0143.うひょひょさん
今日は、クマちゃんはお出掛けせずにお花の世話をするとの事なので、朝からせっせと配達だ。お昼に城へ戻ると、ヴァンちゃんと廊下で一緒になった。執務室に向かっていると、応接室からミナモ様と貴族の人が出て来る。あの人はどこかで見たような?
「あっ、ヴァンちゃん、見て見て! うひょひょの貴族さんが居るよ」
「何っ⁉ 生で聞くチャンス。ニコ、行くぞ」
「了解!」
隠れながら間近に迫る。今日も見事なお髭だ。どうやったら、あんなに綺麗にクルンと両端を丸く出来るのだろう?
「そ、それでは失礼致します」
真っ青な顔をしてミナモ様に頭を下げている。何か失敗して怒られちゃったのだろうか? 必死にハンカチで汗を拭い、盛大に躓きながら魔法道に向かっていく。これじゃあ、高笑いは聞けそうにない。
うひょひょさんが見えなくなったので隠れていた所から出ると、見送っていたミナモ様がびっくりした顔で僕達を見る。
「いつからそこに居たのですか?」
「ついさっきです。町中で素晴らしい高笑いを聞いた事があったので、もう一度聞きたいなぁと思って。でも、聞けなくて残念だったよね」
「うむ。是非とも生で聞きたかった」
ヴァンちゃんと残念がっていると、ミナモ様が僕達を抱き上げる。
「ニコちゃん、彼をどこで見かけたのですか?」
「闇の国です。城近くの噴水広場にある貴金属店から出て来たのを見ました。物凄く上機嫌で、大きな宝石が付いた指輪をお付きの人達に見せていましたよ。多分、出て来たお店で買ったのではないでしょうか? そして、あの高笑い! もう頭から離れません」
ヴァンちゃんは諦めきれないのか、うひょひょさんが去って行った廊下を見ている。僕も聞きたかった……。
「近くに丸々とした人は居ませんでしたか?」
「うーん、丸々……。黒髪をきっちりセンター分けして、丸い小さな眼鏡を掛けて緑色の服を着ていた人ですかね?」
「そう、その人です! 細かい所まで良く覚えていますね。さすがニコちゃんです」
えへへ、褒められた。手に美味しそうなドーナツを持っていたから鮮明に覚えていたという事は黙っておこう。
「その人も宝石を買っていましたか?」
「買ったかどうかは分かりませんが、大きなエメラルドが付いた首飾りをしていましたよ」
「成程、ありがとうございます。ニコちゃんには有益な情報を沢山頂いたので、おやつの時にケーキを差し上げますね。さぁ、お昼にしましょう」
少し話しただけでケーキを貰えるとは。覚えていて良かった。
おやつの時間に貰ったショートケーキは、フワフワで生クリームたっぷりで非常においしかった。てっぺんに載っていたイチゴとケーキの半分をヴァンちゃんにあげると感激して食べていた。イチゴ大好きだもんね。
お返しなのか、夕飯に出た豚の生姜焼きを二枚もくれた。律儀なヴァンちゃんである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「僕はカハルの様子を見てくるね。帰ってきたら一緒にお出掛けしよう。行きたい所はあるかな?」
「僕も一緒にカハルちゃんを見に行きたいです」
「俺も」
「白ちゃん達、ごめんね。カハルが居る所は、回復させる為に魔力の濃度が非常に高くなっているから危険なんだよ。魔力の悪影響があるといけないから、ここで待っていてくれるかな?」
そういう事ならしょうがない。ヴァンちゃんと一緒にガックリしながら頷くと、シン様はもう一度「ごめんね」と言って移動の魔法で消える。そんな僕達をセイさんが抱っこしてくれる。
「もう少ししたら会えるようになるさ。せっかくの休みに悲しそうな顔をしていると勿体ないぞ。お前達用の釣り竿を作ったから、釣りでもしてこい」
それぞれ釣り竿とバケツとルアーを貰い川に送り出される。セイさんはいつもの如く魔物退治らしい。
ダーク様とセイさんは、いつお休みになるのだろうか? 昔は不眠不休で魔物と戦っていた事もあるから平気だとダーク様は言っていたけど、やはり心配だ。
岩の上に座って釣り糸を垂らし、元気になれる食べ物がないか、ぼーっと考える。お肉に卵にニンニクでしょ。後は何があるかな?
