0161.震え
今日のお話は、ニコちゃん→マンリョウ→ダーク視点となっています。
「あの、大丈夫ですか? 具合が悪いようでしたら、お休みになられて下さい」
「――あ、ああ、大丈夫だ。……日取りを決めようかのぉ。儂は明日でも大丈夫だが、クマちゃんはどうかのぉ?」
「クマも大丈夫でキュ。お家は魔法道から遠いでキュか?」
「心配は要らんよ。迎えの馬車を城の外に用意しておこう。時間は九時でどうかのぉ?」
「それでお願いしまキュ。ヴァンちゃん達は一緒に来られるキュ?」
ミナモ様を見るとニッコリと笑ってくれる。
「お二人共、午後までに帰って来て下されば大丈夫ですよ」
クマちゃんが嬉しそうにバンザイしている。付いて行ってあげられるので僕も嬉しい。
「俺も一緒に行こう。シンは魔物退治を頼むぞ」
「――了解」
本当は一緒に来たかったのだろう。ダーク様に釘を刺されて渋々と頷いている。
「クマちゃん、明日を楽しみにしておるよ。皆様、失礼致します」
通信が切れた所でダーク様が深々と溜息を吐く。
「シン、来い。説教だ」
「――分かったよ。さっきはありがとう。ニコちゃん達、ちょっと待っていてね」
「俺が、ああする事を確信していたのか?」
「勿論。そうでなければ口にしないよ」
遠ざかって行く会話を聞きながらソファーに座る。何の説教だろう? 魔物退治で何かあったのかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何だ……あの男は……。『俺が気付いていないとでも思ったのか? 食い物にするようなら、貴様の魂を捻り潰し永劫の闇に叩き落とすぞ』だと? 体の底から震えと恐怖が込み上げ、完全に血の気の失せたであろう顔を手の平で覆う。
普通なら笑い飛ばすような内容だが、頭にふと浮かんで打ち消した、利用してやろうかという醜い考えを読まれたかのようだった。そして、今まで感じたことのないような恐怖が、あの言葉は真実だと喚き立てている。あの男は……人……なのか?
「……アキラ、部屋で少し休むといい。儂も今は頭が混乱しとる」
「は……い。失礼……します」
よろよろと自分の体を抱いて部屋を出て行く。あの男の事を調べなければ。鈴を鳴らす。
「――ご命令を」
「白族のニコとヴァンが現在仕えているシンという男を調べろ」
「旦那様、白族との契約に触れます。認定証を没収されるかと」
舌打ちしそうになる。『認定証を持つものが認定証を持つものを疑うなかれ』というルールが存在している。認定証を没収されるという事は商人にとっては終わりを意味する。全ての信用は地に落ち、誰にも見向きをされなくなるだろう。
白族は認定証を取得した者が正しくあるかを独自に審査し続けると噂されている。リスクが高すぎるな……。思わず爪を噛む。
「失礼致します。旦那様、ダーク様がお見えです」
「何っ⁉ 今すぐ通しておくれ」
「はっ」
明日、会うのにも関わらず、このタイミングでだと?
「邪魔するぞ。マンリョウ、いいか? シンを嗅ぎまわる様な真似は絶対にするなよ。俺でも、あいつを止められる自信が無い」
「……お前達、すまんが部屋を出てくれるかのぉ」
礼をして出て行く部下を見送り、ダーク様にひたと視線を向ける。
「では、お教え頂けますかのぉ。あの男は何者ですかな?」
「――ふーん、知りたいの?」
「なっ、いつの間に⁉」
先程の男が腕を組みながら戸口にもたれ掛かって立っている。体が勝手にガクガクと震え出す。
「高位の、魔物か⁉」
声が震える。今まで幾つもの修羅場をくぐって来た儂が、声すらまともに出せないだと⁉
「違う。おい、シン、何で来るんだ」
「そいつが俺の事を嗅ぎまわると思ったから忠告に来た。図星だろ」
何の事かと、しらを切ろうとするが言葉が出てこない。歯がガチガチとなり震えが止まらない。
「それ以上、圧を加えるな。人間は脆い生き物だ。……悲しませてもいいのか?」
男がその言葉に反応した途端、酷い震えが治まって来る。
「大丈夫か? こいつが本気で怒ったら、こんなものでは済まないぞ。約束してくれ。探る様な真似はしないと」
「――いいよ、教えてあげる」
「おい、シン――」
「俺は神だ」
その言葉を聞いたと同時に意識を失った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おい、シン、圧の所為で魂にヒビが入ったぞ。どうするんだ……」
「知る事を望んだのはその男だろう。俺から何かを得る為には対価が必要だ。安い物だろう?」
「対価など普段は貰っていないだろう。ふざけた事を言っていると本気で殴るぞ」
「ダークが優しすぎるだけだろう? 何故、そこまで人間に肩入れするのか理解不能だ」
肩を竦めたいのはこっちだ。そもそもの基準が全く違うのだろう。この男は遠い昔に人間を諦めた。許す事が出来るようになるには、まだまだ時間が必要か……。
「そんな事を言っていいのか? カハルに言いつけるぞ。言わなくても魂にヒビが入っているから気付いてしまうだろうな」
シンが仏頂面になる。痛い所を突けたようだ。
「はぁ……分かったよ。治せばいいんだろう。治せば」
光がマンリョウの全身を覆い、すっと消える。ヒビは……治っているな。よし、これで問題無い。だが、シンがニヤリと嗤うのを見てしまった。
「おい、何をした?」
「治したんだから文句を言うな」
「吐け。カハルに――」
「ああっ、もう、分かったよ! 俺の真実を語ったり、あの子達に悪い事が出来ないように魂に縛りを入れたんだ。離せ」
両肩に置いていた手を退けるとじっと睨んで来る。
「何だ、文句があるのか?」
「禿げろ」
「なっ⁉」
俺の反論を聞く前に移動の魔法で消えてしまった。言い逃げとはいい度胸だ。覚えておけよと心の中で呟き、マンリョウを寝台に運んだ。
マンリョウが余裕でいられたのは少しの間だけでした。
これでも抑えているのですが、神の怒りは人間が耐えられるものじゃありませんでしたね。
カハルを出されると弱いシンです。悔しいので言い逃げです。
次話は、シンが遅いので、ニコちゃん達がご飯を作ります。
お読み頂きありがとうございました。




