0172.クマちゃんとお昼調達(モモ視点)
何度も道を渡るのは避けたいので、先に飲み物を買いに行く。
「あれじゃないキュか?」
「混んでいるね」
昼時だからか人が多い。でも、一人に掛かる時間は短めだ。私も先に何を飲むか決めておこう。
新鮮な果物や野菜が四段の透明な冷蔵ケースに所狭しと置かれている。その上にジューサーが幾つも置かれ、赤や緑や黄色などのジュースがたっぷりと入っている。
メニューを見ると、店員にアドバイスを貰いながらオリジナルのジュースも作れるようだ。でも、今日はコロッケだから、甘くない方がいいかな。
「お待たせ致しました。お飲み物は何になさいますか?」
「レモンティーの中を貰えるかな。クマちゃんはスイカジュースの小でいい?」
勢い良く頷くクマちゃんに破顔した店員が注ごうとして躊躇する。
「こんなに沢山飲めますか? 試飲用の小さなコップがありますが、そちらにお入れしましょうか?」
見せて貰うとクマちゃんには丁度いい大きさだ。これなら飲みきれるだろう。
「これでお願い出来るかな」
「はい」
注いで貰ったジュースの表面を魔法で凍らせておく。これで多少揺れてもこぼれない。
「ここはクマが出すのキュ。おいくらでキュか?」
「レモンティーの百二十圓だけでいいですよ」
「モキュ⁉ これからもよく来ると思うのキュ。ちゃんと払うのキュ」
悩んだ店員がもう一人に相談する。納得いく答えが出た様で、にこやかな顔をクマちゃんに向ける。
「十圓でいいですよ」
量的に妥当な所かな。お金を払う様子を見ていると思わず手伝いたくなる。手が小さい所為かお金が随分と大きく見える。
「丁度頂きます。飲み終わった器はご返却をお願い致します」
「モキュ。ありがとうキュ」
道を横切りながらクマちゃんにお礼を言う。
「飲み物を買ってくれてありがとう。大事に飲むね」
「モキュ。パンはモモしゃんが買ってくれたから、これでいいのキュ。コロッケもクマが出すキュ。一緒に来てくれたお礼なのキュ」
「ふふっ。じゃあ、頼もうかな。ごちそうになります」
「どういたしましてなのキュ」
何気ない会話が心を穏やかにしてくれる。真剣な顔をして、両手でジュースの器を揺らさないように持っている姿が非常に可愛らしい。
「おっ、来たな。パンを預かるぜ。ちょっと待ってな。すぐ用意するからよ」
人気店のようで、ひっきりなしに客が来る。邪魔にならないように路地の方へ避けていると、女性が急いで横を通って行く。
「お兄さん、ちょいとご免よ。――奥さん、ごめんねぇ。ベーコンが終わっちゃってさ。追加で貰えるかい?」
「あいよ。すぐ用意するからね」
入れ替わるように店主が戻って来る。
「クマちゃん、お待たせ。キャベツとソースもたっぷりにしておいたぜ」
「ありがとキュー」
「――あれ、クマちゃんじゃないか!」
「女将さんでキュ! こんにちはキュ」
「こんにちは。また随分と綺麗な男の人と居るねぇ。この人もお兄さんなのかい?」
「違うのキュ。特別に付いて来てくれたのキュ」
「そうなのかい。今は町がざわついているから誰かと一緒の方が安心だよ。時間が出来たら、また宿に寄っとくれ」
ベーコンを受け取って、「じゃあね」と手を振って急いで戻って行く。随分と元気な女性だ。
「知り合いの人かな?」
「この宿の女将さんで、クマに土地を貸してくれている人なのキュ」
「そう。良い人そうで安心したよ」
クマちゃんが満面の笑みを浮かべる。彼女は裏表がなくて面倒見が良いように見受けられる。それに腕っぷしが強そうだ。桃の国にお店を開いて欲しいなと思うけれど、良い人達に囲まれているから無理そうかな。
冷めないうちに食べようと通りを渡り、パン屋のベンチに座る。それにしても視線が鬱陶しい。悪意は感じられないが、熱い視線が多過ぎる。不自然にならないように視線を巡らすと、兵士たちが近付こうとする人間を排除しながら見守っている事に気付く。その視線は一生懸命にパンを齧るクマちゃんに向かっている。
「――おいしいキュ。幸せキュ」
視線に気付くことなく、やっとコロッケに到達したようだ。ソースで口の周りが茶色く染まっている。いつもの私なら汚いと眉を顰めている筈なのに、この子にはそんな感情が湧いてこない。不思議に思いながらクマちゃんと交替で食べ進める。
「もうお腹いっぱいキュ」
お腹をポシポシと叩く姿に思わず笑ってしまう。それ以上に周りの反応が凄かった。顔の下半分を覆う者、顔を真っ赤にしている者、興奮しながら隣の人と肩を叩き合う者。
以前に一族の者から聞いた話を思い出す。土の国はモフモフとした生き物好きが異様に多いと言っていた。大袈裟だと思っていたが、どうやら事実だったようだ。視線の多さの理由を悟り、一気に疲れを覚える。
「モモしゃん、スイカジュース飲むキュ? とってもおいしいのキュよ」
クマちゃんには沢山かもしれないけれど、私が多めに一口飲んだら無くなってしまいそうな量だ。
「飲めるようならクマちゃんが飲むといいよ。私はまた今度頼んでみるね」
「そうでキュか? じゃあ、飲んじゃうキュ」
満足そうなクマちゃんを抱いて器を返しに行く。口の周りを洗ってあげられる場所がないか聞いてみないと。
この世界では食べ終わったら食器を返します。陶器や金属などで出来ているので、洗ってまた使います。
持って行きたい人は器分のお金も払うか、自分で器を用意して入れて貰います。
コロッケパンの完成です! あ~、絶対に美味しいやつだ~。書いていると、揚げたてのサクサクコロッケが食べたくなります(笑)。
次話は、アキラとばったり会います。
お読み頂きありがとうございました。