「ニコ、引いてる」
「えっ、わっ、――ふんっ!」
勢いが良すぎたのかお魚さんが綺麗な放物線を描き、川に戻って行った。
「「…………」」
悲しい沈黙が落ちる。視線を川に落とすと、黒くてウネウネした物が目の前を横切る。
「ヴァンちゃん、黒いの見えた?」
「うむ。大きいの居た。でも、変な形」
「お魚じゃないのかな?」
「――ただいま。二人して首を傾げてどうしたの?」
急に現れたシン様に驚いて、釣り竿を川に落としそうになる。ひぇー、落ちる~。
「おっと、ごめんね。はい、釣り竿」
「ありがとうございます」
その間もヴァンちゃんは黒いウネウネを目で追っている。
「ヴァンちゃん、何を見ているの? あれ、ウナギだ。晩御飯はあれにしよう」
釣り竿を渡そうとすると、ニコッと微笑み首を横に振る。もしかして手掴みするのだろうか? そんな予想をあっさりと裏切り、シン様が水に手を浸すと、ウナギの周りの水が一気に凍る。
「バケツには入らないか。ちょっと桶を取って来るね」
移動の魔法で消えたシン様がすぐに姿を現す。川の真ん中あたりで凍っているけど、どうするのだろう? だが、杞憂に過ぎなかった。ウナギの所まで川を凍らせると、スタスタと歩いて桶に入れている。
「立派なウナギだね。働きづめのダークとセイに食べて貰おうね」
「……食べ物?」
ヴァンちゃんがポツリと呟く。僕も同じ感想である。
「そうだよ。カハルの国では人気がある、ちょっとお高めな食材だよ。これを食べたら元気になれるよ」
何と! 僕がさっき考えていた答えがここに! でも、これはどんな生き物なのだろう? 魔物じゃないよね?
「シン様、これ魚?」
「そうだよ、ヴァンちゃん。なかなか獲れないのだけれど運が良かったね」
これが魚? この前、海で見た魚とは全然違う。ヌメヌメしているけれど、焼いて食べるのだろうか?
「これは、ひとまずお家に置いてお出掛けしようか。行きたい所は決まったかな?」
ヴァンちゃんはウナギをじっと見ながら考えている。遠慮しているのかな?
「ヴァンちゃん、言ってごらん。遠い所でも連れて行ってあげるよ」
「……俺、インフェテラに行きたい」
「いいよ。でも、結界のお札を作ってから行こうね。クマちゃんもそろそろお花のお世話が終わっている筈だから、一緒に連れて行こう」
火山の噴火が絶えず、マグマが流れていて人が住めるような環境じゃないから守りが必要なのだろう。ヴァンちゃんはワクワクしているのか、足取りも軽やかにシン様の後を追い掛けている。何が見られるのか僕も非常に気になる。
「みんなお帰りキュ。ヴァンちゃん、なにか良い事あったキュ?」
「クマちゃん、インフェテラに行く」
「モキュ? フェイしゃんに会いに行くキュか?」
「そうだ、フェイに案内して貰おう。――はい、結界の札だよ。失くさないように気を付けてね」
お礼を言って受け取り、胸の内ポケットに仕舞い込む。
「準備はいいかな? じゃあ、行くよ」
ヴァンちゃんの食い付きが良いですね。でも、高笑いは聞けませんでした。残念。
初めて見たニコちゃん達からは、食べ物ではなく魔物? と疑われる鰻。
この世界で食べる人は少ないです。
次話は、フェイの家に行きます。
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