお店のすぐ近くで、銀行の裏手にあるのキュ」
銀行はあの灰色の大きな建物だな。その裏だから――地図を見ると本当に近い。少しでも長く一緒にいられる事に嬉しくなる。目印になりそうな建物や店を頭に入れながら、ゆっくりと歩き、目当ての店に到着する。
「いらっしゃいませ」
ドアベルのカランという音をさせながら店内に入ると、若い女性が迎えてくれた。店内をざっと見渡して、値段と品揃えがクマちゃんの期待通りだと確信する。
「これも可愛いのキュ。あっ、これもいいのキュ」
ちょこちょこと歩き回りながら感激して、値段を見ては大きく頷いている姿を見守っていると、店員に声を掛けられる。
「他にもお取り寄せが出来ます。見本をお持ちしましょうか?」
「そうなの。でも、私がメインではなくてね。クマちゃん、他にも見本があるらしいよ」
「本当キュ⁉ お姉しゃん、見せて下さいキュ」
両手を組んでの上目遣いに店員が笑み崩れる。多分、私の顔もだらしなく緩んでいる事だろう。
「お待ち下さい。すぐにお持ちしますね」
店員が奥に去ってすぐにドアベルが音を立てる。
「こんにちは。調子はどうかな? ――あれ、クマちゃん?」
「あっ、アキラしゃんでキュ! こんにちはキュ」
彼がアキラか。思っていたよりも随分と若い。商人というよりは貴族の子息という感じかな。
「もしかして、お店見学中かな?」
「そうなのでキュ。やっと良いお店を発見したのキュ」
「嬉しいな。ここは僕が経営しているお店の一つなんだよ」
「そうだったのキュ⁉ 道理でクマ好みと思ったのキュ」
「はははっ。凄く嬉しいよ」
「あら? アキラさん! すみません、気付かなくて……」
「気にしないで。お客様を優先してくれていいよ」
店員が慌ててこちらにやって来る。
「お待たせ致しました。ごゆっくりとご覧下さい」
二冊受け取りページを開く。キラキラした目で見ているクマちゃんを愛でながら、タイミングよくページを捲ってあげる。
「売れ筋は変わったのかな?」
「いえ、変わりありません。もう少し仕入れの量を増やそうかと考えています」
「うん、いいと思うよ。そろそろ秋らしい商品も置こうか」
「そうですね。この前、見せて頂いた見本が凄く可愛らしかったので楽しみです」
なんとなく会話を聞きながらクマちゃんも見守る。
「このリボンはクマちゃんが身に付けているのと似ているね」
「本当キュ。ワインレッドなのキュ」
クマちゃんは光沢のあるワインレッドで細めのリボンを首に蝶々結びしている。前に会った時も付けていたから、お気に入りのリボンなのかもしれない。
今度リボンをプレゼントしようと考えて胸が弾む。何色がいいだろうか? 見本とクマちゃんを見比べながら考える。暗めの濃いグリーンもよく似合いそうだ。
「いかかですか? 気になる物はございましたか?」
店員の質問にクマちゃんが唸っている。
「キュー……。欲しい物ばかりで困っているのキュ。これも可愛いし、これは綺麗でキュ。モキュ~~~」
クスクス笑われて恥ずかしそうにしている姿が堪らなく可愛い。私が全部買ってあげると言いたくなってしまう。
「よろしければ、見本をお貸ししましょうか? 次に会う時にご返却頂ければ大丈夫ですよ」
アキラの提案にクマちゃんが両手を上げ、ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでいる。何故、記録用の水晶を持ってこなかったのかと後悔が押し寄せる。
「可愛……ごほっ。今すぐお持ち致しますね」
かわ? と首を傾げているクマちゃんを置いてアキラが急いで外に出て行く。今頃、心の中で可愛い! と叫んでいる事だろう。
「――お待たせ致しました」
「ありがとキュ! 嬉しいのキュ~」
しまおうと自分の鞄を見て動きを止める。どう見ても入らないと気付いたのだろう。
「私が持ってあげる」
「申し訳ないでキュ。お願いしまキュ」
「うん、任せて。それじゃあ、行こうか」
クマちゃんを抱き上げ、手提げ袋に入れた見本も忘れないように持つ。
「お越し頂き、ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
店員に見送られて、アキラと共に店を出る。止まっていた馬車に紋章があるのを見て、やはり貴族だったかと思う。
「宜しければ私の馬車でお送りしましょうか?」
「ありがとう。でも、まだ寄る所があるから。ねぇ、『僕』じゃないの?」
「えっ⁉ 『僕』と言っていましたか? 商売の時は『私』と言うようにしていたのですが、クマちゃんと会えて嬉しかったので、素が出てしまったようですね」
「素でいいと思うよ。ねぇ、クマちゃん?」
「モキュ。そのままのアキラしゃんでいいと思うのキュ。堅苦しい感じのアキラしゃんよりも好きなのキュ」
口元を手で押さえているが、顔がほんのりと赤くなっているので、照れているのが良く分かる。貴族の割には素直な子だ。
「……ありがとう。クマちゃんには敵わないな……。僕はこれで行くね。またね」
手を振って馬車を見送っているクマちゃんに声を掛ける。
「私の事は好き?」
「勿論、好きなのキュ」
当たり前のように言ってくれた言葉を噛み締める。ニコちゃん達もそうだけれど、この子達は裏がない。好きだと言ったら正真正銘、好きなのだ。そのまま受け取っていい言葉が、これほど愛おしくて威力があるとは思わなかった。
少しだけ抱く腕に力を込めて歩き始める。きっと、この子は気付いていないだろう。自分がどれだけ私の心を揺り動かしたか。何にも執着の無かった私が変わっていく。思っていたよりも不快ではなく、この先が楽しみになる。
まずは、この子達との繋がりを強固にしなくては。攻略するべきはシンかな? 家に招待して貰えるように努力してみよう。
良い店発見と思ったら、アキラのお店でした。縁がありますね~。
アキラ、何とか耐えました。モモの読み通り、心の中で「か~わ~い~い~‼」と叫んでいます(笑)。
クマちゃんの「好きなのキュ」の時も心の中で歓喜の叫びを上げています。
次話は、お土産を買いに行きます。
皆様にお読み頂けることが書く力となっております。本当にありがとうございます。
まだまだ続きますので、お付き合い頂ければ嬉しく思いますm(__)m




